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「立候補休暇」とは何か。会社員の挑戦が政治を変える?

選挙活動に臨む村花ひろし候補(写真:本人提供)

2022年12月に成立した改正地方自治法には、会社員などが選挙に立候補しやすくするため、事業主に対して「立候補休暇」を就業規則などに定めるよう促すことが明記されました。そうした法改正を受け、手探りながらも動き始めている企業もあります。

バイオベンチャーのユーグレナは、このほど立候補休暇制度を新設することを発表。同時に、既存の「チャレンジバック制度」という外部でのチャレンジを経て成長した仲間がユーグレナにカムバックできる制度を政治家にも拡充し、1任期以内ならば復職が認められるようになりました。

ユーグレナが先鞭をつけた政治への挑戦という道筋は、どういった経緯から生まれたものなのでしょうか? 人事担当者の金田謙祐さんと実際に制度を活用して4月の横浜市議会議員選挙に立候補した村花宏史さんに話を聞きました。

市議選を振り返りながら談笑する金田さん(左)と村花さん(右)

立候補休暇と復職制度で社会貢献・会社貢献

――改正地方自治法に、事業主が立候補休暇制度を就業規則に定めるよう促したとはいえ、実際に立候補休暇という制度を導入したことは画期的だと思います。導入までに、どんな議論があったのでしょうか?

金田氏:私は入社6年目で、これまで人事関係の仕事をしてきました。昨年までは採用担当でしたが、今年1月から制度・評価・育成などを担当しています。

今回の立候補休暇制度を導入したことや、既存のチャレンジバック制度を拡充して政治家にも適用するという改善にも取り組みました。

立候補休暇制度の導入経緯ですが、社会のためと会社のためと仲間のためになるからというところからスタートしました。

まず社会のためという部分ですが、総務省が企業に立候補休暇の導入を呼びかけていることは存じ上げていました。また、広報を通じて地方議員、特に少子高齢化・人口減少が進んでいる市町村議員の成り手不足が深刻化しているということも聞いていました。

それらを勘案し、立候補休暇を導入することで地方議員の成り手不足が解消されて、それが社会や地域に貢献するなら会社として立候補休暇の創設を前向きに取り組むべきと考えたのです。

それから、立候補休暇と合わせてチャレンジバック制度を拡充したことも重要だと思っています。これまで弊社のチャレンジバック制度では、入社から3年以上の仲間にはボランティア・国際協力活動・博士号やMBAの取得等を理由に退職しても、退職から3年以内なら復職を認めています。

同制度により、いろいろなことにチャレンジすることが可能になり、その経験によって成長した仲間がカムバックできるようになっていました。外部で得た経験や培った知識・技術は、ユーグレナに戻ってきて活かすことができる。それは会社にとってもプラスです。

また、入社から1年以上経過している場合は育児や介護を理由に退職しても、退職後3年以内の復職を認めています。立候補休暇とチャレンジバック制度の2つにより、政治にチャレンジする機会をつくり、政治で社会を変えたいという思いの仲間を後押しできると考えたのです。

立候補休暇とチャレンジバックで立候補を後押しした金田謙祐さん

――制度の内容を詳細に教えてもらえますか?

金田氏:まず、立候補休暇について説明します。立候補休暇は、公職選挙法が適用される選挙に立候補することを理由に立候補者本人のみが休暇を取れる制度です。

誤解していただきたくないのですが、ユーグレナが特定の政党や政治団体、政治家個人を応援しているという話ではありません。また、立候補した人の政治思想や信条に賛同しているわけでもありません。あくまでも、「選挙に立候補したい」という人の思いを応援するだけです。

仮に、立候補休暇がなかったら、立候補者は有給休暇を取得して選挙に臨まなければなりません。しかし、立候補休暇という制度があれば、有給休暇を取る必要がなくなります。それが、立候補というチャレンジを後押しできると考えました。

今回、立候補休暇の導入にあたり制度設計としては7日前までに立候補休暇の申請をすれば取得できるようにしました。有給休暇とは異なり、休暇中は無給です。立候補休暇で取得できる日数は、選挙によって異なります。これは、選挙によって選挙期間が異なるからです。

例えば参議院議員選挙と都道府県知事選挙の選挙期間は17日間、同様に政令指定都市の市長選は14日間、衆議院議員選挙は12日間といった具合です。最も選挙期間が短いのは、町村長選挙と町村議会選挙の5日間です。

このように選挙の種類よって選挙期間に長短があります。どの選挙に挑戦するのか? それは立候補休暇を取得して立候補する個人の考えです。それを会社が指示・規定するものではありません。そのため、立候補休暇を取得できる日数は選挙の公示日・告示日から投票日までと決めました。

そのほかにも、いろいろなケースを想定して立候補休暇の制度設計をしました。例えば、選挙に立候補しようと検討している人でも、諸事情のために届出前に「やっぱり立候補をやめます」と断念する人がいるかもしれません。いったん立候補を取り止めてから、再び「やっぱり出ます」と宣言することも考え得るのですが、その場合は立候補休暇を再申請できません。

同じ年内に別の選挙に出るといったケースはあまりないかもしれませんが、例えば、今回の統一地方選の前半戦は4月9日に、後半戦は23日に投開票されましたが、どちらの選挙に出ることも可能ですから、立候補休暇を2回申請する人も出てくるかもしれませんし、今年中に衆議院の解散があれば衆院選に出馬する人も出てくるかもしれません。

まだ選挙に関する立候補休暇を導入したばかりですので、制度をランニングしているうちに少しずつチューニングしていきたいと考えています。

ユーグレナは立候補休暇制度新設について公表している

立候補休暇を利用してチャレンジする社員現る

――立候補休暇を立ち上げるにあたり、CEOなどの経営陣はどんな反応だったのでしょうか?

金田氏:実は立候補休暇を検討する以前に、チャレンジバック制度に選挙への立候補による退職と復職を盛り込むかどうかの議論をしていました。議論の結果、チャレンジバックに政治家を盛り込むことになり、そもそもチャレンジバック以前に選挙にチャレンジする環境を整えなければならないという話になりました。そうした経緯から、立候補休暇とチャレンジバック制度はスムーズに話が進みました。

――今回、立候補休暇を利用して立候補した人がいたのは、想定の範囲内だったのでしょうか?

金田氏:チャレンジバック制度に政治家を含めるか否かの議論が始まったのは、導入の経緯の部分でもお話ししましたが、まずは社会のため、つまり地方議員のなり手不足など政治参画に関する社会問題への対応のためです。ただ、議論が始まった頃、社内に選挙に立候補を検討している仲間がいることを耳にしました。社会貢献を志す仲間のチャレンジを応援するためにも、会社として立候補休暇があった方がいいのか否か、しっかりと議論して「あるべき」と判断しました。

無理だという意見がある中でも立候補した理由

立候補休暇と1任期以内での復職を認めるチャレンジバック制度の拡充によって、4月9日に投開票された横浜市議会議員選挙に立候補したのが村花宏史さんです。

横浜市議選は行政区単位で選挙区が割り振られています。村花さんは泉区から出馬。泉区の定数は3で、今回は7名が立候補しました。現職は自民党の2名と立憲民主党1名で、そのほか新人候補は共産党から1名、無所属の候補者が村花さんを含め3名の激戦区でした。

立候補制度を利用して横浜市議選に出馬した村花宏史さん

――横浜市議選に挑戦したいという気持ちは、いつから芽生えたのでしょうか?

村花氏:明確に市議選に出ようと決心したのは、選挙の直前です。弊社はユーグレナ・フィロソフィーとして“Sustainability First(サステイナビリティ・ファースト)”を掲げています。会社全体で社会課題の解決に取り組んでいますが、私は地域社会の問題を解決していくことにも目を向けたいという気持ちがありました。

というのも、私が居住する地域に目を向けてみると、持続可能な状態になっていないと思ったからです。これまで私も地域活動に携わる機会はあまりなかったのですが、2022年に任期1年の自治会長に就任したことがきっかけで地域活動に取り組むようになりました。

実際、参画してみると、地域活動の中心はご年配の方々で若い人が少なく、10年後20年後、自治会町内会の活動が継続できなくなるのではないかと思いました。もし自治会町内会が機能不全になったら、地域社会はどうなってしまうのだろう?という不安がよぎり、自治会長として活動を続けていく中で市議選に挑戦しようと思ったのです。

――自治会長に就任してから、どんな取り組みをしたのでしょうか?

村花氏:泉区商店街連合会と和泉中央連合自治会の主催として、2022年11月29日から12月14日まで「泉区肉まつり」を私が企画・運営しました。泉区をもっと楽しく盛り上げるための食のイベントなら、地元の商店街も協力しやすく、利用者も期待できます。

また、若い世代に参加を促すためにスマートフォンでクーポンを取得してもらい、新たなお店や地域の魅力を発見してもらうことなどの仕掛けを盛り込んだのです。

泉区肉まつりはスマートフォンの利用者登録が1,000人を超えるといった反響をいただいたことから、矢継ぎ早に第2弾を2月1日から28日まで開催しました。自治会長の任期は1年ですが、その間に2回も肉まつりを開催して5,000人を超える盛況だったことは、地域活動への手ごたえを感じました。この経験も選挙に出ようという後押しになったと思います。

選挙戦最終日、街頭でビラを配りながら支持を訴える村花候補(写真:本人提供)

――後押しという意味では、今回の市議選出馬にあたり立候補休暇を利用しました。仮に立候補休暇がなくても立候補したと思いますか?

村花氏:すでに2月下旬には立候補する準備を始めていたので、立候補休暇が制度としてなくても有給休暇を利用して立候補していたかもしれません。ただ、立候補休暇という制度ができたことは、心理的な後押しになったことは間違いありません。

出馬には家族の協力も欠かせませんが、地域活動という意味で応援してもらえました。というのも、妻は病気療養で約2年間にわたり車イス生活を送りました。まだ完全に回復したわけではありませんが、地域に助けてもらった感謝の気持ちがあります。

市議選出馬への思いを伝えた当初、家族は「本気なの?」と半信半疑でしたが、助けてもらった地域に恩返しする思いもあり、賛同を得ることができました。

――立候補休暇は7日間です。どう使われたのでしょうか?

村花氏:立候補休暇7日間をフルで取得したわけではありません。3日間だけ申請しました。ほかの日は、有給休暇を使って活動をしました。

――今回、市議選に出馬するにあたり、無所属で立候補しています。周囲の反応はどうだったのでしょうか?

村花氏:絶対に無理だと言われたのですが、投開票までは絶対に当選すると思っていたぐらい自信がありました。政治家としての経験はありませんが、そこはマーケティングでなんとか勝負になると思っていました。また、マンション管理組合の副理事長や自治会長といった経験、肉まつりを開催した際にも人とのつながりがたくさんできました。

しかし、選挙は思っていた以上に世界観が異なりました。まず組織票がとても厚くて固い。票を入れてもらうことが、こんなにも難しいことだと痛感しました。また、肉まつりでは興味を示してくれた人たちも、選挙となると「政治と関わるのは、ちょっと……」という反応する人もいました。

今回は残念な結果に終わりましたが、立候補したことは後悔していません。。

――市議選は4年に1度あります。立候補休暇が立候補を後押ししたということですが、再チャレンジする気持ちはありますか?

村花氏:今は選挙が終わったばかりなので、気持ちの整理をしているところです。だから、次の選挙に関しては、まったく白紙の状態です。また手を挙げるかもしれませんが、それが地域社会の課題解決につながるのが市議なのか、他の活動なのかはわかりません。ただ、これからもやれる範囲で地域活動に取り組んでいきたいな、とは思っています。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。