森喜朗首相の早期退陣が確実になり、後継首相をめぐって自民党の野中広務前幹事長、小泉純一郎元厚生・郵政相(森派会長)、橋本龍太郎行政改革担当相(橋本派会長)の3氏が取り沙汰されている。いずれも旧郵政省にとって因縁の深い政治家だ。とりわけ、「IT特別省」の創設を画策する総務省テレコム部局の旧郵政官僚は、自民党・郵政族のドンである野中氏の首相就任を期待する声が強い。
しかし、郵便など郵政3事業の存続を大前提とする野中政権が誕生した場合、3事業を切り捨ててテレコム部局の生き残りを図る「IT特別省」構想は軌道修正を迫られる。一部では野中氏の政治力を利用しつつ、国土交通省の旧運輸官僚と連携し、「運輸通信省」の創設と二股をかけよう、という動きも見え隠れする。
●天国と地獄の違いが・・・
「野中先生と、小泉、橋本の両先生では、天国と地獄ほどの違いがある」―。総務省テレコム部局のある幹部は、半ば自嘲気味に語り始めた。なるほど、“ポスト森”が野中氏となれば、旧郵政官僚の発言力は高まるが、郵政3事業の民営化を持論とする小泉氏、またテレコム部局の独立規制機関(「国家行政組織法」が定める3条機関)化を唱える橋本氏では、いずれも旧郵政省の解体につながりかねない不安がつきまとう。
しかし、その“天国と地獄”の図式は必ずしも当てはまらない。むしろ、野中政権の誕生は「IT特別省」創設の障害になる可能性もある。
総務省テレコム部局の旧郵政官僚が描く「IT特別省」とは、現行の情報通信政策・総合通信基盤のテレコム2局を、旧郵政省時代の通信政策・電気通信・放送行政の3局に戻して独立させ、さらに経済産業省(旧通産省)の情報4課(情報政策・情報経済・情報処理振興・情報通信機器)を取り込んで4局体制とし、IT行政の専門官庁をつくろう、という構想だ。その設立時期は、旧郵政省から郵政3事業を引き継いだ郵政事業庁が公社化され、中央省庁の組織枠がひとつ空く2003年がタイムリミットとされている。
仮に橋本氏が再登板した場合、この構想は根底から崩れる。経済産業省の情報4課を取り込むどころか、現行のテレコム2局を独立規制機関とされ、逆に経済産業省の4番目の外局に組み込まれかねない。では、野中政権が誕生した場合はどうか―。
●旧運輸省との統合が復活?
「IT特別省」が“省”としての体裁をもつ4局体制とするためには、郵政事業庁が公社化された後も、その監督を続ける総務省の「郵政企画管理局」を潰す必要がある。同局の430人の職員のうち、郵便セクションは国土交通省、郵便貯金・簡易保険セクションは金融庁に移し、廃止される同局の枠を「IT特別省」に付け替えて、経済産業省情報4課の受け皿とするシナリオだ。
しかし、郵政事業庁の幹部は「自民党・郵政族のドン(野中氏)が3事業の解体を意味する郵政企画管理局の廃止を納得する訳がない」と言い切る。むしろ、郵政3事業の民営化を唱え続ける小泉氏の方がその可能性は高い。小泉氏は郵政相を務めた94年当時、省内では“不倶戴天の敵”とまで嫌われたが、既に時代は移り変わっている。今後、銀行や生損保、宅配事業者と競争しなければならない郵政事業庁は「2003年には公社化ではなく、民営化してほしい」というのが、今やほぼ全職員の本音だ。
野中・小泉・橋本の首相候補3氏は、それぞれ旧郵政官僚に対する利害が錯綜している。その中で、彼らはどう生き残りを図るのか―。
「かつての『運輸通信省』構想の復活だ」。前出のテレコム部局の幹部は、そっと囁いた。「郵政3事業を切り捨てるのではなく、逆に国土交通省とのパイプに使って、旧運輸官僚と連携することも考えられる。そのためにも、野中先生の政治力が必要」という。
ここで、橋本政権が1997年に行った中央省庁再編議論のうち、郵政省に関するプロセスを振り返ってみよう。当時の行革会議は当初、同省のテレコム3局は独立規制機関とし、郵政3事業は民営化を打ち出した。まさに“郵政省の“解体”であり、慌てた同省は自民党・郵政族議員を動員して反対に回り、現行の総務省に落ち着いた。その際、郵政3事業は国営事業と公務員待遇を条件に独立行政法人(公社)へ移行することが約束された経緯がある。
●結局は「IT特別省」か
しかし、そこへ至るまでに事務レベルでは、郵政省と運輸省の統合が模索されていた。つまり、情報と旅客・貨物、2つのトラフィックを司る「運輸通信省」の創設であり、諸外国でもそうした行政組織の実例はある。「少なくとも両省の事務次官の間では合意されていた」(テレコム部局の有力課長)というが、結局、行革会議は「戦前の逓信省の復活につながる」として退けた。
それから3年半―。自治・郵政・総務の旧3省庁を統合した「総務省」と、建設・運輸・国土・北海道開発の旧4省庁を統合した「国土交通省」の2つの巨大官庁が誕生した。が、内部では軋轢(あつれき)が絶えない。旧郵政官僚が総務省の中で埋没しつつあるように、旧運輸官僚も旧建設官僚に主導権を握られ、“不遇”をかこっている。
野中政権が実現すれば、両者が連携し、郵政3事業を丸ごと抱えた「運輸通信省」の創設を画策する動きが再燃しても不思議はない。ただし、それは橋本元首相が行った中央省庁再編の否定につながる。しかも、政官界からは「野中前幹事長も75歳の高齢。首班指名を受けても、夏の参院選を乗り切るまでのリリーフ登板」といった声が、至るところで聞こえる。旧郵政官僚が、通信・運輸行政の変革を求める外圧を利用するにしても、短期間で“行政組織の地合い”を変えるのは容易ではない。
「IT特別省」、そして「運輸通信省」―。数合わせの中で旧郵政官僚の生き残り策が蠢き、政局の混乱がそれに拍車を掛けている。
■URL
・衝撃の「IT特別省」構想<上>~旧郵政官僚が賭ける“逆転ウルトラC”
http://www.watch.impress.co.jp/finance/news/2001/01/29/doc1809.htm
・衝撃の「IT特別省」構想<下>~旧郵政官僚が賭ける“逆転ウルトラC”
http://www.watch.impress.co.jp/finance/news/2001/01/30/doc1829.htm
・郵政事業庁、総務省揺るがす火ダネに~将来は民営化も
http://www.watch.impress.co.jp/finance/news/2001/01/10/doc1610.htm
(川路昭夫)
2001/02/21
12:56
|