こどもとIT

【連載】1人1台時代の学校現場 第6回

20,500台のWindowsタブレットPC、1人1台環境のメリットを引き出す整備と運用体制

――千葉県・市原市教育委員会の取り組み

GIGAスクール構想の話は“どの端末を選ぶか”に終始しがちだったが、1人1台環境を学習や学校生活で活かすためには、端末整備だけが重要なのではない。ネットワークや電子黒板、デジタル教科書、授業支援システムといったICT環境整備と、それらを活用する教員の研修や、運用体制の構築にも取り組まなければならない。

そうした総合的な教育ICT環境整備の好例が、千葉県市原市だ。同市は2013年からモデル校で児童全員に1台ずつのタブレット端末を配備し、実証実験やICT活用に力を入れてきた。GIGAスクール構想においても、今までの知見を活かして充実した整備や運用体制を築き、良いカタチで1人1台環境のスタートを切った自治体のひとつでもある。どのように取り組みを進めてきたのか、その中身を紹介しよう。

市原市内のGIGAスクール研究推進校での活用の様子

めざす教育ビジョンを固め、段階的な目標「IChiHaRaスタイル」を設定

千葉県市原市は、人口約27万人。市内には小学校が40校、中学校が22校あり、約19,400人の児童生徒が学んでいる。同市は2013年に、市原市立国府小学校をモデル校として1人1台環境の取り組みをスタート。その後、校務支援システム、大型テレビ、指導者用デジタル教科書、校務用パソコンの更新など、段階的にICT環境整備を進めてきた背景がある。

市原市教育センター 生田勲氏

そうした中、2020年度にGIGAスクール構想が前倒しされた。市原市では、この状況に素早く対応し、整備に着手する。当時、GIGAスクール構想を担当していた市原市教育センター指導主事 生田勲氏は、「市原市はすでにモデル校で1人1台環境の実績があり、子どもたちはタブレットを使えることが分かっていました。ただ、現場でICTを定着させるためには、先生方の活用スキルを上げることが大事だと考え、段階的に活用を進める4つの実践目標『IChiHaRaスタイル』を設定しました」と語る。

市原市では、この『IChiHaRaスタイル』で「学力を基礎にして必要な情報を収集・分析し、それを活用して主体的に課題解決する子どもの育成」をビジョンに掲げる。こうした教育を実現するため、「一人一台タブレット環境に慣れる」「授業の中でのより効果的な活用を進める」「家庭に持ち帰り、家庭学習に役立てる」「新たな授業の構築、個別最適化を目指す」の4段階を設けて、教員がステップアップしながらICT活用の範囲を広げていく、というものだ。

市原市GIGAスクール構想の概要

生田氏は「先生方が日々使っていく中で、いつの間にかICTに対する意識が高まるようにしていきたいと考えています。“ICTがないと授業ができない”と思ってもらえるのが理想ですね」と語る。

市原市は、段階的な実践目標『IChiHaRaスタイル』を設定

Windows 2 in 1タブレットを20,500台導入し、児童生徒1人1アカウントも整備

ここからは、市原市がGIGAスクール構想で整備したICT環境をみていこう。

まず、GIGAスクール構想ではクラウド活用が必須であり、通信量が増加する。そこで校内LANを増強するとともに、インターネット回線もセンター集約型ではなく、学校から直接インターネットに接続できる環境を児童数に合わせて新規で整備。“つながらない”、“ネットが遅い”というトラブルがないよう、先手を打って対応した。併せて、学校ごとのセキュリティ対策を強化すべく、クラウド型のフィルタリングサービス「i-Filter@Cloud」を導入した。

市原市のGIGAスクールネットワーク環境
各教室に設置されたアクセスポイント

児童生徒が使う1人1台端末には「FUJITSU ARROWS Tab GIGAスクールモデル」を採用、計20,500台を導入した。Windowsを選択した理由について生田氏は、「レポートなどのアウトプットに優れていて、市原市がこれまで取り組んできた実績が活かせると考えました。また、学校で教材をダウンロードして、Wi-Fiがない環境でもオフラインで学べる、持ち帰り学習も実現できます」と語る。

市原市が導入した「FUJITSU ARROWS Tab GIGAスクールモデル」。Windows 10 Proを搭載
タブレットPCは手書き入力も可能。100円ショップでも購入できるスタイラスペンを使用する児童が多いようだ

市原市では、GIGAスクール構想の整備段階から持ち帰り学習を想定し、ACアダプターを児童生徒1人につき2つずつ配備している。また標準仕様では64GBのストレージを、オフラインでの利用も考慮し128GBに増強。ほかにも、児童生徒1人につきOffice 365 Education A1のアカウントを発行。アカウントは「Azure AD(Azure Active Directory)」、端末は「Intune」によって、クラウドで一括管理できる環境を構築している。以前から活用している電子ドリルの「eライブラリアドバンス」もタブレット端末で導入し、個別学習や家庭学習に活用できるデジタル教材もそろえた。

そして今回、市原市がICT環境整備で特に力を入れたのは電子黒板の配備だ。1人1台環境を学習で活かすためには、デジタル教材を提示したり、児童生徒の画面を一覧表示できる装置が欠かせない。そこで同市では、65インチの一体型電子黒板「xSync Board」を市内小中学校の全普通教室に整備した。

65インチの一体型電子黒板「xSync Board」を市内小中学校の全普通教室へ整備

「xSync Board」は、大型モニタとホワイトボード機能とパソコンが一体になった電子黒板で、本体だけインターネットに接続し、ウェブサイトや動画を表示したり、指導者用デジタル教科書の提示もできる。授業支援ソフト「xSync Classroom」も搭載されており、児童生徒の画面を映すことも可能だ。生田氏は「1人1台環境になると、先生と子どもたちとの間で双方向なやり取りが必要になります。子どもたちもタブレットだけで学習を進めるわけではなく、先生や友達と連携し、ネットにつながりながら学習を進めます。そうした学習を実現するためには、大きく提示できる電子黒板は必須です」と語る。

ホワイトボード機能。パソコンやタブレット等の端末を起動せずに、すぐに利用できる
児童生徒のタブレットの画面も映せる、授業支援ソフト「xSync Classroom」も搭載

さらに、オンライン授業やオンライン全校集会などを見据えて、各学校にデジタルビデオカメラやハードウェアエンコーダーなど配信用機材を1セットずつ整備したほか、モバイルルーター及び貸出用のタブレットも整備するなど、充実したICT環境を実現した。

現場の混乱を防ぐFAQシステム、専門スキルを持つ外部人材の登用など支援体制も充実

一方で、どんなに充実したICT環境を整備しても、それをどのように運用していくのか、また活用する教員のスキルをどのように向上させていくか、教員研修や運用体制も整えていくことが大事だ。

市原市では、指導主事が出演するオンライン研修用動画を作成し、電子黒板やタブレット端末、ソフトウェアの利用方法や模擬授業など、研修用のコンテンツの充実に取り組んでいる。コロナ禍の中、教員が放課後に集まって教員研修を行なうことがむずかしい今、自宅のパソコンやスマートフォンから、いつでも視聴できる研修動画を用意していく。

指導主事が出演するオンライン研修用動画

また1人1台環境を開始した後は、端末のトラブル対応など、現場にも多くの混乱が生じる。そこで市原市は、導入後の活用をスムーズに進めるために、FAQシステムを構築した。教員は何か分からないことやトラブルが発生したとき、校務用パソコンから同システムにアクセスし質問を入力すれば、市教委にメールが送信されて、回答を得ることができる。質問と回答はノウハウとして蓄積され、他の教職員も見ることができるという。

GIGAスクールにおける困りごとは、専用フォームから教育委員会に質問する仕組み。同システムは「PowerApps」で構築

さらに市原市では、新たな授業スタイルに変えていくために、外部人材を登用する「GIGAスクールアドバイザー」を新たに配置。具体的な役割としては、指導主事に同行して各学校のICT活用について直接指導するコーディネータとしての役割、研修や学校ヒアリング等をしながら次年度の計画立案をするイノベータの役割をそれぞれ担う。

ICT環境整備だけでなく、導入後の活用を見据えて、専門知識を持つ人材を外部から獲得するために予算化している自治体の事例はまだまだ少ない。今後、多くの自治体が参考にすべき取り組みだといえるだろう。

「いっぱい使えるようになりたい」、GIGAスクール端末を初めて手にした子どもたち

このように充実したICT環境を整備した市原市は、昨年11月18日に市原市内のGIGAスクール研究推進校でGIGAスクール端末が児童に配布される様子をメディアに公開。この日は1年生と6年生のクラスで、初めてGIGAスクール端末を起動し、自分のユーザー名とパスワードでログインして、電子ドリルに挑戦するという様子を見ることができた。

昨年11月、市原市内のGIGAスクール研究推進校で端末が児童に配布された

同校は、GIGAスクール構想前からモデル校として1人1台環境を実施しているが、“新しい自分の端末”は、子どもたちの受け止め方も異なるようだ。6年生に話を聞いたところ、「いっぱい使いたい。自分の分からないことを調べたり、勉強に役立てたり、自分のパソコンとして使えるのは楽しみです」と意欲的な答えが返ってきた。

一方、1年生はアルファベットに馴染みが少なく、キーボード操作もむずかしい。端末にログインするだけで時間がかかっていたが、子どもたちは配布されたカードを見ながら、自分のユーザー名やパスワードを一生懸命に入力。「触るのが楽しい」「パスワードがむずかしかったけど、がんばれた」「もっと使えるようになりたい」など、とても前向きに取り組んでいたのが印象的だった。

電子ドリルには、カメラからQRコードを読み取ってログイン

現在、全国の学校でGIGAスクール端末が配布され、活用が始まっているが、子どもたちにとって、タブレットPCを使う学びは“楽しみ”であることを忘れてはならない。GIGAスクール構想の議論は、“どうすれば教員が使えるようになるか”、“どうすれば授業が変わるか”という、大人目線の話になりがちであるが、子どもたちが最初にタブレットPCを手にしたときに感じる“ワクワク感”に応えられるかどうかを、教育者は試されている。

そのため市原市では、前出の『IChiHaRaスタイル』で提示した4段階の前に、明文化はされていないが“教員が自由に使って良い”というゼロ段階を設けて、現場での積極的なチャレンジを促している。教員のやってみたいマインドを育む重要性に着目している点も、同市が長年ICT活用に取り組んできたノウハウの賜物であるといえる。

また市原市は保護者への情報発信にも力を入れている。保護者の多くはGIGAスクール構想を知らないことが多く、1人1台環境が突然始まってしまうことに不安を感じる家庭も多いだろう。そこで同市では、1人1台環境になると学びはどのように変わるのか、ICT活用で市原市はどのような教育をめざすのか、紙の配布物やプロモーションビデオ、市の広報誌などを通して、積極的に情報発信している。現場でのICT活用を進めていくためには、保護者の理解も欠かせない。こうした情報発信を通じた保護者との接点の作り方は、他の自治体も大いに参考になるだろう。

GIGAスクールの取り組みを動画でも発信

1人1台環境、本領発揮!全学年で一斉にタブレットPCを活用した授業を実施

GIGAスクール研究推進校でGIGAスクール端末が配付された3週間後、市長視察が実施された。全学年で電子黒板やタブレットPCを活用する授業が披露され、いよいよGIGAスクールの本番が始まったことを感じさせる。

1年生は算数の授業で、デジタルドリルを使った個別学習。クラウドベースの教材であるため、最初にWebブラウザーを開いて、デジタルドリルにアクセスする。1問正解するごとに「やったー!」と声が聞こえ、楽しく取り組んでいるのが伝わってくる。2年生は生活科で「思い出のクイズを出し合おう」をテーマに、問題を出し合い、各自のタブレットPCに答えを書いて共有した。

3年生はScratch 3.0を使ったプログラミング学習を実施。4年生は国語のグループ学習で、冬の行事をモチーフにした紙のカルタを作り、授業支援システム「xSync Classroom」で作ったカルタを共有し、並び順などを考えた。

3年生総合:プログラミング学習の様子

5年生は「北陸の工業製品」をテーマにした社会の授業を実施。指導者用デジタル教科書が電子黒板に表示され、それを見ながら児童たちは意見交換を行なった。65インチのディスプレイは教室の後ろからでも、クリアに見えるのが印象的だ。6年生は「Microsoft Teams」を活用したリモート学習。平和教育の一環として戦争体験を聞く授業が実施された。コロナ禍では、社会科見学などの課外活動も減っているが、ICTを活用することで、今までとは異なった形で新たなつながりが作れる。こうした経験も、子どもたちの学びとして貴重であるのは言うまでもない。

5年社会:電子黒板と指導者用デジタル教科書を使った学習

生田氏は、市原市のこれまでの取り組みを振り返り、「教員のICTに向き合う意識はできつつあり、端末の電源がついていない学校はありません。“タブレットPCを待っていました”と言ってくれる先生も増えてきました。しかし一方で、1人1台環境が始まることに不安を抱えている先生方も多く、今後はこうした先生方のサポートを強化しながら、ICT活用を広げていきたいと考えています」と想いを語った。今後は、AIを活用したデジタルドリルの検証や、オンライン学習の推進、学習者用デジタル教科書の検証などにも取り組んでいくという。

GIGAスクール構想によるICT環境は、自治体の予算やこれまでの取り組み、学校の実態によって整備内容が変わるため、市原市のような環境がすべての地域で実現しているわけではない。しかし、どのような教育をめざすのか、そのためにどのようなICT環境が必要になるのか、押さえるべき共通のポイントがあるはずだ。

これから全国でGIGAスクール端末の本格的な活用が始まる。端末を整備して終了とせず、学校現場にどのようなサポートが必要になるのか。市原市の事例を参考に、より良い学びの環境づくりに各自治体は継続して取り組んでほしい。

この連載では、1人1台環境で学びのアップデートを目指す教育関係者へのインタビューから、GIGAスクール後の利活用のヒントを探ってゆきます。
神谷加代

こどもとIT副編集長。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。