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“弱いロボット”で笑顔を増やす。パナソニック「NICOBO」が目指す世界
2021年3月18日 08:20
パナソニックが2月、家庭用ロボット「NICOBO(ニコボ)」のクラウドファンディングを実施した。「NICOBO」はグレーのニットで覆われた直径21~23cmの球体に近い形状で、二つの目と鼻、そして尻尾がついている。重さは1.2~1.3kg。目はディスプレイで表現され瞬きしたりつぶったりする。鼻にあたる意匠の部分がカメラになっていて、人の顔を認識する。動作にはWi-Fi接続可能なインターネット環境とスマホが必要だ。
「NICOBO」には6軸加速度センサーが内蔵されており、なでると尻尾をふったり、ちょっと不思議な音で鳴いたりする。可動軸は3軸。本体を上下左右に動かすほか、尻尾が動く。ときおり「モコ語」なる喃語のような独自の言葉で喋ったり、おならをしたりするなど、マイペースで過ごす。ちょっとずつ言葉を喋るようにもなる。
「NICOBO」は対面して何かをするのではなく、同じ方向を向いて同じものを見ながら、一緒に世界を共有して寄り添い合う――。そんなロボットとして設計されている。
パナソニックによれば、「どこか頼りないけれど、なんだかかわいい、ほうっておけない――。そんな人の優しさや思いやりを引き出す“弱いロボット”を提唱してきた、豊橋技術科学大学 岡田美智男研究室(ICD-LAB)と、「人とロボットの関係性」についての共同研究によって」生まれたとある。特に「心の豊かさにフォーカスしたロボット」だとされている。
要するに、わかりやすい用途のあるロボットではない。ただそこにいる、それ自体で価値を持たせるタイプの家庭用ロボットだ。しかもそのコミュニケーションは不完全で余白ばかりで、解釈の余地が大きい。だからこそ互いに委ねあう関係性が重要になる。そんな「弱いロボット」である。
クラウドファンディングのリターンは「2022年3月ごろ」とずいぶん先で、Makuake価格は本体+月額利用料6カ月分が込みで39,800円だった。2月16日に始まったが、当日、わずか7時間足らずで目標金額および上限数量320台を達成してしまった。
「NICOBO」は2月17日から3月31日まで二子玉川にあるパナソニックのコーポレートショウルーム「リライフスタジオ フタコ」で公開されている。寝言も言うしオナラする「同居人」のような「弱いロボット」とはどんなものなのか、実物を見に行き、開発者の方々にオンラインで開発の経緯などを伺った。
プロジェクト開始は2017年から
「NICOBO」を開発したのはブルーレイレコーダーなどのデジタルAV機器の開発・マーケティングメンバーだ。今回の取材で話を聞かせてくれたのは、「NICOBO」プロジェクトリーダーであるパナソニック アプライアンス社 スマートライフネットワーク事業部 ビジュアル・サウンドビジネスユニット 商品企画部の増田陽一郎氏と、技術担当の同 アプライアンス社 新家電くらしクリエーションセンター IoTクラウド価値開発部の毛見(けみ)晋也氏である。まずは開発の経緯から伺った。
新規事業創出プロジェクトが始まったのは2017年。5人のメンバーが集められ「2025年のライフスタイル」を考えた。もともとロボットを作ろうとしていたわけではない。当初は皆でアイデアシートを持ち寄り、デザイン思考の手法を用いて、新しい住空間の提案など様々なサービスを考えたという。
「一人暮らしの心の寂しさを埋めるコミュニケーションロボット」というアイデアが出て来た時期は、2017年12月ごろ。提案に対してダメ出しされ、ユーザー調査の発言録を読み直しているなかで、家に一人でいるときに「仏壇や植物に話しかけたりすることがある」「ふとした時に話したくなる」「帰って来たときにポツンとするのが寂しい」といった発言が見えた。それらのペインに対する解を探すなかで、デザイナーとしてプロジェクトに参加していたパナソニック アプライアンス社 Future Life UXの浅野花歩氏から「ロボットというものもありえるのではないか」という話が出て来たのだという。
コミュニケーションロボットに対してはデジタルAV機器やクラウドなどのアセットを適用することもできるだろう。というわけで、2018年4月、プロジェクトが公式化して活動が本格的に始まった。
ロボットの「生き物らしさ」とは?
しかし当時、グループメンバーにはロボットに関する知見がなかった。パナソニックにはロボット開発グループが複数存在するが、それらとは無関係のメンバーからなるグループだったからだ。そこで、まずはコンセプトムービーを作り、複数の企業や大学関係者を訪ね歩いて、共創パートナーを探した。コンセプトムービーの内容は「自然言語で会話ができるロボットがお婆さんと二人で過ごしており、会話を通して、そのお婆さんが笑顔になるというようなもの」だった。つまり当時は「人の話し相手になって、心の寂しさを癒せるようなロボット」の開発を想定していた。
共創パートナー探しの相手の一人に、立命館大学 情報理工学部 情報理工学科 教授の谷口忠大氏がいた。「ビブリオバトル」や「記号創発ロボティクス」で知られる谷口氏は2017年からクロスアポイントメント制度を活用して、大学教員であると同時にパナソニックのビジネスイノベーション本部 客員総括主幹技師として勤務している。つまりパナソニック社内の人でもあるので、内部の人として相談を受けたのだ。
谷口氏は、現在の技術では長期間にわたって人とロボットの関係性を作るにはまだまだ不足だと考えていた。当時のプロジェクトチームはニーズ調査はしていたものの、シーズ調査はまだこれからの段階。予算もついておらず、アプローチも技術ドリブンよりはマーケットドリブンだった。従来のコミュニケーションロボット関連研究の積み重ねについてもほとんど知らなかった。
当時、谷口氏は「利便性を目指すのか、愛玩を目指すのか。愛玩を目指すのであれば『ロボットしての個』が大事になる」、「期待値コントロールが非常に重要」、「技術開発に主眼をおかないのであれば、昨今はAIブームの陰で忘れられがちなヒューマン・ロボット・インタラクションや心理学などの知見を積極的に活用するほうが良いのではないか」といった、基本から解説したという。
そしてチームのプレゼンを聞いて「それは岡田美智男先生が切り拓いた分野そのものではないか」と考えて、その場で岡田氏の「弱いロボット」に関する研究や、「ロボットで『生き物らしさ』を実現するには『志向的な構え(人が機械の動きを見たときに、無意識に意図を見出してしまうこと)』が重要だ」といった考え方も合わせて紹介した。開発グループは、この時に初めて岡田美智男氏の研究を知ったという。
岡田研究室との共同研究
こうしてグループは岡田美智男氏に出会った。豊橋技術科学大学ICD-LABに開発グループの増田氏や毛見氏が岡田氏に直接プレゼンに行ったのは、まだ残暑が厳しい2018年8月30日だった。当初は共同研究する予定はなく、あくまで検討していたコミュニケーションロボットの企画内容について、コメントを求めるという趣旨だった。
プレゼンに続いてコンセプトムービーを見た岡田氏は、約5分間程度、沈思黙考した。その後、「弱いロボットを見ますか」と提案し、5種類くらいの岡田研究室のロボットを学生たちにデモンストレーション・解説してもらったという。大きな目玉のあるMuu(む〜)、頼りなげな動作で他者から助けを引き出すiBones(アイボーンズ)、他者にごみを拾ってもらうゴミ箱ロボットなどである。岡田研究室による「人とロボットとの関係性」の研究や、下側が膨れている外観一つとってもアカデミックな背景があることを初めて知り、当時率直に「すごい」と思ったそうだ。
5分間の沈黙のあいだ、岡田氏は何を考えていたのか。前述のように、最初は「共同研究を」という話ではなかった。そのため、岡田氏のほうは「どこまでアドバイスしたらいいものか。失礼にならない程度に、コメントする順序を探していた」そうだ。
そして、岡田氏のほうから「共同研究にしたほうがお互いに進めやすくなると思う」と提案した。大学の研究室ではプロトタイプまでしか作ることができない。いっぽう、パナソニックは言わずとしれた大企業であり、商品化能力や量産技術については疑うまでもないプロ集団である。「うまくコラボできたら、社会実装も夢ではないと考えた」と岡田氏は当時を振り返る。
パナソニック側でも増田氏はデザイナーの浅野氏らと当時「こんなロボットは僕らには作れへんのちゃうか」といった会話を交わしながら帰ったことを覚えているという。コミュニケーションロボットの奥深さに初めて気がついたということだったのかもしれない。
指標提案は岡田研究室、デザインはパナソニック
岡田研究室とパナソニックとの共同研究が始まった。ではどのように分担したのか。増田氏によれば「ベースがパナソニックで、そこに岡田先生の知見が入っていった」という形だという。インタラクションデザインに関しては岡田氏の思想が色濃く反映されている。大まかな形状、すなわち「球体みたいなかたちで目と尻尾がつく」という構成や、人と対峙するのではなく「並ぶ関係」にする、といったことも岡田氏によるものだ。
前述のように、パナソニックのグループがもともとやろうとしていたコミュニケーションは対話寄りだった。だが人とロボットのソーシャルな関係は対話だけによるものではない。ノンバーバル(非言語)、すなわち身体的な動きやロボット自体の情動表現も重要だ。
ただし実装については岡田氏らがデザインしたわけではなく、あくまで指標を提案され、それを受けて、パナソニックが描いていったという手順だったそうだ。「弱いロボット」は機能を付加していく「足し算型」ではなく「引き算型」だが、どこまで要素を引き算していくか、どのように実際のインタラクションへと実装していくかの検討もパナソニックが行なった。
ただ、「NICOBO」はまったく喋らないわけではない。そこは他の家庭用ロボットとは少し違う。それは「言葉によるコミュニケーションは使う人の心に刺さる」と考えているからだ。岡田氏による「ロボット側だけで実装するのではなく人からも助けてもらう」という発想は対話にも活かされている。つまり、人のほうもロボットが言わんとしていることが何なのか努力することで対話を成立させようというわけだ。このような視点は「目からウロコ」だったという。
目的は癒しではなく「笑顔を増やす」こと
コミュニケーションロボットを実現するには、膨大なシナリオを準備しメンテナンスするといった手法もある。だが、「目指している世界は人の心を豊かにすること。『ふとした寂しさ』を埋めるために日常会話を頑張るのが正しい手法なのか。高度な対話は我々の目的にマッチする手段ではないと感じました」(増田氏)。
今回のロボットはあくまで一般ユーザーを想定しており、価格も安価なものを目指していた。そのためには開発費も抑えなければならない。そのなかでインタラクションを最大にするにはどうするべきかと考えたという。
岡田研究室では、毛皮をつけてのそのそと動き回る弱いロボットも開発していた。しかし動く機能はパナソニック側では早々に外した。動き回るためには部屋がある程度広くなければならない。動かなければ狭い部屋にも置ける。表現力の問題はあくまで人の心を揺り動かす技術でカバーし、そのぶん「部屋にインストールする」ためのハードルを下げた。そのため、あくまでミニマムを狙った。
増田氏は重視しているのは「エモーショナル価値」であり、「NICOBOは『笑顔』を一つのキーワードにしています。癒しではない。笑顔です」と語った。なぜ癒しではないのか。「癒しはマイナスからゼロという印象がある。ですが笑顔はプラスです。あくまで笑顔を増やしたいというコンセプトなんです」(増田氏)。「NICOBO」がおならをするのも、そういう理由であるらしい。
利便性の追求にはいきたくない
クラウドファンディングを7時間足らずで達成したことについては、開発グループも驚いたという。「多くの人が実物を見る前に購入してくれたことは我々にとっては大きい。共感やストーリーも含めて評価してもらったと考えている」とのこと。
クラウドファンディングという手段を選んだ理由は「純粋に市場判断のため」。今回の成功で、それなりの事業規模が見込めることが証明された。これからが本当の事業化に向けた開発投資フェーズになる。ロボット自体もいま公開されているものはプロトタイプに過ぎない。今後、量産化の検討に入り、一般販売に向けて検討を加速する。
「NICOBO」はクラウドに接続するので、顧客に届けられたあともアップデートによって機能改善していく予定だ。どのような用途にクラウド接続を使うのかについて詳細は未定だが「たとえば『NICOBO』が世界のことを少し知っていて、ユーザーに何らかの反応を返す」といったことを考えているという。なおプライバシー関連については基本的にローカルで処理することで対応する。カメラによる個人識別なども、個人を識別することで良い顧客体験に繋がるのであれば考えるが、いまのところは考えてないという。
何ができるようになるかは別として、「しないこと」「させたくないこと」は決まっている。利便性の追求だ。前述したように、コミュニケーションロボットにおいては「期待値のコントロール」が重要だ。もし、たとえばスマートスピーカーのようなことをしてくれるとなって、「録画しといて」と頼んだときに、録画されていなかったらユーザーをがっかりさせることになるだろう。そういった役割はさせたくないという。
なお、モーターやバッテリーを内蔵するロボットには必ず寿命があるが、「NICOBO」は今のところ、一般販売した際は、修理対応を検討しているそうだ。
岡田氏による「弱いロボット」において重要なコンセプトの一つに「並ぶ関係」がある。上下関係や向き合うのではなく、並び立って同じ世界を共有するような関係である。便利ではないが豊かさにフォーカスする「NICOBO」が、そのような関係をどのくらい実現できるのか、期待している。