2000年7月27日。、横浜アリーナで行われた「TM NETWORKコンサート」で、音楽関係者をあっと驚かせる事実は明らかになった。会場で販売されていたTM NETWORKの新曲のCD「MESSaGE」に、それまで在籍したソニーミュージックの名前がなかったのだ。だからといって彼らは他のメジャーレーベルに移籍したのではない。なんとインディーズとしての道を選択したのだ。これまで、ソニーミュージック内でのレーベル移動はあったものの、彼らは基本的にソニーミュージックとの専属契約を結んでリリースを重ねてきたアーティストだ。
●コンテンツプロバイダーとして
小室哲哉というメガヒットプロデューサーをメンバーに抱える彼らとの契約をレコード会社側から打ち切ることは考えられない。やはり、TM NETWORK側が契約の更新に応じなかったと見るのが筋だろう。こんな大胆な選択を可能にした背景にあるのが、音楽配信とネット通販市場の成熟だと言われている。
同グループを率いる小室哲哉氏がオンライン上での活動拠点とするのがロジャム・ドット・コム。今後、このサイトを中心にTM NETWORKやKiss Destinationの作品をデジタルデータやCDの形でユーザーにダイレクトに届けることになる。これまでのメディアや流通形態にしばられることなく、自由に音楽や情報を発信する「ソフト・コンテンツ・プロバイダー」としての位置を確立するというのが小室氏の企み。できあがった曲をタイムラグをおかずに配信してしまうといった先進的な実験も行っていくというのだ。
小室氏の試みを見ただけで他のアーティストがレコード会社から自立する方向にあると結論づけることはできない。実際、小室氏も自身の契約はまだソニーミュージックとの間に残されている。そういう意味ではまだ試行錯誤の段階だとも言える。しかし、こうした動きが他のミュージシャンを刺激し、音楽業界の根幹を揺らしつつあることは事実だ。
そしてもうひとつ、日本のレコード産業を揺さぶっているのが携帯電話の存在だ。そもそも日本のレコード産業を現在のような構造不況業種に追いやったのが、携帯電話の存在だと言われる。これまでレコード購買の中心だった中高生の間に携帯電話が普及し、CDの購入にまわっていたお金が携帯の使用料として支払われる結果となってしまったのだ。
●ケータイが携帯プレイヤーに
だが、音楽業界にとって敵とも思える存在だった携帯電話が、音楽配信の端末として急浮上してきた。たとえば、最大手のNTTドコモ(9437)は、今秋からPHSによる音楽配信サービスを開始。2001年5月末開始予定のW-CDMA方式において本格的に音楽配信サービスに取り組むことを視野に入れて動き始めている。それに対し、現時点で64Kbpsのデータ通信が可能なcdmaOne方式のauグループに、ソニーがメモリースティックを搭載した携帯電話を投入するという話が現実的になってきた。
その時期は2000年冬。昨年12月に、三洋電機(6764)、日立製作所(6501)、富士通(6702)の3社が「ケータイdeミュージック」というダウンロード、オーディオプレイヤー機能を加えた携帯電話システムを共同開発していることもあり、携帯電話への音楽の配信がますます活況を呈することになるのは明らかだ。
若年層が持つ携帯電話に音楽が配信され、携帯型音楽プレイヤーとしての機能を果たし始める日はすぐそこまで来ている。そのことで最も打撃を受けるのは、レンタルCD業界ではないかと予想する人は多い。しかし、携帯電話がマルチメディア端末になることを考えると音楽業界だって安閑とはしてはいられない。他のエンターテインメント業種との熾烈な競争が待っているからだ。
この連載でレコード会社同士の壁や家電メーカーの思惑によってIT革命の波に乗り切れない音楽業界をながめてきた。そして、Hi-STANDARDというバンドのようにメジャーの枠にとらわれることなく、商業的な成功をおさめるインディーズバンドの増加など、業界を冷ややかにながめている若い世代の台頭も顕著になってきている。今まさに起ころうとしている音楽配信という大波のなかでどれだけリーダーシップを発揮できるか。それが今後のレコード会社の浮沈を握る鍵となるかもしれない。(このシリーズ おわり)
フリーライター 上岡 裕
9月18日
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