こどもとIT

【連載】1人1台時代の学校現場 第1回

「ガチガチiPad」から、生徒の好きな端末のBYODにした理由は?

――湘南学園中学校高等学校の取り組み(前編)

子どもたちが学校で使うコンピューター。“授業中にゲームをするかもしれない”、“不適切なサイトにアクセスするかもしれない”など、何か問題が発生してはいけないと考え、使い方を制限してしまう学校が多い。

もちろん、情報リテラシーが発達段階にある子どもたちにとって制限が必要なときもあるだろう。しかし、端末に厳しい制限をかけてしまうことで、活用範囲が限られ、学校での利用が広がらないというケースもよくある。

GIGAスクール構想で1人1台環境が本格化する学校現場。本当に使われる端末にするためには何が必要か。湘南学園中学校高等学校の取り組みを紹介しよう。

湘南学園中学校高等学校は2019年からBYODに方針を転換

ICTを導入しないと遅れてしまう危機感と、限界を感じていた一斉授業

湘南学園中学校高等学校(神奈川県藤沢市/以下・湘南学園)は、中高合わせて1200名の生徒が在籍する、男女共学の私立一貫校。「社会の進歩に貢献できる、明朗有為な実力のある人間の育成」を教育目標に掲げ、湘南学園ESD (Education for Sustainable Development=持続可能な開発のための教育)」と呼ばれる総合学習や、6年間で何度も参加できる海外セミナーなど、特色ある教育カリキュラムを実践している。

湘南学園中学校高等学校。生徒数は中高合わせて1200名

湘南学園がICT導入に着手したのは、2017年のことだ。当時は、私立一貫校を中心に1人1台の導入が加速し始めており、湘南学園でも“ICTを導入しないと遅れるのではないか”という危機感があった。そこで教員でプロジェクトチームを作り、検討を開始したという。

教師一人が大勢の生徒を教える一斉授業に限界を感じていたことも、ICT導入を後押しした。当時のプロジェクトメンバーだった現ICT主任の山田美奈都教諭は、一方通行で生徒たちが受け身になってしまう授業を、なんとかして主体性を引き出す授業に変えていきたかったと語る。

「授業を変える方法として、ICTが突破口になると考えたのです。ICTを使えば、授業はもっとインタラクティブになるはずだと。結論からいうと、それだけで授業は変わらないのですが、当時は私も含めてICTに詳しい教員がおらず、そんな風に捉えてしまっていたのです」と山田教諭は当時を振り返った。

ICT主任 山田美奈都教諭。国語科・Google認定イノベーター

こうした経緯で、湘南学園は2018年度から高校1年生200名を対象に、トライアル導入という形で1人1台をスタートさせた。端末はLTEモデルのiPadを選択し、学校貸与で生徒たちに配備した。iPadを選んだ理由については、操作性に優れていて、ハードルが低いと考えたから。「ICTに詳しい教員がいなかったこともあり、iPhoneと同じ操作で扱えるiPadであれば教師も使えるだろうと考えました」と山田教諭は率直に語ってくれた。

2018年、ICT導入初年度に学校貸与で生徒に配備したLTEモデルのiPad。自宅にWi-Fi環境のない家庭を考慮してLTEを選択。教師にも1人1台で約100台のiPadが整備された。授業支援システム、アダプティブラーニング教材なども用意した

“ガチガチiPad”が生まれてしまった理由とは?

ところが導入したiPad活用は、山田教諭らの想いとは裏腹に上手く進まなかった。導入当初はワクワクしていた生徒たちも、次第にiPadを嫌いになってしまい、家で充電したまま忘れてくる生徒が増えたという。

なぜなら、学校が生徒に配ったiPadは、機能や使い方を厳しく制限したガチガチの端末だったからだ。アプリのダウンロードや、Safariへのアクセスを禁止し、端末を管理するMDM (Mobile Device Management)でiPadのさまざまな機能を制限した。一方で、調べ学習やリサーチなどは、フィルタリング機能で閲覧制限をかけたブラウザからのみアクセスを許可した。当然、YouTubeの使用も禁止。学校が導入した授業支援システムやデジタル教材の使用しかできないようなiPadの使い方に、生徒たちは嫌気がさしたのだ。

2018年、iPad導入当初の授業風景。生徒たちは最初、ワクワクして使っていたが、次第にiPadの機能制限が厳しすぎて嫌いになってしまったという

これについて山田教諭は、「正直なことを言うと、iPadを活用していくうえで、“何かひとつでも問題が起きてはいけない”と考えていました。ICTに詳しい教員がいない中で、よく分からないものを怖いと思ってしまい、だったら“使うのを禁止しよう”という空気もありました。そして気づいたときには、ガチガチに制限されたiPadになってしまっていたのです」と語る。本来は、そんなiPadの使い方を望んだわけではないが、結果として、教員のこうした発想が、“ガチガチiPad”を作り上げてしまったというのだ。

ちなみに同様のことは、なにも湘南学園に限った話ではない。筆者は多くの学校のICT導入を取材しているが、“ガチガチ”の端末はあちこちの学校で存在している。ブラウザの検索条件を厳しく制限することは当たり前で、MDMでタブレットのカメラを制限している学校もあった。ほかにも、ほとんどのアプリを禁止し、個別学習のデジタル教材しか使用できないようにしている学校もある。こうした運用になってしまう背景には、各学校によってICT教育に対する方針が異なることや、保護者からの強い要望もある。また教師間・生徒間においてもICTスキルに大きな差があり、安心・安全な環境でなければ、使うことに不安を感じる者もいる。学校では運用面で考慮すべき点が多いが、山田教諭が話すように、“教師がよく分からないから怖い。何か問題が起きると困るので禁止にしておこう”という発想も、多かれ少なかれどの学校現場にもあるだろう。

湘南学園のiPad導入が興味深い展開を見せるのは、ここからだ。もともと生徒と教師の距離が近く、気さくに話ができる関係性を築いていた同校では、生徒から「こんな端末はいらない」、「こういうやり方を続けていくのか」といった不満の声が挙がってきたという。

「自分の持ち物として愛着が持てず、学校から“持たされた”という認識のまま使っている状態を知り、これは早い段階で方向転換をしなければといけないと考えました」と山田教諭。実際の授業では、iPadを忘れてくる生徒に対して、スマートフォンの利用を許可する授業もあり、生徒からは「スマートフォンを使わせてほしい」という声も寄せられていたというのだ。

ガチガチiPadから生徒が好きな端末を選ぶBYODへ。保護者からの声にも丁寧に対応

こうした状況の中、現場ではトラブルが発生していた。ガチガチだったはずのiPadであるが、生徒たちの中でその制限を抜けていく者が出てきた。しかも、規制をかけても、かけても、生徒たちはそれを上回る術を身につけてくる。「あれだけトラブルを防ごうとガチガチに制限したにもかかわらず、防げなかった。もう規制をするのは、やり方として違うと考えていた」と山田教諭は語る。

ガチガチiPadの状況を少しずつ変えていったのが、iPad導入と同じ年に湘南学園に赴任した入試広報主任・ICT副主任の小林勇輔教諭だ。同教諭はフィルタリングやMDMの規制を少しずつ緩め、まずは自身の授業でG Suiteが利用できるようにした。GmailやGoogle Classroomを使用し、段階的にできることを広げていったという。

入試広報主任・ICT副主任の小林勇輔教諭。情報科・Google認定イノベーター

そして、iPad導入から半年が過ぎた頃、湘南学園は取り組みを振り返る機会を持った。本当はICTを活用して、生徒たちの学びをアップデートしたいと思っているが、ガチガチiPadをこのまま使い続けるのはむずかしい。「何のために端末を使うのか。やはり、生徒たちが自分の持ち物として愛着を持ち、文房具として使えることが大事だという結論になりました。そこから、生徒が好きな端末を使うBYODに方向転換したのです」(山田教諭)。

とはいえ、ガチガチiPadから自由度の高いBYODへの方向転換は、現場も抵抗があっただろう。特に教師たちが懸念したのは、学校が一律に端末を管理できないBYODでは、生徒たちが授業中に遊んでしまうのではないか、ということだった。しかし、そうした不安に対して小林教諭は強く訴える。「授業中に他のことをしてしまうのは、ICTだけの問題ではありません。iPad導入前から、授業中に寝る生徒や、他のことをする生徒だっていたはずです。生徒が授業に真面目に取り組まないことをICTのせいにするのではなく、そもそも授業をどのように変えていくべきか。教育の本質的な問題を考えるようにしました」(小林教諭)。

BYOD実施直後の授業風景。ICT の話ではなく、授業をどのように変えていくべきかを考えるようにしたという。

一方で保護者の反応はどうだったのか。学校が端末を管理してくれるからこそ、子どもが使うことも安心できるが、いざ、家庭で購入するとなると、戸惑う保護者もいるはずだ。これについて小林教諭は、「学校が使う機種を決めて、全員に同じものをもたせてほしい、といった意見が保護者から多く寄せられました」と当時を振り返る。しかし、それでは本質的な問題は解決しない。これまでの経緯とともに、文房具として愛着を持って使うことの大切さを伝え、BYODへの理解を求めていったという。

山田教諭は、保護者が不安に感じてしまう原因は、自身の経験も踏まえて、“ICTがよく分からないことにある”と考えた。保護者世代はICTを使う教育を受けていないため、何のために使うのか、学校は本当に有効に使えるのかなど多くの不安があるというのだ。そのため山田教諭と小林教諭は、保護者の不安を払拭していくために、ICTに関する意見や質問を受けつけるメールアドレスを設け、保護者と1対1でコミュニケーションできる体制を整えた。

「ICTに詳しい保護者から、そうでない保護者まで、厳しいご指摘やご意見をたくさん頂きました。それに対して、ひとつずつ丁寧に回答し、ご理解いただくまでコミュニケーションを重ねてきました。大変ではありましたが、保護者と対話の接点をつくったことが、BYODの導入を進めるにあたり重要なポイントだったと考えています」(山田教諭)。

自分で端末を選び、文房具として使うBYOD。生徒たちが選んだ機種は?

こうした過程を経て、湘南学園は2019年度からBYODをスタートした。実施にあたり同校が設けた端末の条件は、「G Suiteが使用できるもの」と「ディスプレイサイズがiPadミニ (7.9インチ) 以上」という2点のみ。また、どの端末を購入していいのか分からないという保護者に対しては、学校推奨端末としてiPadとChromebookを勧めた。ほかにも、CBTを考慮して、端末にはキーボードを付けることが望ましいと伝えたという。

そして、実際に生徒が選んだ機種は何か。7割の生徒が選んだのは、iPadだ。多くの生徒がiPadにApple Pencilとキーボードをつけて使用しているという。その次に多いのは、Windowsの「Surface Go」。続いて「MacBook」「Chromebook」の順番になる。また若干ではあるが、これら以外のタブレットを使用する生徒もいるという。

生徒たちに人気があるデバイスはiPad

山田教諭は、多くの生徒がiPadを選ぶ理由について「かっこいい、使いやすいというのが一番ですが、みんなが使っているものを選ぶという傾向も強い」と話す。ICTを活用する学習に慣れていない生徒たちからみれば、みんなが使っている端末を選んでおけば、分からないときも友達に聞けるという考えがあるようだ。生徒にしても、保護者にしても、文房具としてふさわしい端末を選ぶ経験など、これまでなかっただろう。iPhoneの所持率が高い生徒たちが、文房具としてiPadを選ぶのも自然な流れなのかもしれない。

“ガチガチiPad”からスタートした湘南学園の1人1台であるが、生徒たちの声に耳を傾け、早い段階でBYODに切り替えたのは英断といえる。学校にとっても大きな方向転換であっただろうが、生徒たちが“文房具”として使えるための在り方を追求していけば、BYODにたどり着くのは必然だろう。BYODの環境で湘南学園の学びはどのように変わったのか。後編では、BYODの活用や生徒たちの声を取り上げていく。

この連載では、1人1台環境で学びのアップデートを目指す教育関係者へのインタビューから、GIGAスクール後の利活用のヒントを探ってゆきます。

神谷加代

こどもとIT編集記者。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。