こどもとIT
ICTが子ども一人ひとりの多様性と学びを救う
東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育セミナーレポート
2018年8月27日 08:00
障害のある子どもだけでなく、すべての子どもの多様なニーズに応える教育を意味するインクルーシブ教育。近年、世界的にインクルーシブ教育への関心が高まっており、日本でも、その取り組みが広がっている。
そんな中、東京学芸大学附属小金井小学校は2018年7月14日、インクルーシブ教育におけるICT活用を考える「ICTに学びを救われる子はあなたのそばにいる 東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育セミナー」(主催:東京学芸大学附属小金井小学校 協力:日本マイクロソフト株式会社、光村図書出版株式会社)を開催した。
同セミナーでは、附属小金井小学校の児童を招いて学習者用デジタル教科書を活用した国語の公開授業、協賛企業によるブースの展示、実際にソリューションが体験できるワークショップなどが用意され、全国から教育関係者らが160名ほど集まった。
誰もが異なることを前提とするインクルーシブ教育
そもそもインクルーシブ教育とは、なにか。よく誤解されるのは、障害のある子どもと障害のない子どもがひとつの教室で一緒に学ぶという認識であるが、それは間違いである。インクルーシブ教育とは、障害の有無に関係なく、誰もが異なることを前提としたうえで、すべての子どもの多様なニーズに応える教育のことをいう。引っ込み思案な子、書くのが苦手な子、外国から来た子、親から虐待を受けている子など、子どもにはさまざま特性や得意不得意、抱えている問題があり、そうした多様性を認めたうえで学び合う教育がインクルーシブ教育だ。
インクルーシブ教育への関心は世界的にも高まっており、日本においても各自治体や教育機関で取り組みが始まっている。特に、日本では通常学級に在籍する児童生徒のうち、約6.5%が学習障害や発達障害など何らかの特別な支援を要すると推定されており、インクルーシブ教育への取り組みはさらに広げていく必要がある。
そうした中、インクルーシブ教育にICTを活用し、先導的な研究に取り組むのが東京学芸大学附属小金井小学校(以下、附属小金井小学校)だ。同校は今年、文科省から「学習上の支援機器等教材活用評価研究事業」の指定を受け、日本マイクロソフトと光村図書出版の2社と協力しながら、インクルーシブ教育におけるICT活用の実践を進めてきた。外から見れば、“なぜ、国立の附属小学校でインクルーシブ教育が必要なの?”と疑問に思われるかもしれないが、同校で本セミナーの公開授業を担当した鈴木秀樹教諭によると「附属小にも、授業の中で困りごとを抱えている児童は一定数いると考えている」と話す。
本セミナーでは、鈴木教諭が受け持つ5年生の児童生徒を日本マイクロソフト品川本社に招き、光村図書出版の学習者用デジタル教科書を活用した国語の公開授業が開催された。その内容から紹介しよう。
「読む」「書く」のストレスを減らし、考えることに集中できる授業
公開授業は、5年生国語「天気を予想する」の単元において、学習者用デジタル教科書を活用して説明文を読み解く学習が行われた。
児童たちは最初に、学習者用デジタル教科書の読み上げ機能を利用して、本文の音読を聞いた。普通の授業であれば、教師に指名された児童が音読する場面であるが、読み上げ機能のクリアな音声で本文が読まれるせいか、聞いている方もスッと本文が頭に入ってくる。その後、学習者用デジタル教科書の「マイ黒板」という機能を使って、前時までの既習事項を確認した。
続いて、児童たちは本時のねらいである「突発的な天気の変化」と「局地的な天気の変化」という言葉に注目し、これらの根拠となる事実を学習者用デジタル教科書から読み取る活動を行った。学習者用デジタル教科書には、児童が本文や図表をマークするだけで切り取りできる機能があり、切り取ったパーツを「マイ黒板」に集約しながら内容を整理することができる。鈴木教諭は、「一人で考えたい人はそのままで。友達と相談しながら考えたい人は自由に動いていいよ」と言葉をかけ、児童たちが自分のやりやすい方法で考えられるよう促した。
その後、児童たちは自分の考えた根拠を発表し合った。鈴木教諭は、児童たちの発表する内容を聞きながら、前の指導者用デジタル教科書にテンポ良くまとめていった。途中、該当する文章とグラフを抜き取って並べたり、あるいは、児童が整理した画面を前の電子黒板に映写しながら、鈴木教諭は多くの児童の意見を拾いあげた。
このような活動は通常の授業であれば、おそらく児童たちは自分の考えた部分をノートに書き写し、それを発表し、教師がそれを黒板に書き写し……といった作業が発生するだろう。しかし、学習者用デジタル教科書を使うことで、教師が板書を書く時間を待つ必要もなく、児童は板書を写す必要もない。そのため、児童たちは考えることだけに集中できるのがメリットだ。当然のことながら、通常の授業よりも考える時間も多く取れるため、効率的に活動が行われている印象も受けた。
“授業で何の活動をさせたいか”が授業デザインのポイント
公開授業の後は、授業協議会と放送大学の中川一史氏による講演が行われた。最初に鈴木教諭の方から、公開授業やインクルーシブ教育に関する説明が行われた。
鈴木教諭は、インクルーシブ教育を行うにあたり、「児童たちに授業で何の活動をさせたいのかを重視して授業デザインを組み立てた」と述べた。そのため、今回の公開授業では、“考えること”がメインの活動であったことから、「読む」「書く」の活動は盛り込まず、ストレスが軽減されるように配慮したという。もちろん、同教諭は「読む」「書く」を軽視しているわけではないが、本時の授業目的が考えることであるならば、「読む」「書く」は他の時間でじっくり取り組めばいい。つまり、児童たちに何の活動をさせたいのかをメインに置くことで、授業中の困りごとを軽減できるというのだ。
また同教諭は、インクルーシブ教育を実践する環境面も配慮をしたと述べた。具体的には、クラス全員に読み書きアセスメントを行い、その結果をもとに座席を配置したり、普段の教室ではユニバーサルデザインを取り入れて、黒板周りの掲示物を減らすなど工夫を行ったという。また児童に配布するプリントのフォントをWindows 10に標準で搭載されたUD教科書体を使うなど、さまざまな配慮を行っている。決して、ICTだけでインクルーシブ教育を進めているわけではないのだ。
2019年度から制度化されるデジタル教科書の可能性
その後、放送大学の中川一史教授が登壇した。中川教授はインクルーシブ教育について、「『たしかに学ぶ』を確保しつつも、どのように『豊かに学ぶ』を実現していくか、それを考えることが、主体的・対話的で深い学びを新学習指導要領のポイントにつながる」と述べた。その具体的な手段としてICTを活用し、さらには2019年度から制度化されるデジタル教科書の活用についても考えていかなければならないと伝えた。
中川教授は学習者用デジタル教科書については、新小学校学習指導要領で述べられている「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」の「3つの思考・判断・表現の過程」(下記写真参照)の視点で活用していくのが良いだろうと語った。なぜなら、学習者用デジタル教科書は、試行錯誤がしやすいこと、情報量が増えること、共有できることがメリットであり、このようなデジタルの特性は学習者の主体性につなげやすいというのだ。「今まで教材は学習者一人のもの、プライベートなものであったが、学習者用デジタル教科書においては共有がしやすく、授業というパブリックな場で児童生徒の画面をいつでも見せられるようになる。プライベートとパブリックの行き来を意識し、“読む教科書”から“書く教科書・共有する教科書”へ、その発想を切り替えていかなければ、学習用デジタル教科書は活かしきれない」と中川教授は述べた。
とはいえ、活用を広げていくためには、段階的に進めていくことが重要だ。そこで中川教授は、「とにかく使ってみる」「全員で統一した使い方」「児童個々の使い方」の3つのステップで進めていくのが良いと述べた。
インクルーシブ教育のめざすところは?
イベントの最後は、鈴木教諭、中川教授に加えて、東京学芸大学特別支援科学講座の小池敏英教授と、附属小金井小学校の佐藤牧子養護教諭(特別支援コーディネーター兼務)を加えてインクルーシブ教育に関するパネルディスカッションが行われた。
鈴木教諭は、インクルーシブ教育にICT活用は有効であるとの見方が広がりつつあるなかで、一方ではICT活用を阻むものもあると話す。それは何か。これについて佐藤養護教諭は「保護者の場合はICTを使って読み書きをするようになると、自分の力として身につかないのではないかといった不安が多い。一方で児童の方は、教室で一人だけタブレットを使うことに躊躇してしまう。みんなと同じではないことを気にする児童が多い」と述べた。ICTの活用=特別扱いされていると見られてしまうのではないか。まずは、このような不安を取り除くことが重要だというのだ。
では、インクルーシブ教育にICTを活用する際、“平等性”について教師はどう考えればいいか。これについて中川教授は「ICTを本当に使えるようになってくると、紙を使う子もいれば、タブレットを使う子も出てくる。子どもにとってやりやすい方を選べるところまで持っていけることが理想だ」と述べた。小池教授は「読み書きなど全員が必要な能力であれば、平等性よりも見過ごさないことの方が重要である。学びの達成度に到達できず、乗り越えられない子どもがいるので、必要な子どもには十分使わせてあげる環境が重要だ」と語った。
また、インクルーシブ教育を組織的に活性化させていくためには、どうすればいいか。佐藤養護教諭は、「いわゆる“グレーゾーン”にいる子どもたちの指導がむずかしい。担任が自分の指導力が悪いと抱え込んでしまうケースが多いので、読み書きアセスメントなどを利用して客観的なデータや第3者の判断を得られるような体制を築いてほしい」と語った。ほかにも、このような子どもたちは、“やる気がない”“ふざけている”と周りから見ると問題児扱いをされる傾向にもあるので、どのような困りごとがあるのかを校内で共有しておくことが大事だと伝えた。
最後にインクルーシブ教育がめざすものは何か。小池教授はこれを考えるにあたり、国際ディスレクシア協会が示した提言が参考になると例示した。その内容は、文字が理解できなくても情報を与え、経験によって得られる知識や能力、つまり結晶性知能を育てることが重要であるというものだ。小池教授はインクルーシブ教育においても、この考え方が大切だと述べた。つまり、現状のインクルーシブ教育については、困りごとを抱えつつも読み書きできる子どもに対するアプローチが多いが、本当の意味でのインクルーシブは読み書きできない子どもも含まれる。その際に文字を超えていくものとして、ICTが必須であると小池教授は述べた。
子どもたちの多様性に対応していくためには、教師や保護者の常識を変えなければならず、それは容易いことではないだろう。しかし、ICTのメリットは何かを越境できることであり、その経験の積み重ねはやがて大きな変化につながるはずだ。すべての子どもたちにより豊かな学びを届けるために、今後もインクルーシブ教育の取り組みを加速させてほしい。