こどもとIT
“やりたいこと”で勝負!未踏ジュニアで価値あるモノづくりの経験を~小中高生クリエーターを育成するPMインタビュー~
2018年3月30日 06:00
プログラミングが子どもの習い事として普及し始めた今、早くから大人と同じようなスキルを習得し、頭角を現す子どもが出てきている。こうした子どもたちがさらに技術を磨き、力を伸ばすためにはどうすればいいか。そのチャンスのひとつになるのが、小中高生や高専生を対象にした人材発掘・育成事業の「未踏ジュニア」だ。
同事業を手がける一般社団法人未踏は昨年同様、突出した若い人材の発掘や育成をめざして、「2018年度未踏ジュニア」の募集を開始した(応募締切は5月11日)。未踏ジュニアは、プログラミングを本気で頑張りたいと思う小中高生にとって魅力あるプロジェクトで、開発したいプロダクトに対して資金が提供されたり、専門知識を持つ未踏OB・OGのプロジェクトマネージャー(PM)から指導を受けられるのがメリットだ。
ハイエンド人材の育成が課題となる日本において、プログラミングを本格的に学び、そのスキルを伸ばしたいと考える子どもたちをどのように育てるべきか。本稿では、そのロールモデルを探るべく、未踏ジュニアの指導にあたるPMにフォーカスする。子どもたちが、この先もプログラミングを長く学び続けるためには、どのようなマインドや環境が必要なのか。鵜飼佑氏、和田夏実氏、米辻泰山氏の3名のPMに話を聞いた。
未踏ジュニアは、“何を作るのか”を議論する場
未踏ジュニアとは、天才クリエーターを発掘し育成する事業「未踏」のジュニア版で、17歳以下の小中高生や高専生を対象にした人材発掘・育成事業である。志願者は自ら考案したプロダクトやアイデアを応募し、第一次の書類審査、第二次のオンライン面接を経て、未踏ジュニアに選出される。その後、未踏ジュニアに選出されると、最大50万円の開発資金が援助され、専門知識を持つ未踏OB・OGのプロジェクトマネージャー(以下、PM)のメンタリングを受けながら、5ヶ月間のプロダクト開発に挑むことができる。
まだ社会に出ていない小中高生クリエーターにとって、このような環境下でプロダクトの開発に取り組めることは貴重であり、今後の彼ら彼女らの人生に、大きなインパクトを与えるといって良いだろう。
未踏ジュニア代表の鵜飼佑氏は同事業を設立した背景について、「プログラミングを学ぶ子どもたちが、“何を作るのか”の議論ができる場が必要だと思いました」と語る。
昨今、子どもたちがプログラミングを学ぶ場は増えているものの、それらの多くは“どう作るか”を教えているにすぎない。もちろん、プログラミング教育の裾野の広げていくうえで、そうしたアプローチも価値ある手段のひとつではあるが、他者を満たす良いプロダクトに仕上げていくためには、“何を作るのか”の良質な議論が必要だと同氏は話す。そして、この議論を大事にしているのが、未踏ジュニアの母体である未踏だ。
鵜飼氏は「未踏ではテクニカルにどう作るのかという議論ではなく、“何を作るのか”の議論を徹底的に行います。この議論を小中高生の間に体験できることが未踏ジュニアの魅力です。プログラミングはできてあたりまえ。もちろん、教え合ったりすることもありますが、どう作るかは基本的に自分で考えるべきことです。」と語る。
プログラミングで成し得るモノづくりには、何が一番大切か。小中高生に対しても、この問いかけに向き合う機会を与えるのが未踏の姿勢だ。
コンピューターの面白さを感じた、三者三様のストーリー
プログラミング教育への関心が高まる中で、将来もコンピューターを学び続けたいと思う子どもを増やしていくためは、“コンピューターって面白い”と感じることが何より重要だ。未踏ジュニアのPMたちはどうだったのか。どのようなきっかけでコンピューターの分野に進んだのだろうか。
結論から述べると、三者とも共通しているのは、人生のとあるタイミングで、コンピューターを通して自分のできることや、自分の世界が広がる“気づき”を得ていることだ。
例えば鵜飼氏の場合は、高3の夏休みに慶応SFCで開催された高校生対象のサマーキャンプに参加したことが、コンピューターサイエンスの道へ進む転機になった。
鵜飼氏は「それまで自分が知っていたコンピューターの世界は、“サイトを作ってお金儲け”の世界でしたが、SFCで参加したサマーキャンプでは、インターネットの仕組みや、車や放送など「インターネット×"何か”」の世界を知ることができました。そこで初めてコンピューターサイエンスが面白いと感じて、SFCへ行くことを決めました」と語る。小学4年生から自宅にあるパソコンでプログラミングを始めたという鵜飼氏。高3でプログラミングの先に広がる社会を知ったことがコンピューターサイエンスの道へ進むきっかけになったというのだ。
今回初めて未踏ジュニアにPMとして参加する和田夏実氏は、両親が聴覚障害者のため手話を第一言語として育った。そんな和田氏が手話の面白さに気づいたのは大学受験の頃。ちょうど地デジ化のタイミングと重なり、自宅で手話のビデオをDVD化する作業を見ながら、改めて手話が持つ表現の可能性に惹かれたという。
「手話は、その人の体にしか残らない言語で、ひとつの表現ジャンルとして面白いと感じました。私だけがその世界を知っているような感覚になって、こんな面白い世界をもっと多くの人に伝えたいと思うようになりました」と和田氏は語る。
その後、もともと興味があった理系の学部に進学した和田氏は、Kinect(マイクロソフトが開発したモーションセンサーデバイス)などのテクノロジーと手話を組み合わせることで、ひとつのメディアアートとして表現できる可能性を知った。「プログラミングを本格的に学び始めたのは、研究室に入った大学3年から。子どもの頃も自宅にあるMacで絵を描いていた程度」と話す和田氏だが、自分の好きな世界とプログラミングを結びつけて、新たな価値を創造できる気づきを得たことが、今につながっている。
昨年に引き続きPMを務める米辻泰山氏は、ゲームを作りたくて、中学生からプログラミングを始めたという。最初は、簡単なプログラミングから学び始めたが、高校の頃にはMMORPG(多人数の同時参加型オンラインゲーム)の制作に挑戦した。といっても、当時のスキルでは完成には至らず、プログラミングでは挫折を味わったと米辻氏は述べる。その後、もともと工作好きだったことから、大学は精密工学を専攻、ロボコンサークルに入った。
そんな同氏だが「プログラミングを本格的に面白いと思えるようになったのは未踏に入ってからです」と語る。「ロボットを作るだけじゃなくて、ソフトウェアができるようになると、かなりのことができるようになるという感覚を持ちました。そこからプログラミングが面白いと思えるようになりました」(米辻氏)。
未踏に入るまでは、RubyやjQueryなどWeb系のプログラミングはやったことがなかったと話す米辻氏。“できることが増える”という実感をもてたことが、プログラミングを面白いと感じた根底にあるというのだ。
それぞれの場所を求めて未踏へ。成長したと実感できるところは?
このような過程を経て、未踏と出会った3名のPMたち。どのようなきっかけで未踏へ参加したのだろうか。また未踏ではどのようなところが成長したのだろうか。
鵜飼氏は未踏へ応募したきっかけについて、「特にやりたいことが水中ロボットを使ったアプリケーションの開発で、それを実現するための資金を提供してもらえたことが大きかったです」と語る。
しかも、得られた支援はそれだけではない。「未踏でやっているというと、いろいろな人が相手にしてくれました。例えば、ロボットの製作はその業界の人に任せて、自分は水泳を教えるアプリケーションに力を注ぐなど、さまざまな人の協力を得ながらプロダクトを実現することができました」と語る。
鵜飼氏は、そうした開発プロセスを通して、“自分にしかできないことは何か”という問いに向き合えたことが、今につながっているという。「限られた時間の中で、自分は何を作りたくて、人生で何をしたいのか、未踏にいる間は考えることができました」と鵜飼氏。自分の強みが何かを知れたことが、未踏での成長だというのだ。
「誰もやっていないことをやるなら未踏だと思った」と話すのは手話とテクノロジーのアイデアで未踏に応募した和田氏だ。
といっても、当時はアイデアだけが先行して、アウトプットの形が見えていなかったという。和田氏は「自分でも具体的なソリューションが見えていなかったなかで、アイデアを面白いと共感してもらい、作りたいものを議論できる場は未踏しかなかった」と語る。
そのため、開発途中では、どうすれば人に面白いと思ってもらえるか、または、どうすれば面白くなくなるのか、その境界線を探ることに心血を注いだ。「自分の面白いと思うことをカタチにできたことで、興味を持ってくれる人が増えました。これを発見できたことが未踏での成長です」と和田氏は語る。
米辻氏の場合は、就職活動の時期に未踏への応募を決めた。というのも、就職活動の在り方に疑問を感じており、「未踏であれば、自分の提案したことができると思いました」と当時を振り返る。
使いたい技術を使い、自分で目標を決めて、自分でやり遂げる。これが“面白いこと”だと感じていた同氏は、就職活動ではなく、未踏でのモノづくりを選んだ。
「未踏での成長は、失敗をいっぱい経験したことです。無理なものは無理と諦めたり、他人と協力したり、一人で作ったりしながら、理想的なものをめざして失敗をしたことが、今になって役に立っています。ゼロからアイデアを出して作った経験は本当に価値がありました」と語る
未踏PMが考えるプログラミング教育や、学ぶメリットは?
子どもの頃からコンピューターやプログラミングに親しみ、大学からその道を本格的に歩み始めた未踏PMたち。彼ら彼女らは、プログラミング教育やプログラミングを学ぶメリットについてどのように考えているのだろうか。
和田氏は、プログラミングは“できることが増えること”がメリットだと話す。「今までは、何かに合わせなければ生きていけない価値観がありましたが、プログラミングができるようになると、自分で世界や仕組みを作り変えていく発想が持てると思います。さらに、言葉で説得するよりも、テクノロジーは人を引っ張ることができるので、技術やその知識を自分の側に持っておくのは良いことだと思います」と語る。
しかし、その一方で和田氏は、「今の子どもたちを見ていると、スマホでゲームや動画などコンテンツを消費している子が多いと感じます。フォローするだけでなく、自発的に問いを立てたり、自分だけにしかできない発見をしながら、作る側になってほしい」と語る。
米辻氏は、今の社会は良くも悪くもコンピューターに依存しており、コンピューターなしでは生きていけないと語る。「このような時代では、コンピューターで何かを作れることは当たり前のスキルとなり、問題は何を作るかが重要になってくるだろう」と同氏は述べる。また、そうした世の中になりつつあるにもかかわらず、未だにプログラミングの技術を持つ子どもたちが学校の中に居場所を作りづらいことに課題を感じているという。
米辻氏は「大人の世界に来たら評価される子どもたちが、学校の中にいると評価されない。もっと先の世界を見せるなど、大人が解決すべき問題だと考えています」と語る。
鵜飼氏は、プログラミングを含めたデジタルなモノづくりを通して、「自分の力で誰かを幸せにすることができる」という自信を育む機会を与えることが大事だと述べた。すべての子どもたちがプログラマーをめざす必要はないが、音楽制作やアニメ制作を含めたコンピューターによるモノづくりの経験は、子どもたちが自分の世界を広げる手段になるというのだ。
「開発したソフトウェアやデジタルな作品はインターネットを通して簡単に他人に配布できて、しかもどれだけの数をコピーしても自分の手元から減るものではありません。自分の作ったプログラムや作品が、自分や自分の周りの人を、もしかしたら世界中の人を幸せにできるかもしれない、その可能性を体験してほしいですね」と語る。
未踏ジュニアPMらの話から伝わってくるのは、プログラミングに対する向き合い方も学び方も三者三様であり、その多様性が受け入れられるのが未踏の良さであるといえる。その精神を受け継いだ未踏ジュニアでも、子どもたちの多様性を大いに引き出してほしい。
現在、未踏ジュニアでは小中高校生及び高専生を対象に「2018年度未踏ジュニア」の募集中だ。本気でプログラミングを学びたい小中高生、高専生の皆さんは、ぜひチャレンジしてほしい。