鈴木淳也のPay Attention
第171回
「無人レジ店舗」の仕組みで顧客を知る。東急百貨店のマーケティング実験
2023年2月24日 08:30
1967年に東京の渋谷駅に直結する東横店に代わる形で旗艦店として建設された「東急百貨店本店」だが、2023年1月31日をもって55年の歴史に終止符を打った。
今後跡地は高層ビル型の複合施設になるという話だが、東急百貨店でも“ハイラグジュアリー”をうたった高級店の位置付けだった「東急本店」としての復活はないようで、フランスのLVMH系列の企業と組む形で周辺エリアを巻き込んだ施設開発が行なわれることになる。
今回はこの東急本店閉店の少し前に同所で行なわれていたマーケティング実験について紹介したい。
東急系列の施設で行なわれていたコスメ商品のマーケティング
以前に「オフィスグリコを最新テクノロジーで無人運営したらどうなるのか?」ということをテーマに日立製作所の「CO-URIBA(コウリバ)」という仕組みを紹介したが、東急百貨店では2022年9月から11月にかけて「渋谷スクランブルスクエア」「渋谷ヒカリエ」「東急百貨店本店」の3つの施設でそれぞれ「CO-URIBA」を用いた実験を行なった。
流れとしては、同期間中に3つの施設で開催される「コスメティックフェア」において、売場の対象商品を一定金額以上購入した来客を対象に、同売場に設置されている「CO-URIBA」に置かれた化粧品ブランドのサンプルや店舗で利用可能なサービスチケットを配布するというもの。単純に試供品などを配布するのではなく、LINEアカウントとリンクしつつ、行動データを取得して送客やマーケティングを行なうのがその狙いだ。
実験の手順を細かく説明すると、前述の条件を満たした顧客にはLINEを通じてQRコードが発行されるので、これを「CO-URIBA」の入り口にあるカメラにかざすことで次のステップへと進むことになる。この動作によりLINEアカウントと、実際にCO-URIBAを利用するユーザーの紐付けが行なわれるので、LINE経由で得られた属性情報を基に行動データの記録が行なわれる。CO-URIBAでは「どの商品に手を出したか」「実際に手に取ったか」といった情報が記録されていく。
また、手を伸ばしたタイミングで棚の上部のサイネージに関連情報が表示されるので、実際に手に取って細かく確認せずとも、商品情報を把握できるようになっている。退出時には手に取った商品の一覧のほか、簡単なアンケートが表示されるので、これに答えると流れは終了だ。
一連の収集されたデータは属性情報やアンケートを含めた形で分析が行なわれ、また紐付いたLINEアカウントを通じての情報発信なども可能になる。
この手のデータ収集で重要なのは、マーケティングに協賛してくれたメーカーへのフィードバックだ。売上データや店員への聴き取りなどである程度把握できる部分もあるが、購入(今回の場合は無料サンプルの選択)に至るまでの過程や個々の利用者の関心といったデータは抜け落ちてしまっていることが多く、そのギャップを埋めることが取り組みの理由の1つになる。
実際、東急百貨店などの店舗は売場を通じてメーカーと買い物客の接点を作る役割があり、それをより効果的なものとするために今回の取り組みを行なったわけだ。実際の利用の流れについては動画を用意してあるので、そちらで確認してほしい。
コンバージョン率の上昇と今後の課題
今回の取材では東急百貨店 事業戦略室 事業開発部 DX推進マネジャーの吉田薫氏と、ちょうど1年前の記事でも説明をいただいた日立製作所 金融システム営業統括本部 事業企画本部 Lumada事業推進部 担当部長の西本友樹氏の両名に対応いただいた。
実証実験で今回の3店舗を選んだ理由として吉田氏が挙げるのは、渋谷駅直結の「渋谷スクランブルスクエア」「渋谷ヒカリエ」が人数も多く流行に敏感な比較的年齢の若い層が多いのに対し、「東急百貨店本店」はクラシックビューティーを中心とした本当にメイクに関心がある層が中心で、並んでいるブランドからコンセプトが異なっている点だ。異なるコンセプトの場所で実験を行ない、そのあたりを実際のデータで検証していきたいという流れだ。
実験期間中の利用者の実数に関しては非公表だが、4,000円以上の買い物または施術を行なった顧客が対象で、対象者のうちの20-30%程度が平均してCO-URIBAに向かっているという。誘導率が2-3割に留まっている理由の1つとして挙げているのが、時間がない、あるいは後で試したいといって離脱してしまうケースだ。
また、東急本店では実験の1回目が10%、2回目が5%と誘導率が全体に低い。一方でスクランブルスクエアなどの駅前の施設はその限りではないため、顧客層の違いにより本店では「プレゼント」という仕掛けでは反応が薄いという部分も見えている。
実際、若者層が集まりやすい駅前施設では無料配布などを行なうとすぐに人が寄ってくる傾向がある。例えば、東急では「東急百貨店ビューティー」というLINE公式アカウントを運営しているが、ここで定期的に友達キャンペーンを行なって商品やお菓子、あるいはポイントの提供などを行なうと、もらえるものをもらった時点でアカウントがブロックされてしまうことがあるという。
今回の実験ではCO-URIBAのスペースに向かうために「東急百貨店ビューティー」のアカウントと友達になる必要があるが、それを介して友達となった顧客のうち、試しに「ヒカリエShinQs(シンクス)」のブランドを手に取ったユーザーのみ日立の協力で抽出してもらい、「ShinQsのお友達会員になりませんか?」というメッセージをLINEで送信したという。
前述のような無料配布キャンペーンでは通常ブロック率は20-30%程度ということだが、実験の1回目の会期が終わったタイミングで対象を絞ったメッセージ送信を行なったところ、全然ブロックされなかったという。つまり、数を用意して広く展開するよりも、きちんと関心あるユーザーの属性を取得して対象を絞ったマーケティングを展開した方がコンバージョン率が上がり、かつマーケティング費用も抑えられるという、わかりやすい結果になった。
実際にCO-URIBAを使った効果があったことが見えたわけだが、課題もいろいろ見えてきている。
1つは、本来は「無人化」を想定した売場にもかかわらず、人をつねに張り付けていないと説明を含めてまわらないという部分だ。駅前の店舗では年齢層もあるのか、最初は戸惑ったとしても、流れができはじめるとスムーズにまわるということで、「慣れ」の問題が大きいことが分かる。また、商品自体は1日に数百の単位で出てしまうため、補充作業も見据えたシフトが必要だ。
もう1つ問題となったのは、配布する化粧品サンプルの重量が軽すぎてCO-URIBAの重量センサーで差分を検知できなかった点だ。認識エラーの許容範囲外だったということで、急遽各サンプルに重りを手作業で付ける労力が発生したと日立の西本氏は語っている。
このほか、顧客の反応をずっと観察し、誘導のための最初のメニュー構成のほか、陳列されている商品サンプル一覧を見るための仕組みを追加するなど、細かくブラッシュアップを行なっていたともいう。
結局のところ、システム的に見えてきた大きな課題は「可能な限りの省力化」の部分で、前述のLINEを使ったマーケティングにおける抽出作業の自動化や、補充や誘導に関する店舗側の体制など、費用対効果を高めるためには省力化を進めるのが必須という結論だ。
一方で実験場所で渋谷を選んで正解だったという感想は両者も述べており、ITなどの新技術に明るく、情報感度の高い人が集まる渋谷という立地が、必要なデータを集めるのに適切だったという。
今回はブランド品が中心だったが、今後は売場に知見のないメーカーなどのパートナーと組んで、月額コストを抑えつつ進めることでより効果的にデータを取得していきたい考えだ。メーカー側がお金を払ってまでほしいデータはどのようなものか、コスメのみならず、食品なども含めて対象分野を模索し、メーカーのブランディングを支援していくことが求められる。
海外ではどのようにマーケティングデータを集めているのか
先日、1月に米ニューヨークで開催されたNRFの「無人レジ店舗」の最新事情を紹介したが、CO-URIBAの技術はここで使われているものと同等であり、おそらく一部の小売店ではマーケティングのためのデータ収集に活用しているケースがあると考えられる。話としては聞くものの、実際にどのようなデータを取得して分析し、実際に技術を導入する小売店やメーカーにどのような形のデータを出力しているのかは分からない。
世界各国で開催された過去の展示会情報を見る限り、小売店では伝統的に「Foot Trafficによる人流分析」が中心で、どの年齢層と性別の顧客がどの程度どの場所に滞在していたか、ヒートマップやグラフで視覚化することが多い。これにより、商品構成を変更したり、商品の陳列を変更して人流を誘導するといった対策が採られる。
最近はAIカメラの発達によりこの精度が向上しているが、例えばVSBLTYという企業のソリューションではGDPR(EU一般データ保護規則)に配慮する形で撮影した画像の顔データを削除して属性データと識別IDに置き換え、個人を識別できるデータを保存することなくFoot Rrafficを取得する技術をNRFでデモンストレーションしていた。このFoot Traffic解析はNRFでも最も頻繁に見られた展示の1つで、ある意味ですでに広く利用されている仕組みといえる。
ただ、これは監視カメラで人の動きを追跡しているだけで、今回の東急のケースのように「棚のどの商品に着目しているのか」といった部分までは見えていない。棚を監視するソリューションはあるものの、多くは「欠品検知」が中心で、つまり販売機会喪失を防ぐという部分に重きを置いている。
「無人レジ店舗」の仕組みをどこまで汎用的なマーケティング手段に活用するかの模索はまだ始まったばかりともいえ、今後も実証実験を経てさまざまな技術や仕組みが登場してくることになると考える。