鈴木淳也のPay Attention
第229回
お賽銭のキャッシュレス化が増えた理由 寺社の事情・法制度・泥棒
2025年1月3日 08:20
コロナ禍に突入する前後から少しずつ話題となっていたが、近年、寺社での賽銭にキャッシュレスを導入する動きが出てきている。
以前にも触れたが、「○○Pay」のような名称の付くサービスの場合、普段の利用にあたっては“モノ”や“サービス”など何らかの対価を得ることを上限に支払いが発生する「決済」が行なわれている。
一方で、「寄付」や「賽銭」などの行為は対価を得ない純粋なお金を送る行為であり、位置付けとしては「送金」となる。加えて、この「送金」は最近の○○Pay系のサービスでも導入されているユーザー同士の個人間送金(「P2P」または「C2C」)とは異なり、特定の団体や宗教法人などを相手とした「C2B」送金となり、単純な「送金」とは異なる建て付けを要求される。
つまり、既存の○○Payの仕組みのままで「寄付」や「賽銭」を実現しようとすると法律的に問題となり、サービスとしては提供できなかったというのが実際だ。
これらルールは主に金融庁の資金決済法に由来するものだが、この枠を越えてサービスを提供可能なのは銀行法に基づいて運用されている、みずほ銀行の「J-Coin Pay」くらいしかなかった。時効だと判断して説明すると、これまで○○Payの枠組みで提供されていた“キャッシュレス賽銭”はすべてグレーゾーンないし法律的にNGに該当するため、ルールが整備されていくなかで徐々にフェードアウトしていった(以前には、ある買収された会社が法律的背景を考慮せずに加盟店として寺社の賽銭利用を許可してしまっていたケースもあるようだ)。
今回は、この「キャッシュレス賽銭」が急速に広まってきた背景について少し説明する。
徳川将軍家の菩提寺がキャッシュレス化する理由
まずは弊誌のレポートにもある増上寺だ。同寺では2024年12月23日からPayPayを導入して、キャッシュレス賽銭が利用可能になった。増上寺は開山そのものは浄土宗へと改宗した室町時代へと遡るが、江戸幕府の時代となると徳川将軍家の菩提寺となり、今日において東京でも重要な寺院として鎮座している。
明治神宮ほどではないものの、三が日の初詣客も少なくとも10万人を超える人が集まるとのことで、多くの人で賑わうことになる。今回、大門の正面にあたる大殿と、右隣に位置する安国殿の柱や賽銭箱にそれぞれにPayPayのQRコードが貼られ、参拝客はアプリでそれらを読み込むことで専用の送金(賽銭)画面へと遷移し、金額を入力してお金を送る。
「ペイペイ!」と音声が鳴ってしまうのがご愛敬だが、実際のところ多くの人で賑わう境内で決済音はそれほど目立たないということで、「将来的に違う音も選べるようになれば……」(増上寺)という認識のようだ。
導入の背景だが、やはり世間的にキャッシュレス利用が広まり、小銭を持たない人が増えたことが影響している。
大本山 増上寺 参拝部長 執事の武智公英氏によれば、増上寺は土地柄もあり外国人客も多く現金ではない手段を聞かれる機会も多く、支払いの選択肢を増やしたいというのが考えにあったようだ。PayPay側の営業もあったが、最終的に決め手となったのは「PayPay経由の賽銭が非課税であること」の部分で、これが国のルール的に認められたことが大きいという。
実際に今回のPayPay導入でどれだけ利用されるかは今後リサーチしていきたいと武智氏は述べているが、お守りなどすでに物販ではクレジットカードや電子マネーの利用が始まっており、それら外国人の参拝者を含め好評を得ていることもあり、今後PayPayの対応も含めて検討していきたいとのこと。
賽銭がキャッシュレスになることについては内部でも反対意見があったようだが、もともとは米や野菜などの物納から始まった習慣であり、それが時代とともに人々が貨幣を持つようになったことで現在のような形になった。「賽銭は欲を捨てる行為」などという説法もあったりするが、実際には取り扱うものが変化しただけで本質は変化していないというのが武智氏の意見だ。
なお、賽銭がキャッシュレスに移行する背景として「金融機関が小銭の両替に手数料を徴収するようになったから」という話がよく言われる。増上寺のケースでは、地元の信金が現在もなお無料での両替に対応してくれており、直近で導入を急ぐ理由にはなっていないという。
一方で、昨今のトレンドを考えればいつ両替手数料を求められるようになるのか読めない部分もあり、今からそれに備えていくことも念頭にあるようだ。
さて、これまでキャッシュレス賽銭の実現が難しかったとされていたのが、なぜ急に利用可能になったのか。
1つにはPayPay自身が「対価に対する決済のサービス」という約定を改訂しつつ、2024年8月に法人向けのビジネスアカウントサービスを開始したことにある。これは本人確認(eKYC)済みのアカウントからのPayPayマネーを受け入れることが可能な法人サービスで、今回のような「賽銭」のほか「寄付」に利用できる。
「寄付」が先行する形となったが、PayPayによれば「仕組みとしてはどちらも同じで、『賽銭』のニーズが年末年始に偏っているため、すぐに提供できる『寄付』からのスタートになった」とのこと。この仕組みにより「C2B」送金が可能になるが、アカウントそのものは従来のPayPayの加盟店アカウントとは完全に別個で管理されており、資金の流れについてモニタリングが行なわれている。詳細は後述するが、このような完全別個の管理は金融庁側の要請だという。
また現状で、「寄付はオンラインからのみ」「賽銭はオフライン(対面)からのみ」という制限付きでのサービスとなっている。キャッシュレス賽銭が可能になったことで「オンライン参拝が可能になるのでは?」と考えた人も少なくないだろうが、ルール上は「敷地外からの賽銭は受け付けない」ことになっている。
理由については筆者の考察も含めて後述するが、増上寺側の意図としても「実際に現地まで来て参拝してほしい」(武智氏)ということがあるようで、特に問題とはしていないようだ。また、混雑緩和効果を狙うのであれば「入り口(大門)や行列の途中にQRコードを置くべきなのでは?」という考えもあるが、武智氏によれば「港区の景観条例で外側にはQRコードを出せない。もし操作に時間がかかるようであれば、いちど拝殿した後に行列の横にちょっとずれていただいて賽銭をしていただければ……」という。
先ほど「物販はキャッシュレス導入済み」とあったが、宗教法人がキャッシュレス決済を導入すること自体は何も問題がない。要はそこでも触れた「PayPay経由の賽銭が非課税であること」が重要だ。
物販の場合は宗教法人の売上となるため、申告による納税義務が発生する。一方で宗教法人として「賽銭」であれば非課税の収益となり、これをそのまま寺社の修繕費や運営費へと充てることができる。収入の限られる宗教法人にとって死活問題と呼べるものだからだ。特に初詣などの三が日の参拝客は、ある意味で“かき入れ時”であり、ここでの賽銭手段を多くの人に受け入れて貰えるかどうかは重要な要素になる。
ちなみに、宗教法人が提供する“サービス”について、それが課税か非課税のどちらにあたるかは個々に判断が異なるようで、ある寺社では非課税のものとして取り扱う一方で、同様のものが別の寺社では課税対象として扱うケースもあるようで、おそらくは税務署が最終的に「その判断は問題ないか」を決めるものと思われる。
賽銭泥棒に悩む神社がキャッシュレス対応
宗教法人にも大規模から小規模なものまで存在するが、どこも似たような悩みを抱えている点では変わらない。増上寺に続く12月24日にPayPayの運用を開始した神奈川県川崎市にある稲毛神社だが、かつて「山王様」の名称で呼ばれ、創建年不明ながら古代日本史からの系譜を持つ同社も、さまざまな思慮の結果キャッシュレス賽銭に行き着いた。
稲毛神社 宮司の市川氏は「業界にもいろいろ否定的な意見があるが、昔は農産物を奉納したり、絵馬が神社に馬を奉納していた名残であることを考えれば、実質的に現金と取り扱いが変わらない電子払いに仕組みが変わるだけで、むしろ当時ほどのインパクトはない」ということで、前項の武智氏同様に積極派と呼べる方だ。
一方で、次のような切実な問題も訴える。
「われわれが日々お祀りをし、毎日神様に対してお供え物を捧げ、この地域に住む人々のご健勝、安寧、そして地域の発展、それを通じて国の発展や世界平和をお祈りしているわけですが、残念なことにこの大好きな街が良くなるようお祈りをしているにもかかわらず、お賽銭泥棒が多いという悩みがあり、その被害を減らしたいというのが大きいです」(市川氏)
前述のような小銭の両替コストもあるほか、キャッシュレス化の流れのなかで小銭を持たない人も増えているということもあり、検討課題にはあがっていたようだ。
なお、PayPayに決めたのは「PayPayしか営業にいらっしゃらなかった」(市川氏)というシンプルな理由だが、地元企業が祈祷に来るなかで「カードで支払いたい」という要望も多く、今後さまざまな形で検討を進めたいと同氏は述べている。
賽銭泥棒はかなり深刻な問題のようで、「本来であれば最低でも2時間に1回……という形で賽銭箱の中身を抜きたいのですが、そこまで手がまわらないのも実情で、実際には午前中1回、午後に何回か……という形で対応しています」と市川氏は述べる。同氏の発言の意図を汲み取れば、日中の人がいる時間帯でも堂々と賽銭を抜き取る犯人がいるというわけで、「夜間はもっと多いでしょうね」(市川氏)ということになる。
稲毛神社の境内には複数の社殿があり、以前はそれぞれに賽銭箱が設置されていたのだが、現在では本殿と対面で目が届く社殿の2カ所にしか設置せず、残りは撤去されてしまった。
「抜き取るだけならまだいいのですが、賽銭箱を壊されてしまうので……。また、賽銭箱そのものを二重構造にして抜き取りや破壊を難しくしています」とのこと。後ろ向きで非常に悲しい話だが、キャッシュレスが防犯の側面を持っていることに注目したい。
法整備とタイミング
では、なぜ今のタイミングなのだろうか? さまざまな事象が現在進行形で進んでおり、その過程で「寄付」や「賽銭」のキャッシュレス化がこのタイミングでやってきたのは確かだ。
例えば金融庁では今年9月から「資金決済制度等に関するワーキング・グループ(WG)」を開催しており、資金移動業者のクロスボーダー取引や暗号資産に絡む取引について議論を重ねているが、この中で例えば12月9日に開催された第6回のWGでは「前払式支払手段の寄附への利用」と題して、前払式支払手段を使った1-2万円程度の寄付を可能にする規制緩和を検討している。
前払式支払手段とは現金化を想定していない電子マネーのようなもので、最も有名なものとしてはJR東日本の「Suica」が知られている。
規制緩和案で2万円を上限としているのも、おそらくはSuicaの利用を想定してのものと考えられる。ただ、さまざまな場所で前払式支払手段は存在しており、ポイントプログラムのようなものであったり、あるいはPayPayでいう「マネーライト」がそれに該当する。
「PayPayマネーライト」はPayPayカードあるいはソフトバンクのキャリア決済を利用してのチャージで充填される残高だが、「PayPayマネー」と違って現金化は行なえない。今回の「賽銭」でマネーライトが使えない理由はこの部分にある。
このように、○○Payの世界では同一のウォレット内に「資金移動業として扱う残高」「前払式支払手段として扱う残高」の複数の異なる属性の“マネー”が混在しており分かりにくいが、出金手段を求められる「給与デジタル払い」などのケースを想定して利便性の面から両者を混在させる事業者は多く、ユーザーが意識して使い分ける必要があるのが実際だ。
また、楽天ペイで利用する楽天キャッシュは基本的に前払式支払手段なのだが、同社では2019年以降に資金移動業への登録を済ませており、現在ではラクマなどのサービスの売上を受けるための措置として楽天アカウント内のキャッシュに「基本型」と「プレミアム型」の2種類の枠を備えており、普段使いで前払式支払手段の「基本型」、資金移動業で管理される出金可能な「プレミアム型」と区分けすることで、将来的な「給与デジタル払い」への道筋を作っている。
さて、このPayPayだが、なぜ今年のタイミングなのだろうか。
PayPay事業推進統括本部マーチャント戦略本部サービス企画部 部長の柤野太希氏は「(ビジネスアカウントは)われわれがずっとやりたかったもので、24年の8月にようやく提供ができた」と述べている。
前述のように「寄付」と「賽銭」は仕組み的にはほぼ一緒で、大きな違いとしてはオンラインとオフラインの取引範囲の差によるもの。C2B送金が可能なビジネスアカウントでは、通常のPayPay加盟店同様の審査があるが、通常の物販が経済産業省の割賦販売法(割販法)の収納代行にあたるのに対し、C2B送金のビジネスアカウントは金融庁の「資金決済に関する法律(資金決済法)」にあたり、参照する法律が異なる。また冒頭でも触れたように、従来のPayPay決済であれば対価を理由に資金が移動するが、今回は対価なしに資金が移動するため、ガイドラインそのものが異なるという。
結果として、2つのアカウントを分けて管理することが前提であり、審査体制についても宗教法人や学校法人、営利法人含めて審査内容のマニュアル化で提供準備が整ったことを受け、ようやく提供にこぎつけたということのようだ。
今回のキャッシュレス賽銭について「非課税でも手数料が取られるのでは?」という意見が多数散見されたが、仕組みとしては通常の物販の加盟店手数料とは異なり送金の仕組みのため、いわゆる決済手数料は取られない。
一方で“アカウント維持費”のようなものが取られ、これは基本的に“トランザクション”単位での課金となる。出入金がゼロであれば維持費は無料であり、取引があれば利用料を取られる。現金には小銭の両替手数料という問題があるが、それと比較して納得いく料金プランを提示できれば利用してもらえるというのがPayPayの考えだ。
現状はC2B送金を受けるための仕組みとして機能しているPayPayのビジネスアカウントだが、将来的には逆のB2Cや企業間のB2B取引も含めた水平展開も検討しているとのことで、利用範囲がさらに拡大すると思われる。
クレジットカードでお賽銭を
ここまでは○○Payの話題だったが、クレジットカードを使ってのお賽銭を進めているケースもある。弊誌でも紹介したJCBとユーシーカードによる実証実験の話題だ。
兵庫県宝塚市にある安産祈願・子授け祈願で有名な中山寺において、Webページへの“リダイレクト”機能を含んだNFCタグを賽銭箱に設置し、それをスマートフォンで読み込んだ参拝客が遷移先のWebページからApple PayまたはGoogle PayのWeb決済で賽銭を支払えるという仕組みだ。
QRコードのような“貼り替え”によるいたずらを防げる反面、賽銭箱まで接近しないと支払いを行なえない。しかも賽銭箱の前に行ってから操作を開始するうえ、Webページでの操作が必要なためすぐには支払えず、賽銭箱の前に滞留してしまう恐れがあり、初詣などの三が日の混雑時には相性が悪いように思える。
実際、筆者が訪問した12月の平日には、賽銭箱の前の珍しい表示に気付いてその前でスマートフォン操作を始める参拝客が何人もいた。寺の関係者に聞いたところ、この掲示を設置以降、実際に試す参拝客が多いようで、その点での反響は大きいと思われる。
このクレジットカードによる賽銭についてJCBに法的根拠などの説明を求めたところ、個別の事案のため回答はできないとのことだったが、「すでに寄付などの形で同様のサービスを提供しており、今回の賽銭もその一環であり、法的に問題ないと考えている」と述べている。おそらくはPayPayのケース同様に、通常の加盟店審査とは別枠でのモニタリング等を行なっていると思われ、「寄付」と「賽銭」を同列で扱っているものと考えられる。
なお、同様にクレジットカードまたはデビットカードの非接触(タッチ)決済を使っての寄付(Donation)を受け付けているケースが海外で増えている。写真はポーランドのワルシャワにあった教会のものだが、現地通貨のズウォティの金額ボタンが設置されており、実際の支払いは上の端末にタッチすることで支払うことになる。もう1つはドイツのベルリン近郊にあるポツダムのサンスーシ宮殿で、こちらも金額ボタンと支払い用の端末を備えている。
日本だとクレジットカードは“ショッピング枠”と“キャッシング枠”が分離しており、クレジットカードの与信枠を使った送金の仕組みなども許可されていないが(米国ではApple Cashなどの仕組みで採用されている)、諸外国ではこうした仕組みがないうえ、日本の○○Pay系サービスのように広く一般ユーザーが利用する共通のウォレットのようなものがないため、クレジットカードを使う方式が一般的なのかもしれない。