鈴木淳也のPay Attention

第176回

ついに本格スタートした「マイナンバーカード保険証」の実際

2023年4月1日から義務化がスタートしたるオンライン資格確認。筆者の近所の小さな診療所でもアルメックス製の顔認証付きカードリーダーが設置された

2023年4月1日から医療機関や薬局などでの「オンライン資格確認」が義務化された。オンライン資格確認とは、来院する患者の直近の資格情報(加入している医療保険や負担限度額など)を窓口からオンラインで確認可能になるもので、医療機関にとっては保険証の情報の入力ミスや期限切れによる過誤請求によって発生するレセプト(医療機関が保険期間に請求する診療報酬明細書)の差し戻しを防ぐ事務処理上のメリットがあり、患者にとっては従来まで必要だった「限度額認定」の取得や過払い金の払い戻し請求が減る恩恵がある。

オンライン資格確認の手段はいくつかあるが、その1つに患者が持ち込む「マイナンバーカード」が挙げられる。初回にマイナンバーカードを保険証利用するための登録作業が必要になるが、必ずしもスマートフォンは必要なく、冒頭の写真にあるような「顔認証付きカードリーダー」があればその場で登録可能(主に高齢者などの利用を想定していると思われる)。

厚生労働省では混雑する医療機関の窓口で登録作業が一度に殺到しないよう、事前登録を促しているが、将来的な「従来の保険証廃止とマイナンバーカードへの一本化」を見据え、今後1年半ほどの期間を経て緩やかに利用を促進していく形になる。現状のマイナンバーカードは在外邦人が所持できないなどの弊害があるが、徐々に解消に向かいつつある。

厚生労働省のオンライン資格確認制度のページ

マイナンバーカードを用いた保険証確認はどう動いているのか

そもそも今回の記事でこのテーマを選んだのは、「マイナンバーカードと保険証」について誤解が多数散見されたことにある。

「マイナンバーカードに医療情報含めどんどん情報が集積されていくのではないか」といった漠然とした不安があるのだと思うが、そもそもマイナンバーカードを用いたオンライン資格確認においてマイナンバーは用いられていないし、またカード自体に情報が記録されるわけでもない。カード内の電子証明書を用いて本人が診療のための資格を有しているかを、しかるべき機関にオンラインで参照しているだけだ。この解説の前にまず、マイナンバーカードそのものの仕組みを説明する。

マイナンバーカードは身分証明書という性質から、券面に印刷された名前や生年月日、性別、住所、顔写真、そしてマイナンバーに注目が集まりがちだが、本来の“肝”はオンラインでの照会や取引に必要なICチップ内の格納情報にある。ICチップ内には「カードAP」と呼ばれる小さなプログラムの集合体があり(「アプレット」とも呼ばれる)、カード外部からのリクエストに応じて情報の取り出しや書き込みが可能になっている。

おおざっぱな区分けだが、本人確認の際に最も利用されることになる「電子証明書」、券面情報を丸ごと記録した「券面AP」、そして「空き領域」で構成される。「空き領域」は公民両方での活用を想定しており、自治体が行政サービスに利用したり、あるいは民間で認められた事業者が広域利用を想定したAPを登録するといったことも可能だ。

マイナンバーカードに記録される情報(出典:厚生労働省)
券面APの記録情報(出典:厚生労働省)

このようにさまざまな情報をAPとして登録可能なマイナンバーカードだが、今回の医療機関での「オンライン資格確認」に用いられるのは2つのみ。1つは「電子証明書」で、もう1つは「券面AP」だ。

電子証明書は「オンライン資格確認」に利用される主たる情報で、これで該当のカードが保険期間に登録された人物かどうかを確認している。ただ、これでは必ずしもカードを所持している者が本人かどうかは確認できない。なぜなら、仲間内でマイナンバーカードを使い回して不正に保険診療を受けることも可能だからだ。実際、医療機関側のマイナンバーカード取り扱いのルールとして「券面を確認しない」「操作は利用者に任せてマイナンバーカードには触れない」というものがある。従来の顔情報のない保険証ではこうした不正が可能だったという点にも注意したい。

そこで本人確認となるのだが、マイナンバーカードの場合は2通り用意されている。

1つは顔認証によるもので、マイナンバーカードのICチップに保存された「券面AP」の顔情報と、その場で撮影した顔写真の2つを照合して本人かを確認する。券面APの内容は改ざんできないため、仮にマイナンバーカードの券面に別の写真を貼り付けても照合時に弾かれる。これが顔認証付きカードリーダーでの本人確認の仕組みだ。

もう1つの方法は「PINの入力」で、マイナンバーカードの電子証明書を利用するための4桁の数字を入力する。“記憶認証”なのでこの場面ではセキュリティ的に若干弱くなるが、どちらかといえば顔認証がうまく動作しなかった場合の回避策というのが正しいかもしれない。

厚生労働省などの説明によれば、顔認証を主体としたのは高齢者など機械操作に不安を持つ利用者を主眼に入れたということで、あくまで顔認証付きリーダーの導入を推進してきたという背景がある。

オンライン資格確認の流れ(出典:厚生労働省)

実際の流れを見ていく。先日、歯科医に通った際に動作を一通り見せてもらったのでそれを例に紹介したい。この歯科医ではパナソニックコネクト製の顔認証付きカードリーダーを設置しており、歯科レセコン(レセプトコンピュータ)の動作するPCへと接続されている。実は診察券を渡してレセコンの電子カルテを参照した段階でオンラインの資格情報が表示されるため、マイナンバーカードによる認証は必ずしも必要ないのだが、今回は特別ということで実演してもらった。

資格確認をしたい場合、レセコンの画面に確認方法が表示されるので「マイナンバーカード」を選択する。するとカードリーダーが起動してマイナンバーカードを置くよう指示が出てくるので、装置の奥まできっちりと“はまる”ように置くと、顔認証とPIN入力のいずれかの認証方法が求められる。顔を選択するとカメラが起動するので、あとは認証されるまで範囲内に顔が入るように体を動かして調整すればいい。これで認証完了だ。筆者の場合は初回だったので「薬剤情報の共有の有無」を確認されたが、基本的には認証後は特に何かをする必要もなく、マイナンバーカードの取り忘れに注意すればいい。

パナソニックコネクト製の顔認証付きカードリーダーでオンライン資格確認を行なう
レセコン操作時のメニュー。従来通りの保険証も選択可能
マイナンバーカードのICチップの読み込みに成功すると、認証方法の選択になる
オンライン資格確認後のレセコンの画面。電子証明書を用いて関係機関から情報を参照してきた。既存の情報との変更がないため、このように「変更なし」と出る

オンライン資格確認の実際

すでに身の回りの医療機関や調剤薬局で顔認証付きカードリーダーを見かける機会が増えてきたかと思うが、厚生労働省が公開する3月26日付けのデータによれば、カードリーダーの申請率は全医療機関と薬局で92.2%、オンライン資格確認の接続率は70.7%、運用参加率が60.0%となっている。

つまり9割近い医療機関がすでに導入に向けた動きを見せており、現時点で6割近くで利用可能になっている。義務化直前時点でこの数字の評価は微妙なところだが、2022年8月時点での数字がそれぞれ62.8%、31.7%、26.8%だったことを考えれば、まずまずといえるかもしれない。駆け込みラッシュがあったとのことだが、先ほどの厚生労働省で公開されるExcelデータの推移を見る限り、特に低かった中小の医療機関での導入進展が大きかったようだ。

さまざまな普及施策が功を奏したというのもある。まず設備導入のための補助金制度だ。医療機関の規模や台数によって上限はあるものの、これを活用しての導入が後押しをしたのは間違いない。先ほど協力をいただいた歯科医によれば、同所では補助金の話もありかなり早期に導入していたものの、後に業者に「補助金は終わりました」という説明があり、その後に再び「補助金が出ます」と説明が二転三転したという。おそらく早期導入を目指して国が初期に期限付きで予算を投入し、その適用期間が終了したものの普及が伸びず、再び補助金での引き上げを狙ったという方針転換があったとみられる。

もう1つは診療報酬だ。レセコンで管理される診療報酬加算は医療機関にとって大事な収入源だが、厚生労働省では当初「電子的保健医療情報化活用加算」としてオンライン資格確認を導入して条件を満たした医療機関に対して初診報酬として7点の加算を認めていたが(再診時は4点)、診療報酬加算とはイコールで「患者の支払う金額の増加」であり、つまりオンライン資格確認を導入してこれを活用した医療機関ほど診察料金が高くなってしまうという矛盾があった。そこで昨年10月以降改定が行なわれ、従来型の保険証を用いた初診時の加点が4点、マイナンバーカードを用いた資格確認では2点となった。

これにより、従来保険証を用いた患者ほど負担が重くなるという形になり、一般への普及策として一定の意味を持つようになった。もっとも、診療報酬の点数は1点あたり10円なので、保険診療で患者に請求される金額は微々たる差ではある。

なお、前述の歯科医にこれまでのマイナンバーカードを用いたオンライン資格確認の利用状況を聞いたところ、「興味を持つ方は多いが、実際の利用はほとんどなかった」とのこと。まだまだ先は長いかもしれない。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)