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「惑星X」での遠隔操作を目指す「ANA Avatar XPRIZE」 “誰もがロボを使う”の難しさ

イベントが開催された米カリフォルニア州にあるLong Beach Convention Center

11月4日・5日の2日間、米カリフォルニア州ロングビーチで、ある技術競技会の最終レースが行なわれた。

そのイベントの名は「ANA Avatar XPRIZE」。技術系非営利団体である「XPRIZE財団」が運営し、全日本空輸(ANA)がスポンサードして開催された、「アバター」の技術レースである。賞金総額は1,000万ドル。トップでゴールすると500万ドルが与えられる、というビッグレースだ。

優勝チームに与えられるのはなんと500万ドル

ロボットを遠隔操作し目的を達成するまでの時間を競うもので、2018年3月の公開後、4年以上の期間をかけて決勝には日本からの2チームを含む17チームが出場した。

どのチームが勝ったのか、そして、勝利を分けたのはなんだったのかをレポートする。

完全遠隔で5つの課題をアバターロボットで競う

まずはルールから解説しよう。

冒頭で述べたように、このチャレンジは「完全なリモート操作」によって定められたコースを走破するもの。その途中にはいくつかの課題が設けられており、それをクリアしないと先には進めない。

コース全体。ここにある5つの課題をクリアしつつ、ゴールを目指す。

コースは人が立ち入れない「惑星X」にある、という想定なので、ロボットが転倒する・動けなくなるといったトラブルを起こしても、人の手は一切借りることができない。また、ロボット操作はすべてワイヤレス通信による遠隔操作を使う。会場ではWi-Fiが使われており、その関係から、会場内でのテザリングを含むWi-Fi利用は禁止されていた。

課題は主に5つあり、コースと課題は決勝の1カ月前にチームへと伝えられている。

1つ目は「コミュニケーション」。

ロボットには音声での通話機能と顔などの表示機能が搭載されており、まずは指定位置に移動し、ジャッジからレースの概要を聞いた上で、それにオペレーターがロボット経由で応答する必要がある。まあこれは、今なら非常に簡単なこと。出走した全チームがパスしていた。

まずはジャッジと「音声でコミュニケーション」を行なう。ここは簡単。

2つ目が「レバーを操作してゲートを開ける」。

経路にはゲートが設置されていて、これを通るには、設置されたレバーを押し上げる必要がある。ロボットの手を使って操作しているチームが多かったが、実際にはどんな手法を使ってもいい。

ゲートを開けるために、中央の赤いレバーを下から上へと押し上げる。

ゲートが開いたら、長い通路を移動。その先に待っているのが3つ目の関門だ。

長い通路を急いで移動。ここの速さも重要だ。

3つ目は「キャニスター(口の閉まったビン)の移動」。キャニスターが数本立てられているのだが、これは「なにかエネルギーの詰まったビン」という扱いである。これを掴んで引き抜き、隣にある穴へと差し込む。キャニスターは金属製で少し滑りやすく、ここで苦労するロボットも多かった。

キャニスターをつまんで移動。ここで手こずるロボットも続出。
キャニスターとは、要は金属製のビン。ツルツル滑るので掴みにくい。

それをクリアし、ジグザグしたコースを抜けると4つ目の関門がやってくる。

4つ目は「電動ドライバーを持って、壁にあるボルトを外すこと」。これが最大の難関だ。簡単そうに思えるが、実際に電動ドライバーを持ってみるとわかる。かなり重い。そして、モーターを回すためには指に相当力をかけ続けなければいけない。さらに、移動して「ネジにピッタリと合わせる」という作業も必要になる。

電動ドライバー。これを手で掴んでトリガーをひき、壁のネジを外す必要がある。
普通の電動ドライバーなのだが、持ってみるとかなり重く、トリガーもしっかり引かないと回らない。
ネジの頭にドライバーを合わせるのもひと苦労。

そして5つ目が「見ないで石を持つ」。これまでの動作は全てカメラなどを使ってオペレーターが現地の映像を確認した上で行なえたが、最後は幕の向こうに隠れている石を、手触りなどの感覚だけで確認し、つまんで外に出す必要がある。

壁を外すと向こうには石が隠れている。これをアバターロボットの「手触りフィードバック」だけで確認し、取り出す

これらの課題をクリアするごとにポイントが加算され、さらに、クリアしていなくても状況判断に伴うジャッジによる加算もある。すべての課題をクリアすると15点。さらにそこからは、クリアまでにかかった時間での勝負となっている。ちなみに、優勝し賞金を獲得するには「すべての課題をクリアすること」が条件と定められている。

時間以内に課題をクリアできればいいが、時間をオーバーしたり、ジャッジが「クリア不可能」と判断された場合には、容赦無く「ABORT」(中断)される

隠れた課題は「開発チーム以外による操作」だった

こうやってコースの課題をチェックしてみると、どの課題も、1つ1つは人間にとってみれば難しいものではない。

実のところ、他のところでこの種のレースに出場した経験がある人々に聞くと、「課題そのものはそこまで難しいと思わなかった。決勝は課題をクリアできるかではなく、課題をクリアした上でのタイムレースになると予想していた」ということだった。もちろん、どこもレース用のロボットは、課題をクリアできることをテストしながら作るだろう。だからクリア時間はともかく、課題クリアはできて当然のようにも思える。

だが実際はそうではない。結果的にだが、ゴールできたチームは17のうちたったの3つ。非常に厳しいレースとなった。

最終結果。濃い紫のトップ3チームだけがゴールまで到達という、厳しいレースだった

なぜ「開発現場でできているはずのことができない」レースになるのか?

そこには、ANA Avatar XPRIZEに用意されたもう1つの課題が関係している。

ANA Avatar XPRIZEでは、レースの様子を、運営側が用意した「ジャッジ」とチーム担当者が同時に確認しながら進む。

そして、ジャッジ側にはもう1つ、大きな使命がある。

それは「オペレーターとして、アバターロボットの操縦を担当する」ことだ。

実はこのコンテンスト、アバターロボットの操作はチーム側では行なわない。チーム側は45分間でオペレーターに操作を教え、その後、会場内の別室から操作することになっているのだ。

アバターロボットの操作例。画面のように別の部屋から操作するが、それを担当するのはジャッジ側のオペレーターだ

ANAホールディングス子会社で、アバターロボットなどを使ったテレイグジスタンス(遠隔現実感)サービスの開発・展開を行なっている、avatarin株式会社 代表取締役CEOの深堀昂氏は、「(チーム外のオペレーターによる操作は)誰もが使える、という要素を重視し、XPRIZE側に対し、是非にとお願いした要素」と説明する。

つまり、ANA Avatar XPRIZE自体が「テレイグジスタンス要素を使い、アバターロボットを遠隔操作するレース」なのではなく、「誰もが使えるアバターロボットを開発し、課題をクリアする速度を競うレース」なのだ。

この要素はレースの様子を見ているだけでは少しわかりにいくいのだが、非常に特徴的なものと言える。

「操作範囲のわかりやすさ」が勝敗を分ける

この「チーム外の人間が操作する」という要素は、課題をクリアできなかったチーム・優勝したチームを分ける、極めて大きな要因になっていた。

「自分たちが操作しない」という点で不運に見舞われたチームの一つが、日本から参加した「Last Mile」だ。

「Last Mile」は、三菱電機の先端技術総合研究所 春名正樹さんを中心としたチーム。ロボットの特徴は「非常にシンプル」であることだ。

三菱電機の先端技術総合研究所 春名正樹さん(右端)と、「Last Mile」チームの皆さん

他のチームが大柄で、VR用のHMDや遠隔操作用ロボットアームを使っていたのに対し、「Last Mile」はあえて、360度映像を普通のディスプレイに写し、操作もラジコン的なコントローラーとマウスで行なうものを採用していた。

「Last Mile」。他チームのアバターロボットに比べ、小型で構成もシンプル
「Last Mile」のコントロール画面。HMDなどを使うチームが多かったのに対し、非常にシンプルな操作方法を採用していた

春名さんは「あえてシンプルにした。ヘビーなロボットである必然性があるわけではなく、操作も普通のディスプレイの方が覚えやすい、と考えた」と狙いを語る。

ロボットハンドの制御についても、「触覚を直接指先へフィードバックするよりも、視覚情報によって硬さを感じさせる『ビジュアルフィードバック』が有用と考えていた」と話す。

ただ残念ながら、1日目・2日目の試走ともに、ゴールまで辿り着くことはできなかった。

1日目は、第二の課題である「レバー操作」をクリア後、移動して第三の課題である「ビンの移動」に取り組んだものの、移動中にロボットハンドをコントロールするケーブルが振動で外れ、操作不能になってリタイアした。

2日目も、第二の課題「レバー操作」はクリアしたのだが、そこでやはりトラブルが発生した。そこでロボットハンドが壊れ、第三の課題のためにうまく動かせなくなったのだ。

レバー操作中の「Last Mile」。ここで勢いよくやりすぎたことが問題を引き起こした

原因は、レバー操作時にオペレーターが、想定以上に力をかけてレバーを押し上げたためである。

筆者も現場で取材していたが、春名さんが「あーっ!」と声をあげるのが聞こえた。

ジャッジとともに経過を見守る春名さん

これがまさに、「開発した人が操作するのではないから」起きるトラブルと言える。

同じようなトラブルは他でも見受けられた。力をかけすぎてロボットアームが故障し、もう片方の腕で押さえながら操作することになったり、動きが急すぎて正確な位置に合わせるのが大変で、本当は持ち上げるべき電動ドライバーを2つとも落としてしまって拾い上げられず中断……という例もあった。

良くも悪くも、チーム外のオペレーターに操作してもらうことが大きな障害・課題になっていたのである。

開発した側ならば、どのくらいまで力をかけていいのか、どう操作するのが安全な範囲なのかをよく知っている。移動の幅のクセもわかる。何回もやっていれば、そうした「設計意図の範囲内」で操作することが自然なことになる。

だが、操作に慣れているわけではない人にとってはそうではない。もちろんレクチャーで制限などは頭に入っているだろうが、無理をしてしまうこともある。特別な人ではく、一般の人が使う機器はそうした「無理な操作がある」ことも前提で、問題が起きづらいよう作られているものだ。

ANA Avatar XPRIZEは、結果的には、ドイツから参加した「NimbRo」チームが、1日目・2日目の試走の両方で圧倒的な精度・速さを見せつけ、ダントツの結果を出して優勝した。制限時間は25分だったのだが、2回の試走とも10分を切る、非常に短い時間でのゴールとなり、優勝賞金500万ドルを射止めた。

優勝したのはドイツから参加の「NimbRo」チーム。精度・速度ともに圧勝だった

操作を見ていると、他のチームとの違いは歴然だった。操作に一切の迷いがなく、ロボットアームを所定の場所に移動させるときも、人間同様ピタリと狙った位置に、一発で動かせていた。

これは、「NimbRo」が産業用の精度の高いロボットアームを採用していたこととも無縁ではないと思う。

課題をクリア中の「NimbRo」

だがそれ以上に大きかったのは、操作面での「人機一体」感が高かったことだろう。

競技終了後にインタビューしてみると、「ロボットアームの動きは、操作する側と同じアームを使い、完全に同じ精度に合わせてある」とのことだった。人の側の操作とロボットの動きのズレを人間側で補正することなく、シンプルに動かせばそれでよかった。

「NimbRo」チームのオペレーションの様子。「NimbRo」の手と同じパーツを使い、同じように操作しているのがお分かりいただけるだろうか

他のチームでは、市販のVR用HMDとコントローラーのセットを使ったり、独自のアームコントローラーを使ったりする例が多かったのだが、そこでの「視界のズレの小ささ」「操作感覚のズレの小ささ」などがどこまで実現できていたのか、という点が、結局は勝敗を分ける要素になっていたのだろうと思う。

ただ、競技としては1点気になったこともある。

第三者としてジャッジ側がオペレーターを行なう場合、オペレーターのちょっとした技量や勘の良し悪しといった「属人性」が勝ち負けに関係してしまうのではないか。そこでのオペレーターとの相性は結局「運」なので、技術評価としてはブレが生まれる要素ではないか……とも感じた次第だ。

不利を承知で「二足歩行」に挑んだ産総研「Janus」

最後に、もう1つの日本チームも紹介しておこう。

日本からは「Last Miles」の他に、産業技術総合研究所(産総研、AIST)とフランスの国立科学研究センター(CNRS)を中心とした合同チームである「Janus」がエントリーしていた。

産総研とフランス・国立科学研究センターが合同で作ったチーム「Janus」のアバターロボット

だが「Janus」は残念ながら、開催前日のテスト中にロボットが転倒して故障した。会期中の2日間に、もし同じ転倒が起きると完走できる可能性が薄いとして、今回は決勝での出走を諦めた。そのため、結果は残っていない。

実は「Janus」は、産総研が開発した二足歩行ロボット「HRP-4C」をベースに開発されている。開発当時(2009年)の様子はこちらの記事に詳しい。

産総研、女性型ヒューマノイドロボット「HRP-4C」を発表

もちろん、それから長い年月が経過しており、技術的な進化もある。AIST-CNRS ロボット工学連携研究ラボ・主任研究員の神永拓さんは、「もちろん、中身は以前に比べて進化している。以前は何度も同じコースで状況を確認してからでないと歩けなかったものが、今はそうではなく、初めてのコースでも歩けるようになっている」と話す。

AIST-CNRS ロボット工学連携研究ラボ・主任研究員の神永拓さん。手につけているのは、ロボットの腕の力覚をフィードバックする装置
「Janus」の腕は親指を動かすと他の4本も動いて「つかむ」動作をする仕組み。5本が独立稼働しているわけではないが、今回の目的は果たせる機能的な仕組み。

二足歩行の場合、自分で路面や移動状況に合わせて常にバランスを自律的に取りながら動く必要があり、車輪で動くロボットに比べて不利な面がある。今回のレースでも、二足歩行にチャレンジしていたのは「Janus」とイタリアの「iCub」の2チーム。「iCub」は1日目に出走したものの、ゲートを通るところで引っかかって転倒し、リタイアしている。

イタリアの「iCub」。125cmと小型な二足歩行ロボットを人のモーションで操作する野心的なものだったが、この写真の後、ゲートを通るところで引っかかって転倒、リタイアした

不利なチャレンジであることは「Janus」チームにもわかっていたわけだが、「人と生活環境に入るときには、人より小さく、同じように二足歩行で動くロボットであるべき」(神永さん)という観点で開発を進めているため、あえての二足歩行でのチャレンジとなった。実は「バッテリー容量の問題で、全体を完全にワイヤレスで歩かせるのは厳しい挑戦でもある」(神永さん)のだとか。

残念ながら結果は残せなかったが、今後も積極的なチャレンジに期待したい。