鈴木淳也のPay Attention
第183回
Tap to Pay on Androidへの期待と落とし穴
2023年6月16日 10:25
「実は日本で10周年なんです……」と遠慮がちに宣伝するSquareが日本に上陸してから10年の節目で発表したのは、日本国内での「Tap to Pay on Android」の試用プログラム開始のお知らせだ。
Tap to Pay on Androidは、Androidスマホをクレジットカードのタッチ決済に対応するリーダーとして使えるようにするサービス。冒頭の写真にもあるように、欧米豪諸国ではすでにサービスインしており、日本ではまだ参加事業者を募集しての限定テストとなる。募集はすでに開始されており、6月16日を持っていったん募集を打ち切り、7月末までの期間限定でテスト運用を行なってSquareにフィードバックを返す形となる。
今回、Tap to Pay on Androidの実際のデモンストレーションを交えつつ(日本版はあくまでベータ運用のもの)、その背景や狙いについて話を聞いた。今後の展望や課題も合わせて情報を整理したい。
試用プログラムに応募してTap to Payアプリを導入する
Squareの「Tap to Pay」サービスはもともとiPhone版が先行してリリースされたものだが、後に対象範囲をAndroidにも拡大してサービスの提供国を広げている。
「Tap to Pay on iPhone」そのものの提供はApple自身の判断に委ねられているため、米国外で提供されるかも含めて発表タイミングは不明だが、日本を含むTap to Pay on iPhoneの対象国が拡大され次第、Squareを含めたサードパーティ各社はすぐに対応してくることになるだろう。
Squareの提供するTap to Pay on Androidの利用方法はシンプルだ。前述の試用プログラムに応募し、対象となるデバイスにTap to Pay on Androidのアプリをインストールするだけだ(通常のSquare POSアプリとは異なる点に注意)。あとは通常のSquareの利用と同じで、各種審査等を経てクレジットカードなどの受け入れが可能になる。
試用プログラムへの参加対象かどうかはアカウント単位で判断されるため、これを利用してアカウントにぶら下がる複数のデバイスへの導入が可能。つまり業務用ハンディ端末のように、飲食店のホール担当や外回りのスタッフ全員のデバイスにアプリを配布できる。
iPhoneやiPadとの組み合わせの印象の強いSquareだが、実際にはSquare(POS)アプリはAndroid端末にもインストール可能。そのため、POSレジも含めてAndroidで構成できる。もちろんAndroid端末上でTap to PayとPOSの共存も可能なので、非接触の“タッチ決済”からPOS利用まで1台のスマートフォンで済ますことが可能だ。
クレジットカードやデビットカードの物理カードのほか、これらカードを導入したスマートフォンでの“タッチ決済”に対応する。冒頭の写真は物理のデビットカード、次の写真はスマートフォンを“タッチ”させているが、どちらも問題なく動作する。動画も付与してみたので、実際の処理時間と合わせて確認してみてほしい。
ここで問題となるのは「どのデバイスが実際にTap to Pay on Androidで利用できるか」だが、現時点でSquareが確認しているデバイスについては対応リストが公開されている。
基本的にNFCを搭載してAndroidのバージョンが一定以上であるデバイスであればどれでもアプリ自体はインストールできてしまうが、実際に動作するかや、運用上問題がないか(読み取りの相性など)についてはまだ不明な部分もある。先ほどのリストも“米国基準”で作成されたものであり、試用プログラムでのフィードバックを経てリストへの追加や修正が進んだり、あるいはアプリそのものの改良が進んでいく形となる。それゆえの“試用プログラム”というわけだ。
日本でFeliCa対応なしで先行投入する狙い
Tap to Pay on Androidが比較的早いタイミングで日本にやってきたのは非常に喜ばしいことだが、一方でSquare Reader(決済端末)を通じた通常の決済では受け入れが可能なFeliCa系電子マネー対応が今回は行なわれていない。
その理由についてSquare取締役で今回のサービスの早期導入を推進した野村亮輔氏は「スピードを優先した」と説明する。FeliCa対応が重要なことはSquareも熟知しているが(当該の野村氏がApple内部でApple Payの対応電子マネー拡大を推進した人物)、そのために投入が先延ばしになるよりも、まずはいまある形で投入して市場での利用拡大を促したいという考えだ。
なお、Tap to Payで狙う市場というのはSquare内部では特に明確な定義はないようで、人によって意見はさまざまという印象を受けた。例えば、Tap to Pay on iPhoneでは、最初期の導入事例がピザの配達スタッフへの配備だった。
冒頭のTap to Pay on Androidをオランダのアムステルダムで見せてくれたアイルランドの広報担当者によれば、「特に明確なターゲットは定義していないが、Squareのミッションとして中小企業の支援というのがあり、そうしたビジネスに広く利用してもらいたい」とのことだった。日本の事例でいえば、すでに多くの応募がきており、「われわれが想像していなかった使い方を開拓してくれることにも期待したい」という担当者らのコメントを得ている。
真っ先に思い付くのが飲食店でのホールスタッフやデリバリーへの応用だが、このほかSquareが日本でのニーズが高い利用例として紹介しているのが「プロフェッショナルサービス」での利用だ。例えば水道工事などのオンサイトで出張が発生するサービスにおいて、会計をTap to Payに対応したスマートフォンを利用して現地で“タッチ決済”で受けることが可能になる。
前述の「FeliCa決済に未対応」という問題については、別途Square Readerを組み合わせれば解決できるため、Tap to Payの扱いはあくまでも「余計なデバイスを持ち歩かずに手軽に決済が行なえる仕組み」ということで、用途による使い分けというのがSquareの考え方だ。
Tap to Payの落とし穴
過去の話題の繰り返しとなるが、決済端末として一定のテストを通過してきた“専用の決済端末”と比べ、汎用のスマートフォンをそのまま決済端末として利用する「Tap to Pay」は、その性能が“デバイスに依存する”という落とし穴がある。以前の話題は同件に触れた記事の後半部分を参照いただきたい。
NFCの業界標準化団体であるNFC Forumでは、モバイルNFCについて「カードエミュレーション(CE)」「リーダ/ライター(R/W)」「ピアツーピア(P2P)」の3つの動作モードを定義しているが、実のところ「NFC対応」を標榜していながら3モードすべての動作を想定して構成された製品ばかりではないのが現状だ。
CEとR/Wの2つのモードは表裏一体で本来は特性を反転させただけのもののはずなのだが、実際には頻繁に利用されるCEの動作のみが考慮され、R/Wでの動作が不完全というケースが存在する。典型的なのがAppleが初めてApple Pay対応を発表した「iPhone 6」などだが、このデバイスではそもそもCEモードしか存在しない(Apple自身が「NFC対応」とうたっていない点にも注意)。
下図はFIME JAPANから提供されたサンプルだが、緑丸がOK、赤丸がNGを意味している。具体的なベンダー名には触れないが、左がNFC Forum標準に準拠していない国内製品、右が準拠している製品で、R/Wモード時の動作で大きな差が出ている。つまり、赤丸のエリアの多い非準拠製品ではTap to Payとして利用した場合の読み取りに問題を抱えており、準拠製品ではそのあたりの問題が少ないということになる。
ただ、非準拠製品であってもおサイフケータイのようなCEモードを利用する場面では特に問題がないということで、ここは筆者の推測になるが「よく利用されるCEモードではきちんと検証を行なっているものの、あまり使われることのないR/Wモードでは検証や調整を避けてコストを削減している」のではないかと考えられる。なお、当該の端末を製造するメーカーはNFC Forumにも加盟していないので、会費の支払いならびに認定の取得の両方を避けてさらに開発コストの圧縮を図っているのではないかとも予想する。
FIME JAPANについて補足しておくと、FIME自体はフランスに本社を置く世界企業で、デバイスのパフォーマンスやセキュリティ、各種標準への準拠や互換性のテストまで、ツールやコンサルティングの提供を交えたサービスの提供を行なっている。FIME JAPANは特にNFC Forum関連では国内唯一の認証ラボということでもあり、クレジットカードなど決済まわりでは何かしらの形で裏方として機能している企業だ。
代表の門山隆英氏はもともとソニーでFeliCa RFまわりの開発を行なっていた人物で、ソニーに在籍する傍ら、NFC ForumやEMVCoで関連の規格策定に携わっていた。昨今、特に盛り上がり始めたTap to Payについて、こうしたデバイス特性があるということでいろいろ話をうかがった形だ。
つまりTap to Payを利用する注意点として、「NFCに対応するすべてのAndroidスマートフォンがそのままTap to Payに使えるわけではない」ということが挙げられる。Appleが品質を保証しているiPhoneと比べ、Androidはさまざまなデバイスが存在しているが、一方でその品質は均一ではなく、きちんとサービスに使えるデバイスかどうかを見極める必要がある。
Androidはサポート期間の問題もあり、iPhoneよりも製品の回転サイクルが早く、業務用端末としては課題は多い。互換性リストが拡充され、実際に導入事例が増えてくるまでは“人柱的”な要素も強いTap to Pay on Androidだが、うまく使えばビジネスの幅を広げるものでもある。積極的に情報を共有していきたいところだ。