鈴木淳也のPay Attention

第162回

配車アプリ時代の意外な需要 コロナ禍でタクシーはどう変化したのか

東京都心部の交差点で信号待ちをしていると、配車アプリの広告を掲げたたくさんのタクシーを見かけることになる

先日、NHKなどが「東京23区などタクシー料金15年ぶり値上げへ 初乗り上限500円に」と報じて話題となった。具体的には、11月14日から東京特別区(23区)と武三(ぶさん)地区(武蔵野市と三鷹市)において、従来までタクシーの初乗り運賃が420円だったものが500円に、加算金額が80円から100円となっている。

タクシー運賃は電気料金などと同様に「総括原価方式」で定められており、民間の各事業者が勝手に料金を決定できないのだが、前述のように料金決定はエリアごとに行なわれるため、今回の発表は東京都心部のタクシー料金が「周辺エリアの値上げに追いついた」状況だといっていいだろう。総括原価方式における料金決定は、公共サービスを提供するのに必要なコストを加味しつつ、適正利益と呼ばれる決められた多少の料金を上乗せする形で決定される。いわゆる認可事業であり、長年のデフレ構造もあり料金の横ばい状況が続いてきたが、コストダウンでの経営努力が続くなか、ようやく15年ぶりに料金改定に至ったという流れだ。

私事で恐縮だが、筆者が住む千葉県西部の東京隣接エリアではすでに初乗り500円に、100円の加算額となっていたため、「なぜいまさら」という感想も抱いていた。だが東京エリアほど料金が低く抑えられてきたからくりは、経済状況や需要の差にある。都心部の方が乗客の支払い余力があり、さらに乗客そのものが多い。備品の仕入れやシステムの効率化も含め、会社あたりが抱えているドライバーや車の数も多く、ボリュームディスカウントが効きやすい。ゆえに、総括原価方式による料金算定で低い数字が出やすいというわけだ。

コロナ禍でタクシー業界に起きた変化

「適正な利益が出ないなか、現状を説明して後追いで料金が上がる構造だった」と説明するのは帝都自動車交通 代表取締役社長の篠﨑敦氏だ。同氏によれば、以前までであれば2年に1回とかのペースでできていたものが、バブル崩壊後はリーマンショックや東日本大震災など、料金改定の気運が盛り上がるなかで発生した出来事もあり、頓挫を繰り返してきた歴史のようだ。昨今は特にコロナ禍での需要減や燃料価格の高騰もあり、ほとんどのタクシー事業者が赤字に転落し、古い事業者で土地を持っているところは物件を賃貸にまわしてかろうじて事業を継続していた状態だという。

帝都自動車交通 代表取締役社長の篠﨑敦氏

そのような形での料金改定もあり、ようやく適正利益でのスタートとなったタクシー業界だが、厳しい状況なのは変わりないようだ。

「タクシー業界の“パイ”は決まっており、人口もそんなに増えるわけではなく、そのパイからどれだけ自分のところに寄せてこられるか。そのために重要になるのはやはり乗務員の質」だと同氏は説明する。タクシー乗務員は歩合制であり、どれだけ乗客を運んだかで収入が決まる。単純にいえば、乗客を取れるだけ取って空車時間を減らせば稼げるが、実際に効率や待遇が悪ければモチベーションが下がり、辞めてしまったり、他社に移ってしまう。

「乗務員は第2の顧客」と篠﨑氏はいうが、2種免許さえあればタクシー会社間での移籍は容易なため、いかに稼げる環境を作るかも重要な要素になる。

「稼げるか」という部分だが、コロナ禍を経て現状は「2019年度くらいの水準に戻っている」と述べるのはMobility Technologies代表取締役社長の中島宏氏だ。

Mobility Technologies代表取締役社長の中島宏氏

Mobility Technologiesはタクシー配車アプリ「GO」を提供する事業者だが、同氏によれば「タクシーの乗客は全盛期と比較して8割程度しか戻ってきていないが、コロナの間に乗務員が辞めてしまったこともあり、乗務員の水準も8割くらい。つまりマーケットとしては8割まで縮小しているものの、1人1人の売上は戻ってきており、1台あたりの売上水準は100%に達している」という。

もともと緊急事態宣言が出たタイミングでは、一番の稼ぎどきだった終電後のタクシー利用が壊滅したため、結局売上は全体に4-5割程度に縮小してしまっていたようだ。一方で、現在はさらにコロナの影響が緩和されたことで売上が以前の9割程度まで回復しつつあるという。つまり、乗務員不足によるタクシー不足の状況が生まれており、特に朝の時間帯や夜の銀座など、タクシー乗り場の行列が再び見られるようになった。

夜の銀座。以前までであれば深夜のタクシー行列は恒例行事だったが、いま再びその景色が戻りつつある

コロナ禍で起きたタクシー乗務員の行動変容として、「“無線”を積極的に取るようになった」ことを篠﨑氏は挙げている。“無線”というと、タクシー利用中に何度も入ってくるセンターからの「○○に向かえる運転手はいませんか?」というタクシー無線が頭に浮かぶが、タクシー業界的には「配車アプリによる配車リクエスト」も“無線”の範疇に含まれるようだ。

コロナ禍により“流し”による乗客獲得が成立しなくなったため、いままで全然“無線”を取らなかったような人が積極的に取るようになったという。同様に、タクシー需要の復活で売上が回復しつつあるなか、配車アプリを上手に使いこなす乗務員は効率が上がり、以前よりも手取りが増える傾向があると中島氏は説明する。空き車両自体はシステムがどんどん割り当てを行なうので、アプリを使いこなせば使いこなすほど年収が上がるという流れだ。

ドライバーのスキル差を埋めるアプリ

“無線”はアプリ以外にもセンター経由での問い合わせも含むと説明したが、センター側からの配車依頼の多くは「電話での問い合わせ」だ。

例えば帝都自動車交通の場合、常連客を中心に無線センターの電話番号がよく知られており、その電話番号を経由しての配車依頼が多いという。だが電話番号自体は受け取れる回線数やオペレーターの数が決まっており、通話中であったり、そもそも電話が鳴っていてもオペレーターが塞がっていて取れないケースも少なくない。実はこの「回線数」というのが無線配車のボトルネックであり、特に雨が降るなど天候要因で需要が跳ね上がることで対応が難しくなる。

この問題が解消されたのがアプリの特徴であり、「車の数自体がボトルネック」という状況になっている。タクシー自体の位置情報のマッチング精度も上がり、迎車に行くまでの時間も半減し、結果として全体の稼働率が上昇する効果も得られている。

需要対応という意味では、GOが提供している「AI予約」も大きいと中島氏は加える。前述のように乗務員の稼働時間が法律で決められており、稼げる時間帯での稼働を優先するために深夜や早朝などでの交替時間に配車できるタクシーの数が減ってしまう現象が発生する。“穴”となりやすい早朝帯の利用は予約が確実ということになるが、従来の帳簿管理では需要を予測しつつ、前日までの予約で難しいぶんはお断りという流れだったものが、AIで需要を予測することで配車可能な枠を増やし、例えば従来までは100人までとかざっくりとした数字でしか出せなかった予約枠が、AI予測により10-20倍程度までこなせるようになりつつあるという。

またタクシー配車アプリの重要な要素の1つに「迎車料金」がある。電話でタクシーを呼んだ場合も同様だが、通常のタクシー料金に加えて迎車料金が加算される。この迎車料金もタクシー乗務員の報酬の一部となるため、「適切な形で徴収して還元しないと、乗務員が“無線”を取ってくれない」(篠﨑氏)状況になってしまうが、迎車料金そのものは「初乗り運賃を超えた設定はできない」という“縛り”があり、今回の運賃改定では配車アプリの迎車料金そのものも見直しが入ったというわけだ。

前述のように初乗り運賃はエリアによって異なるため、東京エリアでは上限である「500円」に設定する事業者もあったが、GOでいえば、帝都自動車交通のケースで400円の設定となっている。400円のうち、迎車料金は300円でタクシー事業者の取り分、残りの100円がアプリ手配料としてGOの取り分となる。運賃が固定されるタクシー料金とは異なり、上限のみが決められた迎車料金は戦略要素が多分に含まれる。値下げすれば他社との差別化になる一方で、報酬の減る乗務員に反発される恐れがある。また、アプリ手配料という形でGOが迎車料金とは別にシステム利用料を徴収しているが、これは手配効率の上昇による売上向上につながったと判断できる一方で、タクシー各社の収入源である迎車料金が目減りする形となる。いろいろな思惑はあったものの、結果として乗務員からは特に反発はなく、先ほどの説明にもあるように「アプリで客を取った方が稼げる」という認識もあり、現状で受け入れられているようだ。

事実、アプリの登場によりタクシー業界の就業事情は大きく変化しており、「昔ほどスキルが必要ない」という状況を生み出している。従来までであれば、経験からくる対策で特定の時間やエリアをうまく“流す”ことで、スキルのある従業員ほど大きく売上が得られるという構造があった。だが、いまでは配車アプリを律儀にこなすことでトップクラスの売上を1年で達成可能になるなど、業界の構造自体が変化していると両氏は説明する。もはや売上維持のためにアプリの存在は欠かせないものになりつつあるようだ。

配車アプリ時代の意外な需要

今回、両名にインタビューを行なうなかで聞こえた面白い話に、「女性客が増えている」というのがあった。

「乗務員からヒアリングをしていると、女性の乗客が増えているという話があり、実際にGOのアプリでは性別を登録時に取得しているので、実際に数字としてあらゆる年代の中で『20代女性が増えている』というデータが見えてきた。実際に何人かの乗客にアンケートやインタビューを行なってみたところ、『確かに前は乗っていなかったが、GOでタクシーに乗ると運転士さんと話さずに済むし、アプリ決済であれば会話の量も減るのでストレスがなくなり、気楽に乗れるようになった』という声が聞こえてきた」と中島氏。

「想像していなかった理由に『道ばたで手を上げるのが嫌』というものがあり、アプリで呼んで“スッ”と乗るという隠れたニーズがあることが分かった。昔からカード決済はあったが、電子決済がここまで進むと実際に電子決済率が7割に達しており、支払いの事前確定も女性の方が多い。事前確定での支払いの方が料金が高くなるケースが多いが、値段が事前に分かるのが安心できるようだ」

その意味で、客層が広がったことで業界全体のボリュームが大きくなっている可能性があると同氏は指摘する。“無線”による配車でも、電話では自分のいる場所を伝えるのが苦手だったり、優良乗務員をアプリで指定できることも心理的ハードルの低下につながっているという分析だ。また極端な例だが、タクシー行列で「キャッシュレス決済が使えないので次の乗客に目の前のタクシーを譲る」ということもあるが、中島氏によれば「GO Payでないとダメ」というケースも出てきているという。「財布さえ持ち歩かず、持っているのは目の前の携帯電話だけ」という層なのかもしれないが、アプリによる配車というトレンドならではの現象といえるだろう。

街で見かけるGOの広告看板

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)