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東急電鉄が駅舎を”木造”にする理由。「木になるリニューアル」とは?

“木になるリニューアル”の第1弾となった戸越銀座駅周辺の商店街は活気があり、たびたび街歩きなどのテレビ番組でも取り上げられる

東急電鉄は、木材を多く活用した駅舎へ改修するプロジェクトに取り組んでおり、東急池上線 戸越銀座駅、旗の台駅、長原駅で“木になるリニューアル”が完了しています。なぜ木造に着目したのか、なぜ池上線で進められているのかなどを担当者に聞いてきました。

東京五輪のメイン会場になった新しい国立競技場は、木をふんだんに使ったことで注目が集まりました。昨今、木を使う大規模建築物が増えています。その背景には、工法などの建築技術や木材の加工・製材技術が向上したことが挙げられます。こうした技術革新により、耐震性・耐火性に優れた木造建築が可能になったのです。

2010年には菅直人内閣が「公共建築物等木材利用促進法」を制定。2021年に同法を改正する形で、「都市(まち)の木造化推進法」が制定されています。技術・法令の両面が整備されたことにより、木を建築物などに使う機運はさらに高まりを見せています。

東急電鉄は2015年から“木になるリニューアル”プロジェクトを開始。同プロジェクトは、五反田駅と蒲田駅を結ぶ池上線で取り組まれています。“木になるリニューアル”がスタートしてから約8年が経過。東急電鉄の鉄道事業本部工務部でプロジェクトを担当する横山太郎さんに話を聞きました。

“木になるリニューアル”の説明をしてくださった東急電鉄の横山太郎さん

鉄道施設の建替えにおける木造利用はほぼ皆無だった

――2016年に戸越銀座駅の、木をふんだんに使った駅舎リニューアルが完了しました。戸越銀座駅は注目を浴びましたが、そもそも“木になるリニューアル”プロジェクトが始まったきっかけは何だったのでしょうか?

横山氏:“木になるリニューアル” 第1弾となる戸越銀座駅の工事は2015年に始まり、2016年に完了しましたが、駅リニューアルの検討はずっと前から進められてきました。

戸越銀座駅は東急電鉄の池上線という路線にあり、戸越銀座駅は1927年に開業した駅です。池上線は築90年前後の駅舎がいくつかあり、老朽化が目立ってきていました。そのため、駅舎の更新が課題として浮上していたのです。

池上線各駅の改修計画がスタートした時点では、複数の案が出ていました。それらの案を社内で検討したのですが、その中には鉄骨造へのリニューアル案もありました。必ずしも、木を使うことを前提にした改修計画ではなかったのです。

池上線は都心を走る路線ですが、東横線や田園都市線と比べると、駅の規模は小さく、走っている列車の本数や沿線の街の雰囲気も異なります。そのため、東横線や田園都市線と同じような考え方で駅を改良するのではなく、池上線ならではの路線の特徴や駅に合ったリニューアルを行なうべきであると考えました。

そこから沿線に似合う駅舎像を模索したところ、住民や利用者に寄り沿い、皆さまから愛される、温かみを残した駅づくりをすることを改修の重点として置くことにしました。

戸越銀座駅の屋根は、木のぬくもりを最大限に活かしている

――東急の路線の中でも、池上線は、独特の文化や雰囲気があるのですね。

横山氏:それぞれの路線に様々な歴史、沿線の成り立ちがあり、特徴も様々です。池上線を走るのは3両編成の電車です。沿線も昔ながらの商店街が残り、下町のようなレトロな雰囲気が漂っています。東横線や田園都市線に比べて認知度は低いですが、そうした昔ながらの沿線カラーは魅力として大事にしつつ、沿線外の人たちにもPRできるような何かを生み出さなければなりません。

社内でも、日頃から「池上線の魅力や認知度を高めるには、どうしたらいいのか?」が課題になっていました。そこから、90年が経過した駅施設を工夫して改修すれば池上線の新しい魅力を発信できるのではないか?という考えに至ったのです。

五反田駅と蒲田駅を結ぶ池上線

――老朽化した駅の改修を考えていたとき、すぐに木を使おうと思ったのでしょうか?

横山氏:駅の改修計画がスタートした段階では、明確に“木になるリニューアル”がビジョンとして固まっていたわけではありません。社内でも、さまざまな案が出ていました。また、予算の問題もあります。そうした複数の条件をシミュレーションして、木を使うことに決まったのです。

――木造にした場合、建設コストは安くなるのでしょうか?

横山氏:一概に木造だから安いとは言えません。戸越銀座駅は木造と鉄骨造のハイブリッドで建設されていますが、安く建設できるからという理由で木造に決めたわけではありません。あくまでも、地域に調和することを考えて木造に決めています。

木造より鉄骨造の方が法定耐用年数は長くなります。そうしたメリットから、これまでは古くなった木造駅舎の大改修する場合、鉄骨造にする事例が多かったと思います。

当社でも“木になるリニューアル”のコンセプトが固まって実際にスタートするまで、木造での大規模リニューアル、特に鉄道施設の建替えは、ほぼ皆無でした。木になるリニューアルをきっかけに、木造利用に対して積極的に取り組めるようになったと思います。

戸越銀座駅を木造でリニューアルしたのを皮切りに、情報発信を強化しています。そのため、多くのテレビ・雑誌から取材を受けることになりました。結果として、目立つことが少なかった池上線が取り上げられる機会が増え、多くの来街者を呼び込むことができたと思います。

多摩産材にこだわる理由

――戸越銀座駅は“木になるリニューアル”のスタートでもあり、象徴的な駅になっています。今後、どのように“木になるリニューアル”に取り組まれるのでしょうか?

横山氏:“木になるリニューアル”は戸越銀座駅から始まりましたが、同プロジェクトは戸越銀座駅のリニューアルという単体の事業ではありません。あくまでも池上線をどうするのか?といった課題が底流にあります。そのため、継続することが非常に重要です。

実際、2019年には第2弾の旗の台駅が、2021年には第3弾の長原駅が“木になるリニューアル”で生まれ変わっています。

旗の台駅も2019年に“木になるリニューアル”の第2弾で木造の雰囲気がある駅に
2021年、“木になるリニューアル”の第3弾として長原駅が生まれ変わった

――“木になるリニューアル”で使用する木材は、多摩産材にこだわっています。その理由を教えてください。

横山氏:東急線は東京都と神奈川県に路線を有していますが、“木になるリニューアル”に取り組んでいる池上線は東京都内だけを走っている路線です。地域内での資源循環や地産地消という観点から、多摩産材を使うことに決めました。都心で暮らしていても、都内で木材が生産されていることを知らない方は多いのではないかと思います。

今回、工事中の情報発信や様々な取り組みの中で、東京都の木「多摩産材」を使っていることを広く発信してきました。東京都内の木を使っているということを皆さまに知っていただくことで、駅に対して少しでも興味や親近感を持っていただけたと思います。お客さまとの接点を増やす上でも、多摩産材は非常に重要な役目を担っていたと思います。

駅は街の顔でもあります。駅施設で木材がたくさん使われていることを多くの人たちが目にすることで、東京の林業を知ってもらえるという期待もあります。東京の林業を活性化させるための情報発信という意味も込めて、多摩産材にこだわり、それを前面に打ち出しています。

――“木になるリニューアル”に合わせて、特別車両を運行していると聞きました。

横山氏:戸越銀座駅の木になるリニューアルに合わせて、“きになる電車”の運行を始めています。“きになる電車”は、昭和20年代に池上線と旧目蒲線(現在の目黒線と多摩川線の前身)で走っていた車両をモデルにして復刻させたデザインです。“きになる電車”の車体カラーもさることながら、車両の壁や床といった内装は木目調をベースにしています。そのほか、職人さんが手作業で仕上げた木製の吊り手、車内照明にもこだわっています。

鉄道車両は国土交通省の省令で厳しく耐火基準が定められています。そのため、容易に車両用材として木を使うことはできません。木製の吊り手は不燃加工を施した木材を使用するなどの工夫を凝らして、耐火基準をクリアしています。

復刻デザインの“きになる電車”(東急電鉄 いい街 いい電車 プロジェクトより)

――“木になるリニューアル”は駅や車両といったハード面だけの取り組みですか?

横山氏:木への意識を高めてもらえるように、これまでに多摩の山林や製材所の見学ツアーを戸越銀座駅のリニューアル期間中に2回実施しています。1回目は地元の方々を対象にして実施しましたが、2回目は参加者をHPで公募しました。いずれも親子連れでの参加が多かったです。

そうしたツアーを通じて、少しでも多くの人たちに林業や木造への理解を深めてもらえると考えています。そして、同時に木に対して親しみを抱いてもらいたいです。“木になるリニューアル”は、単に駅を木でつくるだけのプロジェクトではありません。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。