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注目されるデジタル通貨 海外の中央銀行デジタル通貨(CBDC)動向
2022年11月29日 09:00
近年注目を集めつつある「デジタル通貨」。ただし、各国の事情により対応が異なるなど、まだまだわかりにくさもあります。デジタル通貨の現状や課題、将来に向けた取り組みなどを株式会社ディーカレットDCP 下村 みお 氏にご寄稿いただきました。第1回目は海外のCBDCの動向です(編集部)
「デジタル通貨」というワードはここ最近ニュースなどで取り上げられる機会が増えましたが、聞きなれないという方もまだ多いかもしれません。デジタル通貨はおもに、デジタル技術が使われていて、ドルや円などの国が発行する法定通貨と同等の価値があり、広く支払いに使える手段を指します。しかし世界共通の定義がなく、各国の中央銀行や民間企業が、それぞれ独自の見解を持ってスキームを検討しています。
本コラムの前編では、海外の中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency:CBDC)の取組みについて、後編では日本のCBDCの動向や民間発行のデジタル通貨についてご説明します。
海外におけるCBDCの動向
CBDCは紙幣と同じように各国の中央銀行によって発行される、法定通貨建てのデジタル通貨です。多くの国で検討や実験が進められており、一部の国では導入が始まっています。各国のCBDCに関する発言や動向はニュースでも取り扱われ、世界から注目されているトピックです。
米シンクタンクAtlantic Council 社が公表しているCentral Bank Digital Currency Trackerを見ると、さまざまな国でCBDCが推進されていることがわかります。
それでは、すでにCBDCを発行しているバハマ、検討を進めている中国・アメリカ・ヨーロッパの事例をご紹介します。
バハマのCBDC事例
2020年10月に世界初となるCBDCを発行した国がバハマです。法定通貨はバハマ・ドルであり、発行しているCBDCはサンド・ドルといいます。
カリブ海にあるバハマは人口約40万人、700以上の島からなる島国です。すべての島に銀行があるわけではないため、金融サービスにアクセスしづらい国民がいるという課題を抱えています。また現金の輸送に船などを利用しているため輸送コストが高く、加えてハリケーンなどの自然災害により、金融システムの断絶や金融機関の窓口やATMが利用できなくなる被害が起こると、復旧までの間金融サービスを受けられません。
このような課題を通貨のデジタル化により解決するために、サンド・ドルを導入しました。指定金融機関の専用アプリをダウンロードすることで利用できますが、モバイル端末を保有しない利用者には決済カードが提供されます。QRコード決済や個人間の国内送金などが可能で、銀行口座を保有していなくても専用のデジタル口座を開設すればサンド・ドルを使用できます。
サンド・ドルの発行に伴う金融サービスのデジタル化は、国民の金融サービスへのアクセス改善(金融包摂)、現金輸送コストなど社会コストの引き下げや災害後の金融インフラの迅速な復旧にもつながるとされています。
国際通貨基金(IMF)によると、バハマ中央銀行ジョン・ロール総裁はサンド・ドル発行の動機について「CBDCを発行することが目的ではなかった。銀行口座やモバイル口座を保有する人びとの取引で起こる障害をできるだけなくすことに注力した。」と語っています。
2021年3月のIMFによると流通量は1,300万サンド・ドル(約20億円)とまだまだ利用が限定的ですが、利用している国民からの評判はよいとのことです。新型コロナウイルスの影響により非接触型決済のニーズが増え、サンド・ドルの普及は今後さらに進むとみられています。
中国のCBDC事例
中国では2014年に研究チームが発足し、CBDCの発行に向けた活動がはじまりました。2020年4月から中央銀行である中国人民銀行は、広東省深セン市、江蘇省蘇州市、河北省雄安新区、四川省成都市の4都市で、CBDCであるデジタル人民元(e-CNY)の実証実験を行なっています。現在は23都市まで実証実験対象地域が広がっており、今後さらに広東省、江蘇省、河北省、四川省の全域に対象を拡大することが2022年9月に発表されました。
特に北京で行なわれた冬季オリンピック・パラリンピック会場での実証実験は大々的に取り上げられたため、ご存じの方も多いのではないでしょうか。このオリンピックの実証実験では、商業銀行である中国銀行がデジタル人民元の運用機関に指定されました。2022年1月にはデジタル人民元ウォレットアプリ(パイロット版)がリリースされ、その直後には中国国内で最もダウンロードされたアプリの1つとなったと伝えられています。
デジタル人民元ウォレットアプリでは、NFC(近距離無線通信技術)を利用し端末同士での支払い機能が搭載されたほか、サブウォレットを特定の支払い先に紐づけることで、ECサイトでパスワードなしでの支払いも可能となりました。このアプリは認可を受けた商業銀行などにより運営されており、登録する個人情報などに応じて口座が4分類に分かれています。携帯電話番号だけで登録できる四類では1回の支払い上限金額が2,000元(約4万円)ですが、携帯電話番号のほかに身分証明書・銀行口座情報・面接などが必要とされる一類は、利用金額や残高に上限がありません。
中国人民銀行の公表によると、デジタル人民元の利用状況は2021年12月末時点で2億6,000万件の個人口座が開設され、取引金額は2022年8月までに1,000億元(約2兆700億円)に達したと伝えられています。
中国では決済サービスのAlipayやWeChat Payが広く利用されているのに、なぜ中国人民銀行はデジタル人民元の発行を目指すのでしょうか。
中国人民銀行が2021年7月に公表した報告書「Progress of Research & Development of E-CNY in China」に、デジタル人民元に取り組む背景が述べられていました。
第一章にはCBDCの研究開発の背景が4つ語られています。
- デジタル経済の発展には、安全で包括的かつデジタル時代に適応した新しいリテール決済インフラが必要であること
- 現金の機能と使用環境の変化が起きていること
- 支払いに利用する仮想通貨やステーブルコインが台頭してきていること
- 各国の中央銀行がCBDCの研究開発を活発にしていること
また、第二章の後半には以下のように開発目的や定義が記載されています。
- 中央銀行が国民に提供する現金の形態を多様化し、国民のデジタル現金に対する需要を満たし、金融包摂を支援すること
- リテール決済サービスの公正な競争・効率性・安全性をサポートすること
- 国際的なイニシアティブに呼応し、国境を越えた決済の改善を模索すること
最後の第五章には、実発行は未定だが今後も実証実験を継続的に実施し、金融政策や金融システム・金融安定の視点から基礎固めをする予定であると書かれています。また、国際通貨システムの発展を共同で進めるため、CBDCに関する国際的な意見交換に積極的に参加し、オープンかつ包括的な方法で基準設定について議論したいと、報告書は締めくくられています。
アメリカのCBDC事例
アメリカでは米国連邦準備制度理事会(FRB)が中心となって、CBDCの研究・議論を進めています。2022年1月には初めてCBDCに関する報告書を公表しました。
報告書の冒頭に「CBDCの利点とリスクについて広く透明性のある議論を促進することを目的とする。特定の政策推進を意図することはなく、FRBがCBDCの発行の妥当性に早急な決定をすることも意図しない。」と記載されています。CBDCの導入の利点について、安全なデジタル決済手段の提供、国家間決済などの迅速化などが挙げられ、懸念事項として既存の資金仲介機能への影響や、プライバシー保護の確保などが記載されていました。
2022年3月ジョー・バイデン米大統領が、各省庁に対してデジタル資産の研究開発の加速を命じる大統領令に署名し、デジタル資産への関心が高まる中、政権としても戦略の構築が必要と判断しました。
本大統領令では下記7つの事項が掲げられています。
- デジタル資産分野の成長と金融市場の変化が及ぼす影響を評価し、政策提言を作成し、アメリカの消費者・投資家・企業を保護
- 金融安定監督評議会に対し、アメリカおよび世界の金融安定を図り、デジタル資産がもたらすシステミックリスクの対策
- デジタル資産の不正対策および安全保障上のリスクへの対処するため、関連する政府機関は同盟国やパートナーと協力
- 商務省に対し、技術および経済競争力におけるアメリカのリーダーシップを促進
- 安全で安価な金融サービスへの公平なアクセスを促進するため、財務長官は決済システムの将来について報告書を作成
- デジタル資産の技術的進歩をサポートし、デジタル資産の責任ある開発と利用を確保
- CBDCの研究を奨励
同年9月には上記大統領令を受けて、米財務省がCBDCについての報告書を公表しました。報告書では、FRBのCBDC研究開発の取り組みを支援していくため、財務省は省庁間のワーキンググループを発足させ、関係省庁と情報共有を行なうなど研究の進捗状況を今後定期的に検証していくとしました。
ジャネット・イエレン財務長官は報告書公表にあたって会見し、ワーキンググループ発足について「政権全体の専門知識を活用し、CBDCについてFRBが行なっている作業を支援していく」と発言しており、今後の定期報告に世界が注目するでしょう。
ヨーロッパのCBDC事例
2020年10月欧州中央銀行(ECB)はデジタル・ユーロに関する報告書として「Report on Digital Currency」を発表しました。本報告書は、2020年1月に発足したデジタル・ユーロを検討するタスクフォースでの約8か月間の成果報告書であり、デジタル・ユーロの導入に関連する法的、機能的、技術的な問題とあわせて、考えられる利益と課題を分析した結果を報告しました。
クリスティーヌ・ラガルドECB総裁は2021年7月「私たちはさらにギアを上げて、デジタル・ユーロのプロジェクトを開始することを決定した。私たちの仕事は、デジタル時代に市民や企業が最も安全な貨幣である中央銀行の貨幣に、引き続きアクセスできるようにすることを目的としている」と発言しました。
2022年9月には上記プロジェクトの一環として、民間事業者と共同でプロトタイプの開発に着手すると発表がありました。ECBは50社以上の応募から5社を選定し、その理由を「各ユースケースに最も適した企業を選んだ」と説明しました。選定された5社は、それぞれ1つのユースケースに特化して開発に参加する予定で、参加企業名と担当するユースケースは以下の通りです。
・ECサイト運営:Amazon(eコマースの決済)
・スペインの金融機関:CaixaBank(P2Pのオンライン決済)
・決済ネットワーク団体:EPI(販売時点情報管理システム(POS)の支払人の決済)
・イタリアの金融テクノロジー会社:Nexi(POSの受取人の決済)
・決済事業者:Worldline(P2Pのオフライン決済)
この目的は、デジタル・ユーロを支える技術が企業開発のプロトタイプとどの程度統合されるかを検証することだと言います。なおこのプロトタイプは、今後のプロジェクトで再利用される予定はないようですが、デジタル・ユーロ・プロジェクトにおける2年間の調査段階における重要な要素であり、2023年の10月には完了する予定としています。
2021年7月のプロジェクト開始の公表に際して、ファビオ・パネッタECB執行理事が実際の開発には3年程度かかると発言しており、デジタル・ユーロの導入については2026年以降になると言われています。
今回は、すでにCBDCを発行しているバハマに加え、中国・アメリカ・ヨーロッパの取組みについてまとめてみました。後編では、日本でのデジタル通貨に関する取組みについてお伝えします。
2018年株式会社ディーカレットに参画。暗号資産トレーディング業務に従事したのち、現在は同社よりデジタル通貨事業を承継した株式会社ディーカレットDCPの広報チーム マネージャー。会社の広報PRとあわせて、まだ知名度の低いデジタル通貨の啓もう活動にも注力