鈴木淳也のPay Attention
第211回
アマゾンは「Just Walk Out」を諦めたのか?
2024年5月2日 08:20
先日、米Amazonがスーパーマーケット型のリアル店舗「Amazon Fresh」において「Just Walk Out」(ただ歩いて出るだけ)技術を廃止し、現在同社がプッシュしている「Dash Cart」で置き換えていく計画だと複数のメディアが報じて話題となった。
Just Walk Outは、商品を取って出るだけの体験を実現するレジなし店舗の仕組みだ。廃止報道の発端となったのはThe InformationでTheo Wayt氏が4月2日(米国時間)に報じた記事だが、同氏は約1年前の'23年5月9日(米国時間)にもAmazonが「Just Walk Out」の展開に苦戦していることを報じており、今回の話題はそのフォローアップとなるものだ。
同件について、Amazonが「Just Walk Out」の展開に苦労しているのは事実で、“スーパー型の店舗”である「Amazon Fresh」において現在はスマートカートの「Dash Cart」をメインに据えつつあることも確かだ。一方で、これに関連して間違った報道や状況を揶揄する報道が相次いでおり、この分野を長年取材してきた筆者としては面白半分で各社の取り組みを嘲笑するような流れは看過できないとも思っている。
例えばBusiness Insiderでは、最大1,000人のAmazon従業員が「コンピュータビジョン」と呼ばれる画像認識技術を使ったレジなし決済システムの処理に介在し、人力でチェックを行なっていると報じていた。結果としてレシートが出るまでに時間がかかったり、誤りが多数発生するといった事態を招いているとしている。
筆者の認識としては、人手を必要としたのは機械が認識エラーや何らかの異常な行動を検出した際のアラートに対しての対応や、機械学習の過程において人員が補助を行なったりといった形で介在だが、これらに対する2次報道を見る限り、「無人レジの自動処理の裏側には“中の人”がいる」のような論調になっていたように思える。
このほか、間違った報道はいくつかあったりするが、Amazon側もこれら報道や世間の評価が看過できなかったのか、「An update on Amazon's plans for Just Walk Out and checkout-free technology」の形で「Just Walk Out」に関する最新事情をまとめたブログ記事を公開している。同件は後ほど情報を整理して背景などを含めた解説を行なうが、今回は「無人レジ店舗の最新事情」というくくりで、まずは先日訪問した香港での最新店舗を1つ紹介しておきたい。
香港国際空港で見た最新店舗
香港国際空港に「travelwell」という無人レジ店舗が登場したのは昨年4月のこと。フランスのLagardere Travel Retailが、中国のCloudpickの技術を用いて展開したものとなる。
基本的なフォーマットはこれまでのCloudpick系店舗と同等で、人の動きを追跡するAIカメラ(コンピュータビジョン)と棚の重量センサーの組み合わせとなる。これらに関して特筆すべき点はないが、入場方法と決済手段について、クレジットカードまたはデビットカードを採用している。入場時にこれらカードを決済端末に読み込ませると、まず300香港ドル(本稿執筆時のレートで5,000円ほど)ぶんのオーソリが走り、出場時に店舗内で取得された商品の合計金額を計算した形で改めて引き落とし請求が行なわれる。つまり、(カードさえあれば)誰でもウェルカムというわけだ。
技術的な部分でこの「travelwell」に関して特筆すべき点はないが、注目したいのは設置場所だ。香港国際空港でも主要エアラインの発着する第1ターミナル、しかも最近増設されたばかりのスカイブリッジとの接続点の通路上に配置されており、地下を走る自動運転の新交通システムを使わない場合、おそらく最も人目に付く場所となっている。商品ラインナップもセキュリティチェックを通過した後の、飛行機に搭乗直前の旅行客が購入しそうなラインナップ(しかも比較的単価の高めのもの)が揃っており、利用方法さえ周知されればそれなりの利用客が期待できそうな店舗だ。
同様の制限エリア内に出店した無人レジ店舗としては、「Just Walk Out」技術を採用したHudson Newsのものが知られている。米テキサス州ダラスのラブフィールド空港や米イリノイ州シカゴのミッドウェイ空港に導入されているが、米サウスウェスト航空の拠点空港ということで他の主要エアラインが就航していない空港ではあるものの、「少人数で複数の店舗を運営できる」という点で売上増の効果が期待できるほか、顧客にとっても搭乗前の忙しい時間にレジ待ち行列を作らないで済むというメリットがある。
先日も米空港で画像認識セルフレジを導入する店舗が増えていることを紹介しているが、店舗と顧客の双方に何らかのメリットをもたらすビジネスモデルが重要というのがこの話のポイントとなる。
それを踏まえて、改めて「Just Walk Out」の詳細に触れていきたい。
「Amazon Fresh」とは何か
まず詳細に入る前に「Amazon Fresh」について解説したい。現在、Amazonの食品販売を行なうリアル店舗には主に2種類の形態が存在する。
傘下企業のWhole Foods Marketを除けば、都市部の店舗スペースを間借りして営業を行う“コンビニ型”店舗の「Amazon Go」、そして郊外などに立地する“スーパーマーケット型”店舗の「Amazon Fresh」だ。ややこしいのは、Amazonがリアル店舗戦略を施行錯誤する過程で、Amazon Goのフォーマットながら生鮮食品を扱う「Amazon Fresh」の店舗が米ワシントン州シアトルに複数店舗展開されていたり、英ロンドンでは「Just Walk Out」を採用した“Amazon Goライク”な店舗の名称が「Amazon Fresh」でブランド展開されていたりと、混乱を招く状態になっている。
後者については継続営業される一方で、前者については全店閉鎖で現状の「Amazon Go」ならびに「Amazon Fresh」の2形態へと集約されており、今回の記事で触れているのはロンドンの事例ではなく、あくまで米国での話だと考えてほしい(The Vergeの報道でも混同があったのか記事を修正している)。
そして「Just Walk Out」についてだが、従来までこれを筆者は「レジなし店舗を実現するための技術」と紹介していたが、後述の理由で「“チェックアウト”をスムーズにするための技術」と表現するようにする。
従来までのAmazon GoやAmazon Freshが典型だが、コンピュータビジョンによる画像解析や棚の重量センサーを組み合わせ、本来は“チェックアウト”時のレジ作業で必要となる「商品登録」「会計」の2つの処理を自動化するものだったが、近年ではこれを「簡素化する」という形でやや後退したものになっている。またAmazon自身は技術自体の外販に積極的で、「商品登録」に関する機能を「Just Walk Out」の名称で、「会計」に関する機能を「Amazon One」の名称でそれぞれAWSを通じて外販している。
外販の成果は前述の空港店舗のほか、ロンドンではSainsbury'sの店舗で実験店舗が展開されていたりと、細かいものを挙げれば複数拠点が世界に存在している。
話を“米国の”Amazon Freshに戻すと、郊外型スーパーマーケットということで店舗が非常に広いのが特徴だ。先ほどの写真でも分かるように、天井を見上げると膨大な数のカメラが設置されている。最初に訪問した米ワシントン州ベルビューの店舗に対し、比較的最新のオーシャンサイドの店舗では棚の重量センサーがかなりの割合で削られており、天井のカメラ、つまりコンピュータビジョンによる画像認識を中心とした構成となっていた。
これが意味するのは2つの事柄で、1つは「重量センサーを減らして店舗の展開コストを削っていきたい」というAmazon側の意識が強いこと、そして2つめは「コンピュータビジョンだけでもある程度の認識精度を実現できた」ということだ。だがここに罠があったのか、今回の「Dash Cart」推しへとAmazonが舵を切る背景があったのだと予想される。
Amazon Goに比べ店舗面積が大きいため、Amazon Freshの設備コストはさらに膨らむことになる。コンピュータビジョンに集約してコストを削減したいというのは当然の考えだが、そのためには画像認識における機械学習の精度を向上させなければいけない。
そこでエラー修正や学習補助となる人員の配置となるが、その正体が冒頭でも触れた「インド人エンジニア1,000人部隊」の実態だと思われる。オーシャンサイド店を取材後、同様の技術開発を行なっている複数の関係者と話し合ったが、そこで異口同音に聞かれた意見が「本当にカメラ映像だけで精度を担保できるのか」という疑問だ。
おそらく、これまでの店舗展開による機械学習だけではAmazonが想定した水準に達することができず、設備コスト面から従来タイプの「Just Walk Out」ではAmazon Freshの広域展開は難しいと判断した可能性が高いとみている。逆にAmazon Goは社内限定のベータテストを1年まわした段階で商用サービスまでこぎつけており、都市部のコンビニ型店舗では有効と判断したのだろう。使い分けが重要というわけだ。
「Dash Cart」とスマートカート
そこで次に白羽の矢が立ったのが「Dash Cart」となる。Dash Cartの登場はコロナ禍に突入直後の2020年で、Amazon Goの一般公開がスタートした2018年の少し後だ。この頃はスーパーマーケットにおけるレジ待ち行列解消手段としてのスマートカートの研究開発が盛んだった時期でもあり、傘下のWhole Foods Marketには2022年に展開がスタートした。
スマートカートは、“カート”に商品を投入するタイミングで登録処理を行ない、会計時にはそのまま専用の“チェックアウト”レーンへと持ち込むことで退出できるという仕組みだ。会計については「カート上で直接」「退出時に専用KIOSKを利用」ということで、店舗のセキュリティポリシーに応じてさまざまだが、最大の特徴は「登録されていない商品がカートに投入されることを防ぐ」という不正防止機能にある。
日本ではスーパーチェーンのトライアルの関係企業であるRetail AIの展開しているものが有名だが、コンピュータビジョンを活用した各社さまざまな工夫が凝らされている技術の塊と呼べる製品となっている。
スマートカートの商品登録について補足しておくと、商品のバーコードを読み取るものと、パッケージを画像認識してどの角度からでもカート内に投入された商品を自動認識するパターンの2種類が存在する。
実際には精度面などから前者が採用されるケースが多く、買い物客自身が赤外線リーダーに商品のバーコードを近付けて読み込ませるもののほか、カート内に複数カメラを備えて投入時に自動的に読み取るといったものがある。自動処理は便利だが、果物や野菜など不定形の商品でかつバーコードが付与されていないようなものについては画像認識では限界があり、現状では買い物客自身が何らかの形で登録する必要がある。ただ店舗にとって重要なのはどちらかといえば不正対策の方なので、カートに備え付けられた複数のカメラは未登録の商品が投入されたかをチェックするために活用されていることが多いといえる。
ここでポイントとなるのが、スマートカートは買い物客にとってメリットがあるのかという点だ。そもそも「Just Walk Out」が登場した背景を考えれば、「スムーズな購入体験」を顧客に与えるのがAmazonの考えであり、コスト削減の末にDash Cartに行き着いたというのでは残念な結果でしかない。
Amazon Freshに関して、2つの点から「Just Walk Out」よりも「Dash Cart」の方が顧客メリットが大きいのではないかと考えている。
1つは画像認識に関するトラブルで、おそらくチェックアウト時のトラブルがそれなりの件数で存在し、あまりメリットを感じていなかった可能性だ。もう1つはスーパーでの買い物体験で、郊外型スーパーでは1週間単位の買い出しなど比較的買い物の規模が大きくなりがちだ。「Grab&Go」が実現しやすい都市型コンビニと比べ、じっくりと商品を見ながらカートに投入していくスタイルが一般的で、スピードはそれほど優先されない。またAmazon FreshではAmazonアカウントがなくても店内に入場し、通常の有人レジに並んで会計することもできる。
「Just Walk Out」自体があまり活用されず、カートを使った従来の買い物スタイルを貫く利用者もそれなりにいたと考えられ、それならばとAmazon Freshに関してはスマートカート一本化に舵を切る判断が下されたとしても不思議ではないだろう。
One Doesn't Fit All
先ほど「Just Walk Out」について「レジなし店舗を実現するための技術」ではなく「“チェックアウト”をスムーズにするための技術」と言い換えたが、その理由は「Just Walk Out」の名称を冠したまったく異なる技術がAmazonから公開された点にある。
例えば、1月に米ニューヨークで開催されたNRF 2024において、AWSブースでは「Just Walk Out」の名称で“RFIDタグ”を使った“商品自動登録システム”がデモンストレーションされていた。
RFIDタグが付与された商品を店舗の退出ゲートまで持ち込むと、ゲート内のセンサーが手持ちの商品のタグをすべて無線で読み取り、商品を自動登録する。ゲート横にはAmazon Oneやカード決済が可能な決済端末が用意されており、こちらで会計を済ませるとゲートが開いて退出できるという流れだ。
これまでのコンピュータビジョンや重量センサーの仕組みはまったく利用しておらず、しかも買い物客が会計を自ら済ませるまでは退出もできない。自動的に会計が行なわれるため、すぐに退出が可能だったこれまでの「Just Walk Out」とはフローがまったく異なる。
これから分かるのは、Amazonが「Just Walk Out」というキーワードを特定のシステムに対してではなく、「“チェックアウト”をスムーズにするための技術」のように同社が考える新しい購買体験全体を指したものと認識していることだろう。
なぜAmazonが突然RFIDに目覚めたのか、当初疑問に思っていたのだが、3月に東芝テックブースでRFID技術に長く携わる方と話していて筆者なりに理解できたので触れておきたい。
Amazonはシステムのコスト削減を目指して重量センサーを組み合わせる方式からカメラのみを利用した画像認識へと傾注しつつあるというのはここまで触れた通りだが、実は画像認識が苦手とする分野があり、それが“アパレル”というわけだ。衣料品ではS/M/Lといったサイズが存在するが、画像認識ではこれらを区別するのが非常に難しく、「Just Walk Out」で提供される自動処理は商品在庫の正確な管理という観点と相反しやすい。
RFIDタグが最も活躍できる、そしてしている分野がこのアパレルでもあり、Amazonの判断は理にかなっているというわけだ。
他方で、RFIDタグが苦手としている分野があり、実はそれが食品スーパーやコンビニ商品となる。生鮮品へのタグの付与は難しいほか、水を含むボトルや金属で覆われた商品(ボトルや缶詰、レトルト食品など)は電波を吸収してしまう関係でRFIDタグの読み取り精度が極端に落ちてしまう。画像認識はこの点を補完できる技術であり、つまり両者は一長一短の補完関係にある。NRF 2024では、画像認識レジを展開しているNCR Voyixが、従来の画像認識セルフレジに加えて、新たにRFIDタグの読み取り機能を加えたものをデモンストレーションしており、両者を両立させることに意味があることをアピールするかのように存在していた。
技術を推進する側として、われわれもよく勘違いしてしまうのだが、特定の技術が優れていて、それをことさらにプッシュするのではなく、それぞれの特性や長所、そして短所を見極めて、適材適所で当てはめていくことこそが重要だというのを、一連の話題のなかで改めて認識した次第だ。Amazonがスマートカートをプッシュする方向に舵を切ったのも、少なくとも現時点でそちらの方が顧客にとって、そして新しいスタイルの店舗を推進するAmazon自らにとってもメリットが大きいと判断したからに他ならない。