鈴木淳也のPay Attention
第172回
RFIDの最新状況
2023年3月3日 10:00
今回は1月中旬に米ニューヨークで開催されたNRF Retail's Big Show(以下NRF)の話題の第2弾だ。第1弾では「無人レジ店舗」を扱ったが、今回は「RFID」だ。
RFIDについては2020年のNRFレポートで触れているが、同技術を扱っている出展社の数も多く、さまざまな試みが見られたことで、本格普及に向けた動きが進んでいると感じられるものだった。NRFでのRFID動向は長らく観察していたが、その有用性こそ理解されているものの、RFIDタグ自体のコストや耐久性、そしてサプライチェーンのどの段階で導入し、対象範囲をどこまで広げていくかの議論が続くなかで、なかなか普及が進まなかったという背景がある。
調査会社各社のデータを参照する限り、平均的なCAGR(Compound Average Growth Rate:年平均成長率)は10-13%程度で、アジア方面を中心に少しずつ広がっている印象だ。
サプライチェーンの初期段階からRFIDを組み込み、顧客への販売まで一環した流通改革を実現した世界的な成功事例として知られるのが「ユニクロ」などのブランドで店舗を展開するファーストリテイリングで、こうしたベンダーの存在が市場成長のドライバーになっている状態だ。
試しに、いま流行のBing ChatにRFID市場の中心にある顧客を聞いてみたところ、「リテール」という答が返ってきた。他の分野ではヘルスケア、交通、製造、農業が挙がっており、「認識や識別」「流通管理」の部分で活用されていることが分かる。
リテールや周辺のサプライチェーンが中心顧客であることは間違いないが、RFIDの適用範囲がまだ限られていることが課題として挙げられる。
例えば、長らくタグ単価の問題で適用対象となる商品単価に一定以上の水準が求められていた。ユニクロの商品単価で全製品にRFIDタグを付与できていることからも分かるように、現在では1,000円前後がそのボトムラインになっている。RFIDとアパレルの世界は非常に相性がよく、現在見られる事例の多くもこの分野だ。
一方で食料品や消費材などのグロッサリーストアではコストの問題もさることながら、タグの発する電波を阻害する素材が多いなど(典型的なものは水と金属)、精度の面で相性が悪い傾向にある。
経済産業省が「コンビニ電子タグ1,000億枚宣言」を出しているが、コンビニ商品との相性が悪いこともあり、いろいろ苦慮する話を何度も聞いている。コンビニの無人レジ店舗がRFIDベースの管理ではなく、AIカメラと重量センサーの組み合わせが中心になっている理由の1つといえる。
流通のどの段階でタグを付与するかも問題で、基本的にはサプライチェーンの上流であるメーカー側で付与するのが最も効果的だが、タグのコストをどこに転嫁するのか、どこまで各メーカーが足並みを揃えるのかという課題もあり、なかなかに悩ましい。
転機の1つは米小売最大手のWalmartが、2022年9月を期限にRFIDタグの付与をサプライヤーに義務付ける商品範囲を拡大したことにある。関連ソリューションを提供するCYBRAがレポートしているが、アパレルのほか、ホーム用品や玩具など比較的単価の高い商品を対象としているようだ。
同様の要求を米百貨店のMacy'sや量販店のTargetなども過去5年ほどの間にサプライヤーに対して行なっており、RFIDの利用はほぼ既定路線で、その範囲をどこまで広げていくかという段階になりつつある。
RFIDとトレーサビリティ
今年のNRFでの各社の展示を見ていく。まずは冒頭の写真で紹介したAvery Dennison Smartracだ。Avery Dennisonが2019年11月に同業のSmartracを買収し、RFIDタグの業界シェアでは6割近い水準の最大手となった。Avery Dennisonはもともとラベル印刷などを生業としていたメーカーで、その過程でRFIDの事業に参入し、周辺ソリューションを拡充させていった。筆者はNFC分野を追いかけるなかでNFCタグを手がけるSmartracを取材する機会も多く、両社が合併することで既存の顧客ベースを活かしつつ市場シェアを拡大した形となる。
そのAvery Dennison Smartracのブースで強調されていたのが、RFIDタグを使ったトレーサビリティだ。RFIDタグの特徴として書き換え不可能な保護領域があり、ここにユニークIDを埋め込めるという点が挙げられる。つまり、サプライチェーンの各過程でタグの情報を記録していけば、その軌跡をたどるだけで履歴全体が把握でき、しかも偽造が難しいというメリットがある。
トレーサビリティ自体はバーコードや2次元コードでも可能だが(もともとデンソーウェーブがQRコードを開発した理由でもある)、「偽造不可」「タグを直接視認せずとも情報が電波で読み取れる」という点で効率がいい。トレーサビリティのためのデータベースをどこかで持つ必要があるが、これを記録して可視化するための同社のプラットフォームが「atma.io」となる。
RFIDがベターだが、QRコードが付与されていれば、その情報を読み取ることでatma.ioのデータベースを参照できる。手持ちのスマートフォンでQRコードを読み取ると、製造元や産地などの基本情報に加え、どういった過程で商品が流通してきたのかが分かるようになっている。
またサステナビリティの観点から製造工程や輸送における炭素排出量の記録など、サプライチェーン管理(SCM)の過程でこれらデータを把握するニーズが高まっており、NRFのSAPなどのブースではこうしたソリューションの展示が行なわれていた。atma.ioのトレーサビリティの仕組みと基礎情報のデータベースはその際に最も重要なデータを提供するもので、RFIDタグの有用性を示す一例となる。
RFIDで棚卸しの簡略化を
トレーサビリティは元々のRFIDの強みの1つでありながら、このように改めて強調されるようになったのは、昨今の企業を取り巻く情勢が大きいとみられる。一方で、過去のNRFでRFIDに関して最も見られた展示の「棚卸しの簡略化」は、引き続き各社でデモが行なわれている。
この分野で主役となるのがHoneywellとZebraで、両社とも業務用のリーダー装置やハンディ端末を多数扱っており、その一環としてRFIDタグのリーダー装置に絡めたソリューションが紹介されていた。
ZebraのブースではSMLのClarityのプラットフォームが紹介されており、Androidベースのリーダー装置を対象となる商品の近くで動かしているとRFIDタグのスキャンが行なわれ、在庫状況の確認ができるようになっている。店頭とバックヤードの棚卸しが目的だが、ここで得られたデータは在庫データベースとして記録が行なわれており、すぐに関連商品の在庫状況を確認できるなど、スタッフの作業を省力化するための仕組みとなる。
タグをスキャンするためにリーダー装置は商品がある周辺である程度まんべんなく動かす必要があるものの、いちいち個々の印刷タグを確認するよりは楽なのは確かだ。また「比較的遠距離の無線でタグを読み取れる」という特性を利用して、「行方不明になっている商品を探す」ということも可能だ。
Honeywellのブースで紹介されていたRFIDタグを利用した棚卸しの仕組みは基本的にZebraのものとほぼ同等だが、デモの過程でわざと対象となる商品の1つを離れた場所に隔離しておき、ハンガー周辺を動かしてもスキャンが100%完了にならない状態を作っていた。
この状態でリーダー装置を持ったまま移動すると、隔離して隠しておいた商品に近付いたタイミングで音で知らせてくれるため、発見に役立つという仕組みだ。宝探しのようだが、RFIDの応用例の1つといえる。