こどもとIT

kintoneを利用してプログラミング教育――サイボウズと坂戸市立南小学校の取り組み

2017年12月20日、埼玉県内の公立小学校でユニークなプログラミング教育の特別授業が行われた。旗振り役はサイボウズだ。グループウェアやビジネスクラウドサービスを提供するだけでなく、同社20周年記念として制作された「アリキリ」アニメなど「働き方改革」についても積極的に活動している。

昨今、特に同社が力を入れているのが、kintone(以下キントーン)だ。企業や団体の現場が自社の業務に合わせた簡易なWebベースのデータベース型アプリを開発し、情報の管理共有を進めて業務改善を行えるのが特徴だ。

今回の特別授業では、このキントーンを利用するのだという。一般の企業で利用されているこのサービスを使って、いったいどのような授業が行われたのか、当日の様子を中心にレポートをお届けする。

テーマは、身近な持ち物について調べる「トレンドハンター」

今回の特別授業が行われたのは、埼玉県にある坂戸市立南小学校。近隣には、女子栄養大学のキャンパスも広がる閑静な住宅街の中の公立の小学校だ。児童数430名の首都圏ベッドタウンにあるものとしては平均的な規模の小学校である。

授業に参加したのは6年生2学級の児童たち。二学期もそろそろ終わるという日の午前中の3コマの授業枠を使って行われた。

最初に体育館に集合してオリエンテーションが行われた。児童たちは今日の特別授業をとても愉しみにしていたようで、冒頭挨拶に立ったサイボウズのビジネスプロデューサーであり、複数の企業に所属して活躍する複業の実践者としても知られる中村龍太氏の話に熱心に耳を傾けていた。

「龍太君と呼んで下さい」と挨拶する中村氏と聞き入る児童たち

実はこの授業、2020年からのプログラミング教育の導入に、サイボウズとしてなにか貢献ができないかという中村氏の思いから、専門家である教育と探求社の協力のもとに実現したとのこと。

オリエンテーションでは、特別授業のテーマが発表された。「トレンドハンター」だ。身近な自分たちの持ち物6種類についてグループに分かれて調べ、最後に分析して発表するというのが大きな流れである。

児童たちはすでにグループ分けを行っており、先生の合図で、すぐにリーダーとグループの名前決めの相談を車座になって行っていた。

次に決めるのが、グループごとにトレンドを調査する持ち物の担当だ。対象の持ち物はあらかじめ「消しゴム」「ペンケース」「よく使うノート」「ハンカチ」「好きなペン・鉛筆」「お気に入りのファイル」の6種類に決められており、その中から候補を2つ選び、グループで担当が分かれるようにする。同じ対象をたまたま選んでしまったグループがでた場合、リーダー同士が相談することで調整を進めていた。小学6年生ともなると、このあたりの進行は実にスムーズである。

トレンドを調査する持ち物は6種類
配布資料に決まったことを書き入れていく児童たち

タブレットでキントーンをなんなく操作する児童たち

オリエンテーションの後、体育館から各教室に戻りグループごとの島に分かれて着座。これからトレンド調査を行っていく。ここまでの流れは、総合の授業によくある「グループ学習」と、あまりかわらないかもしれない。今回の特別授業はここから大きく様相が異なってくる。

先生から各グループに1台ずつのタブレットが配られる。このタブレットを使って、トレンド調査を行うのだ。タブレットは、あらかじめ授業で利用するキントーンにアクセスするための設定が済んでいる。

調査に先だって、基本的な操作を練習する。このとき児童たちは初めてキントーンの画面をタブレットで見ることになる。

トレンド調査用のキントーンアプリのスクリーンショット

もともとのキントーンは、前述したとおり、自社の業務に合わせた簡易なWebベースのデータベース型アプリの開発ツールだ。今回はあらかじめ、特別授業用に作られたアプリを児童たちが利用する。

特に手取り足取りの指導も必要なく、児童たちは慣れた手つきでタブレットを操作している。キントーンに触るのは初めてのはずなのだが、特に大きな問題もなく、あっという間に慣れてしまったようだ。あとで聞いたところ、実は学校の授業でタブレットを使うこと自体、この時がはじめてだったそうだ。

キントーンの画面をはじめて触る児童たち

今の児童たちは物心付いた頃から普通にスマホ、タブレットなどタッチ操作ができる機械が身の回りにごろごろしている世代である。大人たちが思う以上に児童たちは機械を操作することにかけてはベテランなのかもしれない。

タブレットを持ち歩いてのトレンド調査

キントーンの操作方法を学んだ児童たちは、別のグループを回りながら、担当する持ち物のトレンドを調べていく。やり方はインタビュー形式だ。担当する持ち物について、同級生をつかまえては、その児童の情報(あだ名、性別、好きな教科)と、持ち物の情報(種類、使用歴、満足度等)をキントーンに入力していくのだ。

ここで、タブレットのカメラ機能が活躍する。キントーンはタブレットのカメラを使って撮影した画像を取り込むことができるのだ。持ち物の現物を撮影しながら持ち主にインタビューした内容をその場で入力していくことが可能だ。

タブレットで撮影をしながらインタビューを入力していく

調査中、児童たちは実に楽しそうに、交代しながらタブレットを操作してインタビューを続けていた。最後の方では、1つのクラスで収まらず、クラスをまたがってのインタビューも続くほどだ。この様子に、両クラスの担任の先生たちも目を細めていた。

クロス集計表を使った分析に挑戦

トレンド調査が一通り終わったところで、集めたインタビューの分析に挑戦する。ここではキントーンに用意されている分析機能の中の「クロス集計表」を利用した。

キントーンの分析機能を操作する児童たち

ビジネスの現場でもよく使われるデータ分析のツールだが、今回はインタビューの設問の項目を組み合わせてどのような結果がでるかを試行錯誤していく。児童たちは初めて聞く単語にとまどうかと思いきや、キントーンを操作して、いろいろな角度から分析を楽しんでいるように見えた。

例えば、ハンカチについて調べていたグループでは、男女ごとのハンカチの種類の違いに気がついた。面白いことに、女子は全員がタオルハンカチを使っていたのに対し、男子でタオルハンカチを使っていたのはおよそ半数で、残りは綿やガーゼのハンカチを使っていたのだ。なぜこのような違いが生まれたのかグループの中で意見交換をし、「タオルはシワになりにくいからではないか」という仮説が飛び出していた。

ハンカチについて調べたクロス集計表

最初なかなか意見を言い出せないグループもあったが、そこは担任の先生の誘導で、ユニークな着眼点に気づくなど、児童たちのコミュニケーションも次第に熱を帯びていった。

トレンドの分析をグループごとに活発に行う児童達
グループの中で生まれた気づきに驚かされる担任の山下先生

タブレット上の分析結果とグループ内のディスカッション内容は発表用のシートにまとめられ、最終段階として、全グループがプレゼンテーションを行い授業は無事に終了した。

記入したシートを使ってプレゼンテーション

社会につながるキントーンの体験

締めくくりとして、再びサイボウズ中村氏からの挨拶と短いプレゼンテーションの時間がとられた。「いつもの授業より面白かった人?」という問いに、ほぼ全員が元気よく手をあげて、担任の先生お二人が苦笑するという場面もあった。もちろん単純に他の授業と比較できるものではないが、児童たちはこの授業中ずっと積極的な態度で、しかもグループ内でコミュニケーションをとりながら主体的に学習をしているように見えた。

中村氏の問いに元気よく手を上げる児童たち

プレゼンテーションでは、山梨県のワイナリーの事例が紹介された。キントーンを使って、購入者の情報や購入されたワインについて、種類や規模は違うものの、今まさに児童たちが行ったのと同じトレンド調査をやっているという。

児童たちは、インタビューの項目を自由に追加、変更できることや、大人たちもキントーンを使っていることに大変興味をもった様子だった。

プログラミングすることだけがプログラミング教育ではない

当日の様子を中心にレポートしてきたが、この内容を見て「これはプログラミング教育なのか?」という疑問を抱く方もいるかもしれない。

ここで整理しておきたいのだが、2020年に小学校で必修化が予定されているプログラミング教育とは、決して「プログラミング」という科目が追加されるわけではないということだ。「英語」が科目として追加されるのとは異なり、プログラミング教育は既存の科目にその要素を取り込んでカリキュラムを再構成しなければならない。これは現場にとって非常に難しい課題だろう。

その点で、今回の特別授業はタブレットとキントーンというツールを取り入れた総合の授業としてよく練られたカリキュラムと感じた。プログラミング教育の最初の一歩として、児童たちは目の前の「情報技術」を使って、主体的で対話的な学びをまさに実践していたからだ。加えて、その同じ技術が社会の中で生かされていることも学んだ。これはプログラミング教育の大きな目的の一つだ。

とはいえ、課題も残る。はじめの一歩のあとの継続的な学びのカリキュラムは、まだ模索の段階だ。

プログラミング教育に関連する教材は、ここ数年で急速に数を増やしているとはいえ、義務教育の長い過程の中で、どのように既存の教科や学校内活動に広げていくか、プログラミング教育導入はこれからが正念場を迎えることになる。

新妻正夫

ライター/ITコンサルタント、サイボウズ公認kintoneエバンジェリスト。2012年よりCoderDojoひばりヶ丘を主催。自らが運営する首都圏ベッドタウンの一軒家型コワーキングスペースを拠点として、幅広い分野で活動中。 他にコワーキング協同組合理事、ペライチ公式埼玉県代表サポーターも勤める。