鈴木淳也のPay Attention

第219回

電子マネーの利用は本当に減っている? キャッシュレス比率40%以降の世界

東京駅を丸の内口方面から見る

経済産業省が3月29日に「2023年のキャッシュレス決済比率」を発表した。それによれば、同年の日本国内のキャッシュレス決済比率は39.3%で、前年の36.0%から順調に伸びている。もともと2017年に打ち出された「キャッシュレス・ビジョン」によれば、10年後の2027年までに、ここでいう“キャッシュレス決済比率”を“4割程度”まで引き上げることが国の施策としての目標で掲げられていた。

その後、2025年に開催される「大阪・関西万博」に向けて、この目標を前倒しする形で「2025年までにキャッシュレス決済比率40%」という数字に修正された。つまり、本稿執筆の2024年8月時点でいえば、あと半年程度で40%の大台に乗る必要があるということになる。

そうしたなか、2023年3月の記事中でも触れた、「キャッシュレスの将来像に関する検討会」の話題が出てくることになる。この検討会が行なわれたタイミングでは、2021年時点の「32.5%」の数字しかなく、40%目標を達成できるかどうかのラインであり、「(キャッシュレス決済比率の)算出方法について見直しも含めた検討があってもいいのでは?」といった思惑があったのか、銀行口座振替などそれまで(日本での)キャッシュレス決済比率には含まれていなかった決済手段もカウント対象とするような説明が行なわれた。

だが実際には、検討会のすぐ後に2022年の「36.0%」というデータが出ており、今年に至っては39.3%に達しており、40%目標は既存指標のままで到達できることが見えつつある。そのため、こうした話題が蒸し返されることはなくなった。

大阪・関西万博におけるテーマの1つは「キャッシュレス」。特に会場内の店舗では完全キャッシュレスが実現されることになる

日本国内においてもキャッシュレス決済は着実に浸透しつつあり、この傾向は小額決済の分野において顕著とみられる。例えばキャッシュレス推進協議会が7月17日に公開した「コンビニエンスストア決済動向調査」によれば、主要コンビニ3社(セブン‐イレブン、ファミリーマート、ローソン)のキャッシュレス決済比率は金額と件数ともに44-46%の水準に達している。もともと各社のコメントで「国が出しているキャッシュレス決済比率と同等か若干高い水準」としていたが、これがデータで改めて示された形になる。

今回はこの小額決済分野において鍵となる「電子マネー」「コード決済」の最新事情に触れつつ、キャッシュレス決済の“次”について考えたい。

主要コンビニ3社における2024年1-3月期の月間キャッシュレス決済金額と件数の推移(出典:キャッシュレス推進協議会)

「キャッシュレス決済比率」の内訳

経産省の「2023年のキャッシュレス決済比率」について、もう少し詳しく見ていこう。下記は決済カテゴリごとの決済金額をキャッシュレス決済全体の数字で割った割合を示したものだが、クレジットカード利用が減少傾向にあるものの依然として圧倒的に多く、次いでコード決済、電子マネー、デビットカードの順となる。

キャッシュレス決済のカテゴリ別のシェア推移(出典:経済産業省)

以前にも触れたが、コロナ禍の2021年春に電子マネーとコード決済の金額ベースでの順位が逆転している。

当時の分析は、電子マネーの中心となっている交通系ICカードが、コロナ禍で人流が制限されたことで利用が足踏みするなか、コード決済がキャンペーンなどの各種施策で急速にそのシェアを伸ばした結果だった。この差は現在さらに開く形となり、その差は1.7倍程度にまで拡大している。

これを集計データを基に100分率のグラフに変換してみた。これを見る限りだと、コード決済が年々そのシェアを伸ばす一方で、電子マネーはシェアを減少させている状況だといえる。

100分率のグラフに転換したところ。クレジットカードの部分は省略しているが、相対的に見て電子マネーのシェアは減少したように思える

加えて、経産省のデータではコード決済の元々の数字に少し修正を加えた形で掲載されている。

コード決済では支払い手段としてアカウントの残高や「後払い」による与信枠のほか、クレジットカードをアカウントに紐付けることでカードを支払い元とする仕組みがある。実際、コード決済を提供している事業者の多くは自社またはグループ企業の発行するクレジットカードを紐付けることでコード決済の支払い手段としたり、ポイント付与の特典を与えたりしているが、ゆえにこの方法での支払いを選択している層がそれなりにいる。

元データを提供しているキャッシュレス推進協議会では「クレジットカードを経由する支払い金額(チャージを含む)」も別枠で集計しており、経産省のデータではこれを減算させてクレジットカードの決済金額が“ダブルカウント”されることを防いでおり、純粋に残高払いまたは後払いの金額のみがキャッシュレス決済比率のデータには加えられている。さらに、近年ではアプリまたはWebサイトからコード決済での支払いが行なえる仕組みを提供するサービスが増えているが、やはり経産省のデータではこれも除外して「店頭での決済のみ」という条件としている。

電子マネーは実質的に店頭での決済利用に限定されるため、経産省の数字はそれに合わせたという意図もあるのかもしれない。一方で、コード決済のアプリを経由して行なわれる決済の実際の金額よりも少なめにキャッシュレス決済比率のデータに反映される形となり、調整なしでの決済金額比較ではコード決済は電子マネーの2.3倍ほどになる。

また、電子マネーのデータの基となっているのは日本銀行の資料だが、ここでは交通系ICカードの乗車時や乗車券購入金額が除外されたのみで、小売店などでの支払い金額はそのままカウントされているとみられる。資料の文面通りに受け止めれば、こちらはクレジットカード経由での残高チャージが数字に含まれていることになり、“ダブルカウント”は考慮されていない可能性が高い。

コード決済による利用金額と件数の内訳の年推移(出典:キャッシュレス推進協議会)

電子マネーの利用は本当に減少しているのか

キャッシュレス決済比率だけで比較すれば、電子マネーのシェアは年々減少している。だが金額ベースで見れば分かるように、コロナ禍での足踏みこそあったものの、電子マネーの利用は依然として増加傾向にあり、日本国内のキャッシュレス決済拡大に寄与している。

8月5日には、全国共通の交通系ICカードを発行する9社が連名で「交通系電子マネーの月間ご利用件数が3億件を突破した」というプレスリリースを出している。2017-2019年までの増加ペースに比べると遅くなったが、特に店頭での小額決済の世界では、いまだ多くの利用者がいることの証左になっているといえる。

交通系ICカード(PiTaPa除く)の決済件数推移

つまり、キャッシュレス決済比率における電子マネーのシェア減少は、キャッシュレス決済の市場全体の伸びに対し、電子マネーの伸びが追いついていないことがその背景にある。これは経産省のデータの基となった日本銀行の資料からも明らかで、電子マネー全体でいえば特にここ半年は減少傾向さえある。

電子マネーで興味深いのは1件あたりの決済金額にほぼ変動がなく、純粋に決済件数が全体の金額に反映されやすい。電子マネーの発行枚数は毎月数百万単位で伸び続けているにもかかわらず、全体としての決済件数は増えていない。一方で、9社連名のプレスリリースにもあるように交通系ICカードの決済件数はスローペースながらも伸びているわけで、ここから推察されるトレンドの1つは、他の流通系電子マネーの利用が減少しつつ、交通系ICカードは以前ほどではないもののシェアを拡大しているという状況だ。

決済動向(2024年6月)の電子マネーの説明ページ(出典:日本銀行)

例えば、楽天Edy、nanaco、WAONはそれぞれモバイルアプリ戦略を強化しつつあり、決済サービスやポイント付与はどちらかといえばそちらの方を優遇し、意図的な誘導を図っており、利用人口が“日銀の集計に載らないタイプの電子マネー”にシフトしつつあるとも考えられる。

一方で、交通系ICカードはJR東日本をはじめとした会社、特に本州をベースとした鉄道会社が交通系ICカード対応の自動改札のエリアを拡大しつつ、同時に“マチナカ”での利用拡大も図っている。日銀の資料における発行枚数の拡大はこういった施策を反映したもので、モバイルウォレット経由の利用拡大もこのあたりの事情を反映したものだろう。

筆者の予想となるが、現在日本の電子マネー市場を牽引しているのは主に交通系ICカードであり、今後の市場の鍵を握るのは特にJR東日本を中心とした本州を中心とした大手鉄道会社の動向しだいというわけだ。

懸念事項としては、昨今問題となっている「Suica・PASMOの供給不足」が挙げられる。去年夏頃から顕在化している話題だが、現在SuicaとPASMOともに「無記名」「記名式」のカードの販売を中止している。原因はカードに内蔵するチップの供給不足と噂されているが、詳細についてJR東日本とPASMO協議会ともに語っていない。

だが先日、JR東日本は今秋からの「記名式」カードの販売を再開する旨を発表している。

一定数量の在庫確保の見通しがたったため、現在は、本年秋頃に記名式Suicaカードから発売を再開する計画で鋭意準備を進めております。本年秋頃の発売再開に向けた準備が整い次第、発売開始日等の詳細を発表させていただく予定です。また詳細は決定しておりませんが、無記名Suicaに関しましては引き続き検討していきます。(JR東日本広報)

なおPASMOについては「現状で未定です」(PASMO協議会広報幹事 相鉄ビジネスサービス 総務広報担当)との状況だ。

一部なら販売再開は朗報だが、同時にいまだ供給問題は抱えたままであることも意味している。関係者らによれば、昨今の資材価格や人件費高騰の煽りを受け、Suicaのカード調達価格そのものも高騰しており、発注調整の難易度が上がっているという話もある。問題の長期化は電子マネーの利用拡大のボトルネックとなる可能性が高く、Suicaを金融サービスの軸に据えるJR東日本にとって、その存在は諸刃の剣となりつつある。

コード決済の覇者

先日、LINEヤフーならびにソフトバンクの2024年4-6月期決算が発表されたが、そこでの話題の1つがPayPayの好調ぶりだった。

ソフトバンク代表取締役社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏は「2024年度中に到達するとは思っていたが、まさか第1四半期の時点で黒字化を達成するとは思わなかった」とコメントしている。先行投資のかさむ決済事業だが、創業から5年強のタイミングでの黒字化達成となったPayPayは株式上場も噂されている。

PayPayの成長余地に期待を寄せるソフトバンク代表取締役社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏

だが宮川氏は「まだまだ成長余地があるので、いま焦って資金調達する必要はないんじゃないかと思っている。先が見えてから大きなIPOをしてもらった方が僕としても戦略が組みやすいしグループ貢献度も高い」としており、決済手数料のみならず、店舗DXにかかわる収益事業のほか、PayPayと連携してのグループ内での金融事業への波及効果も含め、今後の成長に期待を寄せるコメントを出している。

ソフトバンクの事業セグメントごとの営業利益進捗率。PayPayの予想外の好調によりファイナンス事業の進捗率がオーバーフローを起こしている

そんなPayPayの最新ユーザー数だが、LINEヤフーの決算資料によれば6,445万人。送金や高額決済を可能とする本人確認済みユーザーは7月時点で3,000万人を突破し、ソフトバンク回線の枠を越えてユーザー層を拡大していることが分かる。

コード決済におけるPayPayのシェアは、筆者が複数の決済ゲートウェイや小売店などの情報を分析する限り、変動はあるものの、およそ6-7割程度の水準とほぼ一強状態にある。つまり、前項までで説明したコード決済ならびに日本国内のキャッシュレス決済の主要な牽引役として機能している。

PayPayの業績推移(出典:LINEヤフー)

PayPayを含むコード決済の強みだが、依然として拡大しつつある加盟店ネットワーク、スマートフォンを使った送金を含むサービスの拡充、来店動機となる恒常的なポイント還元施策とクーポン配信など、「スマホを使った決済サービス」という特徴を最大限に活かした点にある。先ほど電子マネーが“静的な”カードからモバイルアプリへとシフトしつつある可能性について触れたが、モバイルアプリの方ができることが多く、特にオンライン決済やアプリ決済の仕組みなど支払い方法の柔軟性が高い点も大きい。

そのような形でトップランナーのPayPayに注目が集まりがちだが、コード決済内でのシェア争いが面白いことになりつつあるという話を聞いた。

コード決済は各事業者が定期的に還元キャンペーンを投入するため、シェアや順位の入れ替わりが激しいことが知られている。そのため、2位以下の順位はこれまで決定的な勝者がいなかったのが実情なのだが、あるゲートウェイ事業者の情報によれば、ここ最近は「楽天ペイ」が急速に頭1つ抜け出しつつあり、2位のポジションを固めつつあるという。

このような状態になった直接の理由は不明だが、おそらくは従来から展開している楽天ポイントや楽天カード、そして楽天市場や楽天モバイルを組み合わせたグループ施策が効果を発揮しつつあるのではないかという予想だ。楽天ペイメントに同社内でこの事象をどのように分析しているか確認してみたところ、次のコメントが返ってきた。

楽天ペイは、2023年12月に営業黒字化を達成し、月間取扱高は業界平均と比べて2倍速で伸長しております。この成果は、楽天ペイアプリに楽天ポイントカードなどのフィンテック機能を集約したワンアプリ化や高い顧客満足度によるものと考えています。

特に、楽天グループ全体とのシナジー効果が大きく寄与しており、各種キャンペーンや楽天証券など楽天フィンテックサービスとの連携を深めた結果が、さらなる好調を後押ししています。今後はAIも活用し、今以上に満足していただけるサービスにしていきます(楽天ペイ広報)

電子マネーにしろコード決済にしろ、とかくポイント経済圏の話題が語られがちだが、実際のところは周辺サービスを上手く連携し、どれだけユーザーや決済にかかわる事業者らにメリットを享受してもらい、サービスをさらに使ってもらえる循環環境を作れるかが重要だといえる。

電子マネーの現状からも分かるように、ユーザーベースを伸ばし切った後の決済サービスは成長性にも限界があり、最終的には一度得た顧客を礎にどれだけサービスを積み重ねていけるかが今後の成長の鍵となる。40%を超えたキャッシュレス決済比率の先、そしてキャッシュレス決済に付随する各種サービスまで、主要な戦場はモバイルやWebサービス上へと移りつつあり、ある意味でコード決済事業者はこの領域に踏み込んでいるといえる。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)