中小店舗のキャッシュレス対応

第23回

紀の善 4年間のキャッシュレスを振り返る 普及へのいくつかの“波”

前回は、筆者の家族が経営していた店「紀の善」でmPOSレジやキャッシュレス決済を導入して以降の変化についてふり返りました。そして今回は、前回の予告通り、紀の善でのキャッシュレス決済の動向を細かくふり返りたいと思います。

前回も紹介しましたが、紀の善におけるキャッシュレス決済比率は、キャッシュレス決済導入後右肩上がりで増え続けて、最終的には52.9%にまで達しました。紀の善でここまでキャッシュレス決済比率が高まった要因は、はっきり言ってわかりません。

ただ細かく見ると、様々な要因があったことが見て取れます。そこで、年ごとに変化を見ていくことにしましょう。

2019年「キャッシュレス・消費者還元事業」でジャンプ

まず、キャッシュレス決済を導入した2019年です。キャッシュレス決済のAirペイの稼働を開始した3月に14.9%からスタートし、7月までは20%を下回る比率で推移しました。そして、7月からコード決済のAirペイQRの稼働を開始しましたが、それ以降も9月までは22%前後となっていました。導入前の予想では、キャッシュレス決済は多くても2割ぐらいだろうという予想を立てていましたので、おおむね予想通りだったわけです。

ただ、10月に33.5%と9月から11ポイントも一気に上昇し、それ以降30%で推移するようになりました。この要因は、2019年10月の消費増税と軽減税率制度の開始に合わせて実施された「キャッシュレス・消費者還元事業」によるものです。紀の善はキャッシュレス・消費者還元事業に参加していましたので、ポイント目当てで対応するキャッシュレス決済を利用するお客様が増えた形です。

2019年のキャッシュレス決済比率の推移

その間の決済手段ごとのキャッシュレス決済総額に占める割合を見てみると、コード決済対応前はクレジットカードが75%前後、電子マネーが25%前後、コード決済対応後はクレジットカードが65%前後、電子マネーが30%前後、コード決済が5%前後となっています。

この頃は、紀の善ではPayPayが利用できなかったこともあって、コード決済はかなり低空飛行となっています。

2019年のキャッシュレス決済総額に占める割合

2020年 国内平均を大きく上回る

続いて2020年です。この年はのキャッシュレス決済比率は、35~40%の間での小さな変化となっています。そういった中、やや大きな変化と感じるのが1月から3月にかけてです。

この間に起こった出来事は、2月上旬にAirペイQRでのPayPayへの対応が完了して店で利用可能になったことと、3月上旬よりキャッシュレス・消費者還元事業でのPayPay対応が完了した、というものです。当時PayPayは、派手にCMを打ったり様々なキャンペーンを行なうなどして着実に利用者を増やし、コード決済でほぼひとり勝ちに近い状況になりつつあったので、PayPay対応は利用するお客様にとっても重要な要素になっていたものと想像できます。

2020年のキャッシュレス決済比率の推移

決済手段ごとの割合を見ても、PayPayが利用可能になったことを受けて、1月から3月にかけてコード決済の割合が大きく伸びていることが見て取れます。PayPayが利用できるようになっただけでコード決済の利用率が10ポイント近く伸びていることを見ても、コード決済の中でPayPayの利用率が飛び抜けていることが容易に見て取れます。

ただそれ以降は、クレジットカード、電子マネー、コード決済ともあまり大きな変化は見られず、ほぼ同等の割合で推移しています。

2020年のキャッシュレス決済総額に占める割合

2020年は新型コロナウイルスの感染が拡大し、4月には緊急事態宣言が発出されるなど、社会に大きな影響を与えました。それ以降、接触回避のために現金の利用を避けてキャッシュレス決済の利用が増えた、という論調が多いと思います。

しかし紀の善では、2022年3月以降も大きな変化が見られませんでした。

とはいえ、キャッシュレス決済比率が35~40%というのは、当時の国内キャッシュレス決済比率を大きく上回っていました。紀の善では、そもそもコロナに関係なくキャッシュレス決済を利用するお客様が多かったために、目立った変化が見られなかったと考えていいでしょう。

2021年は40%超で推移 新宿区のキャンペーンでコード決済が伸長

2021年は、1月に初めてキャッシュレス決済比率が40%を超え、それ以降1年を通して40%以上で推移しました。

そういった中で特異な部分となっているのが9月です。9月は前月や翌月と比較してキャッシュレス決済比率が大きく高まっていることがわかります。この要因は、紀の善が位置する新宿区が実施した「がんばろう!新宿応援キャンペーン」によるものと考えられます。

がんばろう!新宿応援キャンペーンは、対応するキャッシュレス決済(楽天ペイ・PayPay・au PAY・d払い)を利用した場合に、25%のポイントが還元される(1事業社あたり1回3,000円相当、期間中10,000円相当を上限)という、なかなか太っ腹な内容のキャンペーンでした。しかも新宿区民に限らず、誰でも利用できましたので、かなり多くのお客様が利用した形です。

2021年のキャッシュレス決済比率の推移

実際に決済手段ごとの割合を見てみると、9月はがんばろう!新宿応援キャンペーンに対応するコード決済が大きく伸び、対応しないクレジットカードと電子マネーが大きく減少していることがわかります。

10月以降はコード決済の利用率が9月に比べて激減し、クレジットカードと電子マネーの比率が戻っています。ただよく見ると、コード決済は10月以降も8月以前より高い割合で推移していることがわかります。このことから、キャンペーン以降もコード決済を継続して利用するお客様が少なからず存在していたことを示していると言っていいでしょう。

同時に、コード決済の割合も、ほぼ1年を通して前年より上昇しています。これは、2020年のコロナ禍以降、コード決済の利用者が定着していったことを示していると言っていいでしょう。

2021年のキャッシュレス決済総額に占める割合

2022年は40%台後半で推移し、50%越えも記録

2022年に入ると、いきなり1月にキャッシュレス決済比率が50%を突破しました。2021年12月が45.2%だったので、年明けに一気に5ポイントも増えたのです。また、紀の善の最終営業月となった9月もキャッシュレス決済比率が大きく伸び、過去最高の52.9%を記録しています。

この、1月と9月の大きな伸びも理由があります。実は双方とも、2021年9月同様に新宿区のポイント還元キャンペーン「がんばろう!新宿応援キャンペーン」が実施されたのです。

実施内容は、双方とも対応するキャッシュレス決済(楽天ペイ・PayPay・au PAY・d払い)を利用した場合に、25%のポイントが還元されるというもので、2020年9月と同じでした。ただ、上限は1月は2021年9月と同じでしたが、9月は1事業社あたり1回2,000円相当、期間中5,000円相当と上限額が減少していました。

それでも、どちらの月も想定より早く予算が底をついて、期間を短縮して終了するほどの盛り上がりとなりました。それが、紀の善でのキャッシュレス決済比率にも大きく影響したというわけです。

2022年のキャッシュレス決済比率の推移

決済手段ごとの変化を見ても一目瞭然です。1月と9月はキャンペーン対象のコード決済が大きく伸び、クレジットカードと電子マネーの比率が下がっています。このことからも、お客様がキャンペーンの有無で利用する決済手段を賢く選択していることがよくわかります。

同時に、ほぼ1年を通して、電子マネーとコード決済の割合が肉薄するようになりました。紀の善が利用しているAirペイは、nanacoやwaon、楽天Edyなどの流通系電子マネーが利用できませんので、それらが使えていたらもう少し状況は変わっていたかもしれません。とはいえ、キャンペーンの有無を除いても、コード決済の割合が増えていることは間違いなく読み取れると思います。そういった意味で、コード決済の存在はキャッシュレス決済を導入する店にとって無視できない存在になっていると思います。

2022年のキャッシュレス決済総額に占める割合

また、以下のグラフは全売上に占める決算手段ごとの割合を、キャッシュレス決済を利用した期間全て繋げて示したもので、こちらでは現金決済の割合も加えています。これを見るとわかるように、コード決済の伸びは他を圧倒していますので、コード決済がキャッシュレス決済比率を高める大きな要因になったことは間違いないでしょう。

ただ、クレジットカードや電子マネーも年々わずかながら割合が増えています。そのため、コード決済だけでなく、クレジットカードや電子マネーなどキャッシュレス決済の全手段が伸びたことでキャッシュレス決済比率を押し上げていったことがわかります。つまり、お客様が自分に合った決済手段を選んでキャッシュレス決済の利用を増やしている、と言っていいでしょう。

全売上に占める決算手段ごとの割合

コード決済はPayPayひとり勝ちだがその他も伸びている

続いて、なにかと話題のコード決済を詳しく見てみましょう。

以下に示したグラフは、コード決済の全決済額に占めるブランドごとの割合を示したものです。AirペイQRではこの他、AlipayやWeChat Payにも対応していますが、ここでは国内主要コード決済ブランドのみを抜き出しています。

コード決済の全決済額に占めるブランドごとの割合

紀の善では、当初はPayPayとau PAYに対応していませんでしたので、d払いとLINE Payのみとなっていますが、その時は双方が上下しつつ使われていました。その後2020年2月よりPayPay、2020年3月よりau PAYが利用可能となりましたが、それ以降はPayPayが60~70%超を推移していて、ほぼひとり勝ち状態となっています。

LINE Payについては徐々に割合が減っています。これは、2021年3月にLINEがソフトバンク傘下となり、2021年7月からPayPay加盟店でLINE Payでの支払が可能となるなど、PayPayとの連携が強化されたことが影響していると言っていいでしょう。

それに対しd払いは20%前後、au PAYは7%前後でほぼ横ばいです。先に紹介したように、コード決済の決済額は年々高まっていますので、そういった中で割合が横ばいということは、d払いやau PAYも利用者を年々上積みできているということでしょう。

それは、次のグラフを見てもよくわかります。こちらは、クレジットカードや電子マネーも加えたキャッシュレス決済の全決済額に占めるブランドごとの割合を示したものです。

キャッシュレス決済の全決済額に占めるブランドごとの割合

やはりこちらもPayPayがひとり勝ちの様相で、割合も年々大きく伸びていることがわかります。しかしd払いやau PAYも、割合としては低いですが、着実に増えていることが見て取れます。このグラフからも、PayPayだけでなくd払いやau PAYも着実に頑張っていると言っていいでしょう。

決済単価はクレカが最も高く、交通系が最も低い

最後に、決済手段ごとの決済単価をチェックしてみました。こちらは、決済手段ごとに決済単価を算出し、現金決済の決済単価との比率を出してみました。

現金決済単価を1とした場合のキャッシュレス決済手段ごとの決済単価

こちらを見るとわかるように、クレジットカードは現金決済よりも単価が高く、他の決済手段と比較しても突出して単価が高くなっていました。以前より、クレジットカードは現金決済よりも決済単価が高くなると言われることが多いですが、紀の善でもそのとおりの結果となっていたようです。

iD、QUICPay、d払いはほぼ現金決済と同等で、それ以外は現金決済よりもやや単価が低いことがわかります。そして、最も単価が低かったのは交通系電子マネーでした。

交通系電子マネーは、現金を事前にチャージして利用する必要があるだけでなく、チャージ金額の上限が2万円と、他の流通系電子マネーに比べて上限が低く設定されています。そのため、物販での決済に頻繁に利用していると残高不足になりやすいという問題があります。もちろん、残高不足では自動改札は通過できませんので、自動改札通過の流れを妨げてしまいます。この、自動改札を通過できない、流れを妨げてしまう、という不安から、交通系電子マネーでの高額決済はなるべく避けようと考えるのは自然なことかもしれません。そういった影響から、交通系電子マネーは比較的決済単価が低くなったものと考えられます。

そして、キャッシュレス決済全体での決済単価は、現金決済単価の0.95倍と現金決済を下回っていました。クレジットカードの決済単価が比較的高かったのと、クレジットカードの利用率も5割超と高かったことから、キャッシュレス決済全体での決済単価も現金決済単価を上回ると思っていたので、これはちょっと意外でした。

だからといって、キャッシュレス決済が売上に貢献しなかったかというと、必ずしもそうではないでしょう。

本来であれば、キャッシュレス決済を導入していなかった2018年以前と売上の変化を比較することで効果を確認できたはずです。しかし、2019年は全体的に天候不順で、特に9月以降は大型の台風が複数上陸するなどしたこともあって、売上に大きな影響がありました。また2020年以降は新型コロナの感染拡大が大きく影響しました。そのため、売上の変化でキャッシュレス決済の効果を見ることがほぼ不可能だったのです。

とはいえ、店員の話によると「カードが使えるならこれも買っていこう」というお客様の声を少なからず聞いたそうです。コロナ禍以降は、キャッシュレス決済を積極的に利用し、現金決済のみの店を敬遠するお客様もいたはずです。ですので、キャッシュレス決済導入による売上の効果はおそらくあったのだろう、と考えています。

もちろん、前回紹介したように、mPOSレジやキャッシュレス決済を導入したことで、レジ締めや釣銭用意など、様々部分で業務の軽減化が実現できました。ですので、やはりmPOSレジやキャッシュレス決済を導入して本当に良かったと言えます。

4年間で大きく変わったキャッシュレス環境

前回予告したように、今回で本連載は最終回となります。紀の善でのmPOSレジやキャッシュレス決済の導入経緯の紹介から始まり、導入後の運営やキャッシュレス決済の動向、紀の善で行なった様々な対策などを紹介してきました。

基本的には、それらを担当した筆者の実感をまとめたものですので、どちらかというと個人的な内容に終始したかもしれません。それでも、中小店舗視点でキャッシュレスについて取り上げられることはあまりなかったと思いますので、そういった意味ではそれなりに面白い連載になったのではないかと考えています。

個人的に2022年は、紀の善の閉店に加えて、それ以上にインパクトのある出来事が発生し、生活環境が激変しました。実は、とある出来事によって半年近く東京から離れて生活しています。仕事に割ける時間が少なくなり、東京から離れていたことも手伝って、連載もなかなか更新できませんでした。申し訳ございませんでした。

紀の善でmPOSやキャッシュレス決済を導入した頃と比べて、現在はいずれも選択肢が増えていますし、機能的にもかなり進化しています。それでも、連載で紹介してきた選択ポイントや運営方法などは、今後も十分役立つと思いますので、ぜひとも参考にしていただけますと幸いです。約4年間、どうもありがとうございました。

平澤 寿康