こどもとIT
【連載】1人1台時代の学校現場 第4回
iPadを文房具にした名門校の学びとは?子どもたちが自ら発表を楽しむ授業へ
――洗足学園小学校の取り組み
2021年2月22日 06:45
“ICT先進校”と呼ばれる学校は、テクノロジーに強い教員が現場をリードすることが多い。しかし、そうした教員がいる学校ばかりとは限らない。全国には、“ITに詳しい教員が現場には一人もいない”状況で、GIGAスクール構想が始まってしまった小中学校も多いだろう。
洗足学園小学校(神奈川県川崎市)も、かつては同様の課題を抱えていた学校だ。しかし同校は、2018年に新3年生を対象にiPadの1人1台環境を実施した後、たった1年でAppleの先進的教育機関である「Apple Distinguished School(ADS)」に認定された。この短期間で1人1台環境の成果を上げた同校の取り組みから、GIGAスクール構想成功の秘訣を読み解きたい。
教師全員が使えるようになるために、“毎時間”使うことからスタート
洗足学園小学校は、首都圏でも有数の私立名門校。中学受験に力を入れる学校として知られており、卒業生の多くは難関の国立・私立中学へ進学している。
そんな同校がiPad導入に着手したのは2016年のこと。同校の赤尾綾子教頭は、「子どもたちの通学カバンが重く、荷物を減らせないかと考えたことがきっかけでした」と語る。教科書や資料集、問題集にノート、お弁当に水筒など、子どもたちの荷物が多く、通学時の負担が課題になっていた。iPadを導入すれば、教材をデジタル化し、子どもたちの通学負担を減らせる。その考えがiPad導入を推し進めていったという。
とはいえ、いきなり1人1台環境を実施するのはハードルも高い。そこで、初年度は教員に1人1台と学校共用のiPadを45台整備し、まずは教員がiPadを使うことからスタート。PowerPointで作った板書や資料を黒板に提示するなど、教員全員が使える方法を考えたようだ。
「本校にはICTに詳しい教員がひとりもいなかったので、すべての教員がiPadを使えるようになることを目指し、“毎時間、少しでもいいから使ってください”とお願いをしました。国語なら辞書を使ったり、理科ならカメラを使ったり、その程度の活用でもいいので、“とにかく毎時間使ってください”と伝え、全員で取り組むようにしました」と赤尾教頭は当時を振り返る。
こうしてiPadを使い始めていくと、やがて教員にも新たな気づきやアイデアが生まれ、情報収集のために外部の研修会や展示会に参加したり、校内で研修会を開催するようになったという。なかでも役に立ったのは、「ICT_Café」と呼ばれる、放課後20分くらいで開催する、自由参加のカジュアルな研修会だそうだ。同校でICTを担当する宮田好展教諭は、「情報を共有したり、アプリの操作を学んだり、教員が研修会で一緒にやっていくうちに先が見えるようになってきました。全員でやっていこうという意識も高まったと思います」と語ってくれた。
その後、教員のiPad活用も広がっていくと、学校共用iPadが取り合いになってしまう事態に。そこで2018年度から小学3年生を対象に1人1台環境を導入。さらに2019年度からは、完全専科制が始まる3年生までにiPadに慣れることをめざして、2年生の秋より1人1台環境をスタート。現在は2年生から5年生までがiPadを個人で所持しており、2021年度からは、1年生も学校共用の端末で1人1台をスタートするという。
iPadを使うことが目的ではなく、ICTをツールとして使っているだけ
洗足学園小学校では、どのようにiPadを活用しているのか。赤尾教頭は、「記録媒体として、議論する場所として、また宿題を提出したり、課題を受け取ったり。子どもたち同士が活動したり、協働したりする場所として、あらゆる場面で活用しています」と話す。
校内をまわると、その様子がよく伝わってくる。あちこちの教室でiPadを活用した授業が行なわれており、日常に溶け込んでいるのが分かる。もちろん、授業によってはiPadの出番がないものもあるだろうが、低学年から高学年まで、ほとんどの教室でiPadを活用している場面に出くわす。情報収集や成果物の共有、板書の提示など、大それた使い方をしているのではなく、iPadを学習ツールとして自然に使いこなしている。
2年生算数の「かたちづくり」の授業では、児童がブロックで作った形を写真に記録し、ロイロノート・スクールで共有。iPad導入前までは「作ったものを壊すのが嫌だ」という児童もいたそうだが、写真で記録できることで時間いっぱい使って何度も作り直しては写真に収める姿が教室中で見られた。さらに洗足学園小学校ではiPadを家庭に持ち帰るので、保護者にも見せられるのが良い。
高学年の算数では、Keynoteで問題が提示され、教員が手元のiPadで書き込みながら説明していた。教員のiPadはApple TVを通じてプロジェクターで投影されるため、板書で黒板の前に縛られることがない。教室を自由に歩き回り、児童に寄り添って言葉がけできる機会も増えた。
同授業を担当した古尾谷浩之教諭は、「板書を書いていた時間がなくなり、今はその時間が他のことに使えるようになった」とiPadを使うメリットを話す。もともとICTは得意ではなかったと話す古尾谷教諭であるが、「詳しい先生に聞いて、自分なりにアレンジしながら使っている」と述べた。iPadが学習用ツールとしてだけでなく、授業改善にも有効であることが伺える。
また、欠席者のいるクラスではZoomが大活躍だ。教室の後ろにiPadを設置して、Zoom経由で授業を配信したり、グループ活動のときは、Zoom用のiPadも移動させて欠席した児童も一緒に活動したりと、学び方の選択肢を広げている。コロナ禍で先が不安定な今、こうした学習環境が用意されているのは、子どもたちにとっても、保護者にとっても心強いのは間違いない。
赤尾教頭によると、コロナ禍の休校期間はZoomを活用したオンライン授業も実施したという。子どもたちに課題を配信し、ブレイクアウトルームに集まって議論したり、Keynoteを活用してリモートで協働制作に挑戦したり、さらには縦割り活動もオンラインで実施するなど、さまざまな学び方に挑戦した。
ちなみに、洗足学園小学校ではiPadを毎日家庭に持ち帰って、家で充電してくることが基本となっており、教室内に充電保管庫はない。そのため、児童たちはiPadを使っていないときは、机の中に入れて保管している。
「iPad導入当初は、“壊れるのではないか”、“何かトラブルが起きるのではないか”と考え、学校でかなり厳しいルールを決めて使っていた」と話す赤尾教頭。ところが意外にも、破損やトラブルも少なく、授業中にiPadを触って注意することも、いつの間にかなくなったそうだ。最初は禁止にしていたAirDrop(iPad同士で無線を通じてデータをやりとりする機能)も今では必要に応じて使って良いという。
子どもたちは、今の大人が知らない社会に出ていく
このようにiPadが学習ツールとして定着している洗足学園小学校であるが、「すべてがスムーズに進んだわけではない」と赤尾教頭は話す。教員の中には、中学受験は紙でやるのに、なぜiPadを導入する必要があるのかと疑問を持つ者もいたという。
「これだけスマホやPCが普及してくると、教員もICTは必要だと分かっています。しかし、学校の学びを変えてしまっていいのか。こんなに舵を切ってしまって大丈夫なのか、そこに不安を感じる教員はいました。そうした教員には、“子どもたちは、私たちの知らない社会に出ていくのだから、今までの考えに固執するのはやめませんか”と話をしながら、iPadの導入を進めてきました」と赤尾教頭は語る。
今、GIGAスクール構想によって1人1台環境が始まることに、不安を感じている教員や保護者もいるだろう。赤尾教頭が話すように、ICTは必要だと分かっていても、学校の学びが変わってしまうことへの不安は、誰にだってある。
しかし、忘れてはならないのは、子どもたちが活躍する未来の社会は、今の大人が知らない世界であるということだ。いや、未来の社会と言わなくとも、すでにコロナがもたらしたニューノーマルの社会は、我々の働き方、ライフスタイルに大きな変化を与えている。こうした社会を生きていくうえで、子どもたちがICTを知らずに育ってしまう方が、世界を閉ざしてしまう可能性だってある。
なぜICTを導入するのか、洗足学園小学校のように、教員全員が共通理解を持ちながら、子どもたちにICTを使う機会を与えていくことが重要だといえる。
児童が前向きに取り組み、自ら発表を楽しむように変化
iPadによる1人1台環境の本格実施から3年。洗足学園小学校では、どのような変化が見られるだろうか。
宮田教諭は、「教師から児童に情報を提供する機会が減り、教師の立場が変わってきました」と述べる。iPadを使うことで、効率的に授業が進められるようになり、余った時間で子ども同士の活動ができるようになった。また発表する機会が増え、子どもたちはレポートや調べ学習をしたら発表することが当たり前になっているという。「歴史上の人物のレポートを課題に出したら、“発表はいつですか”と質問が来ました。今までは学習に対して、コツコツがんばる子が多かったですが、今は、自分から発信することを楽しめるようになってきています」と宮田教諭は語る。
子どもたちも、iPadを使う授業はアウトプットが楽しいようだ。5年生の女子に話を聞くと、「プレゼンする機会が増えたので発表する力が伸びたと感じます。以前に比べて、プレゼンするのが楽になってきました」、「3年生からiPadでレポートを作ることが多く、何かをまとめてレポートにするのが好きになりました」といった意見が聞かれた。
また学習ツールとしてiPadも有効に活用しているようで、「リマインダーを使ってテストの予定が管理できて便利です。教科書を持って帰る必要もなくなったので楽になりました」と語ってくれた。このコメントは、子どもたちがiPadを文房具として使っているのを、よく表している。
赤尾教頭はiPadによる1人1台環境の変化について、クリエイティブな作業をやるとき、1人1台あるかないかは全く違うと語る。「1人1台あることで、子どもたちはすべての作業に前向きに取り組めるようになり、“〇〇をやってもいいですか?”の質問が減りました。逆に、“今回の課題はこうやってみよう”と自分で考えるようになってきたと思います」と話す。
またiPadの作業は、消しゴムを使わなくていいのが小学生にとっては大きいという。書いては消すという作業がないだけで、子どもたちのやる気が継続できるというのだ。ほかにも、家に帰ってからも、友達の進捗状況を見ながら学習に取り組んだり、新聞づくりの相談をしたりと、家でも友達と協力して学べる環境ができたこともメリットだ。コロナ禍の休校時もオンライン授業をしたり、学校外の学びについても選択肢が広がった。
今後については、「子どもたちが将来必要とされるオンラインコミュニケーションに取り組んでいきたい」と赤尾教頭は話す。「休校期間の在宅勤務中、教員から”オンラインでは打ち合わせがしにくい。対面で打ち合わせしたい”という声が聞かれました。確かに、対面であることも時に重要ですが、一方で、私たち教員には『オンラインでコミュニケーションを円滑に取りながら仕事をするスキル』が足りないと思っています。こうした自分たちが苦手・不便だと思えるICT活用こそ、子どもたちは将来、必要になるでしょう。自分たちのできるICT活用で終わらないよう、新しいことにチャレンジしていきたいと思います」(赤尾教頭)。
「iPadは文房具」「ICTはツール」と多くの教育者は口にする。その言葉に間違いはないが、実際は教員が見ている世界や描いている未来の社会像によって、ツールの活かされ方は大きく異なる。授業だけで使う文房具にするのか、学校から家庭学習まで使える文房具にするのか、子どもたちがどんな未来に出ていくのかを想像しながら、現場での活用を進めてほしい。
1人1台時代の学校現場 目次
- 「ガチガチiPad」から、生徒の好きな端末のBYODにした理由は?――湘南学園中学校高等学校の取り組み(前編)
- BYODは生徒の当たり前、ストレスから解放して伸びる生徒の力――湘南学園中学校高等学校の取り組み(後編)
- 1人1台iPad4年間の実践、下町の私立中高一貫校が得た手応え――東京成徳大学中学・高等学校の取り組み
- 公立高校でChromebook1人1台環境、3年間の活用で見えためざす学びの方向性――岡山県立林野高等学校の取り組み
- iPadを文房具にした名門校の学びとは?子どもたちが自ら発表を楽しむ授業へ――洗足学園小学校の取り組み
- 公立中がLTEとChromebookで、生徒の学びと教員の働き方を進化させる ――東京都町田市立堺中学校の取り組み
- 20,500台のWindowsタブレットPC、1人1台環境のメリットを引き出す整備と運用体制 ――千葉県・市原市教育委員会の取り組み
- SSH公立高校のChromebook活用、アクティブ・ラーニングからGASプログラミングまで――宮城県仙台第三高等学校の取り組み