こどもとIT
「これからの学びのあり方」が問う創造性の学び方と日本の教育改革
未来の教育を学ぶ「Learn for Life 2018」基調講演
2018年5月25日 06:00
2018年3月26日、27日、「Learn for Life 2018(第1回東京国際教育祭)」が東京都港区の広尾学園中学校・高等学校で実施された。これは「学ぶを楽しもう」をテーマに、誰もが人生を幸せに過ごせるための学びを「しる」「みつめる」「たのしむ」「みつける」「つながる」の5つのカテゴリーの学びにより体験するイベントだ。
このうち「しる」のカテゴリーの学びでは、国内外の有識者による様々な基調講演が実施された。オープニングの「これからの学びのあり方/Learning of the Future」では、国内外の有識者3名が「創造性の学び方」と「教育者の質問力の重要性」について語った。その内容と、続けて行われた東京大学教授・慶應義塾大学教授の鈴木寛氏による「日本からの教育改革」についての基調講演の内容をレポートする。
まずは基調講演の開始前に、今回の「Learn for Life 2018」を主催する一般社団法人Learn for Life 代表理事の小林秀行氏が挨拶した。
自身が関わるフィンランドの教育NPOであるDare to Learnでの経験を語り、「フィンランドでは“学校とは子どもたちが幸せに生きるために学ぶ場所”だという認識を先生も保護者も共有しています。社会が変わらないと一人一人が幸せになれません。今回のLearn for Lifeでは学びや勉強は楽しいものだと味わっていただきたい」とLearn for Life 2018のワークショップの多様さを説明。「試してみる勇気、伝える勇気も大切です。身近なところから社会は変わります。これをきっかけに、楽しく幸せに学んでいく術を作っていけたらと思います。」と語った。
未来を作る若者に必要な4つの「能力モデル」
最初に講演したのは、デンマークのウッヘ・エルベク氏だ。1980年代に失業中の若者を支援する「フロントランナー」という組織を設立し、起業家精神を学ぶプロジェクトを行ったのをスタートに、1991年にはビジネスデザインスクール「カオスパイロット」を設立。2011年にはデンマークの議員となり、文化大臣も務めた。さらに2013年に政党The Alternativeを設立し、現在も党首を務めている。
ウッヘ氏は、自己紹介のあと、「自分の人生の旅の中で重要なこと」は、「どのようにして新しい文化的観点を創出するか」「どのようにして場を作るか」「考えや感じることと、やることをつなげること」の3つだと説明。「どの年代にも、人生で才能を開花させる場が必要で、それをどう作れば良いかをずっと考えてきた」という一貫した姿勢で、「どのように自分自身になれるのか?」「自分自身を最大化できるのは何か?」「その環境とはどんな環境か?」を問い続けてきたという。
また、会場に「皆さんは仕事をする中で心・頭・手がつながっているでしょうか? 感じること・考えることと、言っていることがちゃんとつながっているかどうか考えてみてください。私の場合も、感じたことや考えたことがあっても、できないことがありました。これをどうしていくか。若い生徒も人生でそういった問題に直面します」と問いかけた。
カオスパイロットは、2008年に米国誌「Businessweek」で世界のベストデザインスクールとして紹介されるなど、欧米で非常に高い評価を得ている。「カオスな状況でもパイロットとしてナビゲートできる人材を育成すること」を目的としており、ウッヘ氏によると、「現代では職業的な資格だけでは未来への変化に対する準備が足りないのが現状で、そのために必要な4つの能力モデルを作り上げた」という。
その能力モデルとは、「意味」「関係性」「変化」「行動」の4つだ。
「意味」はやっている仕事の意味を理解する力。なぜこれをしているのか理解しないとモチベーションが上がらないために必要だという。「関係性」は対話力や他人とのコミュニケーションの取り方だ。紛争の解決や、持続可能な関係を維持するなどに必要な関係性の能力だという。「変化」は急速に変化する社会に対応する力であり、スケジュール通りに行かず変化する社会に対して怖がらずに対応する能力。最後の「行動」はアイディアを行動に移す能力。起業家精神を生徒に持たせることだという。
これら4つの能力モデルを磨き、さらに実務のバランスを取るためにはもっとダイナミックな教育の場を学校の外に設けることも必要だという。ウッヘ氏は、「片足を既知、もう片足を未知に置き、両方のバランスをいかにうまく取るかが重要。教える側にも未来がどうなるかはわからない中で、スキルを準備して新たな未来に備えるべき」と語った。
ウッヘ氏は、「今、グローバルな社会はもちろん、日本でもデンマークでも社会の再構築が必要になってきています。そのためには深い疑問・質問が必要です。どのようにすれば良い社会が構築できるでしょうか? 良い社会とは、市民が若くても年配でも、その人の才能を一番高いレベルで開花できるスペースを持った社会なのです。」と述べ、教育者の質問力の重要性と、場作りの大切さを訴えた。
カオスパイロットで学んだ「クリエイティブリーダーシップ」
続いて、二人目のスピーカーとして、Laere共同代表でありクリエイティブ・プロセス・デザイナーの大本綾氏が登壇。「これからの学びのあり方」のテーマに沿って、「自分らしい学び方とは何か」について語った。
大本氏は、自身の留学経験や、前述したカオスパイロットに2012年から2015年まで留学したことを説明。特にカオスパイロットでの経験は、これまでの伝統的な教育とは違うアプローチで、自分らしいあり方や生き方、学び方を考えるきっかけになったという。
大本氏は、様々な国の価値観で学んだ経験を通して「教育は国の政策方針の影響を受けるが、生涯の学びは個人が自由に設計できる」と気づき、学ぶ内容以上に、自分がどう学びたいのか、なぜ学ぶべきなのかといった姿勢や目的を持つことが実は非常に重要だとわかったという。その気づきに至った経験を、カオスパイロット留学時の経験を中心に説明していった。
大本氏は日本人として初めてカオスパイロットへの留学生として受け入れられたメンバー。カオスパイロットは、「その場にいる全員がリーダーであり、全員がクリエイティブであり、全員が社会にポジティブなインパクトを生み出せるような未来を構想でき、それを実践する場所」だったという。
カオスパイロットでは、どんな人間になりたいのか「目指すべき方向性」が最初にあった上で、ビジネスやリーダーシップ、プロジェクトの立ち上げについて学ぶ。そのとき大切なのは、「人格形成」と「能力開発」だという。「人格形成は国によって文化が違うので、土台にある“学ぶ環境”も意識する必要があります。これからの学びを考える上でこの“学ぶ環境”は非常に重要になってきます」と解説した。
また大本氏は、カオスパイロットで学んだ「クリエイティブリーダーシップ」という考え方についても説明。変化が激しい中でリーダーシップを学ぶためのポイントは「自分をリードする」「チームをリードする」「成果をリードする」の3つだという。
大本氏によると、“自分をリードする”とは自分の存在が周りに大きなインパクトを与え、インスピレーションの源泉になること。“チームをリードする”とは混沌とした状況で“Why”に注目をしながらコミュニケーションを取って合意形成を行うこと。“成果をリードする”とは変化しうる状況の中で生産的な多くの可能性を見い出すことだという。さらに、「質問から考えさせられるきっかけや、自分らしい学び方は何かを考えるきっかけになるので、良い質問ができるリーダーは非常に重要です」と質の良い質問の重要性について解説した。
大本氏はこうした活動を通してLaereを設立。デンマークでは意思と志と情熱を持った人たちが国やセクターを超えた活動をする、“クアトロヘリックス”という考え方があるといい、「意思と志と情熱を持った人たちをつなげる場作りを行い、未来の課題を解決していこう」というムーブメントの支援をしている。
大本氏は「一見答えのないような、クリエイティブリーダーの学びが人や社会を成長させる」と説明。合意形成のプロセスを学ぶことで、これまで解決できなかったような課題に取り組めるという。「教育は、いろいろな国の“良いとこ取り”をすればいいんだと思う。どこを残してどこをアップデートしたいのかを両方考えることで、組織や地域に合った新しい学びが実現するのではないか」とまとめた。
未来の大学の姿とは? 辺境で実現する「混ぜる教育」
続いて3人目のスピーカーとして、立命館アジア太平洋大学副学長、学校法人立命館常務理事(APU担当)の今村正治氏が登壇。大分に位置する立命館アジア太平洋大学を通して、「異質」「辺境」「少数派」をキーワードに、新しい教育について語った。
今村氏は、立命館アジア太平洋大学(APU)について「辺境で“混ぜる教育”を実施している大学」だと説明。「答えがある問いではなく、解決策がすぐには出ないことにも、問いかけ続けることが重要。討論し続けて、利便性ではなく意味を考える。市場ではなく社会を考える問いかけです。新しい学びとは、先生が用意した問題に答えたら満点をもらえるものとは違う。」と、問いかけの重要性を訴えた。
APUでは現在、約90の国・地域の生徒が学び、学生が在籍したことのある国・地域は140以上にのぼるという。教員の半分も外国人で約30カ国から来ているとのこと。「混ぜる教育とは、地球そのもの。出口学長は、“若者の国連”と表現しています」と国際色豊かなAPUについて解説した。
APUでの“混ぜる教育”の実例として、各国の文化交流を行う「マルチカルチュラル・ウィーク」や、1,300人が暮らす学生寮、オープンでダイバーシティな別府市の環境による効果などを挙げた。また、国際認証AACSB、国連世界観光機関TedQual認証を受けたほか、文部科学省「スーパーグローバル大学創成支援」にも採択されていると説明。APUへの留学生の約半分が日本に残って働いているほか、世界中に広がる卒業生のつながりも魅力になっているという。多くの卒業生が大学の教員としてや国際機関などで働いていており、起業家も多く誕生しているとのことだ。
また、学生だけでなく企業とも“混ぜる”取り組みを行っており、学生寮のAPハウスで2カ月間の異文化体験生活を行う企業の研修を行ったり、吉本興業とも海外向けに協働している。
九州の企業であるフンドーキン醤油とハラール向け商品の開発を行っているほか、インターコンチネンタルとのインバウンド関連の協働なども行う予定だという。
今村氏はAPUの掲げる混ぜる教育について、「異質なものたちのぶつかり合い」「辺境からのまなざし」「少数派であるという自覚」が混ぜる教育の根幹だと思っていると述べ、「様々な国の学生がいるからこそ得られる多極感や、同調圧力に屈せずあえて空気を読まない姿勢、早く答えを出すより考え抜く、できるだけ大きな絵を描く、たくさん失敗する、これが我々の混ぜる教育です」と説明した。
これからの大学のあり方については、「大学はこれから面白い未来に投資しなければいけません。我々大学自身が、投資を呼び込むのです。大学はダイバーシティのプラットフォームであるべきであり、未来の大学は未来の社会だと考えるべきです。これからも我々は大学の可能性を高め、辺境にこそ大学の可能性があると訴えたいと思います」と締めくくった。
“知っている人が知らない人に教える”という日本の教育の前提を変えるべき
3名の講演の後、あらためて「これからの学びのあり方」をテーマに、登壇した3名によるパネルディスカッションが実施された。モデレーターを務めたのは、公益財団法人AFS日本協会理事長、日本の次世代リーダー養成塾専務理事・事務局長 加藤暁子氏だ。
ディスカッションの内容は、有識者3名の講演内容をあらためて主張するものだったが、加藤氏は3名の講演は「答えのない、問いのある教育の大切さ」という点で共通していたと指摘。今村氏も「日本の教育には“知らない人に知っている人が教える”という前提があるが、見直さなければいけない」と話した。
ウッヘ氏はあらためて「職業的な専門性と人間性の教育の両方が必要。お金儲けではなく有意義な生き方をして、意味ある人生を歩むことについて考える必要がある。今の公立学校では人間性について学ぶ機会が少なすぎる」と指摘した。
大本氏はこれからの若者に必要な力として、「個人の価値観や哲学を学ぶ必要がある」と言い、「自分の足でその場を訪れて異なる価値観の人と話をすることで、自分の価値観や自分が大事にしたいことが何かを考える力を育てることが大事」と指摘した。地球規模の課題を解決するには、合意形成のためにファシリテーターの役割がとても重要になってくるだろうと語った。
最後に加藤氏は、自身の幼少期にアメリカで育った体験から教育の力の大きさを感じたと語り、「ここにいる皆さんがいろいろな組織で教育を変えていくことで日本の将来は明るく、ポジティブになると思います。世界は混沌としていますが、せっぱ詰まった時代を平和に導けるよう活動していきましょう」とまとめた。
「日本からの教育改革」──激変する日本の教育改革はどうなるのか?
休憩をはさみ、東京大学教授、慶應義塾大学教授で、文部科学大臣補佐官、元文部科学副大臣の鈴木寛氏が最後に登壇。今後どのような教育改革が予定されているかについて解説した。
脱指示待ち人間、「アクティブラーナー」の育成
まず鈴木氏は、「3年おきに行われる学力調査 PISAにおいて、日本の15歳の数学的・科学的リテラシーはOECD加盟国35カ国でNo.1」であると語った。2003年と2006年に読解力が14位になって学力低下問題が「PISAショック」などと注目されたが、そこからリカバーして2012年に1位に復帰し、2015年も1位を獲得したと説明。国立大学の授業料の安さや全国に設置されたアクセスの良さなども説明し「メディアも視聴者も悲観的な内容ばかりに注目するが、良い内容にも目を向けてほしい」と語った。
しかし、「その世界No.1の学力を高校で伸ばせているのか、大学で花開かせているかという点には疑問がある」とし、学ぶ意欲や学ぶ喜びの低さを指摘。「脱・指示待ち人間」の取り組みが必要だと語った。
「アクティブラーニング」は、鈴木氏が2009年に文部科学副大臣になったときに始めた取り組みだというが、「今、“アクティブラーニング型押しつけ教育”が広まろうとしている」と会場を笑わせ、「真のアクティブラーナーが生まれる、Convivial(一緒にわいわいがやがややる)なラーニングコミュニティを作るべき」と語った。
さらに「日本はもう課題先進国。ありとあらゆることのフロンティア。もう我々の前にレールはない」と語り、「グローバルでローカルでソーシャルなイノベーターを作っていきたい」とし、「もうすでに会社はグローバル化している。日本でグローバル化ができていないのは、国会と国会議員と、地方議会と地方議員と、日本語のメディアだけ」と指摘した。
これから重視されるのは板挟みや想定外にも向き合い「探求」する力
また鈴木氏は、学習指導要領が2020年から変更され、「知識・技能」から、「思考力・判断力・表現力」や「主体的に多様な他者と協働する力・人間性・前向きな態度」が重視される形になると説明。OECDで行う「Education 2030」というプロジェクトでも日本が先行して試行錯誤するという。
特に高校が大きく変わり、「理数探求」「総合探求」という科目を設置。いろいろな課題を発見・設定し、みんな解決をしていくことを目的としているという。
また、新しく導入される科目の「公共」については、「板挟みと想定外に向き合い、乗り越える人材を作るため」と説明した。「いままで日本の学校の空間はキレイすぎた。矛盾や不条理は持ち込まれなかった。しかしそれでは、社会に出た瞬間に矛盾や不条理や理不尽ばかりでつぶれてしまう。そういった免疫力を付けるためにも、いろいろな板挟みやいろいろな矛盾を高校時代ぐらいから持ち込んで、それとどう向き合っていくか学んでほしい」(鈴木氏)。
さらに、「歴史総合」を脱暗記科目化する。「歴史を振り返ると必ず板挟みにあった先人たちがいる。それを学ぶことで向き合った知恵と勇気をもらうために生かす」という。
「地理総合」では恵まれた日本の高校生が、同じ高校生が世界の別の場所でがんばっていると学ぶことで、智恵と勇気を身に着けるという。
また、こうした学びがこれまで高校で広まらなかった原因に大学入試制度があるとして、「脱・マークシート偏重」「脱・選択問題」を徹底するという。「与えられた選択肢から小さなミスを発見して消去法で正解を選ぶ練習を子どもたちは何年もやり続ける。だから日本人消費者は人のミスを見つけるのはとても早いし、クレームも多い。ミスがないか、あら探しばかりしているコミュニティでは悪循環だ」(鈴木氏)。
また、「今大事なのは、5つの選択肢を与えられたら、6つ目7つ目を荒削りでも良いから提示する力。そしてそれを実行する力」だとして、それを育てるために大学入試を変えると説明する。「国立大学の3割はAO推薦型にして、高校3年間でどういう課題に友人や仲間と向き合ってきたか、その活動をしっかりと問うて、大学に入ってさらに加速してもらう」という。
最後に、「今まさに人生を豊かに生きるためのLearnを皆さんと議論して、いろいろな現場で深めていきたい」とまとめた。
鈴木氏の講演は、前半3名の有識者とはまた違った角度から日本の教育改革について熱く語られたものだが、結果的には方向性は同じものだ。よりよい社会を共に創るためには、新しい時代に対応できる能力が不可欠であり、それには知識だけでなく人間性の育成が不可欠であること。その育成には高校時代が重要であるという指摘もウッヘ氏と鈴木氏で共通していた。
また、鈴木氏は講演の中で「これからは長い人生の中で、大学に何度も通い直すようになる」とも語っていたが、自分の可能性を最大化し、すばらしい人生を作るためにする学びは、これまでの受験勉強とはまったく違う楽しいものだろう。社会の「学び」に対する感覚の変化がおきつつあるようだ。
冒頭でLearn for Life主催者である小林氏が「学校とは子どもたちが幸せに生きるために学ぶ場所」であり「学びや勉強は楽しいもの。楽しく幸せに学んでいく術を作っていきたい」と語っていたが、漠然と夢を言っているわけではなく、今、社会全体が具体的にその方向に進んでいるのだと理解できる基調講演だった。