これまで音楽ビジネスの中核を担ってきたのは、レコード・CD・テープ・MDなど、「パッケージメディア」と呼ばれる商品だった。6千億円のマーケット規模を持つとされる現在のレコード業界はこの「パッケージメディア」のセールスによって形成され、ヒット曲に冠せられる“ミリオンセラー”という称号も、この「パッケージメディア」の売り上げ枚数をそのまま表したものだった。
●メディアの変革ごとに音源を有効活用
ところがそのシステムが今、大きな唸りをあげて崩壊しようとしている。インターネットによる「音楽配信」がこの「パッケージメディア」に取って代わろうとしているのだ。これまで日本の音楽業界は大手家電メーカーが系列のレコード会社を傘下におくことでマーケットを成長させてきた。L'Arc~en~Ciel、TMRなどが所属する「ソニー(6758)=ソニー・ミュージックエンタテインメント」、サザンオールスターズ、SMAPなどが所属する「日本ビクター(6792)=ビクターエンターテインメント」、そして、松任谷由実、宇多田ヒカルなどが所属する「東芝(6502)=東芝EMI」などがその代表例だ。
たとえば、レコードからCDへのメディア変革期にあっては、CDのハードを売るために有名アーティストの音源を有効に活用し、ハードを普及させることでレコード会社の旧譜の活性化につなげていった。つまり、新しい“パッケージ”で音楽を包むことで、ハード&ソフトのマーケット拡大を図ってきたわけだ。
●MP3の衝撃
ところが、いま起きているマーケットの変化は、そうした図式でとらえることのできないものだ。これまでのようにCDやMDなどのハードを買い換えることなく、インターネットに接続したパソコンさえあれば、自分の好きな音楽をその場で聴いて楽しむことができるようになったからだ。
この変化を生んだのはMP3という音楽圧縮技術だった。音質の劣化を抑えながら効率的に音楽データを圧縮するこの技術の誕生が、レコード会社やアーティストの意思に関係なく、インターネット空間を圧縮された音楽が自由に飛び交う世界へと変化させてしまった。その結果、音楽業界が「音楽配信」の大きな渦のなかに巻き込まれていくことになる。
そのインパクトはアメリカにおいてよく知ることができる。たとえば今年1月、このMP3の技術を使って50万という大量な曲を無料で提供している「MP3.com」というサイトに対し、全米レコード協会(RIAA)が著作権侵害で訴えを起こした。その後、4月にニューヨークの連邦地裁が著作権侵害の判決を下し、MP3側はBMG Entertainment、Warner Music Group、EMI、Sony Music Entertainmentなど、大手のレーベルとの間で続々と和解している。
●ネットで自立するアーティスト
ただ、新興のインターネット産業から興った音楽配信という大きな流れが、伝統ある音楽業界に与えた衝撃は大きい。音楽業界には大きなジレンマがある。これまで日本のミュージックシーンのなかで生まれたヒット作品は、テレビ、ラジオ、雑誌にしっかりとしたパイプを有し、全国的な営業展開が可能なメジャーレーベルから生まれることが多かった。
ところが、インターネット上での音楽配信は、メジャーなレコード会社のディストリビューションを通さなくても、ユーザーにダイレクトに音を届けることを可能にする。このことは音楽を制作するアーティストたちにオルタナティブな選択肢が与えられたことを意味する。たとえば、中山美穂のオフィシャルサイト内につくられたWEBレーベル「スターダスト・テーブル」もそのひとつの流れを表すものだろう。このサイトで行われているようなレコード会社に頼らない音楽の配信も確実に増え続けていく可能性を秘めているのだ。
とはいえ、今はまだ日本での「音楽配信」は思ったほどの成果を上げてはいない。だが、ネットで配信された音楽を万人が楽しむ時期がそこまで迫ってきていることは間違いない。そうなった時、インターネットを通して自立していく制作者たちをいかにつなぎ止めるのか。これが今後のメジャーレーベルが背負う十字架となる。そしてそれが、家電メーカーとレコード会社との関係に大きなクサビを打ち込む結果ともなるだろう。
いままさに、音楽業界は激動の時代へと突入したのだ。
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http://www.watch.impress.co.jp/finance/news/2000/08/22/doc210.htm
フリーライター 上岡 裕
8月25日
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