こどもとIT
【連載】1人1台時代の学校現場 第5回
公立中がLTEとChromebookで、生徒の学びと教員の働き方を進化させる
――東京都町田市立堺中学校の取り組み
2021年3月30日 13:00
これまで公立中学校のICT活用は、小学校に比べて授業での活用も少なく、3年間でコンピューターに触るのは、”技術・家庭科のプログラミングのみ”という学校も多かった。それがGIGAスクール構想による1人1台環境で、中学校にも変化が求められている。
中学校は1人1台環境でどのように変わるのか。2017年からLTE環境のChromebookで先進的なICT教育に取り組む、東京都町田市立堺中学校を紹介しよう。
クラウド活用の鉄則「生徒1人1アカウント」で休校期間も学びを継続
町田市立堺中学校(以下、堺中学校)は、同市教育委員会が指定したICT教育推進モデル校のひとつだ。同市では、2017年からICT環境整備に着手し、LTE環境のChromebookを市内の全小中学校62校と教員に配備を進めていた。そうした中、GIGAスクール構想が始まり、堺中学校でも1人1台環境が実現。現在は、生徒・教員合わせて265台のChromebookが稼働し、生徒には1人ずつGoogle Workspace for Education(旧:G Suite for Education)のアカウントが配布されている。
ICT活用に先進的に取り組んできた堺中学校の大石龍 校長は「1人1台環境において大切なのは、生徒が主体となってタブレットを使える環境を授業の中で作ることです」と述べた。しかし、2020年度のコロナ禍は6月半ばまで休校を余儀なくされ、「学習を年度内に終えるため短い時間で授業を進めざるを得ず、教員が教材提示のために使う時間が増えて、生徒が使うことがおざなりになってしまいました」と振り返る。
とはいえ、以前からICT活用に取り組んできた同校だからこそ、休校期間中もクラウドを活用して学びを継続することができた。具体的には、Google Classroom(以下、Classroom)を活用して学級や学年、教科などさまざまな単位で「Web上の教室」をつくり、生徒がどのデバイスからでもアクセスできる学習環境を構築。Classroomで課題や動画教材を配信したり、Google Forms(以下、Forms)を使って生徒からの質問を受け付けたり、小テストに挑戦したりもした。またGoogle Meet(以下、Meet)を使った朝学活も実施。「お題に合わせて一言」などテーマを決めて生徒と交流しながら、その日の様子を知ることができる場を設けた。
同校でPC委員を務める藤吉伸勝教諭は「この環境がなければ休校期間中に教育活動を行なうことは不可能でした」と当時を振り返る。休校期間は全国多くの学校でICTが使えないために学習を継続することができない事態に見舞われたが、生徒1人にGoogle Workspace for Educationのアカウントが配布され、クラウド環境が利用できる同校は、さまざまなカタチで学習を継続できた。教員がいつでも、どこでもつながるLTE環境のChromebookが使えたことも、こうした学習環境に寄与したといえるだろう。
藤吉教諭はGoogle Workspace for Educationについて、共同編集の機能が良いと話す。たとえば、同教諭が受け持つ英語の授業では、プレゼンテーションのスライドをグループで共同編集しながら作成。発表はMeetを活用して他のクラスとつなぎ、発表者のスライドを画面共有しながら2クラス同時にプレゼンテーションを披露し合った。藤吉教諭は「こうした活動の中で、生徒たちはより相手に伝わりやすいように工夫を凝らし、比較的短い時間でスライドを完成できるようになりました」と手応えを語る。授業内の発表といえば、クラスの中で完結することが多いが、ICTを活用してクラスを超えた交流が生まれている点に注目したい。
授業・学校生活・学校行事へと広がるICT活用
数学を受け持つ髙橋麻也子主幹教諭も、休校期間中にさまざまな動画教材の制作に挑戦。自身が出演するものや、Chromeの拡張機能である「Screencastify」を活用して、デジタル教科書やスライドを写し、音声だけを録画した動画を作成した。“ICTが得意ではない”と話す髙橋主幹教諭であるが、「デジタル教科書を映して解説する動画作りは、準備も必要ないのでICTが苦手な私でも挑戦できました」と語る。
また髙橋主幹教諭は、授業ではFormsを活用した小テストも実施している。Formsを使うと、生徒は画面上で簡単に取り組むことができ、教員はその結果をスプレッドシートで集計できるため、採点に費やす時間も大幅に削減されたという。ICTに苦手意識を持つ教員も、このような授業でのICT活用にメリットを感じ、学習の効率化につなげられたようだ。
授業のほかにも、生徒たちはさまざまな活動でICTを活用していると髙橋主幹教諭。なかでも目を引いたのは、生徒が自作するオリジナル動画だ。報道委員が作成した「部活動の紹介動画」や、保健委員が作成した「手洗い動画」など、テロップや音楽を効果的に活用した個性あふれる作品が作られている。生徒たちはChromebookで撮影した動画を、Google Driveにアップして、自宅のPCや自分のスマホで動画を編集しているという。髙橋主幹教諭は「生徒に全部任せると、良い作品ができあがる」と語っており、学校で取り組んだ作業の続きが家でもできるクラウド環境のメリットが活かされている。
ほかにも、クラウド環境を活用した学びは「修学」の場でも。昨年はコロナの影響で修学旅行が実施できなかったため、代わりにMeetを介して京都の旅行会社と交流する活動を実施した。生徒たちは事前に京都に関するDVDを視聴し、旅行会社に質問を送付。Meetで担当者から話を聞き、京都に関するガイドブックや架空の旅行会社の広告ポスター、粘土細工や絵馬を制作して展示会を開催した。展示会の開会式と閉会式、表彰式は学級委員会が主導となりMeetで行ったという。
教員のICT活用スキル向上に。ユニークな「今さら聞けないシリーズ」研修
このようにICT活用が広がっている堺中学校であるが、導入当初からスムーズに進んだわけではないようだ。
大石校長は「最初の頃は、タブレットをどう活用していくかよりも、これで何ができるのかを知ることからのスタートでした。多くの先生はそれまで使用していたWindowsのノートPCに慣れており、使い勝手が異なるChromebookに不満の声が上がることもありました」と打ち明けてくれた。PCの扱いが苦手だと語る髙橋主幹教諭も「Excelには慣れていても、スプレッドシートは少し違う。ボタンの位置が違ったり、同じような機能が見つけられなかったり、そうした些細な部分で戸惑ってしまう」と語ってくれた。
しかし、同校ではプロジェクトチームを結成し、教員研修を行なうことで教員のICTスキルの向上に取り組んだ。どんな授業をするのか指導案を交換したり、さまざまなアプリやデジタル教科書を使ったりと、試行錯誤を繰り返した。
そんな同校の取り組みの中で興味深いのが、大石校長が主導となって進めた「いまさら聞けないシリーズ」と命名した研修だ。これは、一度教えてもらったけどやり方を忘れてしまった内容についておさらいするもの。「Classroomで生徒を招待する方法や共同編集のやり方など、研修で教えてもらってもすぐに使わなければ忘れてしまいます。そうした内容を遠慮なく質問できる研修をつくったところ、多くの教員が出席してくれました」と大石校長は語る。
藤吉教諭が所属しているPC委員会も同校のICT活用を支えている。コロナ禍の休校時にはClassroomに「堺中 職員室」というグループを開設し、情報共有や操作に困った際の質問窓口となった。休校明けも、「PC委員会通信」で全教員に必要な情報を共有するなど継続して発信。藤吉教諭は「誰かが疑問に思うことは、必ず他の教員も同じ疑問を持っているはず」と語り、教員全体のボトムアップに寄与している。
ちなみに、教員のICTスキルが向上すると、仕事量の負担軽減という効果も生まれる。堺中学校ではこれまで紙ベースだった保護者会や面談の出欠確認、学校行事のアンケートをGoogleフォームに切り替え、集計にかかる時間を大幅に削減。保護者に配布するプリントにQRコードを記載し、保護者のスマホからいつでもどこでも送信できるシステムにした。これによって、これまでWordに書き起こして職員会議に提出していた資料作成の業務が軽減されたという。一方で、保護者向けの学校便りにARの技術を取り入れ、スマホで動画を観られるようにした。行事に出席できなかった保護者からは、当日の雰囲気を感じられると好評だ。
ほかにも、教員に1人1台でLTE環境のChromebookが配備されている同校は、働き方にも変化が見られる。町田市では、教員用のChromebookから校務系ネットワークに安全にアクセスできる環境を構築しており、1台の端末で校務と学習に活用できる。髙橋主幹教諭は「まだ子どもが小さいので、端末を持ち帰り、家事を済ませたあとで仕事ができるのはありがたい」と語った。ICT環境の整備や活用において、授業だけでなく、校務や教員の働き方改革といった視点を網羅していることにも注目したい。
生徒たちの表現が広がり、論理的な思考をさらに伸ばせる環境へ
ICTの活用によって、生徒の学びにどのような変化があったのか。大石校長は「発表する生徒の話し方に大きな変化はありません。ただ、ICTを活用することで表現の幅が広がり、伝えたいメッセージが明確になってきました。構成、展開、考察など自然に論理的な思考が養われ、よりスマートな発表ができるようになったと思います」と、プレゼンテーションを例に挙げ、表現が多様になるICTの良さを述べた。
髙橋主幹教諭は「数学が苦手な生徒でも、タブレットを使うとGeoGebraというアプリでグラフを見たり、デジタル教科書を見たりといったように、興味・関心を持ち、取り組む姿勢を見せてくれる」と述べた。また生徒たちが画面を見ながら意見交換をしたり、共同編集をしたりと生徒同士の交流が増えたほか、タブレットを使って意欲的に調べるようになったことで、紙ベースの学習に比べて情報収集力がアップしたと語る。
藤吉教諭は、生徒が学習に対して前向きになった背景には、自分専用の端末を使うことへの特別感があるだろうと分析する。生徒たちはICTに慣れるのが早く、使っていくうちに短時間で人に伝わるプレゼンを作り、表現力を発揮するという。「3年前の生徒は考えながらゆっくりプレゼンを仕上げていましたが、今の生徒たちは小学校でICTを経験しており、中1から自己表現のツールとして活用できています。明らかに3年前よりも生徒のスキルは上がっています」と語る。
目指すのは教員の「私が教える」からの脱却、ハード面とソフト面からみる課題
一方で、3年間のICT活用から見えた課題は何だろうか。
大石校長は、通信環境の課題を指摘した。場所を選ばず快適な通信を可能にするLTE環境であるが、地域住民も使用するネットワークである以上、場所や時間帯によって処理性能が不足することがある。堺中学校の場合は、JR横浜線のそばに立地しているため、電車が通過する際に通信が遅延することがあるという。「同様の問題は本校だけでなく、多くの学校が直面するでしょう。常に安定した通信環境を維持することは、国として改善すべき課題だと考えています」と述べた。
ほかにも、教員たちの「私が教える」という意識からの脱却することが何よりも大切だと大石校長。「これから教員はTeacherからFacilitator(ファシリテーター)へ役割をシフトすることが求められます。生徒は教師の言うことを聞いていればいいという受け身の姿勢にさせるのではなく、生徒自らが課題を見つけて学べる授業に転換することが大事です」と述べた。
そのためのひとつの手段として、「宿題」に対する認識を変える必要があると大石校長は話す。宿題は知識定着の反復練習という意味合いが強いが、授業に主体的に取り組むための準備や振り返りとして捉えることができれば、生徒がもっと主体的に学べるのではないかというのだ。
GIGAスクール端末が整備され、これから小中学校に進学する子どもたちは、端末を自在に操り新しい学びを深めていく。取材の中で藤吉教諭が「小学校で端末の扱いに慣れている新1年生は、自分が表現したいことをごく自然にスライドで作成できる」と語った言葉が印象的だった。
小学校、中学校、そして高校へと進学する際、それまで培われたICTスキルや学びを橋渡しできるように、学ぶ環境もそれに合わせて整えることが大人と社会の責務だろう。同校のように、「いまさら聞けないこと」に臆することなく、生徒が主体になって学べる環境整備が各自治体に広まっていくことを願ってやまない。
1人1台時代の学校現場 目次
- 「ガチガチiPad」から、生徒の好きな端末のBYODにした理由は?――湘南学園中学校高等学校の取り組み(前編)
- BYODは生徒の当たり前、ストレスから解放して伸びる生徒の力――湘南学園中学校高等学校の取り組み(後編)
- 1人1台iPad4年間の実践、下町の私立中高一貫校が得た手応え――東京成徳大学中学・高等学校の取り組み
- 公立高校でChromebook1人1台環境、3年間の活用で見えためざす学びの方向性――岡山県立林野高等学校の取り組み
- iPadを文房具にした名門校の学びとは?子どもたちが自ら発表を楽しむ授業へ――洗足学園小学校の取り組み
- 公立中がLTEとChromebookで、生徒の学びと教員の働き方を進化させる ――東京都町田市立堺中学校の取り組み
- 20,500台のWindowsタブレットPC、1人1台環境のメリットを引き出す整備と運用体制 ――千葉県・市原市教育委員会の取り組み
- SSH公立高校のChromebook活用、アクティブ・ラーニングからGASプログラミングまで――宮城県仙台第三高等学校の取り組み