中小店舗のキャッシュレス対応

第20回

自治体の「還元キャンペーン」の実際。新宿区はPayPay圧勝?

新型コロナウイルス感染拡大から約2年が経過しましたが、いまだはっきりとした出口が見えてきていません。そういった中、自治体とキャッシュレス事業社がタッグを組み、飲食店を中心とした地元企業の需要喚起を目的とした還元策が各地で開催されています。

筆者の家族が経営する店、紀の善が位置する新宿区でも、2021年9月と2022年1月に「がんばろう!新宿応援キャンペーン」と題して、対象の店舗でキャッシュレス決済を利用すると最大25%のポイントが還元されるというキャンペーンが実施されました。

そこで今回は、そのキャンペーンの効果を検証したいと思います。

還元の原資は全て自治体負担のキャンペーン

「自治体とタッグを組んだ還元キャンペーン」とは、自治体とキャッシュレス事業社がタッグを組み、対象の店舗でキャッシュレス決済を行なうと、一定割合のポイントが還元されるというものです。キャッシュレス事業社による独自のポイント還元キャンペーンと同じようなものですが、大きく異なるのが、ポイント還元や広告宣伝費といった必要経費など、原資をすべて「自治体」が負担しているという点です。

では、こういった自治体が原資を負担するキャンペーンは、いつからどういった経緯で始まったのでしょう?

そこで今回、自治体と共同で多くの還元キャンペーンを実施しているPayPayに話を聞いてみました。お話しを聞いたのは、キャンペーンを担当しているPayPay 事業推進統括本部 マーケティング本部 マーケティング企画部 部長の木村泰斗氏と、同じくマーケティング企画部の斉藤政紀氏です。

PayPayにおいて、自治体が原資を負担した還元キャンペーンが初めて実施されたのは、2020年3月16日から3月31日の期間で静岡県伊東市で実施された「伊東市がおトク!最大5%戻ってくるキャンペーン」が初めてだったそうです。もともと、自治体からキャッシュレス推進や、キャッシュレスを通した地域振興策などについて相談されることも多かったそうで、そういった中から出てきたキャンペーンだったそうです。

自治体が原資を負担した還元キャンペーンとして初めて実施された、静岡県伊東市の「伊東市がおトク!最大5%戻ってくるキャンペーン」。これ以降、全国の自治体で同様のキャンペーンが実施されるようになった

そして、この伊東市のキャンペーンが成功したこともあって、その他の自治体からも問い合わせが増え、全国の自治体で開催されるようになったといいます。その結果、PayPayだけで、これまでに全国45都道府県、全308の自治体で、のべ478のキャンペーンが実施されたそうです。

また、このキャンペーンには、地域の経済活性化だけでなく、キャッシュレス推進という側面もあります。もともと、コロナ禍での接触機会を減らすためにキャッシュレス導入を推進したいという自治体の思惑があり、そこに魅力的なキャンペーンを組むことで、キャッシュレスを導入する店舗や利用する消費者を増やす、という考えです。実際に、PayPayがキャンペーンを行なった地域では、同時に導入店舗や利用者が増えたそうなので、この点でも十分な効果があったものと想像できます。

新宿区も、2021年9月と2022年1月に「がんばろう!新宿応援キャンペーン」と題して、対象のコード決済利用で25%のポイント還元を行うキャンペーンを実施。紀の善も対象店舗だったので、このようなステッカーやポスターでアピールしていた

ここで気になるのが原資の扱いです。自治体がポイント還元原資を負担しているということは、当然税金が使われていることになります。限りある税収の中でポイント還元に多くの予算を割くのが難しい自治体も多いはずですで、税金を利用する取り組みはそう簡単に実現できるものではないはずです。

ただ実際には、還元の原資となる予算は、その多くが、コロナ禍で疲弊した地方を支援する目的で国が交付した「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」があてられているそうです。令和3年度に交付されたこの臨時交付金は、これまでに予備費も含めて15兆円を超える大型の規模ですので、税収の少ない自治体でも還元キャンペーンの予算を確保しやすい状況だったのです。

実際に、これまでのキャンペーンでの還元額は、PayPay単独でも2021年12月末時点で500億円に達しているそうです。キャンペーンにはPayPay以外のキャッシュレス事業社も参加していますので、総額はもっと大きくなります。臨時交付金の存在によって、いかに規模の大きなキャンペーンになっているのか、この数字からもよくわかるでしょう。

またPayPayでは、ユーザーの過去の購買データから、対象自治体で購買を行なう機会の多いユーザーに対してキャンペーン実施をプッシュ通知しているそうです。普段から対象自治体で購買するユーザーの利用を増やすことで、還元したポイントも対象自治体で消費する割合が増えるように配慮しているとのことでした。

つまり、自治体にとっては予算を臨時交付金でまかなえるとともに、地域経済活性化やキャッシュレス推進につなげられ、キャッシュレス事業社にとっては自分たちがコストを負担することなく魅力的なキャンペーンを提供でき、消費者にとっては対象店舗なら確実に一定割合の還元が受けられてお得にお買い物ができるという、3者にとって非常にありがたいキャンペーンというわけです。

このような自治体負担型のキャンペーンを行なうことで、対象の地方自治体や商店などからは、売上が大きく伸びるなどで総じて好意的に受け止められているそうです。また、キャンペーン後も引き続いてPayPayを利用する人の割合も増えているそうで、キャッシュレス推進にも役立っているとのことです。今後も様々な自治体でキャンペーン実施を予定しているそうなので、対象地域のみなさんは積極的に利用してほしいと思います。

紀の善での新宿区還元キャンペーンはPayPayひとり勝ち

ここからは、新宿区が行なったキャンペーン「がんばろう! 新宿応援キャンペーン」の、紀の善での状況を紹介しましょう。

このキャンペーンは、2021年9月と2022年1月の2度行なわれました。還元総額は9月が6億円相当、1月が3億円相当で、ポイント還元率はいずれも最大25%(1事業社あたり決済1回につき上限3,000円相当、期間中総額10,000円相当まで)でした。

キャンペーンに参加したキャッシュレスブランドは、PayPay、d払い、au PAY、楽天PAYの4種類でしたが、紀の善では楽天PAY非対応ですので、それ以外の3ブランドがキャンペーン対象となっていました。なお、9月は1カ月間続きましたが、1月は1月31日の終了期限前に還元上限に達したため、1月25日で打ち切られました。

まずはじめに、キャッシュレス決済比率と、キャッシュレス決済内での比率を見ていきましょう。比較期間は、キャンペーン実施前月の2021年8月から、2021年1月までを抜き出しています。

【表1】がキャッシュレス決済比率の推移ですが、キャンペーンが実施されない月では45%前後となっているのに対して、キャンペーンを実施した9月は48.8%、1月は50.4%と、明らかに比率が増えています。これは、間違いなくキャンペーン実施によりキャッシュレス決済を利用するお客様が増えたためと考えられます。

【表1】キャッシュレス比率

【表2】は、キャッシュレス決済の内訳です。ここでは、クレジットカード、電子マネー(交通系電子マネーとiD、QUICPayの合算)、コード決済(PayPay、d払い、LINE Pay、au PAYの合算)に分けて比率を出してみました。すると、想定通り9月と1月にはコード決済の割合が大きく伸び、逆にクレジットカードや電子マネーが低下していました。

先ほど紹介したようにキャッシュレス決済比率が伸びていることとあわせて、普段は現金決済や他のキャッシュレス決済を使っているお客様も、積極的にキャンペーン対応のコード決済を利用したことが分かります。実際に店員からも、この期間はとにかくコード決済を使う人が多かった、との声が聞かれました。

【表2】キャッシュレス決済の内訳

では、コード決済ブランドごとの比率はどうだったのでしょうか。

【表3】は、コード決済総額に対する、PayPay、d払い、au PAYの3ブランドが占める比率を出したものです。これを見ると、コード決済の約7割以上がPayPayで占められていることが分かります。しかも、9月と1月にはさらにPayPayの比率が高まっています。

【表3】コード決済総額に対する各コード決済ブランドが占める割合

そして、現金も含めた決済総額に占める各コード決済ブランドの割合を見ると、より顕著な結果となりました。

それが【表4】ですが、9月と1月はキャンペーン対象のコード決済3ブランドともに前月から伸びていますが、その中でもやはりPayPayが突出しています。このあたりからも、コード決済市場におけるPayPayの強さが伝わってきます。

【表4】キャッシュレス決済総額に対する各コード決済ブランドが占める割合

ここまでは決済額をもとにしたデータでしたが、利用者数はどうだったのでしょうか。紀の善では会計ごとのお客様の人数を集計していませんので誤差は出てきますが、決済回数をベースにチェックしてみました。

【表5】は、各月の総決済数に対するコード決済ブランドごとの決済数の割合を示したものです。これを見ると、先ほどの【表4】とほぼ同じ動きを示していることがわかります。こちらもPaPayの動きが顕著ではありますが、d払いとau PAYもキャンペーン前月との比較では割合が増えていますので、いずれも利用するお客様が増えていることになります。合わせて、キャンペーン後には割合は下がっていますが、おおむね右肩上がりとなっていますので、キャンペーンを経てコード決済を利用するお客様も少しずつではありますが増えているようです。そういった意味では、キャンペーンがコード決済利用促進にも繋がっていると言えそうです。

【表5】総決済回数に占める各ブランドの決済回数の推移

キャンペーンが売上増につながったかは微妙なところ

このように、キャンペーン期間中に対象のコード決済が多く利用されたことはおわかりいただけたと思います。では、売上にはどう影響したのでしょうか。

【表6】は、8月から1月までの売上の前年比と前々年比を示したものですが、キャンペーンのあった9月を見ると、前年比で99.3%、コロナ前の前々年比では89.1%と、いずれも下回っています。前月の8月と比べると伸びてはいますが、キャンペーンによって大きく売上増につながったかどうか、かなり微妙な印象です。9月は、コロナの影響も低下してきて、多くの人が街に繰り出すようになっていましたし、キャンペーンも後押しして売上が大きく伸びているのではないかと思っていたので、かなり意外な結果でした。

【表6】2021年8月から2022年1月までの売上の前年/前々年比

それに対し1月は、前年比125.5%と大きな伸びとなっています。ただ、コロナ前の前々年比では82%となっています。これは、1月に入ってオミクロン株が猛威を振るった影響が大きいと思いますが、それでもコロナ禍の前年と比べて売上が増えたのは、店にとってありがたい点です。

ただ、その前月の12月は前年比128.6%、しかもコロナ前の前々年比でも111.6%と大きな伸びとなっています。12月は、オミクロン株の影響がまだそこまで大きくなかったこともありますが、還元キャンペーンが行なわれてなかった中でのこの伸びを考えると、1月はもう少し伸びて欲しかったようにも思います。

このように、紀の善ではキャンペーンの効果は少しはあったものの、想定していたほど売上増にはつながらなかった、と結論づけることにしました。

もちろん、キャンペーンがなかったら同じような売上が得られていたかわかりませんし、業種によって傾向も異なるでしょう。キャンペーンが大きな売上増につながったお店もあったはずですし、なによりお得なので、こういったキャンペーンをきっかけとしてお店に足を運んでくださるお客様もいらっしゃるはずです。そのため、キャンペーン自体は大いに効果があると思います。ですので、コロナ禍が収まるまでは定期的に同様のキャンペーンを実施してほしいところです。

平澤 寿康