鈴木淳也のPay Attention

第213回

磁気切符の廃止とQRコード改札が変えるもの 疑問と誤解を整理する

ドイツのケルン中央駅に停車する赤いEurostar(Thalys)

JR東日本など首都圏の鉄道8社は5月29日、2026年度末(2027年3月)以降に磁気乗車券(磁気切符)からQRコードを使用した乗車券(QRコード切符)への置き換えを順次進めていくことを発表した。磁気切符ではなく、QRコードを記載した乗車券を券売機で発行、乗車可能となる。

JR東日本が導入を進めていたQRコード改札機について、過去の記事で何度か解説を行なっているが、切り替えの理由としては2つあり、鉄道会社側と利用者側のメリットがそれぞれ1つずつとなっている。

鉄道会社側のメリットの大きな部分は“コスト”であり、磁気切符を処理するための改札機の“メカニカル”で複雑な機構のメインテナンスが大きな負担となっている。また、磁気切符に塗布された磁性体は金属成分を含んでおり、リサイクル時に紙の部分との分離が難しいという環境問題にもつながる課題がある。

利用者側のメリットとして大きいのは切符の入手性だ。当面は現状の磁気切符と入手面について大きな違いはないものの、切符に使用されるQRコードそのものは汎用の仕組みであり、将来的には利用者自らが紙に印刷して所持したり、あるいは自身のスマートフォンなどの画面にQRコードを表示して改札を通過することが可能だ。

磁気切符の場合、仮にオンライン上でチケットを購入したとしても、必ず券売機や窓口にいちど顔を出して“物理的”に切符を入手する必要があり、この点が大きな違いとなる。

過去の記事でも触れているが、このQRコード改札についてニュースが出るたびに疑問と誤解が散見されるので、今回の件について判明している情報をまとめ、改めて整理しておきたい。

Q:QRコードをコピーすれば“キセル”し放題じゃないか?

“物理的”に切符そのものを複製しなければならない磁気切符と比べ、QRコード切符はすべての情報がQRコード内に記載されているため、確かにコピーして別の切符を作ることは容易だ。磁気切符は改札機の投入口にいちど挿入する必要があるが、QRコード切符であれば読み取り機にQRコードを“かざす”だけで済むため切符が回収されず、そもそも切符と同じ形状である必要さえない。

磁気切符とQRコード切符の違い。QRコードの場合はそもそも切符の形状である必要さえない

もっとも、このような不正は誰でも最初に思い付くわけで、もちろん対策が行なわれている。詳しくは過去の記事を参照してほしいが、発行されたQRコード切符で改札から入場した時点で、その切符のQRコードは「入場済み」という情報がセンターサーバーに記録され、以後は他のどの改札からも入場ができなくなる。つまり、複製したQRコードには同じ情報が書き込まれており、複数人のグループが1枚の切符を購入して人数分の複製を行なって改札に入ろうとしても入場時点で止められてしまうわけだ。

詳しくはQRコードの情報の解析が必要だが、おそらく今回発行されるQRコード切符には、磁気切符にあった運賃や入場駅といった情報は記載されておらず、「ユニークID」と呼ばれるものが埋め込まれていると思われる。

ユニークIDとは一種の通し番号のようなもので、個々の切符に対して別々のユニークIDが割り振られ、これまで磁気切符で記載されていたような情報の数々はユニークIDに紐付く形でセンターサーバー上で管理される。入退場の処理を行なう駅の改札機では、そのたびにセンターサーバーに問い合わせを行ない、きちんと有効な切符が改札を通過しているかをチェックすることになる。

QRコード切符の情報はセンターサーバーで一元管理され、必要に応じて参照される

このほか、複製にまつわる“不正”として考えられるのが、例えば券売機に悪意のある第三者が張り付いて、他者の購入したQRコード切符をスマートフォンのカメラなどで撮影し、当該の購入者が改札に来る前に、その映像を使って改札を通過してしまうような事案だ。

サービス開始までに何らかの対策が行なわれることが考えられるが、手段の1つとしてあるのがセキュリティ機能付きのQRコードのような仕組みだ。例えば沖縄のゆいレールでQRコード切符を導入した際、一部が特殊なインクでマスクされたQRコードが採用されていた。QRコードを開発したデンソーウェーブの商品の1つだが、単純な複製を難しくする仕組みとして機能している。

Q. 処理速度は遅くない? ネットワーク障害で落ちたりしないの?

“Suica”で素早く改札を通過できるため、QRコード切符になると処理が遅くなって改札で詰まるのではないかという話をよく聞く。

前項の記事でも触れたが、そもそもJR東日本をはじめとする鉄道各社は直近で既存の交通系ICカードをQRコード切符で置き換える意図はない。

現状で改札通過の手段のほとんどが交通系ICカードであり、磁気切符などの比率は1割に満たない。この部分を“順次”QRコード切符で置き換えていくというのが今回の意図だ。

JR東日本を例に出せば、すでに同社の管轄エリア内で磁気切符投入口のある改札機の手前に黒いシールで“読み取り口”が封印された赤い“出っ張り”が備え付けられた駅が存在する。これがQRコード切符の利用可能な改札機だが、すべてのレーンがそれに対応しているわけではないことからも分かるように、ラッシュ時は交通系IC専用レーンを通過するようにしていれば“渋滞”に巻き込まれる可能性は低くなる。

Suicaへの対応が開始された青森県の弘前駅の様子。Suicaペンギンが頑張って通過している
QRコード切符に対応した改札機のイメージ(写真提供:JR東日本)
交通系ICカードの利用率。磁気切符を含むその他の改札通過手段は1割未満と少数であり、QRコード切符が代替を担うのはこの部分だ

処理速度については、利用者が切符のQRコードの部分を読み取り機に合わせるのに手間取ることが予想されるが、“若干離した場所で維持する”という“コツ”が広まってくれば、全体に流れる速度は速くなってくると思われる。

QRコード切符の場合、これまで改札機内で”ローカル”で処理されていたものが、いったんセンターサーバーへの問い合わせが発生するため、その“ラグ”が気になるという人もいるだろう。

だが写真でも紹介した弘前駅の改札機はすでにSuicaでさえセンターサーバーに逐次問い合わせを行なう仕組みを導入しており、その処理速度も既存のSuicaとなんら遜色ない。速度問題は杞憂と考えていいだろう。

むしろ問題となるのは「ネットワーク障害」の方で、QRコード切符では必ずセンターサーバーへの問い合わせが必要になるため、改札を通過できなくなる可能性が出てくる。その対策についても実際のサービス開始にあたってJR東日本など各社からアナウンスされると思われるが、筆者は「改札機をすべてオープンにして開放」という方法以外思い付かず、少なくとも利用者に大きな不自由を強いる選択肢を選ぶことはないだろうという予想だ。

Q. 新幹線や特急などの長距離も磁気切符は廃止なの?

JR東日本によれば、今回対象となるのはあくまで在来線で、新幹線や特急券を含む長距離移動の切符などは対象外となる。つまり、2026年度末以降に順次QRコード切符が導入されたとしても、少なくとも磁気切符の読み取りに対応した改札機がなくなることはなく、当面はQRコード切符との併存が続く。

そのため、例えば東海道新幹線で新大阪から東京まで来た場合、東京近郊区間と書かれた行き先の磁気切符で在来線の駅の改札からそのまま出ることができる。同様に、JR東日本の管轄エリア内においても、例えば仙台と東京の移動では磁気切符が必要となるわけで、あえてQRコード切符を活用したいと考えた場合、後述の「えきねっと」アプリという選択肢が必要となる。

この理由として考えられるのが、連絡切符が購入可能な相手、例えば同じJRグループ各社や相互直通運転などで連絡が行なわれているケースにおいて、相手先鉄道会社の対応や擦り合わせが必要な点だ。QRコードに記載される情報の仕様のみならず、購入した切符の情報を処理するため、センターサーバー同士が連携されている必要があり、現在のところは合意している8社間のみに留まっている。

首都圏の鉄道の場合、東京メトロや都営地下鉄を介して複数の会社が相互直通運転で乗り入れており、連絡切符を機能させるためには相互直通を行なっている会社すべてが連携していなければ通しで移動できる切符は発行できない。

例えば、成田空港と羽田空港は京成電鉄と京浜急行電鉄が都営浅草線を介して相互直通しているが、今回の連名8社に都営地下鉄は含まれておらず、実際にサービスインとなった段階でどうなるかは不明だ。そのあたりも含め、今後3年近くをかけて詰めていくものと考えられる。

この改札機のイメージ図でも分かるように、磁気切符すべてがなくなったり、そのものの受け入れが改札機からなくなるわけではない(写真提供:JR東日本)

なお、今回の連名8社には含まれていないが、例えば京王電鉄ではクレジットカードのタッチ決済(オープンループ)とQRコード乗車への対応を発表しており、2024年度内での全駅展開を目指している。すでに全駅でサービスを開始している東急電鉄のstera transitを用いたシステムと同等のものになるが、おそらくこうした近郊各社も2026年度末以降に順次参加してくるとみられる。磁気切符廃止の流れはおそらく止まることはなく、準備ができしだい各社が順次移行してくる形となるはずだ。

京王新線新宿駅の“タッチ決済”対応改札機
クレジットカードとQRコード読み取り部を拡大したところ

Q. オンラインやアプリでQRコード切符を購入して印刷したりスマホ画面に出せないの?

券売機で買う「磁気乗車券」を「QR乗車券」に置き換えるのが今回の発表だが、「QRコード」であれば、オンラインやアプリで購入して、スマホ画面に表示して乗車できないのだろうか?

この件についてもJR東日本に確認したところ、現時点ではまだ「2024年度以降に“えきねっと”アプリでの乗車券事前購入とQRコードによる改札通過のサービスを順次開始」という動きがあるのみで、今回の磁気切符廃止に絡んだQRコード切符との連携は「未定」とされている。

前述のように、QRコード切符で想定されるメリットの1つは「オンラインやアプリで切符を事前購入して、そのまま列車に乗り込める」という点で、これができないのであればメリットは薄い。ただし話の感触として、こういった用途そのものを否定しているわけではなく、「現時点で詳細がまだ決まっていない」ということのようなので、JR東日本を含む各社の今後の動きに期待したい。

「チケットをオンラインで事前購入して、当日は送られてきたPDFファイルを紙に印刷したり、スマートフォンのアプリ上でQRコードが記載されたチケット情報を表示」というのが海外の鉄道旅でよくあるパターンだが、今後磁気切符が全面的に廃止され、QRコードによる鉄道乗車が日本でも一般的になれば、鉄道の利用スタイルも変化してくるだろう。現状ではまだ多少複雑な旅程になると券売機でさえ発券が難しくなることさえあるが、利用者としてはいちいちみどりの窓口のような有人窓口に行列を作らずとも、オンライン上で購入作業が済んでしまうため、待機時間とコストの削減の両面で鉄道事業者と利用者の両者にメリットがある。

欧州の国をまたいで移動するEurostar(Thalys)の乗車チケットの例。オンラインでチケットを購入するとPDFが送られてくるので、これを印刷して持参するか、専用アプリを入れてチケット情報を表示させる

欧州の場合、長距離列車は信用乗車が基本のため、車内検札でチケットを提示できれば問題ない(検札がやって来ないことさえある)。日本の場合、駅には改札があり、改札機通過のために磁気切符が必要となるため、事前に磁気切符を入手する必要があることがネックだった。QRコード切符の推進がこの壁を破れるようになれば、利便性の面で大きな前進となる。

オランダのアムステルダム中央駅。駅のプラットホームに移動するためには改札機の通過が必要だが、事前に発券したチケットのQRコードを提示すれば改札を通れる。近郊区間の場合はクレカの“タッチ決済”が利用できるため、用途に応じて使い分ける形になる
こちらはオランダのスキポール空港。アムステルダム中央駅とは異なり、駅のプラットホームに移動する場所に改札機がない。代わりに、クレジットカードを“タッチ”できる簡易改札機が設置されており、アムステルダム市内方面など近郊区間はクレカを”タッチ”すればいい。もし長距離列車のチケットを事前購入している場合は、この簡易改札を無視してそのままプラットホームに降りるだけだ

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)