こどもとIT
福島と横浜をドローンが結んだ絆、ドローンプログラミング体験教室に込められた復興への想い
2017年12月5日 06:00
2017年11月9日、福島県浪江中学校において、ドローンプログラミング体験教室が開かれた。浪江中学校の全校生徒は現在9名、東日本大震災の原発事故により避難を余儀なくされ、福島県二本松市の旧針道小学校を仮校舎として開校している。
プログラミング体験教室は横浜市の学校法人岩崎学園 情報科学専門学校のプログラミング教室サークル「EXP.」(以下、EXP.)が運営し、ドローンの機材をソフトバンク コマース&サービス株式会社(以下、ソフトバンク C&S)が提供して実現した。そもそも、なぜ横浜の専門学校生が福島の中学校でドローンのプログラミング体験教室を開催することになったのか。そこには、生徒たちと福島の未来に託す想いと、それに応える次世代の若者たちの熱意があった。
未来に向かって歩み始めた福島
福島が震災からの復興を目指して取り組んでいる重点施策の一つに、「福島イノベーション・コースト構想」がある。
福島イノベーション・コースト構想とは
東日本大震災及び原発事故によって失われた浜通り地域等の産業基盤の再構築を目指し、廃炉やロボット技術に関する研究開発拠点の整備を始め、再生可能エネルギーや次世代エネルギー技術の積極導入、先端技術を活用した農林水産業の再生、さらには、未来を担う人材育成、研究者や来訪者に向けた生活環境の確保や必要なインフラなど様々な環境整備を進める国家プロジェクト。
2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催時に、世界中の人々が、浜通りの力強い再生の姿に注目する地域再生に向け、各プロジェクトの具体化を進めることにより、浜通り地域等の復興とともに、地域再生のモデルとなることを目指します。
この構想に基づき、南相馬市と浪江町に、物流、インフラ点検、大規模災害などに対応するロボット実証実験の拠点として、「福島ロボットテストフィールド」の設置が決定されている。ロボットを様々な環境で実証実験するための設備や長期間滞在設備を備えたもので、浪江町には長距離飛行試験のための滑走路が設置される予定だ。
また、すでに企業や大学、研究機関などに対し、ロボットやドローンの実証試験や操縦訓練の場として「福島浜通りロボット実証区域」の提供を続けており、2015年度以降90件以上の活用実績があるという。浪江町では、ドローン搭載マルチスペクトルカメラによる空撮や、ドローンを用いた低層大気観測などが実際に行なわれている。
身近な課題と目指す未来に即したプログラミング体験を
今年3月には帰宅困難区域を除いて避難指示が解除され、このようにロボットやドローンによる福島復興への道筋が着々と示される中で、今年の夏にEXP.とソフトバンクC&Sが横浜市の小学校で実施したドローンプログラミング教室を目にした浪江中学校の笠井校長からソフトバンク C&Sに問い合わせがあり、今回のプログラミング教室が実現した。
当日お話を伺った浪江中学校の井戸川教頭によると、これまでもロボットとパソコンを使って、前に進ませたり、戻らせたり、といった程度のプログラミング授業を技術の時間に実施していたが、それらもだいぶ古くなっていたという。前述の通り、浪江町全域に出されていた避難指示は、今年の3月31日に帰還困難区域を除いて解除され、ロボットを町の復興に活かしていく試みが進んでいる。ドローンで被災地域を映像に残すという取り組みや、南相馬市では楽天とローソンが専用車両による移動販売とドローンによる商品配送を連携させた実証実験も始まっている。子どもたちが将来かかわっていくことに興味を持ってもらいたいという想いから、今回のドローンプログラミング体験教室が実現した。もともと浪江中学校はICT教育に力を入れており、すでにiPadは生徒1人に1台用意されていたため、今回のプログラミング教室をきっかけにAirblockも4台購入したという。
EXP.代表の近藤氏は、事前に井戸川教頭からドローンを使った町おこしを浪江町で行なっていること、子どもたちにそれを実感させたいこと、ゆくゆくはそうした仕事もできるようになってほしいという想いを電話でヒアリングし、生徒たちが住む町を模したテーマを用意することに決めたという。今回のプログラミング体験教室をきっかけに、ドローンやプログラミングで便利になっていく世の中を感じ、未来にプログラミングができたら何ができるのかをわかってもらいたい、と語った。
中学生の知識と理解力に応じたカリキュラムを実践
それでは、実際のドローンプログラミング体験教室の様子を、写真を中心にお届けしたい。今回、会場は浪江中学校の体育館を使用し、生徒8名(1名欠席)が5~6時間目の授業として参加した。
生徒たちへのプログラミングの基礎知識の説明の中で、「よく使われる2つの命令」ということで「繰り返し条件」と「条件分岐」が紹介された。その紹介の仕方が、また実に若者らしくユニークだ。繰り返し条件は、「告白」というシチュエーションで「相手のOK」がもらえるまでアタックするという例えを用いて、「条件を満たすまで繰り返す」こと。条件分岐は、「告白の返事」というシチュエーションで「相手が好みのタイプか否か?」で返事の内容が変わるという例えを用いて、「条件によって行動が変わる」こと。自分が生徒だったら、思わず「最近、失恋でもしたんですか?w」と聞いてしまいそうになる、教える側と教わる側の年齢も近い若者同士ならではの、アイスブレイクも兼ねたユーモアのあるファシリテーションだった。
今回の教室では、この中で「繰り返し条件」を取り入れることで、(告白に効果があるかどうかは定かではないが)プログラムを短くまとめて間違いを減らせる、というメリットがあるということを説明して、実際にドローンの操作に入っていく。
まずはドローンの操作とUIを理解するため、自分でコントローラーのパワースイッチとボタンを設置する。さらに、ボタンのコードを開いて、命令ブロックの置き方、消し方を練習し、ドローンを上昇させて1秒待ってから着陸させるプログラムを作っていく。全員が慣れたところで教材プリントが配られ、今回の課題である繰り返し条件を使ったドローンのプログラミングに取り組んでいった。
近藤氏は、今回の体験教室で中学生を教えるにあたり、小学生のように飛ばして動かして楽しんでプログラミングに興味を持つだけではなく、論理的に考える思考力を試しながらプログラミングすることを念頭においたという。以前の小学生を対象にした教室では、あらかじめボタンとコードが用意された状態から始めていたが、自分で考えて対処できる中学生なら、コントローラーのデザインを一からやらせてもよい、という判断だろう。
一通りのドローンのプログラミングに慣れたところで、自分たちの町にある7か所のランドマークから自分が選んだ場所に荷物を届ける、という今回のミッションが発表される。ここからは、各班、各生徒が思い思いに工夫を凝らして、お互い協力しあいながら、何度もトライアンドエラーをする時間となる。近藤氏は、平日の授業時間を使うこともあり、実際の授業を意識してチームを組み、役割を分担して作業をし、コミュニケーションとって進めるということをさせたかったと語る。
このときの方法論として興味深かったのが、「何秒動かす」ではなく「1秒進んで止まるをn回繰り返す」という方法でドローンをプログラミングさせていることだ。つまり、「5秒進む」は「1秒進んで止まるを5回繰り返す」とさせたのだ。これにより、繰り返し処理を利用した効率化はもちろんだが、ドローンが1秒に1回止まることにより何回繰り返し処理をしているかを目で見てわかるようにする、という狙いがあると近藤氏は語る。普通に繰り返すだけだと見えない、5秒分が目で見てわかるのだという。こういう工夫はさすがだなと感じた。
今回、近藤氏が実際に中学生を教えてみて、小学生と違って飲み込みの早さ、自分で考えて修正する能力に驚いたそうだ。小学生では気づけない違和感に、中学生なら自分で気づいてプログラムを修正できていたという。たとえば近藤氏の担当する班の場合、教えてみたら飲み込みが早かったので、元々のカリキュラムはドローンをスタート地点から目的地の間を行き来させるものだったが、複数の目的地を連続して回るにはどうしたらいいか、というように自分で考えさせる内容に変更してみたという
教室の最後には発表会を行ない、生徒それぞれが目的地に向かってドローンを飛ばして、お互いの成果を称えあった。ドローン自体の精度は決して高くないが、自分が思った軌跡を描いて進んで着陸するドローンを見ては一喜一憂する生徒たち。生徒からは「プログラミングは難しいと思っていたが、自分たちでもできて、面白いものだとわかった」という声も聞かれた。
昨今、プログラミング教室は珍しくなくなりつつあるが、これほどまで自分たちが暮らす町と未来を見据えて行なわれるプログラミング教室というのは、なかなかないのではないか。うまく動かない生徒に寄り添い、原因と解決方法を時には何人ものメンターが集まって共に考える姿を見て、プログラミング教育とは何かを改めて考えさせられた1日だった。