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G-SHOCKは「なんか有名らしい」? カシオVRメタバースの狙い

カシオ計算機が2023年10月に発表した“VRメタバース展開”では、VRChatのワールドとして、店舗を模したものや、遊園地のアトラクションのように楽しめるライド型のワールドが公開されている。「G-SHOCK」の形をしたアバター用アクセサリーも提供されるなど、VRメタバース空間や仮想空間でG-SHOCKを訴求する取り組みが次々に展開されている。

腕時計の製品を作って販売する従来のG-SHOCKのビジネスとは大きく異なるこれらの取り組みのうち、今回はVRメタバースの展開について、背景や今後の展開について担当者に話を伺った。対応していただいのは、カシオ計算機でG-SHOCKのVRメタバース展開を担当している時計BU 商品企画部の足利昂治氏。

カシオ計算機 時計BU 商品企画部の足利昂治氏

若い人「なんか知らないけど有名らしい」

カシオとしても「G-SHOCK」ブランドとしても、VRメタバースの展開は新たな取り組みで、VRChatのワールドを提供するのは時計メーカー初。こうした動きは、なにも現場の思いつきというわけではなく、むしろ逆で、会社の戦略を反映したものになっているという。

「カシオ計算機が発表している(経営方針などをまとめた)統合報告書では、腕時計を販売する従来のビジネスに加えて、ロイヤルカスタマーの拡大と新規領域の拡大という2つを、注力する領域として掲げています。腕時計の開発や販売に加えて、“腕時計を使ってなにかをしよう”ということですね」

そうした、モノを売るだけではない、“コト”にもフォーカスする背景には、ある種の危機感のようなものがあるようだ。

「G-SHOCKは40周年を迎えた歴史のある商品で、多くの人には、耐衝撃性に関するエピソードや、ストリートファッションと共に人気を得てきた歴史を理解してもらっていると思います。

しかし、若い世代の人にとっては、“ファッションアイテムとして有名”“なんか知らないけど有名らしい”というような、接点が弱い状態なのです。

なんとなく購入に至っていないというケースも多く、しっかりとアピールする施策が必要、という判断です。そこで、VRメタバースを用いた取り組みを行なうことになったのです」

若い世代への種まき、反応は良好

ではなぜ、VRメタバースの展開を選んだのだろうか。客観的にみて、現在のVRメタバース関連市場は大きな可能性を秘めながらも、発展途上という段階。これはカシオとしても楽観的に捉えているわけではなく、長期的な取り組みが重要になると見込んでいる。

「さまざまな市場調査を踏まえると、メタバース関連市場は2030年に向けて拡大していく、と予測しています。ポイントは、現段階ではZ世代のユーザーが多いことです。ですから、すぐに効果がなくても、今の若い世代が将来のG-SHOCKのファンになってもらうための取り組み、という位置付けです」

カシオは2023年の10月にVRメタバース施策を発表して以来、矢継ぎ早に2つのコンテンツを投入している。今後も同じペースで投入するのは難しいとするが、第1弾、第2弾の意図や、手応えはどう感じているのだろうか。

「反応は良好です。普段からメタバースで遊んでいる人に対しても、形だけの参入ではなく、意味や内容のあるコンテンツになっていると思います。(カスタマイズしたG-SHOCKを自分のアバターの腕に装着できる仕組みなどもあり)実際に、実物が欲しくなったという声も聞かれました。

カシオのワールドを未体験のユーザーからも、カシオが面白いことをやっているな、という反応がありましたし、全体を通して反応は良かったです」

“的外れ”じゃない、ファッションと耐久性を訴求するワールド

第1弾の店舗を模したワールドでは、カラーをカスタマイズしたG-SHOCKをアバターに装着できるという仕掛けが用意され、実際の時刻も確認可能。カシオのワールド以外でもこのG-SHOCKをアバターに装着できるよう、Boothではアバター用アクセサリーとしてデータを販売している。

第2弾は打って変わって「ライド型コンテンツ」になっている。ライドワールドとも呼ばれるこの形は、遊園地のアトラクションのような楽しみ方ができ、VRメタバースの初心者でも手軽に楽しめるとして人気のジャンルだ。

どちらも、VRメタバースを“分かっている人”が企画したであろうという内容。担当の足利氏はこれまで、G-SHOCKの仕様設計や、動作を制御するソフトウェア開発に携わっていたという腕時計畑の人物。ただ、プログラミングやソフトウェア開発に携わっていたことで、メタバース関連にも趣味で触れており、メタバースでできること・できないことといった“勘所”はつかんでいたという。

足利氏が、G-SHOCKをメタバースで展開するにあたって“的外れ”にならないよう重視したのは、「企画」と「品質」の2つ。

1つ目は、G-SHOCKがメタバースの文化圏でもファッションアイテムとして受け入れられてもらえるだろう、という見立てだ。メタバースの世界でユーザーがまとうアバターには、アニメ調やリアル調などさまざまなテイストが存在し、アバター用の「服」の場合は好みも分かれやすい。一方、G-SHOCKはアバターのテイストに左右されにくく、展開しやすいという狙いが前提にあったという。

「そこで、自分好みのカラーにカスタイマイズできる『MY G-SHOCK』の取り組みが、アバター用アクセサリーの展開にフィットするのではないかという企画をたてました」

アバターのアクセサリーとして身につけられるG-SHOCK
MY G-SHOCKと同様のカスタマイズが可能

2つ目は、外部のクリエイターとの作業で、高いクオリティを確保できたこと。特に第2弾は、ライドコンテンツという形もあり、さまざまな世界を再現したグラフィックが描かれるが、「見立て通りのクオリティにしてくれた。酔いにくい工夫も入れてくれた」という。

第2弾のライド型コンテンツ

第1弾はG-SHOCKの認知やファッションアイテムとしてのアピールに振った内容である一方、第2弾のライド型コンテンツは、G-SHOCKの耐久試験を、G-SHOCKの身になって疑似体験するという内容。前述の「なんか知らないけど有名らしい」という若い人に向けて、G-SHOCKのそもそもの特徴である耐衝撃性能を訴求するのがテーマになっている。

「東京・羽村市にあるカシオの羽村技術センターには、G-SHOCKの耐久試験の設備があり、さまざまな衝撃試験が行なわれています。かねてからコンテンツにしたいと思っていましたが、衝撃試験をバーチャル世界に落とし込んでも『データだから壊れないよね』となります。そこで、外部の人から『G-SHOCK目線で体験するのはどうか』と意見をもらいました。それならメタバースの没入体験とも合致すると考えて、ライド型コンテンツとして落とし込むことができました」

今後、開発がより簡単になり、開発速度を早めることが可能になれば、今回のライドコンテンツで示したような世界観のアピールは、柔軟に展開してきたいという。例えばG-SHOCKの最上位ラインである「MR-G」では、ひとつの製品にもこだわり抜いた商品企画や、関連するさまざまな“物語”が存在している。報道関係者や流通関係者向けには複数の資料とともにそれらが紹介されるが、一般ユーザーに対し事細かに説明できる機会は限られている。

「MR-G」はひとつの製品でもさまざまな物語が用意されている

「現在は、一商品ごとにそれをやるのは難しいですが、Webサイトを作るような感覚でできるようになれば」と、足利氏はツールの進化にも期待を語っている。

MRコンテンツも検討中

メタバース関連のハードウェアで中心的な存在であるMetaが、MRに本格的にフォーカスした「Meta Quest 3」を投入したことで、MRコンテンツの拡大にも期待がかかっている。一般にVRは視界すべてがバーチャル世界だが、MRは現実世界をパススルー映像という形で取り込み、バーチャルコンテンツを融合させた表現が特徴で、自分の部屋の中にゲームキャラクターが登場するといった、これまでとは違ったリアリティの方向性を持つ。2024年に発売されるAppleの「Vision Pro」も同様の方向性のデバイスだ。

「Meta Quest 3」MRコンテンツのイメージ

カシオのメタバース展開で、こうしたMRコンテンツの活用は検討されているのだろうか。

「VRメタバースに取り組み始めた時点で、MRも来るだろうと想定していました。腕時計を試着できるコンテンツについては、考えているところです。

今はアイデア段階で開発しているわけではありませんが、自分が所有しているG-SHOCKのフェイスを、MRで部屋の掛け時計として表示できるコンテンツなども、面白いかもしれませんね」

これまでにない共創にも期待

企画や品質にこだわり、体験したユーザーからは好評なカシオのVRメタバースコンテンツだが、足利氏は、幅広い人に体験してもらうことが課題という。

「耐久試験などは、店頭で紙や文章で説明するより、ライドコンテンツのほうが分かりやすい。そのコンテンツは高い評価をいただきましたが、体験した人はまだまだ少ない状況で、メタバースに触れていない人にはリーチできていません。例えば、リアルな店舗のG-SHOCKストアに、体験用の機器を設置するとかの展開も考えていきたいですね」

また、これまでにない横のつながりや共創にも期待がかかる。「(現物のG-SHOCKといった)プロダクトありきの共創だと、相手と競合してしまう場合や、分野が違いすぎて共創が難しいケースなどもあります。メタバースなら、これまでにない横のつながりの共創もできるのではと期待しています」

カシオとしては、一連の取り組みで製品の購入につながることが最終目標とするものの、「ブランドをユーザーに訴求することで、結果的に還元されるというところを目指したい」といい、VRメタバースのような没入体験でブランド価値を高めていくことが重要としている。

太田 亮三