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「蚊取り」から「蚊よけ」へ。アースが「マモルーム」に込めた狙い
2022年8月5日 08:20
コロナ禍により、人々の在宅時間が増えた。換気に気を遣い、積極的に窓を開けている家庭も多い。そうなると「家で蚊を見かける機会」も増えてくる。蚊は小さなすき間を通り抜けるうえ、人の出入りの際に衣服やカバンに着いて侵入する。
寝ているときに蚊に刺される、子供が刺されたところを掻いてしまう……、そんな悩みに応える虫ケア用品(殺虫剤)市場に、静かな変革が起きている。その変革の要となるのが、アース製薬が2月に立ち上げた新ブランド「マモルーム」だ。
切り口を変えることでユーザーに気付いてもらう
マモルームは室内に設置して電源を入れることで、微細な薬剤を空気中に揮発させ蚊のいない空間を実現する液体蚊取り器。室内の蚊を駆除することもできるが、窓や扉が開いていても室内に蚊を寄せ付けない点が特徴だ。インテリアの邪魔にならない、手のひらサイズのシンプルなデザインも好評で販売数を伸ばしている。
同社には液体蚊取り器として既に「アース ノーマット(以下、ノーマット)」があるが、マモルームはノーマットと何が異なり、人気商品となっているのだろうか。
アース製薬でブランドマーケティングを担当する辻 浩一氏は、「マモルームは新しい顧客層の開拓を主眼として開発された製品で、画期的な技術を盛り込んだというよりは、切り口を変えることでユーザーに気付いてもらう工夫を凝らした製品」と話す。
ノーマットからの「若返り」を狙う
アース製薬は「ごきぶりホイホイ」を開発したメーカーとしても知られる。1973年に発売したごきぶりホイホイは、ごきぶり駆除製品の代名詞的な存在となるほど大ヒットし、アース製薬を虫ケア用品(殺虫剤)メーカー最大手の座に押し上げた。
一方、蚊の駆除剤としては、1960年代には各社が蚊取り線香を販売していたが、アース製薬は1963年に薬剤の染みたマットを電気で加熱して散布する「蚊とりマット」を発売。さらに前述のマットを不要にしたノーマットも登場した。
家庭用害虫駆除製品は「虫ケア用品」と呼ばれ、アース製薬は国内の虫ケア用品市場の約55%のシェアを握るに至った。だが、昨今の蚊を駆除する虫ケア用品の市場規模は、緩やかに縮小している状態であり、競合他社との競争だけでなく、市場そのものを広げるにはどうすれば良いかという課題に突き当たっている。
「当社で2020年に実施した調査では、虫ケア用品を購入するタイミングは、蚊やダニの場合は、害虫の発生後よりも発生前のほうが多く、駆除よりも予防目的で使用することが多いと分かった。駆除した虫の死骸すら見たくないという感覚の人が増えている。当社のノーマットには駆除だけでなく予防の効果もあるのだが、どうしても駆除のイメージが強く、予防用途の認知を広げるのが難しかった」(辻氏)
ノーマットは国民的なブランドを確立したものの、発売当時にノーマットを自分で購入して使用していたファミリー世代は、現在では50代以上になっており、購入層も50代以上が中心。メインターゲットを切り捨てるリスクを犯してまで、ノーマットのイメージを変える選択肢は取れない。
「それでも、ノーマットの若返りは以前から取り組んでいて、さまざまなデザインやカラーの製品を投入した。しかし、虫を駆除する殺虫剤のイメージに虫除けのイメージもプラスするのは難しく、若い世代にはなかなか手に取ってもらえなかった。だったら、思い切り予防の訴求に重点を置いた、ノーマットとは違うブランドを立ち上げて『部屋を守る』というコンセプトを打ち出したほうが認知を広げられるのではないかと考えた」
狙い通り若年層から支持
こうして開発されたのがマモルームだ。ノーマットでは使用する薬剤がメトフルトリンだったが、マモルームではトランスフルトリンへ変更。トランスフルトリンは粒子がメトフルトリンより小さく、空気中での拡散性が高い。
即効性が低くなる代わりに蚊が粒子に触れやすく、嫌がって遠ざかろうとするので予防効果が高くなる。部屋に入ってくる蚊は部屋からすぐに出ようとし、もし部屋から出られなくなった場合は、揮散した成分に接触し続けることで最終的には駆除される。
ノーマットは既にいる蚊を「駆除」することが主となる機能だが、マモルームは「予防」に重きをおいた製品となる。
マモルームの使用期間は、1日12時間の使用で120日(1,440時間)が目安。マモルームの通電中は薬剤が安定的に部屋に充満して効果を発揮するので、換気中であっても部屋を蚊から守れる。製品1個あたりの適用範囲は4.5~12畳。室内の状況にもよるが、使い始めてから約30分程度で効果を発揮する。
インテリアになじみやすい存在感を抑えたデザインを意識し、ボタンが小さくて幼児がいたずらしづらい設計やロック機構を採用している。子育て世代に好感を抱かれる、爽やかで無駄のない機能的なアイテムに仕上がった。
「手軽に部屋全体を守れる」というコンセプトを全面に出し、30~40代以下の若年ファミリー層に向けて、CMなどのプロモーションも実施。店頭ではPOPやポスターなどで使い方や効能をわかりやすく訴求している。
「本体だけでなく、パッケージのデザインも若い人が手に取ってみたくなるようにし、部屋に置いていても古臭さを感じないものにした。お陰様で購入者の多くが狙い通りの若年層となっている」と辻氏は話す。
ダニ向けのマモルームもラインナップ
ちなみにマモルームは蚊用と同時にダニ用も発売した。ダニ用はダニの排泄物によるダニアレル物質の生成を抑え、ダニを弱体化してクリーナーで除去しやすくなる。カーペットやソファに潜むダニも無力化でき、表面に出てこなくなる。使用期間と適用範囲は、蚊用と同じだ。
蚊用とダニ用で使用している薬剤は、実は同じトランスフルトリンである。では何が違うのかというと、蚊やダニの好みや適性を考慮して、それぞれが苦手とする天然精油などを加えることで、香りや効き目に差を付けている。
「コロナ禍になってから、ダニに関する製品が急速に伸びている。ダニ向けのマモルームと似た製品は他社にはまだなく、このタイミングで出せたことは大きな意味がある」(辻氏)
ほかにもある虫よけタイプの虫ケア用品
新技術を取り入れた虫よけとしては、萩原工業の「レイシス」という技術を採用した、携帯用「虫よけマモリーネ」を2021年4月より新たに展開している。レイシスは超濃縮薬剤シートで、シートに薬剤をあらかじめ染み込ませておき、使用時にシートを引っ張ることで薬剤が一定のペースで放出され続けるという技術。虫よけ用の薬剤を染み込ませておけば、火や電気を使わなくてもシートを引っ張ったときだけ一定水準の薬剤が放出できる。
虫よけマモリーネを使用するときは、通気性の高いケースの中に超濃縮薬剤シートをセットし、ケースの内側の容器を引き上げると虫よけ効果がオンになり、容器を元に戻すとオフになる。効果は1日8時間使用で90日間持続する。
従来の虫よけ剤よりも携帯性や、効果持続性を向上し、薬剤を吸い込んでしまう危険性もない。自転車やベビーカーなどに吊り下げて利用するユーザーも多いそうだ。
さらに蚊以外の虫対策では、2022年2月に発売した「イヤな虫 ゼロデナイト」という製品にも注力している。こちらは不快害虫と呼ばれる、ムカデやコバエ、アリ、クモなど50種類以上の害虫を駆除する。有効成分に「テネベナール」と呼ばれる新しい薬剤を採用したのが特徴だ。先述のメトフルトリンやトランスフルトリンは何十年も前から各社で使われており、目新しい薬剤という点では約50年ぶりの登場となる。
予防効果を実現する「イヤな虫 ゼロデナイト」は、くん煙タイプ「6~8畳用」と、「1プッシュ式スプレー60回分」の2種類となる。両製品とも約1年間駆除効果がキープできる。遅効性で徐々に浸透していき、害虫は眠るように死んでいくという。価格は3,000円前後で、虫ケア用品としては高額な部類だが、現在好調に販売数を伸ばしているそうだ。約1年間、駆除効果をキープできるのでコスパも悪くない。
蚊に刺されない夏のために
このほかにも、アース製薬ではさまざまな虫に対応した虫ケア用品を用意しているが、一番ニーズが高いのは、やはり蚊を対策する製品だ。どこにでもいて刺されれば痒いし、睡眠中に羽音が気になって寝付けなくなったり、ダニやゴキブリなどと違って部屋を清潔に保っても侵入を防ぐのが難しかったりする。年端のいかない乳幼児でも関係なく刺してストレスを与えるので、やはり薬剤などで「守る」しかない。
ユーザーによっては室内で蚊を見かけた時、ピンポイントで駆除スプレーを吹きかけるワンプッシュタイプのほうが使いやすいというケースもある。また、屋外に出る場合は肌に直接塗るタイプの虫よけ剤が好まれる。ユーザーのニーズに合わせて製品のラインナップは多種多様で、特設サイトでは目的別に探せるようになっている。
ちなみに辻氏によれば、塗るタイプの虫よけ剤は、塗ったあとしっかり伸ばして、肌の表面を隙間なく覆うことがコツだそうだ。そうしないと塗れていない隙間が刺されてしまう。
酷暑になると蚊の活動が鈍ると言われているが、これは人間が過ごしづらい環境では活発に動けないのと同じで、蚊も活発になれないだけに過ぎず、蚊が発生しなくなるわけではない。少し涼しくなれば思い出したように血を求めてやってくる。油断することなく、なるべく蚊の入ってこない部屋にして、蚊に刺されない夏を過ごしてほしい。