こどもとIT
【連載】1人1台時代の学校現場 第3回
公立高校でChromebook1人1台環境、3年間の活用で見えためざす学びの方向性
――岡山県立林野高等学校の取り組み
2020年12月1日 06:45
小中学校の1人1台端末の年度内整備をめざすGIGAスクール構想が急ピッチで進むなか、高校の1人1台に向けた動きも始まっている。2022年度から新学習指導要領が実施、大学入試科目に「情報」が追加される動きもあり、高校のICTの取り組みはどのように進めていくべきか。大きな転換期に直面している。
今回は、公立高校でありながら2017年度からChromebookによる1人1台環境と校内のWi-Fi環境も完備し、いち早くクラウドを活用した学びを実践している、岡山県立林野高等学校を紹介しよう。
保護者への理解を求めて、年度途中から1人1台を実施
岡山県立林野高等学校(岡山県美作市/以下、林野高校)は、市内唯一の県立高校で、多くの生徒が大学進学をめざす進学校だ。総合的な探究の時間「マイドリームプロジェクト」や学校設定教科「みまさか学」で地域課題解決学習に取り組むほか、世界に目を向けた教育活動も活発に行なっている。2013年にはその活動が評価され、ユネスコスクールにも加盟している。
林野高校のICT活用が大きく動いたのは、2017年4月から9月の約半年間、Googleによって実施された実証実験を受け入れたことがきっかけだった。同校はそれまで、授業改善のツールとしてICTを活用していたが、同実証実験に先立ちG Suite for Education(以下、G Suite)のアカウントを取得し、教員用のChromebookを数台購入した。同実証実験では、Googleから1クラス分である36台のChromebookが提供され、1人1台における教育効果の検証に取り組んだ。
さらに林野高校は、実証実験の段階から1人1台の本格実施を踏まえ、校内のWi-Fi環境の整備に着手。当時の校長と事務長が教育委員会へ赴き、説得を繰り返したという。そして2017年度の1年生入学後に、個人所有による1人1台の導入を決定。年度途中の10月から1人1台を本格実施すべく、学校側は保護者の理解を得るため説明に尽力した。
入学後に決まったChromebook購入に、「なぜ買わないといけないのか?」、「スマートフォンではダメなのか?」、そんな声が保護者から挙がったという。学校は何度も保護者向けの説明会や公開授業を実施し、細かな疑問にひとつずつ答えて、ICTに対する理解を得ていったそうだ。
その結果、2017年10月に1年生全員に対してChromebook1人1台環境を本格的にスタート。現在、林野高校でICT活用プロジェクトチームのリーダーを務める瀬田幸一郎教諭は、赴任前の話と断った上で、「学びの転換期を迎え、新しい時代の学びにつなげていくために、1人1台がツールとして欠かせないという思いがあったのではないか」と当時の様子を語ってくれた。同校は現在、すべての学年で1人1台環境が完了し、全生徒360名がChromebookを所持。教員も1人1台で同端末が貸与されている。
ちなみに、1人1台の端末としてChromebookを選んだ理由は、G Suite for Educationの利用に最適であること、管理コンソールで集中管理が容易なこと、自動更新で常に最新状態であること、起動がはやいことの4点を評価したようだ。
学校でしかできない学びを追求、“二つの教室”を組み合わせたハイブリッド型授業
林野高校では、G Suiteによる学習環境をベースに、情報収集や共有、レポートやプレゼンテーション、アンケートや相互評価、反転学習など、学習のあらゆる場面でICTを活用しているのが特徴だ。
なかでも使用頻度が高いのはGoogle Classroom(以下、Classroom)だ。教材配布や課題の提出など、1人1台と親和性が高い。たとえば、生徒同士が意見を共有するときも、Classroomでは、自分の意見を先に投稿しないと他の生徒の投稿が読めず、「自然と自分から意見を発信する環境を作れるのが良い」と瀬田教諭は話す。
また長文の投稿もClassroomでは全員分の意見が見やすく表示され、互いに自由にコメントを書き合えるため、「深い学びにつなげていける」のがメリットだと同教諭はいう。林野高校では、G Suiteのアカウントを生徒の実名で登録しており、生徒に対して自分の発言に責任を持つよう促している点も、ICT活用の重要なポイントだといえる。
林野高校がChromebookの活用で重視しているのは、「授業を持ち歩く」というコンセプトだ。これは、G Suiteを活用した学習環境をベースに、“従来の教室”と“クラウド”という”二つの教室”のハイブリッドな学びを意味する。たとえば国語の授業では、自分の意見をあらかじめクラウド上でまとめ、授業中は全員が意見を持った状態でディスカッションをしたり、現代社会の授業では、地域課題に関する情報をネットで収集しておいて、授業は仲間と共有して嘆願書を作成したりと、ICTで効率化を図りつつ、学校でしかできない活動に力を入れている。
瀬田教諭が受け持つ化学の授業も同様だ。たとえば、実験の流れや目的、手順や注意点などをスライドと動画にまとめ、Classroomで共有し反転学習を実施。これによって、実験当日は教師が説明する時間を省き、学校でしかできない実験に使う時間を増やした。生徒たちの中には、授業前に役割分担を済ませ、実験をシミュレーションする姿も見られたという。瀬田教諭は「知らず知らずのうちに生徒同士の対話も生まれ、主体的に参加する姿勢が見られる」と語った。今まで、授業中に取り組むことがむずかしかったレポート作成も、時間内で実施できるようになったという。
Google Formsを活用した定期考査やオンライン授業、新しい学びに果敢に挑戦
このようにクラウド活用を進めてきた林野高校は、コロナ禍の休校期間中も、ほとんどの教科でGoogle Meetや動画、Classroomなどを組み合わせ、学びを継続した。同校では家庭のインターネット環境の整備率が98%と高かったことも幸いしたと、瀬田教諭は振り返る。オンライン授業を受けられない生徒に対しては、録画した授業動画を学校で視聴したり、USBメモリで手渡したりしたという。
さらに林野高校の取り組みで興味深いのは、Google Forms(以下、Forms)を活用した定期考査だ。Formsには、回答中は他の画面やアプリを開くことができない「ロックモード」機能がある。瀬田教諭はこの機能を活かし、化学の定期考査でペーパーレステストに挑戦。「記述の解答については、まだ採点がむずかしいが、選択式であればFormsでも実施できる手ごたえがあった」と語ってくれた。今まで1クラスあたり1時間ほど費やしていた採点業務も、Formsを使うことで大幅な時間短縮を実現。生徒たちにも試験当日に採点結果を伝えることができ、記憶が鮮明なうちに自身の苦手や課題と向き合えるようになったという。
瀬田教諭はこうしたクラウドを活用した学びを振り返り、「対話やグループワークなど、学校でしかできない活動を充実させることが重要だと改めて気づいた」と語った。Chromebookでネットにつながる環境があれば、いつでも学べるからこそ、学校という場で学ぶ意味が問われるというのだ。「オンラインでも、対面でも、授業力が問われている。生徒が学校に来る意義が感じられるような授業をつくっていきたい」と想いを語ってくれた。
点数では判断できないソフトスキルの向上を生徒たちは実感
ChromebookとG Suiteを活用した学びで、林野高校の生徒たちはどのように変わったのだろうか。1人1台を導入した最初の学年に対して、卒業時にアンケートを実施したところ、「情報の取捨選択力」「考えをまとめる力」「表現力」「協働的に取り組む力」の4つのスキルに関して、生徒自身が成長を実感していることが分かった。
瀬田教諭は、教師の視点からもこれらのスキルが伸びていることを実感すると話す。「端末を活用した学習効果として、すぐに学力向上が問われるが、まずは、点数には表れないソフトスキルが伸びてきたことで、生徒の学習に対する意欲が向上している点を評価したい」と語る。
確かに、知識のインプットだけではソフトスキルは身につかない。ICTやクラウドを活用することで、学びにコミュニケーションやコラボレーションが生まれるからこそ、生徒たちはソフトスキルの必要性に気づく。そして、生徒たちは今までに向き合わなかった刺激ある学びや、挑戦しがいのある課題に直面することで、自ずと主体性が生まれてくるのかもしれない。
公立高校の1人1台を支える組織づくりとポイント
少し話を変えて、林野高校におけるChromebookの運用を掘り下げていこう。公立高校の1人1台はまだ全国的にもめずらしい事例であり、現場ではどのように運用しているのか気になるところだ。
まずは、Chromebook活用のルールについて。林野高校では基本的にChromebookを学習用のツールと位置づけている。アプリのダウンロードの制限や検索エンジンをGoogleに限定するなどの制限は設けているが、“ガチガチ”状態でもなく、自由度は高いようだ。学校としては、以下の6つのルールを設けているという。
1. 教育活動以外(ゲーム等)で使用しない
2. 休憩時間にChromebookを使用する場合で、音声を伴うときはイヤホンを使用する
3. 教室移動時、使用しないときはロッカーに保管する
4. Chromebookは家庭で充電する
5. 情報モラルに留意して使用する
6. インターネットの利用記録などは学校側も把握する
また林野高校ではICT活用を進める体制として、「ICT活用プロジェクトチーム」を設けている点も注目したい。一般的に公立高校では情報科の教員がICTの業務を担うことが多いが、同校では6名の教員と事務長を含めた計7名でチームを編成し、ICT活用・運用に取り組んでいる。この体制は異動で人員が変わっても受け継がれており、ICT関係の業務に多くの人材を注入している。端末管理、端末のトラブル対応、教員研修、次年度の端末整備、年度末処理など1人1台になると業務も増えるが、こうした組織体制が現場のICT活用を下支えしている。
とはいえ、教員のICT活用にはまだまだ課題もある。現場には林野高校に異動したばかりの教員や、ICTに不得手な教員もいる。そこで同校では、1日1回はどんな形でもICTに触れる機会を作ることが大切だと考え、全教員が毎朝チェックする「朝礼伝達表」をクラウドで共有している。
また公立高校では非常にめずらしい、職員会議のペーパーレス化も実現した。最初は試験的に取り組みをはじめ、3カ月の移行期間を経て紙からデジタルに完全シフト。今では全教員がChromebookを持参して会議に臨んでいるという。
瀬田教諭は公立高校でICT活用を進めるポイントとして、“総合的に活用する”、“使わざるを得ない環境をつくる”、“おもしろそうをすぐに実行する”、“(教員間の)情報共有”の4つが重要だと語った。「授業でピンポイントに活用するのではなく、校務や部活動、進路相談などあらゆる場面でICTを活用し、そのどこかで少しでも利便性を感じることができたら、活用の頻度が飛躍的に上がる」と同教諭は説明する。
またICTスキルを高めるためには教員研修はもとより、日ごろの情報共有も非常に有効だという。林野高校の場合は、朝礼や職員会議の時間を利用して、各教員が授業での実践報告や情報共有を行なっている。これにより、ベテランと若手の間に共通理解が生まれ、ICTを活用した授業を互いに参観するなど、良い雰囲気ができあがっているそうだ。
今後について瀬田教諭は、「1人1台あるからこそできる学びを追求して、授業観が大きく変わるような取り組みをしたい」と語ってくれた。学校での授業はもちろん、生徒たちの家庭学習も充実させていきたい、と意欲を燃やす。
高校にはこれから、小中学校で1人1台の学びを経験した子どもたちが入学してくる。そうなれば公立高校とて例外なく、1人1台環境が求められることになるだろう。林野高校の実践は、貴重な先進事例として参考になるに違いない。子どもたちの学びを充実させるためには、もはやICTは必須であり、高校は今まで以上にスピード感をもった変革が迫られている。生徒、保護者、教師のコミュニケーションを充実させながら、取り組みを進めてほしい。
[本文:本多恵/構成・編集:神谷加代]
1人1台時代の学校現場 目次
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