こどもとIT
「つくる楽しさ」がプログラミング教育普及の鍵になる
「micro:bitを使ったIoTプログラミング教育」シンポジウムレポート
2018年7月18日 06:00
最近micro:bitが盛り上がっている。micro:bitは英国で教育用に開発された、とても小さな基板ひとつ分のコンピューターで、とても手軽に扱えるのが特徴だ。基板に各種センサー類が内蔵されていて25個のLEDも並んでいるので、ボードに何も差さなくても、プログラミングするだけで入出力の仕組みを楽しむことができる。プログラミングツールは、Webブラウザーからオンラインで利用できるので、パソコン側の環境設定という面でもお手軽だ。無線通信もできるのでIoT的な仕組みもつくれてしまうし、拡張すればモーターやスピーカーも扱える。見た目のイメージに反して、教育用によく考えられた手軽さがそろっている。
このmicro:bitを使ったプログラミング教育に関するシンポジウム「micro:bitを使ったIoTプログラミング教育」が、2018年5月20日東京大学情報学環で開催された。
モノづくりだからこその面白さと効果を説くWarris氏
micro:bit教育財団のHead of AsiaであるWarris Candra氏による基調講演では、micro:bitの歴史や機能や特徴、各地の活用事例などが紹介された。
Warris氏は、micro:bitがPhysical Computingである点をメリットとして強調した。画面内で完結せずに実際に手に取れるモノをつくることは、子ども達にとってわかりやすい入り口になる。また、センサーでリアルな動きや明るさを検知して、それに応じて光や音を出すような仕組みは、プログラムと外界の関係を実感しやすい。そしてモノづくりは、科学的、算数的なアプローチだけでなく、アートや音楽、デザインなどの分野とも相性がいい。
子ども達に「プログラミングをしよう」と言うのではなく、例えば「ギターをつくろう!」と声をかけて取り組むことで、自然に、算数やアートなど様々な領域の知識と技術を使いながらプログラミングの経験ができるというわけだ。「子どもにとってこれはとてもエキサイティングな体験だ」とWarris氏は語った。
micro:bitは簡単で子どもが取り組みやすいだけでなく、先生がカリキュラムを創出しやすいという面も紹介された。デジタルスキルとクリエイティビティを使ったモノづくりは、自然と教科横断的な学びが生まれるので、教育現場でもとても取り入れやすいはずだ。
またアジア太平洋地域での様々な活用事例の中では、シンガポールで2017年に政府の機関が主導して、Digital Maker Programmeを立ち上げ、10万個のmicro:bitが無償で学校やコミュニティに提供されたというのが印象的だった。先生向けのワークショップはもちろんだが、親子向けやシニア向けなど、様々な世代にアプローチしたという。
プログラミング教育で身につく3つの力を重視する越塚研究室
東京大学大学院 情報学環の越塚登教授の研究室では、計算機科学の立場からプログラミング教育の研究をしている。越塚教授は、プログラミング教育の目的が様々に議論されているものの、「プログラムを書ける」ことは必要だという立場を示した。コンピューターの大きな力を活用するためには、コンピューターやインターネットの仕組みを知り、指示をして会話する必要がある。その手段がプログラミングだからだ。
その上で、プログラミング教育の目的として、プログラミングで身につく力を3つ上げた。それらはどれも日本人が不得意なことだという説明が具体的でわかりやすい。
(1)論理的思考能力の習得
例えば日本人は手順を示すマニュアルを作るのが得意でない。学校でも感想文を書く経験はあっても「おじいちゃんが読んでもわかるビデオの使い方手順」のような文章を書く経験をあまりしてきていない。手順を書き起こし、曖昧でない記述をする力は、大切なコミュニケーション手段でもある。
(2)課題解決型、課題発見型教育
例えば最近よく言われるデータ分析では、課題解決のためにデータを使うというだけでなく、データを見てプログラムして処理をしてみて、そこから課題そのものを見つけ出すことが重要とされている。ドリルのように与えられた課題を解くのではなく、課題そのものを発見する力が必要だ。
(3)演繹的思考能力の習得
例えば日本人は「改善」「改良」が得意で、すでにあるものをより良くしていくような帰納的な手法が得意だが、「お手本」が無いことに慣れていない。「習うより慣れろ」という態度ではなく、やりたいことを自分で生み出していく力が求められている。
これらの力をつけるという目的意識をベースに、研究室発で行われたプログラミング教育の取り組みが紹介された。そのうちのひとつが東京大学学際情報学府 大杉慎平氏による「地球を救うプログラミング教室」。異常気象により食糧難に陥った国を救うという設定で、子ども達がmicro:bitを活用してミッションをクリアしていく様子が報告された。
大杉氏は、このプログラミング教室を「課題解決型」と位置づけ、その重要ポイントは、解決への意欲、チームワークとコミュニケーション、そして、やりきったという自信・成果だと示した。チームに別れた子ども達は、ミッションとともに最初のハウツーだけを教えればあとは互いに教え合い、「教える方はとても楽」と表現するほど自主的に取り組んだという。
また、タイムレスエデュケーション代表取締役社長 小林真輔氏からは、コンピューターやインターネットの仕組みの理解という面から、部屋自体の空調や照明などのコントロールができる「IoT実験室」を利用してmicro:bitで教室の照明をコントロールするという、子ども向けセミナーの様子が紹介された。
他にも、同研究室が開催したmicro:bitで車をつくる教室に参加した小学5年生の上田谷怜さんは、工夫した点や感想、家庭でどんな拡張をしたかなどを発表。別会場ではmicro:bitでつくった様々な装置や道具の展示もあり、ベーシックな使い方から非常に凝ったアドバンストなものまでがそろい、大人も子どももモノづくりを楽しんでいる様子にあふれていた。
micro:bitを学びや遊びに活用する先進事例の発表も
つづくパネルディスカッションでは、まずパネリストからの発表があった。
宮城県富谷市立富谷小学校の金洋太教諭は、micro:bitを活用した授業実践を紹介し、子ども達が「使えるもの、人を楽しませるもの作り」をした様子や、音楽づくりに活用した様子を紹介した。子ども達が授業を経てプログラミングが生活に身近なものだと気づき、世界の見方が変化していることがとても興味深い。
micro:bitの正規販売代理店であるスイッチエデュケーション代表取締役社長の小室真紀氏は、「楽しいことをする」「好きなものをつくる」ためのプログラミングという視点を重視して、micro:bitのモジュール類の開発やワークショップを行っていることを紹介した。micro:bitを活用した生き生きとした遊びを創出するワークショップの様子は、4才の子の母としての視点も存分に生かされているようだ。
マイクロソフトを経てKing's College Londonで学んだ鵜飼佑氏は、イングランドのコンピューターサイエンス教育である「Computing」について解説した。同時に、micro:bitが全ての7年生に無償配布されるということはよく知られているが、決して全ての学校で活用されているわけではない現実にも触れた。ツールを配るだけではなく、それで「何を学ぶか」が重要。そのためにはレッスンプランや研修の整備が必須で、日本でもカリキュラムの公開や実践をしている先生が事例を発信することが大切だと呼びかける。
「楽しむ」がプログラミング教育の普及に共通のキーワード
会場からの質問に答えながらのパネルディスカッションでは、プログラミング教育が広まり、定着するために、重要なポイントが見えてきた。
「子ども達はやってみると、楽しみながらプログラミングが身近なものだと気づいた。大人も気づいていないだけなので、先生がまずは体験してみてほしい」(金教諭)。
「AIに仕事を奪われるなどではなく『楽しくて明るい未来がある』『プログラミングは楽しい』という世論を大人がつくっていくことが大切。子ども達には、自分がプログラムしたものが周りの人に変化を与えるという『世界に参加する』体験をして欲しい」(鵜飼氏)。
「全てのはじまりは『楽しくてやってみたい』と思うことから。プログラミングを使って『まず遊ぶ』『楽しいという体験』を十分にできることが重要」(小室氏)。
「プログラミングを全く知らなかった体育の先生がmicro:bitを学んで、子ども達に教えるようになった例もある。できるだけシンプルにして誰でもできるようにすることが大切」(Warris氏)。
micro:bitを軸にプログラミング教育に関わっている多くの大人から、共通して「楽しむ」「つくる」というキーワードが出てきたのが印象的だった。何よりも子どものモチベーションや主体的なアクションを大切にしようとする姿勢と、大人自身もどこか楽しんでプランを練っているのが伝わってくる。大人も楽しむというその姿勢は、必ず子ども達に伝わるだろう。
プログラミングへの入り口は様々だし、いろいろな考え方があっていい。その中で、今回micro:bitで見てきたように、簡単なプログラミングで始められるリアルな「モノづくり」は、子どものモチベーションにとっても先生の取り組みやすさにも大きなメリットがあると感じた。他のこうしたモノづくりを入り口にしたツールにおいても、micro:bitの事例をヒントに新たな授業プランを考えることもできるだろう。
シンポジウムの最後にWarris氏は「プログラミング教育に関わる大人同士がサポートし合いコラボレートすることが重要」と呼びかけた。確かに、今はまだコラボレーションの部分よりも、プログラミング教育に関する個々の考え方やアプローチの違いが目立つことが多い。私たち自身がコラボレーションできているのか、前に進んでいるのか、少し視点を変える必要があるのかもしれない。