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「JPQR」は成功するのか。コード決済統一の理想と懸念
2019年6月25日 08:10
キャッシュレス推進協議会が策定したコード決済統一規格「JPQR」の実店舗での運用となる「JPQR普及事業」が、2019年8月1日より開始される。まずは実証実験に近い形として、岩手県、長野県、和歌山県、福岡県の4県で開始し、その後順次全国に展開していく予定となっている。
今回、6月22日に開催されたJPQR普及事業キックオフイベントで、いくつかの決済事業者などに話を聞いてきたので、それらを踏まえつつJPQRについて考察してみたい。
決済事業者による開始時期の違いは、システム改修のため
今回のJPQR普及事業は、8月1日から岩手県、長野県、和歌山県、福岡県の4県で開始となる。ただ、決済事業者や店舗の対応は、8月1日に一斉スタートというわけではなく、8月1日から順次スタートという形となる。
まず決済事業者側の対応だ。店舗がコードを提示してそのコードを利用者が読み取る「MPM方式」について、8月1日にJPQRへの対応を開始するのはOrigami(Origami Pay)みずほ銀行(J-Coin Pay)、メルペイ(メルペイ)の3事業者のみ。
その後、10月1日にKDDI(au Pay)、ゆうちょ銀行(ゆうちょPay)、福岡銀行(YOKA!Pay)が対応開始となる。残るLINE Pay(LINE Pay)とNTTドコモ(d払い)は現時点で開始時期を調整中として明確にしていない。
- au Pay:10月1日
- Origami Pay:8月1日
- J-Coin Pay:8月1日
- ゆうちょPay:10月1日
- YOKA!Pay:10月1日
- メルペイ:8月1日
- LINE Pay:調整中
- d払い:調整中
【JPQR提供開始予定日】
なぜこのような差が出るのか関係者に話を聞いてみたところ、JPQRへ対応させるためのシステム改修にかかる時間に違いがあるからだという。8月1日にJPQR対応を開始する3事業者は、サービス開始時期とJPQR策定時期がほぼ重なっていた、あるいは早い段階からJPQR対応を念頭に置いてシステムを構築していたためら、素早い対応が可能になったのだという。実際にOrigami Payでは、かなり早い段階でJPQRへの対応を念頭に置いたシステムにしていたそうだ。
その他の事業者については、JPQR策定前にシステムを構築していたことや、各事業者が展開しているサービスとの調整が必要といった理由から、対応にやや時間がかかっているとのこと。逆に言えば、JPQRはそれだけ短期間で立ち上げから運用開始まで突き進んできた結果とも言える。このサービススタート時期の違いから、事業者間でのJPQRに対する温度差を指摘する声もあるが、話を聞く限りでは各事業者ともJPQRについて非常に前向きな姿勢を示しており、大きな温度差はないように感じた。
加盟店側については、利用者が決済用のコードを提示して店舗がそのコードを読み取る「CPM方式」については、対応コンビニチェーンとなるセブンイレブン、ファミリーマート、ローソンで、8月1日に全国一斉切り替えを予定しているのに対し、店舗がコードを提示してそのコードを利用者が読み取る「MPM方式」については、8月1日に合わせて対応が完了する店舗は限られることになりそうだ。これも、基本的にはタイミングの問題だという。
MPM方式を利用する店舗は、あらかじめ利用したい決済事業者に加盟店登録申請を行なう必要があり、審査を経て利用可能となる。ただ、その審査には1カ月近くかかるため、これから申請を行なう場合に、8月1日に間に合わない可能性があるというわけだ。
こういった理由から、8月1日の時点では限られた事業者、限られた店舗でのみのスタートとなりそうだが、その点は時間が解決することになるはずだ。また、当初は4県でのスタートだが、すでに1県以上の追加参加が決まっているそうだ。
現時点ではどの県が参加するか公表していないが、普及事業に参加する県が増えることで、より気運が高まることは間違いないだろう。
対応店舗は確実に増加するも、利便性は大きく変わらない
今回、4県でJPQR普及事業が開始されることで、その4県では、最大9事業者のコード決済が利用可能になる店舗が確実に増えることになる。対応店舗が増えれば、使ってみようと考える利用者も増えるはずで、4県ではコード決済の利用される割合が大きく伸びるものと考えられる。
ただ、JPQRが利用できるようになるからといって、利用者や店舗の利便性はそれほど大きく変わるわけではない。
利用者にとっては、決済する場面での手間は、利用したい決済サービスのアプリを起動して店のQRコードを読み取り金額を入力したり、店にコードを読み取ってもらうというように、これまでと全く変わらない。
また、JPQRに対応している店舗でも、参画している最大8事業者(CPM方式は9事業者)全てのサービスが利用できるとは限らず、その店舗で契約が完了している事業者のサービスのみが利用可能となる。
そのため、利用時にはその店舗がどの決済事業者のサービスに対応しているかを確認したうえで利用しなければならない。対応店舗が増えるという部分は、利用者にとって大きなメリットとなるが、使う場面での手間は全く変わらないため、使う側からはJPQRに対応したメリットはあまり感じられないかもしれない。
対応店舗側は、最大8事業者のコード決済に対応するとしても、MPM方式なら店頭に提示するQRコードが1つですむため、レジ周りがすっきりするというメリットがある。また、キャッシュレス対応による売上増も見込めるだろう。ただ、会計処理の手間が大きく増えてしまうという懸念がある。
実は、今回の普及事業でのMPM方式の店舗では、最大8事業者の決済を1つのQRコードで行なえるようになるが、決済管理は事業者ごとに個別に行なう必要がある。それぞれの事業者が用意するアプリやウェブページなどから個別に売上げをチェックし、レジでの会計と合わせて処理しなければならないのだ。QRコードは1つとなるが、その先は事業者ごとに個別契約している状態と何ら変わらない。そのため、加盟する事業者が増え、コード決済での売上げが増えるほど、日々の会計処理が面倒になることが予想できる。キャッシュレス導入で人手不足にも対応できるとしつつ、実際は手間が増えてしまうようでは本末転倒だ。
CPM方式であれば、基本的にPOSで一括管理となるため、こういった面倒もないが、個人商店がCPM方式を導入するのはコスト的にも難しい。MPM方式なら低コストで導入できるため、とりあえず入れてみる店舗も多く出てくると思うが、使い始めてみると日々の会計処理が非常に面倒となり、入れたはいいが使うのをやめてしまうという店舗が出てくる可能性も十分考えられる。
しかも、この点について現時点で解決策は全く議論されていないようだ。ある関係者にこのことを指摘したところ、「でも、最大8種類のコード決済に対応してもQRコードを1つ置くだけで使えるようになるんだから便利でしょ」という回答を得た。これには少々耳を疑ったが、このことからも、“まずは加盟店舗を増やす”ことを優先していることがうかがえる。
また、ある事業者からは、「店舗側からすると売上げ管理を一元化できた方が便利なのは間違いないが、事業者側からすると個別の特色を出しづらくなる」との声も聞かれた。売上げを一元管理するには、店舗と決済事業者の間に、売上げを管理する仕組みを入れる必要があるが、その仕組みでは柔軟な個別施策の実施が難しくなるというのだ。
また、売上げ管理を誰がやるのか、コストをどのように負担するのか、といった問題も発生してくる。現時点ではこの点にあえて目をつむっている状況なのだろう。
日本でのコード決済は立ち上がったばかりで、各事業者とも今はまだ加盟店を増やすフェーズにある。だからこそ、今回の普及事業に参画している事業者は、地方での加盟店を増やすことを第一の目的としていても不思議ではない。合わせて、現時点ではまだ利用率がそれほど高くなく、会計処理の手間もそれほど大きな負担にはならないという判断があるのかもしれない。
ただ、本気でコード決済やJPQRを普及させ、政府が掲げる2025年のキャッシュレス比率40%の達成を目指すなら、今後は利用者と店舗側双方の利便性を高めることが不可欠となるだろう。特に、店舗側の会計の手間を減らす仕組みを取り入れることは、店舗側のキャッシュレス対応を定着させることにも繋がる。そのため、MPM方式でもJPQR利用時には各事業者の会計処理を一元的に行なえる仕組みが必要と考える。事業者間での調整には難しい部分もあるとは思うが、業界をあげて取り組んでもらいたいと思う。