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“ビールが無い”からの解放。消費者を学ぶ冷蔵庫サービス「DrinkShift」

「自動でビールを発注して、在庫を切らさないビール専用冷蔵庫」が誕生する。

「DrinkShift」(ドリンクシフト)は、庫内のビール残数や利用者の飲むペースを自動で判断し、好きなビールを最適なタイミングで自宅やオフィスへと届けてくれるというサービス。

利用者は、アプリで国内外のクラフトビールから好きな銘柄を1本単位で組み合わせた「ビール・セット」を作成。届いたビールをDrinkShift専用冷蔵庫に収納し、あとは自分のペースでビールを飲むだけ。

米国ラスベガスで開催された「CES 2019」で初披露。「ビールを切らさないための冷蔵庫」というコンセプトが話題となり、「ビールクズ専用機」といった意見も。CES会場でも各国のメディアの注目を集めた。

DrinkShiftを開発したのはパナソニック子会社のShiftall。代表取締役の岩佐琢磨氏は、2008年にCerevoを立ち上げ、ハードウェアスタートアップの先駆けとなった人物。'18年にCerevoを離れ、Shiftallとして、パナソニックの新たな家電・住宅基盤「Home X」に携わっているほか、集中力を高めるウェアラブルデバイス「WEAR SPACE」の開発や量産に関わってきた。そして、自社ブランドの第1弾となるのがDrinkShiftとなる。岩佐氏と、執行役員の甲斐祐樹氏に聞いた。

「ビールが飲みたいから作った」わけではない

なぜ、自社ブランド第1弾製品が「ビールを切らさない冷蔵庫」なのか?

岩佐氏は、「ビールが好きだからでしょ? って聞かれますが、そうじゃないんです」と笑う。

岩佐:パナソニックとの協業が増える中で、あれもこれもと製品を出すのはよろしくない。プロダクト一個に集中し、一つのプラットフォームを仕上げようと、まずは自分たちの強みを考えました。

Shiftall代表取締役の岩佐琢磨氏

ハードウェアを作れて、ネットサービスも作れて、グローバルにも展開できる。配送のノウハウも持っている。これらの全てができるということは我々の強み。

その強みで、我々は、リフィル、リデリバリーと呼んでいますが、定期消費便的なビジネスは広く展開できるのでは? と考えました。

オフィス向けのコピー用紙の補充、あるいは大学の研究室の液体窒素とか、「切らしてはいけない」ものを補充していくビジネスはすでに存在します。物作って売るだけではなく、継続的に商品を顧客に提供するビジネスですね。

「サブスク」というワードが注目されて、月額、定期で収益化するビジネスは増えてきていますが、まだ完璧ではない。買ったものがどうやって消費されていくかまでは、なかなか把握できない。例えば、気温・湿度や周辺状況など、様々な要因で消費行動も変わってきます。

こうした課題・ペインを、IoTで解決できるのではないか。IoTの全てを提供できる会社として、企業が取れなかったオフィスの中のいろいろな消費行動、あるいは個人宅の行動を読めるようになるのではないか。

消費をモニターしながら、お客様の課題やペインを解決する。様々な企業が同様のことをやりたいはず。しかし、例えば商品があるのに、サービスが作れない、ハードウェアが作れないなど、課題がある。それらを解決するため、リデリバリー、リフィルの会社をやろうと、戦略を決めました。

気になるのは、その第1弾が「なぜクラフトビールなのか?」というところだが……

岩佐:「コンビニで買えるもの」は難しいです。すぐに買えるので、すぐにリフィルできる。紙やティッシュペーパーもそうですね。ただ、一般家庭にハマる製品もあるはず、すぐには買えないけれど、切らしたくない製品。

そこで、比較的高価格で、お客様の動向が取れて、それでいて成長している市場はなにか、と調べた結果が、「クラフトビール」でした。だから「酒が好きだから」作ったというわけではないんです(笑)。

在庫を補完する、リフィルする、というシステム自体は、製品を問いません。キムワイプ(研究室等で使われる紙製のウエス)でも、薬でも、エナジードリンクでも、賞味期限が短いものを除けば、なににでも提供できる。そのシステムが重要だと考えています。

また、わかりやすさも必要です。

リフィルの市場としては、BtoBのほうが大きいかもしれません。ただし、小規模な会社でいきなりBtoB向けの営業を展開するのは難しい。まず、コンシューマ向けのBtoC(一般消費者)製品を作ったほうが、お客様もイメージしやすい。なのでコンシューマ向けで、リフィルに適した商品としてクラフトビールを選びました。

100銘柄以上のクラフトビールを揃える

その他のお酒についても検討したが、すぐにクラフトビールに絞り込まれたという。

甲斐:ワインも検討はしましたが、定期的に補充するというよりは寝かせて楽しむなど、ビールの飲み方とは少し違いがあります。日本酒もそういう部分があります。また、ワインや日本酒は開封しても飲み干さずに冷蔵庫に戻す可能性がありますが、ビールは基本的に開封したら飲み干すため、一本減ったら補充するという仕組みにはビールのほうが馴染むのでは、と考えました。また、クラフトビールは市場も伸びており、種類もかなり増えています。味の違いもわかりやすく、いろいろな味を楽しめます。

Shiftall執行役員の甲斐祐樹氏。Impress Watchでも執筆している

岩佐:ウィスキーはなかなか切れない(笑)

気になるのは、揃える銘柄。クラフトビールの数は多いが、「スタート時には十数社程度。銘柄では3桁を目指している」(岩佐氏)という。

現時点で取り扱いが確定している主なブランドは以下の通り。

いわて蔵ビール
ファーイーストブルーイング
大山ブルワリー 大山Gビール
伊勢角屋麦酒
サンクトガーレン
COEDO

取り扱い予定のクラフトビール

年明けから各社に連絡し、多くの醸造所からの賛同を得ているほか、CESでの発表後には、問い合わせフォーム経由でも醸造所からの問い合わせを多数受けており、取り扱いのクラフトビールはさらに増える見込みという。

岩佐氏は、「このビジネスのキモは、Shiftallがビールの在庫を持つこと」と語る。

岩佐:Shiftallがビールを卸価格で購入し、在庫リスクを持ちます。自社で仕入れて、それをお客様に販売・配送する形です。

ビールを売ること自体は、仕組みさえ作ればほかのプロダクトと変わりません。DrinkShiftでは「どのお客様がどのように飲むか」というデータを抑えられるのがポイントです。「この人は土日にたくさん飲む」とか「平日も一定で飲む」とかのデータを蓄積できれば、在庫のコントロールにも役立てられます。

アプリでビール管理

一方で、アサヒ、サッポロ、キリン、サントリーなどの大手のビールが入る見込みはないという。

その理由は、酒類販売免許の制約。酒販免許は、店舗用と通販用の免許に分かれており、通販用の免許では、製造量が3,000キロリットルを超える国内ビールメーカーのビールは扱えないことになっているという。

そのため、DrinkShiftで扱えるビールはおのずと(少量生産の)クラフトビールに限定される。

もっとも、「コンビニで買えない製品を狙っていたので、あまりハードルとは考えていない」(岩佐氏)とのこと。Shiftallでは、通信販売酒類小売業免許取得の準備を進めているという。

なお、大手通販事業者や家電量販店は、店舗でもネットでも酒類を販売している。これは店舗用とネット用に分割される以前の免許を酒店から購入し、展開しているようだ。

冷蔵庫は「普通」だが、リビングに置いてほしい

DrinkShiftがユニークなのは、リフィルのサービスに加え、冷蔵庫まで自社開発する点。

CESで発表した冷蔵庫は、あくまでプロトタイプだが、書斎やリビングに置くことを想定してデザイン。下段は12本のビールが保管でき、上段は冷蔵機能を備え、2本までのビールを入れられるショーケースで、お気に入りのビールを飾ったり、ビアグラスを一緒に冷やしたりできる。

DrinkShiftを開いたところ。コロナビールを入れているのは「写真映えするから」とのこと

ハードウェアメーカーとして、冷蔵庫を手掛けるのは初となるShiftallだが、「ビール用冷蔵庫」の開発にあたり、工夫すべきポイントはあるのだろうか?

岩佐氏に尋ねると、「特にはない」と答える。

岩佐:冷蔵庫自体は、シンプルで、難しくはないですね。ビールの在庫管理のために重さを量る部分は少し難しいぐらいで。均一に冷やすという以外で特別な機能はないですし。

基本的には、市場にあるものを組み合わせて、冷蔵庫を作ります。ただし、パナソニックのコア技術みたいなものが取り入れられると、いい形になるかなとは考えています。断熱材など、オンリーワンのコンポーネントがあるので。そういったものが使えればいいですね。

なお、DrinkShiftは、パナソニックとはほぼ無関係に開発を進めているとのこと。

DrinkShift用冷蔵庫開発における悩みは、技術的よりも「デザイン」だという。CES出展も、海外での反応のほか、「デザインの方向性が支持されるのか、確かめたかったから」と話す。

岩佐:DrinkShiftをリビングに馴染む形状にしたい。リビングに自然に置ける冷蔵庫にしたい。映画やスポーツを見て盛り上がっている時に、台所の冷蔵庫まで行って、ドアを開けてとなると、体験が途切れてしまう。そういう状況を消したかった。

自然に使われるものにするため、上部にグラスを入れるということにもこだわりました。CESでも、このデザイン自体はとても好評でした。まあ、一番多いご意見は「このサイズは足りない。もっと大きくしろ」ですけど(笑)。

上段にはビールグラスとビールを収納できる

細かな工夫としては、冷蔵庫の天板に物を置くと重量検知が難しくなるため、天板を斜めに傾斜させている。また、ビール収納部にやや傾斜を持たせることで、ビールの澱(おり)が瓶底に貯まり、グラスに澱が入らないようコントロールできるほか、瓶を取り出しやすくしているという。

ビール収納部はやや傾斜しており、取り出しやすくなっている
ビール収納部の傾斜により、ビールの澱(おり)が瓶底に貯まるため、グラスに澱が入らない

DrinkShiftのビジネスモデル

冷蔵庫の価格は未定。ビジネスの全体像についても調整中という。

岩佐:まだ、詳細は決めていませんが、携帯電話のようなビジネスモデルを想定しています。2年契約で実質冷蔵庫代が○○円とか、契約期間に応じて、冷蔵庫の初期費用も変わってくるかもしれません。

冷蔵庫はなるべく安くする。その上で、基本的にはシステムをたくさん使っていただける方、つまりたくさん飲む方に使いやすいものにしていきたい。

なお、クラフトビールの価格も「店とほとんど変わらないレベル」を想定しているという。

冷蔵庫の収納本数は14本(現時点での仕様)だが、1本ずつ送るのではなく、基本的には「ビール・セット」の単位で配送を行なう。「冷蔵庫の仕様も決まっていないので、あくまで見込みですが、10本とか12本をまとめるイメージ(岩佐氏)」とのこと。

ビール・セットをユーザーが作成

冷蔵庫が庫内のビール残数をリアルタイムで計測し、利用者ごとのビール消費ペースを学習。配送日数や、消費ペース、残数から計算し、「ビールを切らすことがないタイミング」で追加のビール・セットが自動で発送される。ビールの配達は、一般的な配送業者を利用する。

岩佐:「学習」はとてもシンプルなものです。基本的には、「いつ、どのビールを飲んだか」を、とにかく積みあげて、精度をあげていきます。

基本的にビール・セットは自動発注される。ビール・セットはユーザーが好きなビールを選択するが、将来的にはビールの新製品や限定製品などをオススメする仕組みなどの導入も検討していく。

岩佐氏も「アプリやネットワークサービス側は、スタートしてからも随時改善していくことになる」とする。なお、ユーザーのビール消費データなどを外部に出すといったことは、「現時点では予定していない」とのこと。

ところで、クラフトビールの「瓶」単位ではなく、「樽」を使ったビールサーバーのリフィルは考えているのだろうか?

甲斐:よく聞かれます。ただ、ビールサーバーは洗浄が必要になり、定期的に洗浄しないと味が落ちてしまいます。メンテナンスを誰がやるのか、お客様がやるのか、となると、なかなか難しい。

そして、樽だと「ずっと同じ味」になってしまいます。色々選べるほうが、クラフトビールをより知っていただける機会になると考えています。

クラフトビールをど真ん中に展開

DrinkShiftの発売時期は、2019年中。具体的には、「夏の終わりから冬の手前ぐらいの間ぐらい…… 秋ですね(笑)」(岩佐氏)

岩佐:当初一番難しいと思っていたのが、ブルワリー(醸造所)さんにお声がけして、参加いただくことでした。しかし、年明けからの数週間で、かなりの数のブルワリーさんからご快諾・ご連絡いただけて。意外と早く出せるかなと。

甲斐:秋ぐらいが一番クラフトビールおいしいですしね。

DrinkShiftの販売目標や今後の展開についてはどうだろうか?

岩佐:台数は最低で4桁はいきたいですね。数千から1万まで届くと、ビジネスとしてはしっかり立ち上がったかな、となると思います。リフィルの部分があるので、息の長いビジネスになると思います。将来的にはBtoB向けのビジネスにもつなげたい。

まずは、日本での発売に注力するが、その後は海外展開も検討。CESで発表したのも、海外展開をにらんでのことで、実際に「すぐに売ってくれ」という声も多かったという。

岩佐:ドイツのプレスとかは「ワォ」みたいな反応ですし、アメリカもそうですね。ただ「冷蔵庫が小さいよ」というのも共通しており、このあたりは市場や文化の違いがありますね。あとは、ロシア、ドイツ、メキシコなどのメディア露出が多く、やはりビールの消費が多い国で注目されるようです。

アメリカは市場も桁違いに大きく、フィードバックも多く、またクラフトビールも1本15ドルとか高価なので、ぜひやりたいですね。あとはアジアでしょうか。韓国は酒類の通販が禁じられているなど、国や地域によって事情や法律が違うのは難しいところですが。

Cerevo時代の岩佐氏は、「グローバル・ニッチ」を戦略に掲げ、ニッチだけれど、全世界(グローバル)でそのまま販売できるハードウェアを開発・展開していた。しかし、今回のShiftallのビジネスは全く異なるものになりそうだ。

岩佐:そうですね。このDrinkShiftは、ニッチ(すきま)というよりど真ん中です。日本とアメリカのビジネスだけでも相当に大きな市場があります。まずは日本を立ち上げて、そしてアメリカを目指したいですね。