「デジタル世界のクリエイター」入門
~いいマシンを獲得してこそ、よいスタートが切れる!

(2013年2月 4日)

 物事を始める際には、それなりの道具を揃える必要がある。

 野生児のゴルファーが活躍する某名作漫画では、主人公は木の根っこから作ったクラブ一本で強敵のプロゴルファ達を打ち負かしていくが、「デジタルの世界のクリエイター」を目指す場合は、そうもいかない。

 「初心者は形から入りがち」と揶揄されるが、デジタルの世界のクリエイターのビギナーは、むしろ形から入るべきで、道具選びに失敗するとスタート地点にすら立てない場合がある。

 「デジタル世界のクリエイター」を目指すビギナー達は、どんなマシンを選べばいいのか。基礎知識を整理してみたいと思う。

ワークステーションとプロフェッショナルソフトウェア

 冒頭で「デジタル世界のクリエイター」というなにやら抽象的な表現を使ってしまったが、まず、ここを明解にしたいと思う。

 ここでいう「デジタル世界のクリエイター」とは、具体的にいうと、「コンピュータを使ってアート作品の創作や製品設計を行う人」を指す。こうした人たちが使うパソコン(マシン)は「ワークステーション」と呼ばれる。パソコンとワークステーションの違いは何かと言われれば、広義的には「ほとんど同じ」と言えるが、狭義的には「異質なもの」としてカテゴライズされる。用語の定義を先に示すとすれば、「ワークステーションは『業務に使うことに特化したパソコン』ということになる。

 難しい話をくどくど続けても仕方がないので、分かりやすい明解な例え話を挙げるとすれば、ワークステーションとは「『デジタル世界のクリエイター』達が創作物を生み出すために使う、プロフェッショナルソフトウェアが動作するコンピュータ」ということになる。

 例えば、映像作品としてのコンピュータグラフィックス(CG)や、ゲーム用のグラフィックスモデルを製作するプロフェッショナルソフトウェアは「3DCGソフト」と呼ばれる。様々な種類がリリースされているが、有名どころとしては「Softimage」(オートデスク)、「Maya」(オートデスク)、「3ds Max」(オートデスク)、「Shade」(イーフロンティア)といったものが挙げられる。

3DCGソフトの「Softimage 2013」(オートデスク)

 同じ映像系でも、複数のデジタル映像ストリームを編集したり、カメラで撮影された実写映像に3DCGを合成するような、デジタルコンポジットやポストエフェクトを付加するためのプロフェッショナルソフトウェアもある。こうしたタイプのソフトウェアの有名どころとしては「Premiere Pro」(アドビ)、「After Effects」(アドビ)、「media Composer」(アビッド)などが挙げられる。

映像編集ソフトの「Premiere Pro CS6」(アドビ)

 製品設計、都市設計、建築設計、その他のデザイン業務に用いられるのは「CAD(Computer Aided Design)ソフト」と呼ばれる。CADソフトは、図面を作図したりすることに用いられるものだが、取扱説明書や整備書などに挿入される工業イラストの製作に用いられることもある。最近では引いた図面の中を一人称視点で細部を確認するといった応用活用へのニーズも高まっていることから、3DCGソフトとの連携を強めた製品も多い。CADソフトの有名どころとしては「AutoCAD」(オートデスク)、「Inventor」(オートデスク)、「Creo Parametric」(PTC)、「CATIA」(ダッソー・システムズ)、「SolidWorks」(ソリッドワークス)などが挙げられる。

CADソフトの「AutoCAD 2013」(オートデスク)

 やや「デジタル世界のクリエイター」からはずれてくるが、コンピュータを使って基礎技術の研究開発を行ったり、自然現象の解析や予測などを初めとした科学技術計算を行ったりすることにも、ワークステーションは用いられる。具体的には、実際にモノを作らずにコンピュータ上で製品のプロトタイプを作って、それに対して様々なバーチャルな実験を行ったり、構造解析を行ったりするような作業を行うのだ。こうしたタイプの設計/開発は、CAE(Computer Aided Engineering)と呼ばれる。身近なCAEとしては、自動車が衝突したときにボディのどこに負荷が掛かりやすいかを調べたり、新薬のプロトタイプ開発などが挙げられる。

 まとめると、そうしたプロフェッショナルソフトウェアが動かせるコンピュータがワークステーションであり、「デジタル世界のクリエイター」にはワークステーションが必要だということだ。

ワークステーションとは?

 ここまで分かってくると、「その『ワークステーション』とは一体どんなものか」ということが気になってくる。

 90年代以前は、ワークステーションといえばワークステーションメーカーから購入するのが常識だったが、前述したようにワークステーションとパソコンが広義にはほとんど同一になってきているため、ずいぶんと身近な存在になってきている。

 最近では、TWOTOPのような、いわゆるパソコンショップが手がけるショップブランドのワークステーションも出てきているほどで、価格も、通常のデスクトップパソコンとそれほど変わらなくなってきている。

 となると、再び「パソコンとワークステーションの違いって何よ?」という前段の質問に立ち戻ってしまうが、突き詰めて言ってしまえば、「デジタル世界のクリエイター」御用達のプロフェッショナルソフトウェアをちゃんと動かせるスペックを満たしていれば、「パソコンとワークステーションの境界は曖昧」なのである。

ワークステーションの見た目は、デスクトップパソコンとほとんど変わらない

 逆に言えば、手持ちのパソコンを「デジタル世界のクリエイター」御用達のプロフェッショナルソフトウェアを動かせるようにアップグレードすれば、それはワークステーションになってしまうし、あるいはそうしたプロフェッショナルソフトウェアの動作要件を満たすパーツを買い集めれば、自作ワークステーションを組み上げることだってできるのである。


パーソナルなワークステーションに必要なスペック(1)
~マルチコアCPU、大容量メインメモリ

 有名メーカーやショップブランドのワークステーションを新規購入するにせよ、手持ちのパソコンをアップグレードしてワークステーション化するにせよ、あるいはゼロからパーツを買い集めて自作ワークステーションを組み上げるにせよ、ここからは、「デジタル世界のクリエイター」御用達のプロフェッショナルソフトウェアを動かすためには、どんなスペックが必要か…を整理することにしたい。

 まず、CPU。

 少し前だと「サーバー/ワークステーション向けのCPUを選ぶべし」というのが定説だった。確かにそれは間違えていないのだが、パーソナル向けのワークステーション製品では、デスクトップPC向けCPUを採用しているものも多くなっている。これもパソコンとワークステーションの境界を曖昧にしている要因の1つと言えるかも知れない。予算が許すならば「サーバー/ワークステーション向けのCPU」を選んでもいいが、デスクトップPC向けのCPUを選んだとしてもちゃんと「『デジタル世界のクリエイター』御用達のプロフェッショナルソフトウェア」達は動かせる。

マルチプロセッサ構成はややオーバースペックだが、最低でも4コア以上のデスクトップ向けCPUは欲しい

 あえて「サーバー/ワークステーション向けのCPU」を選んだときのメリットを挙げるとすれば、複数のCPUを1基のマザーボードに搭載できるマルチプロセッサ(マルチCPU)ソリューションが用意されている点だ。しかし、マルチプロセッサ対応のサーバー/ワークステーション向けCPU対応マザーボードはその分、高価である。いまやCPU一個でも4コア以上のマルチコアCPUが珍しくないので、パーソナルに活用するワークステーションとしては、(マルチコアはともかく)マルチプロセッサ構成はややオーバースペックという感じはする。

 なお、最近の「サーバー/ワークステーション向けのCPU」製品としてはインテル製であればXeonシリーズ、AMD製であればOpteronシリーズが該当する。一方、「デスクトップPC向けCPU製品」としてはインテル製であればCore iシリーズなど、AMD製であればFXシリーズなどが該当する。

 インテルとAMD、どちらを選ぶかはユーザーの好みになるとは思うが、ワークステーションとしての活用を想定するのであれば、今は、やはり最低でも4コア以上のCPUは欲しいところ。

インテルのデスクトップPC向けCPU「Core i」シリーズ   AMDのデスクトップPC向けCPU「FX」シリーズ

 続いてマザーボード。

 マザーボードはCPUに適合したモノを適当に選べばいいのだが、後述するグラフィックスカード(GPU)を複数搭載したい場合は、その挿入先スロットであるPCI-Express x16(ないしはx8)スロットが希望する数の分だけあるものを選ぶ必要がある。

 なお、複数のグラフィックスカード(GPU)を搭載した際の同時複数GPU"連携"駆動ソリューションには、NVIDIA「SLI」、AMD「CrossFireX」があり、そうした機能を活用したい場合はそのマザーボードがSLIやCrossFireXをサポートしていることを確認する必要がある。というのも、複数のPCI-Express x16(ないしはx8)スロットがあるマザーボードであってもSLIやCrossFireXをサポートしていない製品もあるからだ。なお、SLI/CrossFireX未対応のPCI-Express x16(ないしは8x)スロット搭載マザーボードでは、複数挿したグラフィックスカード(GPU)の連携駆動は無理だが、個別に同時駆動させることはできる。ここは似て非なる部分なので留意したいポイントだが、通常は1枚のグラフィックスカード(GPU)を挿せれば十分ではある。

 メインメモリ容量は、ワークステーションとして活用するのであれば、多ければ多いほどいい。一般的なマザーボードであればメインメモリのスロットは4基ほど。今やDDR3メモリの主流商品は8GBモジュールで、これが1枚あたり4000円から5000円といったところ。なので、フル実装の32GBを行ったとしても2万円前後かそれ以下程度に収まる。

 ハードディスクやSSDなどのストレージデバイスもメインメモリと同様、多ければ多いほどいい。複数のストレージを1ドライブに見立てて活用する「RAID」(Redundant Arrays of Independent Disks)セットを組むかどうかは悩み所だが、大容量のデータを頻繁に入出力する用途であればRAID0セットやRAID5セットの導入を検討してもいいかもしれない。

 高価なSSDを導入するのもいいが、SSDは高価でどうしても容量の小さいものしか導入しにくい。そうした場合は、OSやアプリケーションをSSD側にインストールして、創出したユーザーコンテンツデータをRAID構成のハードディスクに保存する…といった2段構えのストレージデザインを検討してもよいかもしれない。

 OSは、4GB以上の大容量メインメモリを搭載する関係上、「最大容量4GB」縛りのない64ビット版の方を選びたい。今ならばWindows 8 Proを選択するのがベストだろう。

メインメモリは多ければ多いほどいい。フル実装の32GBを行っても、2万円前後かそれ以下程度に収まる   SSDは容量の小さなものしか導入できない場合、OSやアプリケーションをSSD側にインストールして、ユーザーコンテンツデータをハードディスクに保存するという運用法を検討するのもよい

パーソナルなワークステーションに必要なスペック(2)
~グラフィックスカード(GPU)はワークステーション版が奨励される

 ワークステーションを取り扱っているショップやメーカーの多くが、そのスペックを訴求する上で、CPU以上に力を入れているのがグラフィックスカード(GPU)だ。

 CPUにワークステーション用とデスクトップPC用の2種類があったように、グラフィックスカードにもワークステーション用とデスクトップPC用が存在する。

 グラフィックスカードにおいても、ワークステーション用ではなく、デスクトップPC用のものを使用しても各種プロフェッショナルソフトウェアを動作させられることが多い。しかし、動作速度(パフォーマンス)や信頼性、安定性といった性能面で格差が大きいため、そうしたプロフェッショナルソフトウェアメーカーは、ワークステーション用グラフィックスカードの使用を強く奨励している。

 ちなみに、NVIDIAのデスクトップPC用GPUは「GeForce」シリーズ、ワークステーション用GPUは「Quadro」シリーズだ。AMDの場合はデスクトップPC用が「Radeon HD」シリーズ、ワークステーション用は「FirePro」シリーズになる。

NVIDIAのワークステーション用GPU「Quadro」シリーズ   AMDのワークステーション用GPU「FirePro」シリーズ

 さて、デスクトップPC用GPUとワークステーション用GPUは、実は基本的にGPUそのもののコアアーキテクチャ自体は全く同一だったりする。ただ、意図的にデスクトップPC用GPUの方は最大性能が抑えられており、製品として評価するとパフォーマンスには違いが現れる。典型的なのは、倍精度浮動小数点の演算性能で、デスクトップPC用GPUでは、これがワークステーション版GPUの半分や1/4以下に抑えられていることがあるのだ。

 また、ワークステーション用GPUには、各プロフェッショナルソフトウェア向けに個別最適化されたドライバーソフトが提供されることもあるため、パフォーマンスはもとより、信頼性、動作安定性の面でデスクトップPC向けGPUよりも優れたポテンシャルを発揮する。

 「デジタル世界のクリエイター」御用達のプロフェッショナルソフトウェア群は、主にグラフィックスAPIとしてOpenGLを利用していることが多く、そのパフォーマンスもワークステーション版のGPUの方が高く、信頼性も上のことが多い。これは、ワークステーション用GPU、およびそのOpenGLドライバに対してはOpenGL管轄機関であるクロノスグループの監督の下、「Conformance Test」と呼ばれるOpenGL APIの機能の全テストが行われるためだ。ワークステーション版のグラフィックスカード(GPU)製品は、基本的にはこのテスト結果を全てパスしたものとして提供されており、同一コアであってもデスクトップPC向けの製品よりワークステーション版の方が高価なのは、こうした部分も要因となっているのだ。

 ワークステーション版GPU及びドライバにここまで手を掛けているのは、その製品を用いて作り出された成果物に確固たる信頼性をもたらすため。例えば、建築物の設計図面において、柱の交差の前後関係を間違えていたら、建設時に重大なトラブルを巻き起こす。自動車や航空機などの人を乗せるものであれば、命に関わるトラブルにもつながる。エンターテイメント向けの映像製作においても、姿勢や向きによって髪の毛が顔にめり込んだりすることがあれば、作品を台無しにしてしまう。ワークステーション版GPUが、デスクトップPC向けGPUと比較して高価なのはちゃんとした理由があるのだ。

 逆に言えば、そこまでの重大な業務に用いず、コストをできるだけ抑えたなんちゃってワークステーションを構成したいというのであれば、動かしたいプロフェッショナルソフトウェアがデスクトップPC版GPUでも動くことを確認した上で、あえて選択するというのもありなのかも知れないが。

 実際、どういったワークステーション向けGPU製品を選べばいいかだが、NVIDIA系、AMD系問わず、グラフィックスメモリはワークステーションとして活用するのであれば、1GBは欲しいところ。続いてグレードだが、これは動かすプロフェッショナルソフトウェアの種類、ユーザーがそのソフトを使って何をするか…によって微妙に変わってくるが、CAD用途であれば中堅グレードで十分な場合がほとんどだ。NVIDIAのQuadroであれば型番が2000型番、AMDのFireProならば5000型番から7000型番くらいで十分だろう。

 3DCGソフトなどの、ややグラフィックス負荷の高い用途であれば、Quadroならば4000型番以上が望ましい。FireProならば8000型番以上だ。

ワークステーション向けGPU製品の用途と製品グレード
製品グレード エントリー 中堅グレード ハイエンド ウルトラハイエンド
用途 2Dアニメ制作など、負荷が軽めの用途 3DCGやCAD、ビデオ編集など 複雑な3DCGやCAD、ビデオ編集など さらに複雑で高度な作業、最上級者向け
NVIDIA Quadro 600 Quadro 2000 Quadro K5000 Quadro 6000
Quadro 410 Quadro 2000D Quadro 5000 Quadro Plex 7000
    Quadro 4000  
AMD FirePro V3900 FirePro W7000 FirePro W8000 FirePro W9000
  FirePro W5000    

おわりに

 さて、いかがだっただろうか。

 本当に基礎の基礎をまとめ上げた内容だったが、これまでパソコンしか使っていなかった人にとっては、「パソコンとワークステーションの違い」や「プロフェッショナルソフトウェアを動かすための予備知識」については、かなり新鮮に感じられたのではないだろうか。もちろんここで挙げたようなスペックのパーツを買ってきて、自分でワークステーションを組み上げるのもいいが、パソコンショップなどで自分が目指すクラスに合わせたパーツ構成のワークステーション商品を選ぶのもいいだろう。

 これから大学生や専門学校生、社会人になる人で、デジタル世界で活躍することを目指している人は、まずは「形から」入ることをオススメするし、「いい道具(マシン)」を獲得してこそ、よいスタートが切れるんだということを、最後に再び強調しておきたい。

 

(トライゼット西川善司)