こどもとIT

【連載】1人1台時代の学校現場 第2回

1人1台iPad4年間の実践、下町の私立中高一貫校が得た手応え

――東京成徳大学中学・高等学校の取り組み

学校現場にタブレットPCが導入され1人1台環境になれば、今までの授業が変わると考える教育関係者は多い。しかし、それを実現するためには、単にモノが入るだけでは足りない。学習効果を高めるため、また学校教育を変えるため、どのような要素が重要になるのか。

今回は、Appleの先進的教育機関「Apple Distinguished School」に選ばれ、ICTを活用して授業を変えるだけでなく、学校全体の“チカラ”の強化をめざした東京成徳大学中学・高等学校の実践から、1人1台時代の学校現場に必要な要素を掘り下げていく。

東京成徳大学中学・高等学校は2016年から1人1台を実施、現在は約700台のiPadが稼働している

下町の私立学校が、Appleの認定校「Apple Distinguished School」をめざした理由

東京都北区にある東京成徳大学中学・高等学校(以下、東京成徳中高)は、2025年に創立100周年を迎える伝統校で、都内でも下町エリアにある完全私立中高一貫校。建学の精神である「徳を成す人間の育成」を基に、グローバル人材の育成を教育目標に掲げ、主体的な思考やチャレンジ精神の育成、多様性への理解、アイデンティティの確立をめざす教育に取り組んでいる。なかでも、中学3年で全員がニュージーランドへ3ヶ月間留学するプログラムは人気で、多くの生徒たちが同校を志望する理由にもなっている。

東京成徳大学中学・高等学校
同校は中学3年で全員がニュージーランド留学に参加するプログラムをカリキュラムとして設定している

東京成徳中高では、2016年から新中学1年生を対象にiPadによる1人1台をスタートさせた。同校は当時、大学入試改革の一環で導入が進められていたCBT(Computer-Based Test)を考慮し、キーボードのついたChromebookも検討したというが、iPadの方が創造的な学びに適していることや、教師が使いやすい点を優先し採用を決めたという。

ICT活用推進部長/英語科 和田一将教諭

同校ICT活用推進部長の和田一将教諭は、「グローバル人材の育成をめざす教育活動として、自分を表現する学習はアイデンティティの形成に重要です。そのためのツールとしてiPadが適していると考えました」と語る。

とはいえ、iPadを導入するだけで、授業のICTの活用が進み、学びが変わるわけではない。現場にとってもICT活用は新しいチャレンジであり、1人1台の効果を高めていくためには、学校全体の取り組みに広げていくことが重要だ。そこで東京成徳中高では、ICTを活用した先進的な教育に取り組む学校をAppleが認定するプログラム、「Apple Distinguished School(以下、ADS)」への挑戦をひとつの目標に掲げた。

和田教諭はADSについて、認定校になることが目的ではなく、ADSに挑戦する過程を通して学校の体力を強化したかったと語る。「1人1台の環境でどのような学びをめざすのか、ADSはさまざまな側面からグローバルな観点で評価されるので、学校としてICT活用を進めるうえで見直すべきポイントが多くありました。学校はそもそも保守的であり、大学入試で合格することを到達点にしがちですが、本来は生徒たちが幸せな人生を送るための力を身につけてほしいと望んでいます。そうした力を身につけるためにiPadを使ってどのような学びを実現していくべきか、ADSに挑戦する中で学校全体の方針を固めていきました」。

具体的には、「コミュニケーションと創造性」「批判的思考力」「チームワーク」「学びの個別化」「実社会とのつながり」という、5つのポイントで学習の中にICTを活用していく、という共通認識を現場の教員が持てるようにした。ただ何となく、未来の社会で必要だからとICTを使うのではなく、活用のポイントを決め、教師全員が学校全体の取り組みとして向き合う意識を高めたのだ。

学んだことを表現し、生徒たちが個性を発揮する授業へ

教務部長/数学科 廣重求教諭

東京成徳中高では1人1台のiPadを活用して、多くの教師が教科学習の中で生徒たちの創造性を伸ばす表現活動を取り入れている。

たとえば数学科の廣重求教諭は、単元を学習した後、“数学の教科書を作ろう”というテーマの表現活動を取り入れた。生徒たちは理解した内容を「Keynote」や「Pages」を使ってまとめ、どうすれば友達に伝わるのか、見せ方や説明の仕方などを工夫して仕上げた。

生徒たちが作った数学の教科書

ほかにも、中学3年生が「数学の世界観を広げよう、深めよう」をテーマにした探究学習にも挑戦。生徒たちは身近な生活の中で見つけた数学を掲示板アプリ「Padlet」にまとめ、探求学習のテーマとして発表し合った。数学の学習といえば、ひたすら問題に向かっているようなイメージを持ってしまうが、この探究学習では、ピクサー映画の中で使われている数学や、プログラミングに必要な数学など、生徒たちが自分の興味を切り口に数学の世界を広げたという。

「夏休み期間中でしたが、学校に来なくても自分の作ったものが簡単に共有できて、友達が作った作品も気軽に見られるのが良かったようです」と廣重教諭。1人1台のiPadを自宅でも活用することで、長期休暇中の課題学習でも生徒同士のコミュニケーションが活発に行なわれていたことを明かす。

掲示板アプリ「Padlet」で探究学習のテーマを共有

また廣重教諭は、生徒が1人1台のiPadを使うメリットについて、多様な表現が可能になることだと話す。「授業の中で、生徒自身が“自分”を表現する場を作りやすく、周りの仲間もそれを認めるようになりました。私自身も、教師として知識を教えることも大事ですが、数学を通して生徒たちの感性をもっと刺激していこうと考えるようになりました」と話す。黒板とチョーク以外で教える選択肢が広がり、より深い教科学習へと発展していることが伺えるエピソードだ。

副本部長/社会科 木内雄太教諭

社会科の木内雄太教諭は、「社会科は、自分の興味・関心に関係なく、暗記するものだと思われがちです。だからこそ、知識・技能以外の力も磨き、生徒が個性を発揮しながら、つながりのある学習をつくっていきたいと考えています」と想いを語る。

たとえば都道府県を学ぶ単元では、生徒たちが好きな場所を選び、それについて自分で特産品や歴史について調べたあと、ロゴマークの制作に取り組んだ。また地元の地域の特徴を絵本にしたり、高度経済成長期について調べた内容をインフォグラフィックでまとめるなど、表現やデザインの活動を多く取り入れた学習を実施している。

都道府県のロゴマークを作成
高度経済成長期について調べた内容をインフォグラフィックでまとめた
企業のCSRをまとめて表現したもの
ユニバーサルデザインについて学ぶ学習では生徒たちが絵を描いてプロダクトをデザインした

木内教諭は、こうした創造的な学びを取り入れるとともに、ICTを活用してつながりを持つことも重視しているという。「ICTのメリットは生徒同士、あるいは生徒と社会がつながりやすいことにあります。全員の意見を一度に聞いたり、普段はおとなしい生徒がiPadを使うと活発に発言したり、また学校外の人とつながって交流したりと、生徒の世界が広げやすいと感じます」と同教諭は語る。

iPadを活用した授業では、互いに褒めあうことや、協力し合うことも増え生徒同士の交流も活発に

iPadを用いた表現は試行錯誤がしやすく、教科学習においてもアクティビティとして扱いやすい。生徒たちも同じ成果物を作るにしても、自分の個性を思う存分発揮していいのなら、楽しい学習になるだろうし、“自分の考えをもっと表現したい”、“作ったものを友達に見せたい”、“友達からのフィードバックがほしい”といった気持ちも芽生えるはずだ。

和田教諭は、「生徒たちには、こうした創造的な学習を通して、“学ぶことが楽しい”と実感してほしい」と話す。友達とワイワイ話しながら制作し、自分を表現して友達との違いを知ったり、自分を認めてもらったりといった、他者との関わりの中で学びに対する主体性を伸ばしているといえるだろう。

写真左より、東京成徳大学中学・高等学校 副本部長/社会科 木内雄太教諭、教務部長/数学科 廣重求教諭、ICT活用推進部長/英語科 和田一将教諭

創造的な学びをベースにした協働学習の効果は?

このような1人1台のiPadによるICTを活用した学習を通して、生徒たちにはどのような変化や効果があるのか。和田教諭によると、分析途中の生徒へのアンケート調査の結果から、4年間のiPad活用で学齢ごとの段階的な効果が見えてきたという。

実施したアンケートは、「内発的動機」や「自己管理力」「自己有用感」など、東京成徳中高が大事にしている社会的スキル10項目に関して、その到達度を測るもの。生徒たちが10点満点で自己評価した結果を、経年データで分析したという。

生徒に実施したアンケートは、上記10項目の観点を測定するもの

その結果によると、中1で初めてiPadを学習に活用した生徒たちは、教科学習と表現活動を通して学ぶ楽しさを味わい、その後、中2にかけて「他者との交流を通じて、自分の考えを深めることができる」ようになるという。そして中3になると、「学習の振り返りや授業に向かう姿勢ができる」ようになり、高1になると「他者の意見を聞き、自分の意見を相手に伝え、お互いに教え合って高めたり、新しい考えを得て、自分の考えをさらに深めることができるようになる」ことが分かった。

生徒アンケートの分析結果。iPadを継続して活用する中で、学齢によってどのような学習効果が得られるのかが見えてきた

和田教諭はアンケートの結果について、「iPadを活用した創造的な学習は、生徒のアウトプットが増え、生徒同士の交流が今まで以上に活発になるのが特徴です。その中で、友達のいいところを参考にしたり、友達同士で教え合ったりと、生徒が振り返りながら自分の学びを高めていけることが評価につながっていると思います」と手応えを語る。

実際に、和田教諭が受け持つ英語の授業でも、生徒たちの力は伸びている。たとえば、英作文がそうだ。同じ生徒の中2、高1の英作文を比較したところ、中2の時に比べて、高1ではかなりの量の英作文を書けるようになった。英語の模試で偏差値70を超える生徒も出てきたという。

和⽥教諭は「⽣徒たちはiPadによる創造的な学習を通して、教科の知識以外にも、どのような社会的スキルを⾝に付けなければいけないのかを理解し、自分自身を客観視して冷静に判断をしていく習慣を身につけていきます。それは、“⾃律した学習者”への成⻑につながり、結果として、 英語の成績にも影響してきたと思います。iPad は、⽣徒たちの意欲や、成⻑したい 部分を刺激するトリガーになっていると考えています」と語る。⾔うまでもなく、 iPad⾃体が学びを深めるのではない。iPadの活⽤を通して、⽣徒たちが⾃分の成⻑ を感じられることが、ひとつの成果だといえるだろう。

同じ生徒が書いた英作文、中2と高1を比較したもの

iPad活用についても、導入から4年を迎えて変化が見られるようになった。創造的な活動が多い東京成徳中高では、映像やプログラミングなど、生徒たちの“やりたいこと”が広がり、「2台目の端末を持ちたい」との声が挙がってきたという。同校では、これを認めており、2台目の端末は登録すれば使用できるシステムになっている。2台目にはMacBookを選ぶ生徒が多いようだ。

MacBookを2台目の端末として使用する生徒たち

学ぶことが楽しくなった。表現する力が伸び、やりたいことが広がった

一方、iPadを活用した学びや創造的な学習について、生徒はどのように捉えているのだろうか。東京成徳中高で4年間、iPadを使った学習を受けてきた高校1年生 大橋紡さんに話を聞いた。

高校1年生 大橋紡さん。プログラミングや映像などやりたいことが増え、2台目の端末としてMacBookを使用しているという

「小学校ではあまりコンピューターを使う授業はなかったけど、東京成徳中高に入学して、iPadを使うようになってからは学ぶのが楽しくなりました。先生と議論したり、友達と協力したりする学習が多くて、iPadを使いながら学ぶことが、自分のためになっていると思います」と語ってくれた。

また学習では、すべての教科でiPadを活用しているが、大橋さんの場合は、授業のノートテイキングはiPadを使用せず、紙のノートを使っているそうだ。「授業では、課題の提出やレポートの作成など、iPadを使ってやることが多いです。そのためiPad 1台でノートまで取るのはむずかしく、紙のノートを使っています」と話す大橋さん。何でもかんでも、iPadで完結しようとせず、紙と使い分けているのも印象的だ。

大橋さんは、1人1台でiPadを使えるメリットについて「休み時間も、部活動でも、自分の好きなときにiPadが使えます。それがとても良いです」と評価する。GIGAスクールで1人1台環境が多くの学校で実施されるが、使う時だけタブレットを充電保管庫から出すのではなく、児童生徒がいつでも使えるようにしておくことが大事だといえる。

最後にiPadを使った学習で、どのようなスキルが伸びたかを聞いた。大橋さんは「プレゼンの授業や、お互いに教え合ったり、協力する学習がとても多く、表現力が伸びたと思います。相手にどうすれば伝わるのか考えるようになりました」と振り返ってくれた。今はプログラミングや動画の編集など、やりたいことが増えたのでMacBookを2台目に使っていると話す大橋さん。東京成徳中高での学びが充実しているのが伝わってきた。

iPadに限らず、ICTを活用した表現活動や創造的な活動というのは、これまであまり積極的に実施されなかった教育活動であり、授業の中で取り入れていくのはさまざまな課題もあるだろう。しかし、1人1台環境になると、生徒たちの試行錯誤が増え、個性を表現できる学習が可能になることを忘れてはならない。

東京成徳中高の取り組みでは、生徒たちがICTを活用した学びで“楽しい”と思える瞬間は、自分を表現するアウトプットであり、それが主体性や知的好奇心を揺さぶるきっかけにもなることが伺えた。今ある学習の置き換えでICTを使うのではなく、生徒たちの学びがどうすれば楽しくなるか。これから1人1台を始める学校には、ぜひその観点を大事にしてほしい。

この連載では、1人1台環境で学びのアップデートを目指す教育関係者へのインタビューから、GIGAスクール後の利活用のヒントを探ってゆきます。

神谷加代

こどもとIT編集記者。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。