鈴木淳也のPay Attention
第205回
「窃盗犯罪増加がセルフレジ排除を進める」という話は本当か
2024年2月9日 08:20
先日、毎年1月に米ニューヨークで開催されるNRF Retail's Big Showの取材の前後の日程で米カリフォルニア州サンフランシスコに滞在した。サンフランシスコはコロナ禍でも欠かさず毎年必ず訪問してその移り変わりを見ているが、中心部の小売店舗はそのほとんどが撤退し、最大の目抜き通りでさえ「For Lease」「For Rent」(貸します)などの張り紙が目立つ状態となっている。
理由の一端はインターネットを中心としたニュースなどで広く知られるようになった盗難や強盗犯罪の増加だが、友人宅のある中心部から少し離れた閑静な住宅街においても、訪問したちょうど数日ほど前に未成年集団が同エリアのスーパーマーケットに押し入って大量の酒類を持ち出すなど、いまもなお犯罪が繰り広げられている様子がうかがえる。
950ドルまでの盗難であれば軽犯罪として検挙されないという、カリフォルニア州法のいわゆる「Proposition 47」が事態を悪化させているのではないかという指摘もあるが、実はサンフランシスコにおける窃盗被害は減少傾向にある。
刑事司法評議会(CCJ)が2023年11月に公開した窃盗(Shoplifting)トレンドのデータによれば、2023年のサンフランシスコの窃盗被害件数は2019年比でマイナス5%となっている。同市における窃盗被害は前述の窃盗に関する話題がネットで広く拡散した2021年から2022年までがピークで、その後はコロナ禍突入前より低い水準で推移している。
「どの店にも警備員が配置されるようになり、盗むような店舗もほとんど撤退したから」という後ろ向きな理由もあるかもしれないが、代わりにニューヨークやロサンゼルスといった大都市での窃盗被害が近年急増しつつある。ニューヨークはもともと件数も比率も高かったが、件数だけでみればロサンゼルスの5倍近い。一部の都市では被害が落ち着いたとはいえ、全体でいえば増加傾向にあるのは間違いない。
セルフレジが犯罪を助長するのは本当なのか
今回のテーマは「セルフレジと窃盗被害」だ。Gizmodoで1月16日(米国時間)に公開された「The Self-Checkout Nightmare May Finally Be Ending」という記事が話題に上っていたので、その実際について調べてみることにした。同記事がベースとしたのは英BBCが公開した「Unstaffed tills were supposed to revolutionise shopping. Now, both retailers and customers are bagging many self-checkout kiosks.」というレポートだが、セルフレジを介した窃盗被害の増大と、それを理由としてセルフレジの撤去へと至った小売店の事例が複数挙げられている。
そこで紹介されている事例を少し列挙すると、Business Insiderが昨年9月に報じている米Walmartが米ニューメキシコ州アルバカーキでの3店舗からセルフレジを撤去したという話、英国のスーパーマーケットチェーンのBoothが店内のセルフレジの台数を削減した話、米国のディスカウントチェーンのDollar Generalがセルフレジの位置付けを見直すと決算会見で表明したといった話だ。このほか、米国のディスカウントチェーンであるTargetがセルフレジで会計可能な商品の点数を制限する新しいポリシーを適用したという話もある。
こういった情報だけを見るとセルフレジは今後衰退していく方向のようにも思えてくるが、実際にはより複雑であり、シンプルに言い切れる状態ではない。
例えば先ほどのWalmartのニュースに少し補足すると、あくまでセルフレジ撤去は限定的な措置で、噂された他所の複数店舗での撤去計画は存在しないと噂を否定している。実際、Walmartはセルフレジに新しい試みを投入すべく施行錯誤しており、同本社のある米アーカンソー州ベントンビルの店舗ではRFIDタグでセルフチェックアウトが可能な端末を試験設置していたり、米Affirmとの提携でBNPLをセルフレジ上で利用できる仕組みを提供したりと、むしろ積極導入派のように見える。
とはいえ、セルフレジが窃盗犯罪を助長する傾向があるというのは間違いない事実だ。米LendingTreeが2,000人を対象にオンラインアンケート調査を行なったデータだが、セルフレジの存在が窃盗行為をしやすくしているかという設問に対し、69%の回答者が同意している。また、回答者の21%が「実際に商品をスキャンせずに商品を持ち出した」と述べており、自己申告での盗難額は60米ドルが平均値としている。
回答者の属性と合わせて盗難経験のある利用者の傾向をみると、世帯収入による差異はほとんどなく、男性が比率と金額ともにやや高く、年齢は若ければ若いほどその傾向が高くなる。
別のデータもある。AIなどを使った会計補助システムを提供する米Grabangoが同社の行動分析技術を基に分析したデータによれば、確認された窃盗行為は有人レジがトランザクションあたり0.3%だったのに対し、セルフレジでは6.7%までその比率が増加する。また売上に対するインパクトは有人レジが0.2%なのに対し、セルフレジは3.5%だった。小売業界では英語で「Loss」や「Shrinkage」などと表現されるが、セルフレジにおける売上への損害インパクトが3%を超えることになる。スーパーマーケットなどの小売では内部と外部問わず窃盗や破損による“ロス”をある程度織り込んだうえで利益率を数%台になるよう計算して商売を営んでいるが、この高さは無視できない水準だと考えられる
“ORC”とセルフレジにまつわる問題、そして“AI”
全米小売業協会(NRF)が毎年発表している傘下の小売各社へのアンケートをまとめた集計が2023年版も公開されているが、やはり小売各社の最大の関心事は窃盗犯罪などによる損害、特に「ORC(Organized Retail Crime)」、つまり組織的犯罪の存在だ。
冒頭でサンフランシスコのスーパーでの若者集団の窃盗被害のことを紹介したが、これらは定期的に発生し、店舗破壊を含む甚大な被害をもたらすことがある。結局のところ自衛するしかないという側面もあり、サンフランシスコの例でいえば、各店舗に必ず警備員が張り付いていたりと、余計なコストを掛けざるを得ないという状況も生み出している。
実は今回、先ほどのGizmodoのレポートを受けて「セルフレジが実際にどの程度の損害を小売各社にもたらしているのか」というデータをずっと探していたのだが、被害としてはORCを中心としたものの方がインパクトが大きく、各所で公開されるデータも窃盗被害全体を含めた数字が出てくるため、セルフレジそのものの影響がどの程度なのかは測れなかった。
ただ分かったのは、課題こそあれ小売各社ともにセルフレジそのものを排除する意図はなく、その背景に利用者のニーズが高いことがある。下図はNCR Voyixのインフォグラフィックスだが、素早い会計を主な理由に43%がセルフレジを利用すると回答している。
とはいえ、先ほどのデータからも分かるように、セルフレジを好む層と窃盗犯罪を起こす層は互いに近い関係があり、何らかの手段を講じる必要がある。
本連載でもたびたび触れているが、AIによる行動分析で窃盗が行なわれる複数のパターンを認識し、必要に応じてアラートを出すソリューションが各社から提供されている。米国のスーパーマーケットチェーンのKrogerがEverseenの技術を導入したニュースなどが報じられていたが、ニューヨークで開催された今年のNRF 2024でも各社が技術展示を行なっており、「Loss Prevention」(損失防止)は大きなテーマとなっている。
とはいえAIは完璧ではなく、米国においても「あくまで店員にアラートを出す」のみで、実際にアラートが出ても「何かお困りですか?」という感じでさりげなくヘルプを装ってカートの中身を確認するだけにとどまるのが現実だ。
セルフレジ導入推進は利用者のニーズを反映したものだが、小売業界における人手不足を解消するための手段の1つという点も忘れてはいけない。有人レジはレーンあたり必ず1人が対応する必要があるが、セルフレジであれば複数台に対し1-2人で対応できる。
一方で、AIを導入したとしても不正チェックにはどうしても人手が必要ということもあり、必ずしも少人数オペレーションで回せることを確約するものではない。
ドイツやオランダなどではセルフレジのコーナーから出る際には、会計済みレシートのQRコードを出口でスキャンしない限りゲートが開かない仕組みが導入されていることが多いが、こうした“ワンクッション”の存在は、必ずしも“AI”のような最新技術や人手を必要とせずとも、突発的な持ち逃げのような犯罪を防ぐのに寄与している。
人件費と損失を天秤にかける形となるが、当面はさまざまな形でセルフレジをどう活用していくのかを各社が模索していく形になると思われる。