FINANCE Watch
フィッチ・リポートが示す「緊迫度」~邦銀“格下げラッシュ”避けられず

  英米系格付け会社フィッチが14日に発表した緊急リポートが、日本の金融・資本市場関係者に衝撃を与えている。あさひ銀行(8322)、東京三菱銀行(8315)、中央三井信託銀行(8408)、みずほホールディングス(8305)などの大手銀行や、横浜銀行(8332)、千葉銀行(8331)などの地方銀行19行を対象に「財務格付けを引き下げ方向で見直す」と発表したのだ。財務格付けは、長期債格付けなどとは違い、個別行の金融取引に即座に追加負担を強いるものではない。

  しかも、同社が示したのはあくまでも「見通し」で、19銀行の財務を直ちに直撃するわけでもない。大手メディアはほぼ全てベタ記事扱いでこのニュースを報じたが、1997年、98年の金融クライシスを経験した関係者達を震え上がらせるには十分なインパクトを持っている。同社のリポートが「格下げラッシュ」を示していたからだ。

  ●“正論”にぐうの音も出ない邦銀
  フィッチは、米国のスタンダード・アンド・プア~ズ(S&P)や、ムーディーズ・インベスターズ・サービス(MDY)と比べると、知名度は低い。実際の金融取引の運用面でも、同社の格付けを与信業務や審査業務に用いている絶対数は、S&PやMDYに比べれば少ない。が、日系の格付け会社と比較すれば、その影響力は数倍だ。

  フィッチが今回引き下げ見通しを示したのは、個別銀行の利払いの安全性を示す長期(債)格付けではなく、個々の銀行そのものが、系列のグループ企業や公的機関から支援を受ける必要があるかどうかをランク付けした「財務格付け」だ。

  フィッチ・リポートは、引き下げの理由として「株価下落と長引く不良債権問題」を挙げ、「銀行の自己資本の質、収益および見通しに与える影響を懸念した」と強調。不良債権処理がいつまでたっても片付かず、直近の株価下落によって邦銀の経営が急速に傾いてきている、というのだ。

  引き下げの対象となった邦銀からは、「全く理解できないもの」(大手都銀)などと表向きは反論の言葉が飛び出すが、「まったくご指摘の通り」(同)というのが本音。同社が突いたポイントは、当の銀行関係者が抱いている不安をズバリ言い当てている。

  ●発表前から銀行株売りの材料に
  フィッチ・リポートがより大きなインパクトをもたらしたのには、もうひとつわけがある。リポートがリリースされたのは午後5時過ぎだった、実は後場の寄り付き直後からこのリポートを材料に銀行株が急落を演じたのだ。

  市場関係者によると、「欧州系証券数社を通じていきなり巨額の売り注文が大手銀行株に対してぶつけられた」(外資系資産運用会社)という。

  「単なる売り仕掛けにしては規模が大きすぎる。何か確実な売り材料をつかんでいるとしか思えなかったため、米系証券や国内証券のディーラーが売りに追随した」(銀行系証券)。

  その結果、後場半ばまでに値を消す銘柄が続出。住友銀行(8318)や大和銀行(8319)などが昨年来安値を更新したほか、他の大手行株もほぼ棒下げとなった。出来高も急激に膨らみ、東海銀行(8321)の1,490万株を筆頭に軒並み1,000万株以上売買が成立した。

  そして、大引け間際になってようやく「どこかの格付け会社が邦銀絡みのリポートを出す」(同)との観測が流れ、それがフィッチ・リポートだったわけである。

  ●格下げラッシュの予感
  この日の後場の値動きは、「噂で買って(売って)事実で売る(買い戻す)」という「イベント・ドリブン・ストラテジー」の典型。最初に売りを仕掛けた向きがどのようにこのリポートの存在を掴んだかは不明だが、リポートの持つ意味合いの大きさを材料に売りを始めたのは間違いない。

  なぜ、単に格下げの見通しを記しただけの文書の存在がこれほどまでにインパクトを持ったのか。金融・資本市場関係者はそこに格付け機関同士の「格下げ競争」の激化を予想した。

  発端となったのが、2月14日に出されたMDYのリポート。ここには「日本の銀行システムは依然脆弱」とのタイトルが掲載され、株価下落によって体力をすり減らす邦銀に「悲観的な見方を取らざるをえない」と結論付けていた。

  フィッチはこの2週間後の3月2日、MDYと同じ理由で邦銀の短期債務支払いに懸念が出るとのリポートを発表、「3月下旬をめどに格付けを引き下げる」としていた。同社は同7日、中央三井信託、あさひ、住友信託などの格下げ見通しを発表した。

  また前週末9日には、S&Pが中央三井信託の長期信用格付けを「投機的等級」に引き下げ、その直後だっただけに、14日のフィッチ・リポートの影響力がより大きく出る形となった。

  こうした格付け会社による格下げラッシュはなおも続く見通しで、市場では「近くMDYが個別行の格下げ見通しか格下げを発表する」(銀行系証券)との憶測が広がっている。

  ●競争にさらされる格付け会社の“事情”
  格付け会社は「他社のレーティングで自社の行動は変わらない」(米系大手)と強調する。が、「他社に先んじられると、社内で相当なプレッシャーにさらされる」(格付け会社アナリスト)のが実情。格付け会社間の競争がある以上、格付け会社の提供する情報は「ある程度経営戦略によって歪められている側面がある」(同)という。

  格付け会社の経営問題は別の機会に譲るとして、市場関係者が格下げラッシュを懸念するのは明確な理由がある。1997年11月、北海道拓殖銀行や、山一証券が破たんに追い込まれた原因のひとつが「格下げ」によるものだったからだ。

  個別の金融機関の格付けが「投資適格」から「投機的等級」に転落すれば、外為取引を始め、スワップ、株式運用など対金融機関取引の大半が法外なプレミアム金利を支払うか、担保を差し入れなければ不可能となる。取引相手からの温情が付け入る隙はなく、「投機的等級企業との取引は罷りならぬと内規で定められている通りに動かなければならない」(大手銀行与信担当者)現実が待っている。つまり物理的に金融取引ができなくなる。すなわちこれが「市場からの退場」と言われる所以だ。

  ●格下げラッシュを読み切れなかった金融当局
  金融庁や日銀の幹部達は相次いで「3月危機はない」と断言してきた。

  しかし、「時価会計の本格導入がまだ先というバッファを基に発言していたに過ぎない」(同)と市場関係者は読み始めている。格下げラッシュを当局が予想していなかった、というわけだ。

  今週に入り日米両国の株価が急落、下げ止まる気配はない。金融当局者の間からは、ようやく株安による銀行の経営体力の低下を懸念する発言が出始めたが、まだ格付けに関するものはない。市場関係者は早くも1997年、98年当時の取引記録を基に復習を始め出した。金融当局内部で同様の動きは出ているのだろうか。

■URL
・フィッチ(プレスリリース欄に今回の情報)
http://www.fitchratings.co.jp/
・ゼロ金利復帰は「ありがた迷惑」~銀行界から速水総裁に“声援”
http://www.watch.impress.co.jp/finance/news/2001/03/15/doc2284.htm
・株価急落させた新たな「リスク」~構造改革ブレーキに高まる市場の懸念
http://www.watch.impress.co.jp/finance/news/2001/03/13/doc2262.htm

(相場英雄)
2001/03/15 10:24