トピック

腕時計ファーストガイド:ムーブメントとは

本コーナーでは、腕時計に関する基本的な用語を毎回ひとつ取り上げて、分かりやすく解説していきます。

「腕時計は気になっているけれど、用語の意味はよく分からない」という人に向けた内容です。意味や由来を知ることで、お気に入りのモデルを見つけやすくなる、候補を絞り込みやすくなる“実践的ファーストガイド”と位置づけました。

第5回は「ムーブメント」。腕時計のもうひとつの魅力、見えざる心臓部についてまとめました。

「ムーブメント」は、腕時計における心臓部、機械部分の総称です。一般的には“機械式”か“クォーツ”か、という大まかな分け方で認識されていますが、ムーブメントに関わるいくつかの要素を理解することで、自分に合った時計を探す助けになります。

時間を区切るのは「機械」か「クォーツ」か

「機械式」と「クォーツ式」。現在市販されている腕時計は、ほぼすべての製品がこの2つのうちのどちらかの仕組みで動作しています。

非常に大まかな説明になりますが、時計は「連続して流れている時間」を何かしらの技術によって“区切る”ことで、人が認識できる形に変換して表示する機器です。

「機械式」の腕時計は、その名の通り、機械的な振り子の往復運動によって一定間隔の“区切り”を作り、その区切りごとにゼンマイがほどける際の力を少しずつ歯車に伝えています。「クォーツ式」の腕時計は、水晶(クォーツ)素子に電圧を加えると発生する振動を利用して“区切り”を計測して信号を出力し、液晶表示を行なったり、モーターに送ることで歯車を少しずつ動かしています。

この“区切り”は、機械式では振り子の運動の数となり、その数が多く(速く/細かく)なればなるほど、腕時計に外から加わる振動・ブレを吸収できることになるので、時計の精度は高くなります。

機械式腕時計のスペックに表示されているムーブメントの「振動数」は、この振り子の振動が1秒間、あるいは1時間でどれくらい行なわれるかを表しています。

機械式のムーブメントに搭載される振り子は、実際には円形の“てんぷ”と呼ばれる部品です。現在ではてんぷが1秒間に「8振動」、1時間で「28,800振動」するムーブメントが標準的とされていますが、より振動数の多い「10振動(36,000振動/時)」のムーブメントもありますし、逆に少ない「6振動(21,600振動)」「5振動(18,000振動)」というモデルもあります。機械式時計に耳を近づけると“カチカチカチカチ”という音が聞こえますが、それがまさにてんぷの動きにまつわる部品(脱進機)の音で、振動数と同じテンポになっています。

振動数を標準より多くすることで外乱の影響から早く復帰でき、結果的に精度を上げることができますが、振動数が多いとゼンマイの力をより消費したり、各部の部品寿命が短くなってしまったりというデメリットもあります。振動数が多いからといって、ムーブメント全体の性能が高いとは一概に言えないのです。

右上に見える、中心を赤いルビーで支えられた円形の部品が「てんぷ」

「クォーツ式」はこの「振動数」が1秒間で32,768振動と、まさにケタ違いになっています。「機械式」の振動数とは、物理的に部品が動く回転運動なので、量産される製品で実現する振動数には限界があり、この部分でクォーツに対抗するのは不可能と言えるでしょう。

機械式腕時計から電池式の腕時計に技術が発展し始めた1960年代には、機械式よりも精度を高められる“電磁てんぷ式(最大10~12振動)”や、“音叉式(360振動)”といった技術が登場しましたが、1969年に登場した高性能な「クォーツ式」によって、あっという間に駆逐されました。

「機械式」は1日で何秒ズレるかという「日差」が性能の目安ですが、「クォーツ式」の登場で、腕時計の精度はひと月で何秒ズレるかという「月差」のレベルまで引き上げられました。現代に至っては「年差」――つまり1年で何秒というレベルのズレしかない精度の製品も発売されています。正確な時計として知られる“電波時計”は、電波信号を元に定期的に修正する仕組みなので、電波を受信できない環境であれば、一般的な(月差レベルの)「クォーツ式」と同等の性能です。「年差」レベルを実現した時計のほうが、時計単体の精度で見れば優秀、ということになりますね。

1969年に発売されたセイコー「アストロン」を復刻した50周年記念モデル。右がオリジナルで、世界初の量産型クォーツ搭載の腕時計です
グランドセイコーのクォーツムーブメント、キャリバー「9F86」。精度は年差±10秒です

機械式のゼンマイ、自動か手巻か

機械式腕時計の製品を調べていると、「自動巻」や「手巻」という表記を目にすることが多いと思います。これは「機械式」の腕時計が動力源であるゼンマイを“どうやって巻き上げるか”の違いです。

現在主流の「自動巻」は内部に半円状の錘(ローターと呼ばれます)を持ち、着けた人の腕が動くことでローターが回転し、ゼンマイを巻き上げます。歩いているときや日常生活の動きで少しずつ巻き上げるので、毎日着けていれば故障以外でゼンマイが解けきることはありません。ユーザーが意識しないうちに巻き上げてくれるので「自動巻」と呼ばれますが、時計を置いている状態では当然巻き上げてくれませんので、厳密に言うと“受動巻き”と言うべきかもしれません。

現代の自動巻の基礎を固めたのはロレックスです。今では当たり前になっている、360度の回転で巻き上げることができる全回転式ローター「パーペチュアルローター」を1931年に開発。巻き上げ切った際にはクラッチで滑るようになっています

「手巻」はリューズを引き出して、手動でゼンマイを巻き上げます。ゼンマイが解けきる前に巻き上げなければ止まってしまうというデメリットはありますが、「自動巻」に必須となるローターが要らないため、時計自体を薄く軽く仕上げることができます。

手巻モデルはローターが存在しないからこそ、シースルーの裏蓋から美しく仕上げられたムーブメント全体を見ることができます。オメガ キャリバー321(左)、キャリバー9906(右)

「自動巻」でも、多くのモデルではリューズを使って「手巻」のようにゼンマイを巻くことができます。ただ、「自動巻」が防水ケースの能力をより確実にするために開発されたという経緯を考えると、頻繁にリューズを引き出してパッキンにダメージを与えたり、うっかりリューズを中途半端に戻したりといった危険を避けるためにも、リューズを使わず1、2分手に持った状態で軽く振って、時計が動き始めてから手首に着けて自然に巻き上げるほうが時計のためには良いかもしれません。

動作可能時間を表す「パワーリザーブ」

「パワーリザーブ」とは、ゼンマイをいっぱいまで巻き上げたとき、どれくらい動作するかの時間、または動作時間の残量を目盛りで文字盤上に表示するインジケータ―のことを指す用語です。

ゼンマイをが完全に巻き上げられたときの動作時間は、ムーブメントのモデルごとに異なります(目安の動作時間は、購入時の説明書などに書かれています)。40時間ほどのパワーリザーブを持つモデルと仮定すると、手巻ならばうっかり巻き忘れて1日飛ばすと時計が止まってしまう可能性があります。自動巻でも週末の休日2日間着けていないと、月曜日の出勤時に止まっている可能性が考えられます。これが60時間、80時間のパワーリザーブであれば、週末の2日間もうっかりも乗り越えて、次に着けたときに時刻合わせをしなくて済むことになるので、日々の利便性が高まることになります。

ティソ「ル・ロックル パワーマティック 80」(77,000円)。80時間のロングパワーリザーブを持ちつつ、手頃な価格を実現しています。

近年では技術の向上に加えて、動力源のゼンマイを格納している香箱車を複数搭載したり素材を改良したりすることで、1週間以上、モデルによっては10日間巻かなくても動き続けるものもあります(7デイズや10デイズと表記されます)。こういったロングパワーリザーブになると便利なのが「パワーリザーブ」の残量を示すのインジケータ―です。複数の時計を所有している方でも、インジケーターを見つつローテーションで着けられるわけです。

オリス「ビッグクラウン プロパイロットX キャリバー115」。手巻き。最大10日間のパワーリザーブ・インジケーターは3時位置。フルスケルトンなので、「ORIS」ロゴの後ろにある香箱が巻き上げるときに動くのも確認できます

唯一無二の存在「スプリングドライブ」

ここまでムーブメントについて書いてきましたが、じつはここまでの内容に当てはまらない、例外と言える腕時計が存在します。セイコーから発売されている「スプリングドライブ」という仕組みを搭載するムーブメントです。2004年に登場し、現在では手巻・自動巻・クロノグラフ・GMT・8デイズなど、10種類のモデルが存在します。

スプリングドライブムーブメント「キャリバー9RA2」

スプリングドライブのムーブメントの内部でも、機械式の手巻あるいは自動巻によってゼンマイを巻き上げています。時刻を表示する針を動かしている動力源は、歯車で連結されたこのゼンマイです。前述したように、ここまでの仕組みは「機械式」そのものです。

しかし“振り子”に相当する部分が「クォーツ式」になっており、そこから発信された信号に基づいて、歯車に繋がった“発電機兼調速機”の速度を制御しています。

セイコーが紹介しているスプリングドライブの機構図

駆動力・トルクが強いゼンマイのおかげで「機械式」のような太い針が使用できるうえ、「クォーツ式」の精度を実現できるハイブリッド腕時計が、「スプリングドライブ」なのです。クォーツの動作電力はゼンマイの解ける力で発電しているので、電池は搭載していません。

一般的な機械式のムーブメントと異なるのは、セイコー独自の技術という点でしょうか。ラインナップはセイコーの製品に限られます。また市井の時計店ではメンテナンスや修理が難しいことが多いため、メーカーでの対応となり、通常より時間がかかる可能性があります。

腕時計のムーブメントは時計としての機能が集中した、まさに“中枢”と言える存在です。しかし普段は外から見えないことが多いためか、話題に挙げられることが比較的少ないのが残念です。本稿で取り上げたのはムーブメントの中で商品選びの一般的なポイントとなる部分ですが、深堀りすれば、素材の違い、新技術、新機構と、さまざまな世界が広がっていることに気づいていただけると思います。腕時計の形や色は「所有したい」欲を刺激する重要なポイントですが、ぜひムーブメントにも同じくらい注目してみてください。