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保育園に落ちたい人が増加中? 「保活」の今と広がる地域格差
2022年1月18日 08:20
子供を保育園に入れるために保護者が行なう「保活」。待機児童が減ってきているといえども、まだまだ厳しい保活を強いられている自治体が多くあります。
保育園は0歳児クラスへ4月に入園しないと、以降はかなり入りづらいという現状で、12月生まれの場合は生後4カ月で子供を保育園に預けるといったことも当たり前。
一方、待機児童が少なく、好きなタイミングで保育園に入園できる自治体もあります。そうした自治体では、わざわざ0歳4月入園で子供を預ける必要がなく、原則1年の育児休業を延長して自分で保育したいと思う保護者もいます。
しかしそのためには「保育園に落ちる」必要があるのをご存知でしょうか。現在、保活事情は自治体によって異なっており、待機児童問題が改善されている地域とそうでない地域の格差が広がっています。
なぜ地域によって格差が生まれているのか、また待機児童問題が改善されている自治体ではどのような取り組みがされているのか、昨今の保活に関する疑問について、保活ライターの飯田陽子さんに回答してもらいました(編集部)。
激戦だった保育園は、落ちたい人も増える時代へ
「保育園の入園案内ってなんて読みづらいの! 産後の脳みそにまったく入ってこない! 誰かポイントだけ教えて!」。
文字と数字だらけの入園案内を見て、0歳児を抱っこしながら数ページで脱落したあの日。当時の絶望を誰かの希望にできたら……という思いで、保活ライターなる活動をしている飯田陽子と申します。趣味は、各地の入園案内を読むことです。
第2子が0歳の頃に、ライター業のかたわら「保活講座」を始めました。現在はオンライン講座を中心に、都内の保育園や子育て支援施設、住宅メーカー、マンションデベロッパーなどで保活のポイントをお伝えしています。
保活講座を始めた平成27年(2015年)当時、保育園はちょっとくらい遠くても、正直微妙でも、入園できれば御の字という場所でした。
その保育園を「あえて落ちたい」人が増えている。しかもここ数年で自治体の対応も、「あえて落ちたい? はいはい、どうぞどうぞ」と変わってきている。時代の変化はすごいです。
そんな保活のトレンド変遷や、表に出づらい問題点について、編集部からいただいた質問に回答しながらお話しできればと思います。
4月じゃないと入園しづらい大人の事情
――なぜ保育園は0歳4月入園が基本になっているのでしょうか?
利用者(保護者)目線では、0歳4月が最も入園しやすいから。運営者(保育園)目線では、園児が定員に達しないと園の運営費を圧迫するからです。
まずは利用者目線の解説から。保育園も小学校などと同様に4月で一斉に進級します。つまり、4月に一気に枠が空きます。
近年は年度途中でも欠員がある園がチラホラ増えてきましたが、一斉進級の4月を逃すと空きが出るかどうかは運次第……というのが現状です。
また、たとえ4月でも、1歳児クラス以降は前の年度からの進級児で枠が埋まります。
1歳児クラスの定員が10名となっていても、0歳から進級してくる子が8名いれば、実質空き枠は2つ。その点、0歳児クラスは文字通りゼロスタートなので、入園しやすいのです。
とはいえ、子どもの生まれる時期は一律4月ではないですよね。利用者からすると、定員を増やして枠を空けておいてくれれば、入りたいタイミングで入園できるのに……と思うわけですが、ここに運営者の「大人の事情」が絡んできます。
認可保育園(私立)は在園している「園児の数」に応じて運営費(委託費収入)を得ています。ただし保育士は、もともと設定されている「定員の数」に対して配置することが義務付けられています。
つまり、園児に欠員が出ると即、赤字です。いま自治体は保育園の多くを民(私立)に委託しており、どの保育園も定員割れは死活問題。埋まるか埋まらないかわからない空き枠は運営費を圧迫するので、4月から定員を埋めておかないと、安定運営につながらないのです。
これは「満定員である」ことを前提として保育所の運営制度が設計されている点に問題があります。うーむ。なんとか是正され、年度途中での入園がスムーズになってほしいものです。
育休を延長したい人が増えている理由は
――0歳4月に入園せず、育休を延長したい人も多くいると聞きます。どういった背景が考えられますでしょうか。
育児休業は、原則子どもが1歳になるまでの制度。ところが年度途中でなかなか空かないので、育休を切り上げて0歳4月で入園するか、育休を延長して1歳4月で入園するかという選択になりますね。
どちらが多いかというと、後者です。入園申込数が最も多いのは1歳4月入園。多くの方が育児休業を延長し、1歳の誕生日を迎えたあとの4月に保育園入園&復職という選択をしています。
0歳から1歳頃は発達が最もダイナミックな時期です。初めての寝返り、初めてのハイハイ、初めてのつかまり立ちやアンヨ……。我が子の成長をそばで見たい、小さいうちは自分の手元で育てたい、仕事を休んで育児に専念したいというのは、親としてごく自然な気持ちだと思います。
また、制度の方も「育休をもっと取ろう(特に男性!)」という流れが加速しています。そもそも育児休業は最長2歳まで延長可能ですが、育児・介護休業法の法改正で、令和4年10月以降、育休の分割取得がさらに柔軟になります。
この法改正は、コロナ禍でリモートワークが広がり男性が育児にコミットする機会が増えたことや、多様な働き方が社会に受けいれられるようになったことも関係しているでしょう。
女性に偏りがちだった育休取得の負担を、夫婦で分散しやすくなる。とてもよいことだと思います。いいぞ日本! もっとやれ! という心境ですね(笑)。
保育園に落ちないと育休給付金が打ち切られる
――育休を延長するにあたり「保育園に落ちたい」という声がありますが、なぜでしょうか。
シンプルに言うと、保育園に落ちないと育休が延長できないから。
もう少し踏み込んで言うと、不承諾通知(保留通知)がなければ育児休業給付金の受け取り延長ができないからです。
育児休業給付金は、育児休業中に給付金を受け取れるという、雇用保険の被保険者ならではのありがたーい制度。
出産から半年間はお給料の67%、半年経過後からは50%が受け取れますが、子が1歳の誕生日を過ぎると、「保育園に入園できなかった」という要件を満たさねば、最長2年間の受給資格を失ってしまいます。
「保育園、落ちました」という証明である不承諾通知(保留通知)を手に入れるためには、入園を申し込み、1回落ちておかねばなりません。
育休を延長するなら、1歳の誕生日前に落ちておかねばなりません。
「落ちておかねばなりません」とは妙な日本語ですが、そういう手順を踏まないと、育児休業ならびに育児休業給付金は延長できない仕組みなのです。
定員が空いていて、入園できてしまうと、延ばせるはずの育休を1年で終えることになる。仮に保育園に当選して入園を辞退すると、育休は延長できても育児休業給付金は打ち切られます。できれば、確実に落ちたい。
人事や労務の方が聞いたら怒りそうですね。でも育休の延長には必要なことなのです。
保育園に落ちる仕組みがある自治体が増加
――保育園に落ちて育休を延長するために、自治体によっては申込書に「保育園に落ちてもいい(育休を延長したい)」にチェックを入れられる欄があると聞きました。これはなぜでしょうか。
いろいろな見方があると思いますが、待機児童数を明確にするため、入園選考をスムーズにするため、復職時期を育休者が主体的に決められるように、という3つの理由が考えられます。
チェック1つ入れるだけ、あるいは申立書などを1通添えるだけで、選考を外れたり選考順を下げることができて、不承諾通知(保留通知)を難なく入手できる措置。
これは、平成31年の厚生労働省の通知を受け、ごく最近始まったものです。
令和4年1月現在、なんと東京23区のうち17区がこの措置を施行済み。残る6区も「次年度施行」や「現在検討中」という回答が複数ありました。
東京以外では、待機児童が多い西宮市、明石市、筑紫野市、都内近郊の保活激戦区であるさいたま市、横浜市、川崎市などでも導入されています。
待機児童数を正確に把握する意味合いも
――こうした措置が導入された背景には、どういったことが考えられるのでしょうか。
この措置が導入される以前は、「人気のある園を1園だけ申込書に書き、あえて落ちる」という仮面落選のようなことをしないと、自主的な育休延長はできませんでした。
しかし、この仮面落選者が増えると以下3つのような問題が出てきます。
- 落ちた人が育休延長希望なのか待機児童なのかわからない→正確な保育ニーズが把握できない
- 本当に入園したかった人が選考から漏れてしまう
- 無用な辞退者を生み、入園選考や事務手続きが混乱する
もし私が自治体の入園選考担当者だったら「イーッ!」となっているでしょう。
仮面落選を減らして入園選考を合理化・効率化したい自治体、復職する時期を自分のタイミングで決めたい育休者、お互いのニーズが合致した結果がこの措置といえるでしょう。
もちろん、これまでのように「仮面落選」が必要な自治体もまだまだ全国にあります。
保育園に入りやすい自治体こそ、この措置をすみやかに導入すべきだと思います。
「保育園落ちたい。でもうちの街だとうっかり決まっちゃうかも……」という不安がチェック欄一つで解決できるわけですから、自治体にも利用者にもWIN-WINのはずです。
問題意識が高い自治体は改善傾向に
――待機児童含め、保育園に関する問題が改善されている自治体ではどのような取り組みがされているのでしょうか。改善されていない自治体との違いがあれば教えてください。
この問いについては、専門家ではない保活オタクの体感的な回答となることをご容赦ください。
先ほどの「育休の延長希望者に対する措置」にも表れていますが、市民区民のニーズをどんどん反映できるスピード感のある自治体は、総じて行政規模が大きくマンパワーがある、問題意識が高い自治体だなと感じます。
また、「待機児童ワースト上位」など、事実が数字でクッキリ現れてしまうと、むしろ一気に改善に向かう事例が多いかなと。
例えば、かつて待機児童・全国ワースト1街道を独走していた世田谷区ですが、令和に入って一気に待機児童がゼロになりました。5年連続・全国ワースト1という残念なタイトルを返上すべく、行政が大変な努力をされ、重点的に対策した結果だと思うのです。
要は、問題が自治体の中で、顕在化しているかどうか。
待機児童が減った自治体は、「保育園問題解決! しゅ~りょ~!」となって、今後別の政策に主軸が移り、解決しなければならない問題が置き去りにされてしまう可能性もあります。
現在、全国で待機児童が多いのは、兵庫県西宮市、明石市、尼崎市、姫路市、福岡県筑紫野市、千葉県木更津市など、大都市圏のベッドタウンになっている地域。
人口流入が多い自治体は保育園対策に四苦八苦していると思いますが、注目を浴びているいまが力の出しどころ。頑張ってほしいですね。
定義が難しい待機児童
――依然として待機児童が多い自治体もありますが、待機児童が減っているところはどういった理由が考えられますか?
待機児童は確かに、減っています。令和3年は、全国で8割超の市区町村が待機児童を解消。待機児童を50人以上抱える自治体も、20自治体にまで減ってきました。
令和3年はコロナ禍による保育園の利用控えもあり、申込者数が想定を下回ったと回答した自治体が約4割でした。
保育園の利用者ピークは令和7年頃という試算もあります。待機児童数は今後、多少の揺り戻しはあるでしょうが、確実に減少していることは間違いありません。
とはいえ、「あーよかった!」と単純に喜べるかというと、そうともいえないのです。
出生人口が減っている背景もありますし、待機児童には以下の方がカウントされていません。
- 通わせたい保育園に落ちたので、育休を延長した
- 通わせたい保育園に落ちたので、やむなく小規模保育園や認可外保育園に通っている
- 通わせたい保育園に落ちたが、近隣で空きのある園は希望に合わなかったので申し込まなかった
いずれも「保育園が空くのを待っている」という状況に変わりはありません。なのに、上記の方々は待機児童ではないという不思議な定義。
保育園はなんといっても、子どもが1日の大半(最長11時間)を過ごす場所です。子どものためによりよい環境を、と保育園を厳選した結果、落ちた人が、「待機児童ゼロ」というキラキラした看板の裏側にいることを、知っておいてほしいなと思います。
私たちができることは
――保育園入園に関する問題はまだ色々あると思いますが、こうした地域格差について一般の人ができることは何かありますでしょうか。
違いがあることを知っておく、という一言に尽きますね。
保育園事情は、地域によってかなり違いがあります。スルッと入園できる自治体もあれば、何回希望を出しても内定が出ない自治体、悩んだあげく内定辞退したらペナルティがつく自治体、面接をしないと保育園に申し込みすらできない自治体など、「えっ!?」と驚くような格差とローカルルールの嵐です。
また、保活は基本的に、自宅から半径2km以内という狭い地区内が主戦場になります。市や区単位の広域レベルでは「待機児童ゼロ」の地域でも、大きなマンションが1つ建つと、その地区だけが倍率20倍になったりするという恐ろしい世界です。
一つ一つが細かすぎて、当事者ではない人と悩みを共有しづらい。これも保活の大変なところです。もし職場に育休明けで復帰した人がいたら、保活お疲れ様! 大変だったね! と、声をかけてあげてください。
その一言で、小さな赤ちゃんを抱えて保育園巡りをしたことも、子どもに「ごめんね」と思いながら育休を切り上げたことも、会社に申し訳ないと思いながら育休を延長したことも、すべて救われるかもしれません。
育休延長は、是か非か。長年保活講座をしてきて、いつも葛藤を感じます。育休を延長するということは、自分が復職するまでの間に、少なからず負担をかけている会社や職場の仲間がいるということ。
原則1歳までとなっている育児休業給付金を延長してもらうことは、当たり前の権利なのかそうじゃないのか。職場の人たちの顔を思い浮かべると、「保育園に落ちたい」という本音は、なかなか大きな声で言いにくいものです。
「育休延長を希望する」欄にチェック一つ入れるだけ、という令和に入ってからの新たな措置で、「保育園に落ちたい」ことは “暗黙の了解” として国や自治体が受け入れる流れになってきました。
とはいえ、育休者の仕事を誰かがどこかでカバーしていく事実に変わりはなく、この歪みをどう解決していくのか。難しいところです。
育休延長が、無用な分断を生まないように。玉虫色の言葉になってしまいますが、「社会みんなで子どもを育てる」という意識と仕組みが、もっと広がることを祈っています。