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「子乗せ」シェアサイクルは広がるか? 強いニーズと多くの課題
2023年10月24日 08:20
「シェアサイクル」と聞くと、都内でよく見られる、白や赤にカラーリングされた自転車イメージする人も多いでしょう。現在、OpenStreet社が自転車後部にチャイルドシートを設置し、子どもを乗せられる「チャイルドシート付自転車コミュニティサイクル実証実験」を東京都千代田区と行なっているのをご存知でしょうか。
なぜ、子乗せシェアサイクルを始めたのか、実証実験を中心に同社のシェアサイクル事業について、OpenStreet 代表取締役社長 CEO 工藤 智彰氏にお話を伺いました。
「子乗せシェアサイクル」はなぜ始まった?
OpenStreet社は、シェアサイクルプラットフォーム「HELLO CYCLING」を展開。全国で100を超える自治体と協定を締結し、全国でステーション数は約7,000カ所を超え、電動アシスト付きの自転車だけでなく、小型の電動スクーター「HELLO MOBILITY」などを提供しています。
今回主に紹介する「チャイルドシート付自転車コミュニティサイクル実証実験」は、千代田区との協定に基づき2023年2月にスタートしました。市ヶ谷駅近くの東郷元帥記念公園にステーションを構え、貸出・返却はこのステーションのみで行なえます。
――実証実験を開始した経緯を教えてください。
「OpenStreetは、民間のみで展開するエリアもありますが、自治体と協定を締結して展開している例が非常に多くなっています。自治体は、様々な住民の要望に応えたいという思いがあり、子どもを乗せて移動できるモビリティに対するニーズが多くあります。一方で、『HELLO CYCLING』のプラットフォームは、本来ステーション間で乗り捨てが自由なため、仮に子乗せできる自転車を配置しても返却される場所を指定できない課題がありました。
こうした状況のなか、江ノ島・湘南エリアで展開しているe-bike『KUROAD(クロード)』では、専用のステーション間でのみ、レンタル/返却ができる仕組みを開発しました。千代田区は、既にドコモ・バイクシェアが運営主体となるシェアサイクルを提供していましたが、子どもを乗せて移動できるシェアサイクルの提供について、千代田区から弊社に相談をいただき検討を進めたという経緯になります」
マッチング・保険など「子乗せ」ならではの課題
――貸出・返却ともに1つのステーションのみとしていますが、これには理由があるのでしょうか。
「子乗せ自転車のシェアリングに対する要望はありますが、乗りたい人と車体のマッチングが難しいんです。OpenStreetでは、過去に子乗せ自転車のシェアリングにトライした経験から、シェアサイクル型をベースとした仕組みは、子乗せ自転車を使いたい人がいつも同じステーションで借りる保証がないので、シェアサイクルプラットフォームに特定の目的に使う特殊な車体を混ぜるのは相性が悪いことがわかっていました。
こうした事情から、千代田区での実証実験では、レンタル・返却できるステーションを東郷元帥記念公園のみに限ってスタートしています。この公園にステーションを設置した理由は、千代田区の環境調査で子乗せ自転車に乗せられる未就学児(東京都では、運転者以外に乗せられる子どもの年齢を小学校就学に達するまでの年齢に制限しています)が居る世帯が近隣に多く在住していることで、実証実験を行なうのに適したエリアとして選ばれたようです」
――利用傾向に特徴はありますか。
「もともと、東郷元帥記念公園には『ちよくる』用のドコモ・バイクシェアさんのポートが設置してありましたが、置き場の半分を実証実験用の場所に転用する形でスタートしています。既に、利用回数などのデータは集計していますが、多い月の月間利用回数は約200回になるなど利用回数は想定を上回っています。
曜日別では平日と比べ土日の方が1日あたり約1.5倍多い傾向が見られます。これには利用時間帯に深夜時間帯があるなど、子乗せではない単純なシェアサイクルとしての利用も含まれているため、実際に子どもを乗せて利用しているのかなど、利用者に対する詳細なアンケートをこれから実施する予定です。
車種の選定については、「HELLO CYCLING」の通常タイプの自転車(26インチ)よりも小径のモデルを投入しています。これは、子乗せタイプの自転車ではどうしても重心が高くなり、走行中や取り回し中にバランスを崩したり、子どもが左右に体を揺らしたりして転倒する事故を予防するためです」
――実際の利用者やシーンのデータはどのようになっているのでしょうか。
「実証実験の自転車が一定時間以上停車している場所を調べてみると、保育園や公園など子どもが遊んだり滞在したりする場所に停車していることが多くあり、子どもを乗せて移動する手段としてきちんと使われていることが判明しています。具体例を挙げると、平日は保育園などの子どもが滞在する施設に、土日には公園や皇居周辺に滞在している例が多くみられるため、子どもを乗せて移動する手段として使われているようです。
子乗せの自転車のニーズは大きいように見えるのですが、どんどん少子化は進んでいきますし、子どもを乗せたい・乗せられる時期はすごく短くて、都の条例では小学校入学以降の子どもはチャイルドシートに乗せてはいけないルールですので、ビジネス視点では顧客のライフサイクルがすごく短い課題があります。こうした事情を踏まえると、購入して乗るよりも、シェアして使うほうが相性が良いかもしれません」
――そのほか子乗せシェアリングの課題があれば教えてください。
「コスト面での課題があります。通常は1人分のみの保険料を2人分負担していたり、チャイルドシートのメンテナンスの費用が発生するほか、事故が発生しないようシートのメンテナンスにも気を使います。ノーマルタイプの自転車よりはやはり運用コストが高くなりますね。また、子乗せシェアサイクルに限定する話ではないのですが、冬場に最低気温が5℃ぐらいまで下がってくると、シェアサイクル全体としての利用が少なくなります。
今回の実証実験はシェアサイクルのプラットフォームを使っていますが、空いている自転車が無ければ使えないベストエフォート型のサービスのため、利用したい時に使えないと困ってしまう、という部分でも課題が残っています。今後の車両の追加やステーションの増設については、利用者アンケートを踏まえて千代田区と相談のうえ決定する予定です」
コロナ禍を経て利用回数は過去最高を更新
――シェアサイクル全体の状況はいかがでしょう?
「新型コロナウイルス(COVID-19)の影響が大きかった期間も利用回数は増えたのですが、その傾向は2023年に入っても同様です。人の移動の総量が増えるとそれに比例して利用回数が伸びていくのは、緊急自体宣言など措置が終了した後も同じ傾向にあり、月間ベースでの利用回数は過去最高を更新し続けています。
また、最近では人が集まるイベントが開催されるようになってきて、花火大会やコンサートなどで特定の時間帯に人が密集するイベント時の移動手段としても使われているようです。こういったイベントの終了後は駅へ向かう人で混雑したり、駅の入場規制などですぐに電車に乗れなかったりしますが、これを回避する移動手段として、シェアサイクルを使う人がとても増えています。混雑する時間帯や場所の中心を避けて移動する手段となっているようです。
弊社のシェアサイクルは、利用する30分前から予約ができますが、イベント終了の30分前ぐらいから自転車が一気に予約されていくという傾向があります。シェアサイクルは輸送量の小さな交通手段ですが、サービスに慣れている人たちの移動手段として定着しているように感じています。ほかにも、スポーツのアウェー戦の開催時間帯の前後にその地域を周遊する使い方もされています。普段は行かない土地を自転車で巡るために使われているのでしょう」
――ステーションにある自転車台数と需要のバランスはどうでしょうか。
「他社さんの状況として、通勤時間帯の朝にレンタルできる自転車が無くて借りられないという状況も発生しているかと思いますが、HELLO CYCLINGについては『このステーションに全く自転車がない』という状況は今のところなっていません。ただし、地域によってはユーザーの伸びに自転車の供給が追いついていない場所があります。
自転車を設置する台数は、ステーションを設置する場所に依存しますので、ユーザーがどんどん増えた場所で、ユーザー数にステーションの増加が追いつかない場所はどうしてもでてしまいます。需要をみながらステーションを増やしたいのですが、特に都心部では競合他社との場所の取り合いになってしまうこともあり、短期間でステーションを増やすことが難しくなっています。
LUUPさんを例に紹介すると、LUUPさんはすごく狭い場所でもおけますので、すごく細かく配置ができています。我々は、ステーションに返却できる台数の上限を決めていて、台数以上は返却できない仕様になっているので、場所をしっかりとお借りして、ステーションを運用していけないという課題があります。ある意味で、秩序と利便性のバランスを秩序寄りに運用しているとも言えます」
――江ノ島・湘南エリアで展開しているe-bikeのシェアサービスも印象的ですが、都心以外での展開には注力していくのでしょうか。
「最近は観光地からのe-bikeのご相談が増えていて、先日長野市でもe-bikeのみを導入するシェアサイクルを開始しました。いま観光地で起きている課題として、新型コロナウイルスの影響でレンタカー、レンタサイクル、タクシーなどの台数が減少しています。その後、観光客は戻りましたがその移動手段が足りていない状況と伺っています。こうした環境の中、少量の輸送でも早く提供できる交通手段として、シェアサイクルへのニーズがあるようです。
また、シェアサイクルによって新たに生まれる観光ニーズもあります。例えば、香川県の離島の小豆島では、港からの移動手段があまり無いのですが、バスの出発時間などに縛られずに自由に移動できる手段として、シェアサイクルが活用されています」
――観光地需要に応えるために工夫している点があれば教えてください。
「観光地での利用など、普段はHELLO CYCLINGを使っていない方が利用するのに利用に役立っているのがPayPayです。アクティブ率は通常のHELLO CYCLINGアプリよりもちょっと低くなりますが、PayPayからだと会員登録不要で借りられるので、旅先で見かけたシェアサイクルを気軽に使える手段として利用が増えています。また、クレジットカードを持たない学生や子どもの利用促進にもつながっています。最近見かけた事例なんですが、おそらく部活の試合で駅から遠い会場へ向かう高校生グループを見かけました。これも、おそらくPayPayを使った決済が影響しているのではと思います。
ほかにも、アニメや映画、好きなYouTuberなどに関連する聖地巡礼をする際に、バスなど公共交通機関による移動が難しいケースでの移動に使われたり、新型コロナウイルスの影響により緊急自体宣言が発令されていた期間中も通勤をせざるを得ない医療関係者が、密を気にせずに移動できる交通手段として使われたことがあるなど、通勤・通学・観光に限らず、多様な使われ方をしています」
――シェアリングサービスは、各社車両の種類も増えていますが、今後も事業は拡大していくのでしょうか。
「我々は電動キックボードを提供する予定はありませんが、多様な車両を展開していきます。2024年からはglafitさんと共同開発している特定小型原付に分類される車両『電動サイクル』を展開予定です。特定小型原付は、7月1日に施行された改正道路交通法によって誕生した新車両区分で、ペダルレス(スロットル操作)で走行します。エリアとしては、年明けから千葉市、さいたま市、都内の一部に投入する予定です」
「また、訪日客のシェアサイクル利用もかなり伸びています。現時点では、韓国や台湾などの近隣からのお客さんはを中心に、頑張って日本のアプリストアからアプリをダウンロードして使ってくれる方が増えています。
こうした訪日客の方々がより利用しやすくなるよう、我々の取り組みとしては、PayPayから利用するのと同じように海外の決済系アプリと連携できる仕組みの提供を進めています。アプリのシェアサイクルボタンを押すと、HELLO CYCLINGが使えて決済できるという仕組みで、これを今年度中にスタートする計画です」
子乗せシェアリングや観光地利用など、ニーズを捉えてすぐにサービスとして実行しているOpenStreet社のスピード感には驚かされることが多々あります。これからもラストワンマイルを担うさまざまなサービス展開に期待したいと思います。