こどもとIT

マイクロソフトが描く「Future-ready skills」の育成に必要な学びとは?

――第10回 教育ITソリューション EXPO(EDIX)レポート①

2019年6月19日から3日間、教育ICT分野の専門展「第10回 教育ITソリューションEXPO」(以下、EDIX)が開催された。同イベントでは、ICT機器やデジタル教材、校務支援システムなど、教育分野に参入する企業のソリューションが一同に展示され、全国から多くの教育関係者が集まる。

本稿では、教育ICT分野で圧倒的なシェアを誇るマイクロソフトを取り上げる。マイクロソフトがどのような教育の未来を描いているのか。また、どのような人材育成を重視しているのか。教育ICT分野におけるリーディングカンパニーとして、同社の方向性に関心を示す教育関係者は多い。同社の教育ビジョンや取り組み、それを実現するためのソリューションなどを紹介する。

EDIX 2019でのマイクロソフトブース。Microsoft 365 Educationのソリューションが体験できるコーナーや、使い方のレクチャー、学校での利用事例などを紹介するセッションも設けられた

AIやIoT の普及する未来の社会で求められる教育とは?

まずは、日本マイクロソフトで文教部門を統括する中井陽子氏の講演から紹介しよう。同氏は、「マイクロソフトが考えるFuture-ready skills - 21世紀を生き抜く力 AI、ロボティクスを使いこなし、社会で活躍するための『未来スキル』とは」と題して、これからの教育に求められる人材育成の視点や、テクノロジーの重要性について語った。

日本マイクロソフト株式会社 パブリックセクター事業本部 業務執行役員 文教営業統括本部 統括本部長 中井陽子氏

日本の教育が転換期を迎えたのは、1995年。インターネットの登場により、子どもたちは学校以外の場所で多くの情報を得られるようになり、教育自体もインターネットに影響を受けるようになったと中井氏。これと同様に、今後、AIやロボティクスが生活レベルで広がれば、これらの新しいテクノロジーも教育に影響を与えるのは間違いない。もはや、教育が変わっていくことは必然の流れであり、こうした時代を見据えた能力を育む必要があるというのだ。

「子どもにとってもインターネットは社会とつながる重要なツールだ」と中井氏は強調し、「人とつながり、インターネットで情報を集め、テクノロジーを使って学び、何かを作り上げていく」という考え方や思考、合意形成、そして“動かしていく力”が求められると語る。

AIやロボティクスが普及する社会について中井氏はマイクロソフトリサーチの発表を引用し、2025年の社会では先進国の10%の車がドライバーレスになり、10人に1人がIoTデバイスにつながった洋服を着て、3Dプリンターで造られた臓器移植が始まるであろうことなどを紹介

教育分野でもよく語られるトピックではあるが、中井氏は「AIが代替できる仕事」「AIが代替できない仕事」「AIによって新しく生まれる仕事」の3つに分けて説明した。店員や資格ビジネスなど「分析や診断など意思決定に関わる仕事」はAIによる代替が可能で、教師や看護師、カウンセラーなど「感情を理解する仕事」はAIの代替は難しい。また、自動運転トレーナーやデータアナリストなど「何かをデザインする仕事」はAIによって新しく生まれる仕事だという。

さらに同氏は、AIに限らず、2022年までに創出されるテクノロジー関連の新しい仕事は620万職あるとし、子どもたちの65%が今は存在しない仕事に就くと説明した。

世界の若者の失業率、2022年までに生まれる仕事、テクノロジーを必要とする仕事の比率など、中井氏は具体的な数値を見せて未来の社会を語った

このような未来を目の前にして、既に海外の企業ではより人間的な能力を求める傾向にあるようだ。それが「エモーショナル・インテリジェンス(感情知能)」と呼ばれるスキルで、問題に対する洞察力や創造力、我慢などを得るために必要な知能を指すという。中井氏は、「AIやロボティクスが普及する時代だからこそ、感情を理解する能力が求められる。この能力はさまざまな研究から、後天的に身につくスキルであることも分かっており、学校はそうした能力を育むためにも、より子どもたちが主体的に学べる場になってほしい」と述べた。

今後はエモーショナル・インテリジェンス(感情知能)が求められる世の中になると中井氏

マイクロソフトでは具体的に、未来を生き抜く力として、「Future-ready skills」と呼ばれるスキルを設定している。これは「6C」と言われるもので、「Communication(コミュニケーション)」「Collaboration(コラボレーション)」「Curiosity(好奇心)」「Critical Thinking(クリティカル・シンキング)」「Creativity(創造性)」「Computational Thinking(コンピュテーショナルシンキング)」の頭文字を取ったものだ。

マイクロソフトが考えるFuture-ready skills

中井氏は、このFuture-ready skillsを育むためのツールとして、Windows 10、Office 365、Intuneの教育版をセットにした教育機関向けソリューション「Microsoft 365 Education」を提案。教師の働き方改革、児童生徒の学び方改革の両方で使えるとし、Microsoft 365 Educationを用いた実証実験「Microsoft 365ステップモデル校プロジェクト」を全国9ヶ所の学校で実施した成果の一部を紹介した。

教育現場におけるMicrosoft 365 Educationの活用事例

戸田市立戸田東小学校では、5年生がOneNoteやTeamsを活用し、国語の授業で課題解決型学習に取り組んだ。中井氏は「児童たちは意見をまとめて共有し、発表することができた。Officeは社会人向けのツールだと思われがちだが、子どもでも十分に使えることが分かった」と述べた。また神奈川県立希望ヶ丘高等学校においても、同様の授業を実施。担当した教師たちからは、「教師の役割は変わり、生徒たちを伴走する役目もあることが分かった」といった感想が寄せられているという。さらに、この実証実験では、Microsoft 365 Educationを用いて、生徒のコミュニケーションやコラボレーションがどのように伸びたのか、その効果も調査したという。

教職員のアンケート結果では、ツールを使う前と後のコラボレーションの伸びの差が顕著
児童生徒のアンケート結果では、初めて触れたにもかかわらずOneNoteとTeamsのレベルアップが顕著
Teamsを活用したコラボレーションの変化。ほぼ全員が、レベル5を達成した。レベル5は、コラボレーションツールを使いこなして、メンバーと創発し合うことで短時間にプロジェクトを実行できるスキルを指す

中井氏はほかにも、教育分野で取り組みが広がる「外国語教育・英語教育」と「プログラミング教育・STEM教育」についても触れた。これらについては、マイクロソフトが提供する教育者向けプログラム「マイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)」に選ばれた教師たちの事例を紹介した。英語教育は、滋賀県立米原高等学校の堀尾美央教諭が取り組んだスカイプを用いた遠隔交流授業を、STEM教育については、立命館小学校の正頭英和教諭が実施した教育版マインクラフトを活用した課題解決型学習だ(詳しくは『教師に求められるのはICTスキルではなく、授業に対する課題意識と手段としてのICT活用』を参照)。

ちなみに、マイクロソフトはSTEM教育に関して、かなり力を入れている。中井氏は「Hacking STEM Lessons & Hands-On Activities」と呼ばれるSTEM教育のための無料コンテンツや、教育版マインクラフト「Minecraft: Education Edition」を詳しく紹介し、子どもたちが楽しんでテクノロジーを学べるコンテンツだと述べた。またマインクラフトについては、子どもたちがチームで作品を作って競い合う「Minecraftカップ 2019 全国大会」も日本マイクロソフトの主催で開催される。同社ではこのようなイベントを通して、デジタルなものづくりの機会創出を提供していきたい考えだ。

マイクロソフトが提供する無料のSTEM教育コンテンツ「Hacking STEM Lessons & Hands-On Activities
Minecraftカップ 2019 全国大会の応募締切は8月18日まで

最後に中井氏は、OneNoteやTeamsをはじめ教育版マインクラフトなど、マイクロソフトのさまざまなソリューションを使うためには、Office 365 Educationのアカウントが必要であると述べ、先生1人の契約に対して、児童生徒40人に無料でライセンスが発行されることを紹介した。同氏は「今後もFuture-ready skillsの育成に向けて、さまざまなコンポーネントをMicrosoft 365 Educationに加えていきたい」と講演を締めくくった。

多数のデバイスと事例が展示され、賑わうマイクロソフトブース

EDIXのマイクロソフトのブースでは、中井氏が紹介したMicrosoft 365 Educationのさまざまなソリューションが展示され、来場者が実際に触って体験できるコーナーや、それらの使い方や活用事例が聞けるセッションが設けられた。

マイクロソフトのブースでは、「学び方」「働き方」「教え方」を変える3つの学校改革をコンセプトに、さまざまなソリューションを体験できるコーナーが設けられた

「デジタルクラスルーム」の体験コーナーでは、Teamsを授業のプラットフォームとして活用する方法が紹介された。各自の端末で撮影した写真をTeamsで共有してコメントを書き込んだり、教師がTeamsを通して配布したWordファイルに同時に答えを書き込んだりと、協働学習や一斉学習で有効な活用を体験することができた。

Teamsを授業のプラットフォームとして活用する方法を体験。写真の共有やWordファイルの配布、書き込みなどもスムーズに行うことができる

シンプルIT管理の体験コーナーでは、マイクロソフトのモバイルデバイス管理(MDM)の「Microsoft Intune」を触ることができた。同コーナーでは、教育現場でトラブルが絶えない情報漏えいを取り上げ、それに関する対応策として、機密ラベルの設定などIntuneで出来ることが紹介された。

マイクロソフトのモバイルデバイス管理(MDM)の「Microsoft Intune」のダッシュボード
プログラミング学習コーナーでは、micro:bitやMakeCode、教育版マインクラフトなどを展示
働き方改革のコーナーではTeamsの活用法などが紹介された

セッションでは、「Surface Go」に関する内容を聞くことができた。Surface Goを学校で使うメリットは、なんといっても軽量であるという点だ。タブレットの部分だけになると500グラムという軽さで、しかもWindows10のフル機能を使用することができる。デジタルノートのOneNoteにサクサク書き込めるSurfaceペンや、保護カバーなど、教育に適したアクセサリが用意されているのも嬉しい。価格は、通常5万2800円のところ、教育機関向け価格として4万7800円で提供されており、BYODを実施する学校にとっては、家庭負担で納得が得られやすい価格帯でもあるだろう。

Surface Goは、通常5万2800円のところ、教育機関向け価格として4万7800円で提供されている
マイクロソフトのブースには、Surface Go以外にも、各社のWindows端末が展示された

以上が、EDIX 2019におけるマイクロソフト関連のレポートとなる。同社が掲げるFuture-ready skillsの育成は、言うまでもなく、テクノロジーを利用してこそ、さらなる効果が期待できるものだ。子どもたちが学校で身近にテクノロジーに触れられるよう、Microsoft 365 Educationの活用を広げてほしい。

隣のレノボのブースでは、Windows 10のLTE搭載2-in-1 タブレットPCにOffice 365 Educationなどのクラウドサービス、サポート、無償修理・交換、ICT支援員などをパッケージにした「ICT Goodstart」を展示。ブースの担当者によると、LTEプランを1セット月額8000円で提供する予定だという
反対側のシャープのブースでは、BIG PADなど自社の文教向けプロダクトとWindows 10搭載のDynabookを組み合わせたソリューションを展示。表にはPETS、micro:bit、ロボホンといったプログラミング教材も並べ、全方位的な提案力をアピールしていた

神谷加代

教育ITライター。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。