「音楽メーカーによる配信が伸び悩んでいる理由は、音声の圧縮方式や著作権の保護方式、記録メディアなどにいろいろな様式が乱立しているからだと思います」
大手レコード会社で配信ビジネスに関わるプロデューサーはこんな風にため息をもらす。
たとえば、ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)によって運営される“bitmusic”から好きなアーティストの楽曲を購入してダウンロードしたとする。自分のパソコンならその音楽を自由に楽しむことができる。ただし、その曲をポータブルメモリープレイヤーで楽しもうしたときに大きな問題が生じる。その楽曲はソニー(6758)やシャープ(6753)など一部のプレイヤーでしか楽しむことができないからだ。
●メーカー間の過剰な争い
こうした不都合の背景にあるのが、家電メーカー間に存在する過剰なライセンス争いだと言われる。音楽配信の分野で標準規格となる技術を握れば多額のライセンス使用料を手にすることができる。そのため、メーカー間の虚々実々の駆け引きが繰り広げられる。当然、系列となるレコード会社がその渦に巻き込まれていくわけだ。
ここまで音楽配信という言葉をメジャーにする原動力となったのはMP3という圧縮技術だった。MP3は音楽データをオリジナルの1/10~1/12程度に圧縮することが可能。そのため、インターネット上でのデジタル音楽の流通が一気に加速した。しかし、MP3には弱点があった。この技術には著作権を保護する機能がついていなかったのだ。その結果、違法コピーによる配信を行うサイトが乱立し、深刻な問題を提供することになる。その反省から生まれたのが、不正コピーを防ぐ機能を持った圧縮技術や著作権保護方式だ。
その規格には次のようなものがある。まず、比較的古くからあるフォーマットの「Solid Audio」。この規格はNTT(9432)が開発したTwinVQを圧縮方式として採用。ID付きスマートメディアを使ったシリコンプレイヤーに導入され、東芝(6502)で商品化されている。そして、この東芝と米SanDisk、松下電器産業(6752)が新たに開発したメモリーカードがSDメモリーカードだ。このカードはMPEGが制定し、MP3以上の性能があると言われるAAC(Advanced Audio Coding)を採用。Solid Audioとは異なる圧縮方式をとっている。
●主導権とれないレコード会社
これに対してソニーが中心となって採用している著作権保護方式がMagic Gate(MG)だ。この規格の場合、Open MG Jukebox対応のポータブルメモリープレイヤーで再生が可能。ただし、いったんOpen MG Jukeboxで作成したデータはFDやCD-Rなどへのコピーはできない。この著作権保護方式とコンビとなるのがATRAC3という圧縮方式だ。この規格はMDの圧縮方式として以前から使われていたATRACを改良したもの。この規格を採用するのがソニーやシャープのシリコンプレイヤーに搭載されているMGメモリースティックである。
これ以外にも三洋電機(6764)が採用しているMMC(マルチメディアカード)というメモリーカードがある。この方式は圧縮方式としてはAACを採用。著作権保護にはSP3(Secure Portable Player Platform)という米国リキッドオーディオ社により開発された技術を採用している。
このように現在の市場にはお互いに互換性のないポータブルメモリープレイヤーが存在する。実際、音楽配信を行うサイトもその一部の規格のものしか提供はしていない。それに加えメモリーカード自体の価格が下がらず、若年層のユーザーに浸透しづらいとの声も多いのだ。
音楽配信ビジネスが伸び悩む理由のひとつに、こうしたメーカーのエゴを指摘する人も多い。実際に音楽というコンテンツを有するはずのレコード会社がリーダーシップを握ることができない。そこに日本のレコード会社のジレンマが存在するのだ。
フリーライター 上岡 裕
9月8日
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