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迎賓館赤坂離宮がX投稿で話題 「館長です」が知ってほしいこと

建築家・片山東熊が意匠設計した迎賓館本館。明治時代に建てられ、改修などを経ながらも現在まで当時の佇まいを残している

東京・港区に所在する迎賓館赤坂離宮は、内閣府が所管する施設です。ほかの公的機関と同様に、迎賓館もSNSで広報活動をしています。しかし、公的機関のSNSは単なる情報の羅列とお知らせばかりで面白味に欠けるのが定番です。

迎賓館のXも、以前は面白いとは言えない内容でした。それを大きく変えたのが、2023年7月に新しく就任した三上明輝館長です。三上館長のポストは「館長です」から始まるのが定番で、開始後から話題を呼びました。三上館長に、SNS発信で心掛けている点や改めて迎賓館の魅力を聞きました。

三上明輝館長が自らXで情報を発信。ユニークなポストが、たちまち話題に

建築愛好家や石が好きな人、インテリアが趣味の人にアプローチ

――館長に就任されたのが2023年7月です。館長の経歴を拝見すると、総務省や内閣府の職員として奉職されていますが、これまで文化財行政に携わった経験はあったのでしょうか?

三上:館長として迎賓館に着任するまで、男女共同参画、青少年、障害者、交通安全といった各省横断的な政策の立案や調整をする部署で務めることが多く、文化財や文化行政に携わった経験はありません。しかし、迎賓館や歴史的文化財との関わりがなかったわけでもありません。

迎賓館は東京だけでなく京都にもあります。京都迎賓館は平安遷都1,200年の記念事業として地元から強く要望され、政府としても外国の賓客を日本の文化や伝統の集積地である古都京都でおもてなしする必要から2005年に開館しています。京都に和風の迎賓館を建てるプロジェクトが持ち上がったとき、自分はチームの末端で「京都に迎賓館は必要か?」「京都のどこに建設するのか?」「和風建築で造るにしても、どんな機能やデザインにするのか?」といった検討をお手伝いし、京都にも何度も足を運びました。

その後、かなり経って平成から令和へのお代替わりの際に内閣官房・内閣府に皇位継承の式典を担う事務局が設けられ、そこで次長を務めたこともあります。過去の儀式がどのように実施されたのかを調査したり、即位の礼で用いられる高御座や御帳台といった皇室関連の貴重な調度品などを間近で目にする機会もありました。

そうした経験はありましたが、外国からの賓客をお迎えする施設の運営や明治から伝わる国宝の建造物の維持・管理については、着任するまで何の知識も経験もありませんでした。

館長室の片隅には、国宝指定書が飾られている

――これまでの経歴だと、迎賓館の館長は畑違いな部分もあるかと思います。それでも、館長のXは迎賓館の建材として使用されている石についてなど、専門的な話も出てきます。どうやって専門知識を学ばれたのでしょうか?

三上:もともと歴史は好きだったのですが、美術や建築、そこに使われている技術、材料などに興味が強かったわけではありません。館長に就任してから面白いと思って内部の資料や市販の書籍、様々なウェブサイトで学びました。

Xで迎賓館に関する投稿を見てみると、明治・大正期の建築の愛好家だったり、石が大好きな人だったり、インテリアが趣味の方だったり、いろいろなクラスタの人たちがいることがわかりました。迎賓館は、そういう人たちにアプローチできる切り口がたくさんあります。

そうしたことを意識しながらXで発信をしており、日々のポストでもなるべく内容が特定の分野に偏らないように心がけています。例えば、ずっと建築のポストをしないとか、本館のポストと和風別館や庭園のポストを織り交ぜるといった具合です。参観では見ることのない作業の様子や、迎賓館で働くスタッフのことなどもアクセントになると思っています。

いまのところ参観者は比較的ご年配の方が中心ですが、若い方で「いつかは行ってみたい」と思っている方、行きたくてもすぐには行けない地方にお住いの方、日々の育児や介護などで足を運べないという方も多くいます。いろいろなトピックを発信することでそういう方たちにも、迎賓館がどんなところなのか伝わり、親しみを持ってもらえればと思っています。

親しみを持ってもらえれば、いつか東京に来たときに、あるいは子育てや介護が手を離れたときに、迎賓館のことを思い出して立ち寄ってもらえるかもしれません。Xを通じて一人でも多くの方が迎賓館に足を運ぶお手伝いができればうれしく思います。

行政機関ながらゆるさや遊びはあってもいい

――それまでも迎賓館はSNSで情報発信をしていましたが、館長がXの発信を変えていこうと感じたのは、何がきっかけだったのでしょうか?

三上:それまで迎賓館のXは、休館日やイベントのお知らせ、定型的な見どころ紹介が中心でした。

迎賓館は内閣府に属する行政機関でもあるので、そうした情報ばかり手堅く発信するのは仕方ないことです。ただ、それだけでは読んだ人は無機質な印象しか抱けず、親しみを感じるところまではいきません。実際、私も着任前に迎賓館のポストをざっと眺めましたが、運用の苦労は察しつつ正直「面白くないな」と感じました(笑)。

迎賓館は人々の意見が割れるような難しい政策を議論するような組織ではありませんし、物理的にも政策的にも永田町や霞が関から少し距離があります。複雑な利害調整を伴う政策を立案する部署のXだったら、そこでの発信も慎重になる必要があるでしょう。

しかし、迎賓館は国宝にも指定されていて文化財として高い価値があること、賓客を接遇する外交の舞台としての役割を果たしていること、多くの人々にそれらを理解・実感いただけるように私たちが取り組むことに異論を差しはさむ人はほとんどいないでしょう。迎賓館のXでは、霞が関の中央省庁とは異なる、もっと親しみを持ってもらえるようなアプローチができるし、そこにチャレンジすべきだと思っています。

迎賓館も行政機関の一部ですから、これまでXで個性を出すことを控えてきたと思います。多くの方に迎賓館に足を運んでもらい、何度でもお越しいただくためには、まずは親しみを持ってもらい、さらにそこから迎賓館のファンを増やしていかなければなりません。

Xでよく話題になっているティムラズ・レジャバ駐日ジョージア大使のアカウント(@TeimurazLezhava)は、ほかの駐日大使のものとの一線を画する個性を前面に出したアプローチで確実に同国の認知とファンを広げています。レジャバ大使のまねをするわけにはいきませんが、迎賓館もAIで作れるような没個性なポストばかり続けていたのではファンを増やすことは難しいでしょう。

迎賓館は多くの人たちに参観してもらい、迎賓館の意義や役割、文化的価値を理解してもらうことを政策目的の一部にしています。その目的を踏み外さず、迎賓館の品格を損ねるようなものでない限り、投稿する内容や表現に多少のゆるさや遊びはあってもよいのではないでしょうか。

――館長が発信しているXでも注目が集まる迎賓館は、2018年からは通年で一般公開されるようになりました。この経緯を教えてください。

三上:迎賓館は国公賓などを接遇することを基本的な目的とする施設ですから、迎賓館として開館した1974年以来、広く一般に公開をするという考えはありませんでした。まったく見せないわけではないものの、施設が使われていない夏のごく限られた期間、しかも事前の申込みの中から抽選で選ばれた人たちにだけに公開されていました。

ところが、安倍内閣で菅義偉官房長官(当時)が迎賓館の歴史的・文化的価値に着目し、多くの国民がそれに接することができないのは大きな損失ではないか、接遇に支障がない期間は施設の参観を認めることで観光にも資するのではないかと考えたのです。

当時の政権は観光立国を最重要政策の一つに掲げて強力に推進していましたから、そうした問題意識を持った菅官房長官の強いイニシアティブの下、2018年4月から現在のような形で一般公開することとなりました。

館長の推しポイントは?

――迎賓館における館長の推しポイントを教えてください。

三上:「〇〇の間がいい」といった話をできればいいのですが、私自身はどこか特定の場所というよりも、建物全体から溢れ出る、創建や改修に携わった先人が注ぎ込んだ熱量が推しポイントだと考えています。

迎賓館の元になった建物は、1909年に完成した東宮御所(皇太子の住居)です。明治維新から日も浅い青年国家とも言うべき日本が近代国家の仲間入りを目指し、西洋の列強諸国に追いつきたい、負けたくないという思いから、文字どおり寝食を惜しんで造り上げました。当時の日本の国力から考えると、技術的にも費用的にも明治の日本がいじらしいまでに背伸びと苦労を重ねた記念碑とも言うべきものです。

そこまで苦労して建てた東宮御所ですが、諸般の事情で時の皇太子(後の大正天皇)はお住まいになることなく、戦後には皇室の財産から国に移管され、国立国会図書館などに使われました。

一般の国の庁舎として使われたことに加え、長い歳月の経過もあり、建物は傷みが進みました。迎賓館として使うにあたり、1968年に建築家の村野藤吾さんが指揮をとって改修が始まります。いわゆる昭和の大改修です。

明治に建築された東宮御所は、日本に多い地震にも耐えられるように壁が厚い構造になっています。昭和の大改修では、最新の空調設備などを導入することになり壁にダクトを通すための穴を開けようとしたのですが、特に一部の厚い壁については一般的な工具では穴を開けることができず、特別な工具を使って穴を開けたという記録も残っています。

また、館内の壁や天井、建具など内装において多く使用されている塗装色「アンバーホワイト」は、村野さんのイメージする「白色」を新たに調合するために資料の収集から始まり数種類の試験塗装をするなど、職人と試行錯誤を重ねて生み出した色なのです。

施設全体で傷みの進んでいた壁や柱、室内の装飾、調度品などは創建時の姿を生かしながら改修しました。創建時の姿や雰囲気を大切に守りながら、創建時とはまったく違う用途である迎賓館として生まれ変わらせた昭和の匠たちの技や心意気にも強くひかれます。

海外からの賓客を最初に迎える玄関ホール。参観で正面玄関を通ることはできないが、見学は可能(写真撮影はNG)

――昭和の大改修からも歳月が経過しています。今後も耐震や防火に備えた改修という話が出てくるかと思います。そうなると、明治の雰囲気を残していくことも困難になるのではないかと思うんですが、明治との共存はどのように考えていますか?

三上:そのあたりは難しい話です。迎賓館の基本的な構造は今も堅牢ですが、なにぶん古い建物ですからあちこちが傷んでいます。昭和の大改修でもかなり手を入れましたし、その後も例えば朝日の間の天井画などは2017年から2018年にかけて大がかりに修復しました。花鳥の間の天井画は区画ごとに現在少しずつ進めています。高精細な写真を撮って修復中はその部分にレプリカをはめ、天井からはずした絵画を修復しているのです。

天井画に限らず歴史的な建築や各種の装飾、調度品などをできるだけ元の姿で次の世代に引き継いでいくにはとにかく費用がかかります。予算がふんだんにあれば直したい部分はたくさんありますが、仮に予算が潤沢にあったとしても、天井画などは補修できる技術を持つ職人が限られていて一度に多くをできないという問題もあります。

一方で、賓客がお泊りになるスペースやバックオフィス部分が古い設備やアメニティのままでは十分なサービスを提供することができません。そういった部分で民間の一流ホテルにあまりに劣るようだと賓客に迎賓館を利用してもらえません。当然のことですが、機能的な部分では施設や設備のアップデートを図っていかねばなりませんし、お迎えする賓客や参観者の目に触れる庭園を常に美しく手入れしておくことも手を抜けません。

迎賓館は長期的に計画を立てて維持管理をしていますが、創建当時の雰囲気を大切にしながら施設や設備、庭園をどう維持管理し、更新していくのか、常に悩ましい問題です。

1974年に新たに建設された和風別館。中央にある池には鯉が泳ぎ、安倍晋三首相とアメリカのトランプ大統領(当時)が並んでエサをあげている様子を写した一枚は話題になった

ライトアップやキッチンカーで参観者の裾野とリピーター拡大へ

――迎賓館の参観料は、予約なしで参観できる本館・庭園の場合は大人1名で1,500円です。先ほど、観光立国を目指す流れで迎賓館の一般公開を始めたという話が出ましたが、昨今は行政改革の声が喧しくなっていますので、一般公開をして改修費用を稼ごうという考え方もあったのでしょうか?

三上:そうした考え方はないと思います。迎賓館は独立採算ではありませんし、建物は国の庁舎なので、経年劣化で必要となる修復も含めて基本的な維持管理で発生するコストは国の他庁舎と同様に一般的な予算の中で手当てされています。

他方で、一般参観の場合は参観者を受け入れるための光熱水費や、各所に配置される案内や誘導のためのスタッフ、手荷物検査や警備のための人件費などが必要になります。参観料による収入は参観に必要なこれらの経費と釣り合うように、というのが基本的な考え方です。予算制度上、仮に参観で黒字が生まれても、それが改修費用に回るという仕組みにはなっていません。

実際はコロナの影響を大きく受けて参観者が激減した2020年度以降、一般参観の収支はマイナスが続いています。迎賓館はあくまでも国賓の接遇施設です。参観で大きな持ち出しになることは望ましくなく、参観から得られる収入と参観に要する経費とをうまくバランスさせたいと考えています。

コロナ以前の状況に戻りつつある今、その意味からもより多くの参観者にお越しいただけるような情報発信や魅力ある取組が求められているのです。

迎賓館の噴水も見どころの一つ

――夜間公開やライトアップを実施したり、前庭にキッチンカーが出店するといった行政機関らしくない取り組みもしています。これらも、迎賓館が観光立国・日本の一つの目玉であるということから出てきたアイデアなのでしょうか?

三上:先ほど、迎賓館の一般公開は迎賓館の歴史などを知ってもらうためと話しましたが、その一方でこちらから参観者に知識を押し付けるだけではもったいない、それでは参観者の裾野も広がらないという気持ちがあります。

外交の舞台としての意義や役割、文化財として価値など迎賓館をもっと知ってもらうには、まずは足を運んでもらうことが一番です。迎賓館に来るきっかけになるのなら、品格を損ねるようなものでなければ積極的にトライしてみるべきです。迎賓館の魅力を存分に感じてもらえるなら、それに越したことはありません。

そういう考え方から、昼の雰囲気とは違った迎賓館の夜の趣も堪能してほしいという思いで夜間公開やライトアップを実施しています。キッチンカーも同様です。国宝を見ながら日本にいることを忘れてしまいそうな優雅なティータイムを楽しむことで、ニュースやガイドブックでは決して伝わらない迎賓館の魅力を感じてもらえる、「また来てもいいかな」「次は誰と来ようか」などと思ってもらえるのなら大変ありがたいことです。

正門の外の休憩所にもカフェがあります。この休憩所は東京五輪で訪日外国人観光客が多く足を運ぶだろうと見越し、2020年に予定されていた東京オリンピックに合わせて整備されました。コロナの煽りを受けて東京オリンピックは一年延長されましたが、この休憩所も迎賓館と一体的に魅力の向上に寄与しています。

一般参観者は基本的に西門が入口のため、迎賓館の正門は一般参観では出口専用になっている

――夜間公開やキッチンカーといった試みの次は、館内でランチイベントをやってみようとか人数を限定して宿泊イベントを実施してみようといった意見が出てくる可能性もあるんじゃないでしょうか?

三上:迎賓館の事業には本来の目的である賓客の接遇と、それに支障がない範囲で通年の一般参観があります。それ以外の使い方として、「特別開館」という仕組みがあります。この仕組みは、日本を代表するような国際交流活動や日本の文化発信に寄与するような活動をしている民間の企業・団体等が主催するようなイベントに特別な会場(ユニーク・ベニュー)として迎賓館の使用を認めるというものです。

本年2月にも、アイヌ文化の発信を目的とした特別開館を実施しています。これは公益財団法人アイヌ民族文化財団が主催する形で、迎賓館の中でアイヌの伝統的な工芸品の展示や解説、参加者はアイヌ伝統の踊りを鑑賞し、現代風にアレンジされたアイヌの伝統料理を楽しみながら、アイヌへの理解を深めるというイベントでした。海外からの参加者を通じた情報発信も期待されています。

こうした特別開館は、参加者を募集するところから始まり、催し物の出演者、場内整理やセキュリティのスタッフの手配といった様々な事務や費用が発生します。そうした催事の手配やそのための費用は主催者が負担するので迎賓館の負担はない一方、会場の利用料を徴収することで特別な会場としての迎賓館の魅力を発信しつつ国有財産の有効活用にもなっています。

国が招いた賓客でない人からも費用を徴収して迎賓館に宿泊させてはどうかというアイデアについては、まずクリアしなければならない課題としてセキュリティがあります。

宿泊スペースはプライベート空間なので公開していません。迎賓館の部屋にふだんは誰でも泊まっているとしたら、テロ等のリスクに過敏にならざるを得ない外国の国家元首や政府首脳がわざわざ迎賓館にお泊りになるでしょうか。そういう場所で構わないなら都内に高級で快適なホテルはいくらでもあるのです。

日頃は一般にオープンになっておらず国公賓等のセキュリティが確保されればこそ、迎賓館が諸外国の賓客に利用されているという面が多分にあります。一回やってしまえば後戻りできません。一つのアイデアとして理解できなくはありませんが、宿泊スペースの一般開放には慎重の上にも慎重な検討が必要と考えます。

期間・場所限定で静止画撮影可とした狙いと課題

――迎賓館は建物内部の撮影が禁止されていますが、今年1月6日から16日まで期間限定で静止画に限って羽衣の間での撮影を可にしました。この試験的な取り組みの経緯と成果をお教えてください。

三上:迎賓館は館内の撮影を認めていませんでした。その理由はいくつかあるのですが、セキュリティの確保だったり参観者の滞留を防止してスムーズに参観できる環境を守ることだったりといった理由で長らく引き継がれてきました。

ただ、そういった理由は場所を限定することである程度は対処できますし、参観者の滞留などは、実際にどれくらい起こるのかわからないというのが実情です。

館内で写真を撮りたいという声は以前から参観者アンケートでも大変多かったので、50周年を控えて何かできないかということで、試験的にまず羽衣の間で写真撮影を解禁してみたのです。

結論から言うと、参観者の滞留については総じて事前に心配したほどではありませんでしたが、自分の好みの構図で写真を撮りたい人がほかの参観者に「どいてください」といった声をかけるような事態も起き、快適な参観環境の確保という面から課題が残りました。

写真撮影を可にした狙いは、迎賓館に対する理解や親しみを一層深めてらうことでした。実際、参観者から「写真を撮ってみたら、これまで気づかなかった室内の装飾に気付きました」といった声も聞かれました。他方で、多くの参観者が撮影に夢中になり、撮影が認められていない期間であれば普通に見られた、室内のデジタルサイネージの解説に見入ったり、ボランティア説明員に説明を求めたりといった行動が少なくなるといった傾向もありました。

迎賓館をどう楽しむかは参観者の自由ですが、迎賓館は撮影スタジオではありません。あたかも個人のポートレートを撮影するスタジオのように迎賓館が使用され、そのような形で「消費」されるとすれば、写真撮影を可とする狙いとは相いれません。

1月に期間限定で写真撮影を解禁した羽衣の間。皇室が購入したエラール社のピアノには特別な装飾や菊の御紋が入っている

――昨今、SNSや動画共有サイトに撮影した動画・写真をあげる人は一般的になってきています。それに伴い、歴史的な建物にはコスプレをして撮影に来る人も増えています。一部の施設は、そうした撮影を禁じています。迎賓館は、どう対処されているのでしょうか?

三上:迎賓館のホームページでは入場の際の禁止事項として「迎賓館の品格・雰囲気を著しく損なうおそれのある服装又は他の参観者が不快と思われるおそれのある服装」を掲げており、いわゆるコスプレはこれにあたる可能性もあると思います。ただ、私たちの悩みはコスプレかどうかの判断が難しいということです。

衣装を持ち込んで現場で着替えるような、例えば人気アニメのキャラクターであれば判別も容易にできます。しかし、卒業式や成人式で袴を着用した方が庭園で記念撮影をするのは問題がないのに、アニメの登場人物を意識して自作したとおぼしき和装の参観者を制止するのが難しいことはお分かりいただけると思います。ファッションとコスプレはある意味で連続なものかもしれません。

羽衣の間で試験的に写真撮影を可にしたときに、こだわりのファッションに身を包んだ方が来館して写真を撮っていました。参観者の中には「あの格好は迎賓館の厳格な雰囲気にはそぐわない」という考えの方もおられたと思いますが、そうした格好もファッションの一つでしょうし、現に渋谷や秋葉原に行けば街中で普通に見かけます。

私たちの主観だけで「あなたはOK」「あなたはお断り」と現場で線引きすることは混乱を招きます。ファッションとして何が許容され、何が認められないのか、しかもそれを大方が納得できる形でどう運用できるのか。過剰な規制は望みませんが、迎賓館に求められる品格が損なわれてはなりません。すぐには妙案も浮かばず、常に悩んでいるところです。

――迎賓館のような施設ですと、新しい取り組みにハレーションはつきもののように感じます。館長本人がXでつぶやくようになり、内閣府の上司などから批判的な声はないのでしょうか?

三上:これまで直接に何かを言われたことはありませんが、内心ハラハラしている人はいるかもしれません(笑)。

ただ、真面目な話、私がXでポストするようになった目的は、迎賓館がもっと国民に親しまれるようになり、それを通じて迎賓館のファンを増やすことです。ハラハラしている人も含めてその目指すところを否定する人はいないと信じています。

仮に「迎賓館がXでふざけたことをやっている」と批判されたら、その時はきちんと自分の意図とそれを実現するための手段としてやっていることを説明するつもりです。説明を尽くし、データを示せば理解してもらえると思っています。万一そういうピンチに陥った時にはフォロワーさんからも援護射撃いただければいいのですが……(笑)。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。