鈴木淳也のPay Attention

第156回

新デザインの一体型決済ターミナルと“タッチ決済”で攻める「楽天ペイ」

「楽天ペイ(実店舗決済)」のページに掲載された新型オールインワン決済端末の登場予告

先日、「楽天ペイ(実店舗決済)」のページが更新され、新型オーインワン決済端末が間もなく登場する旨の予告が行なわれた。

ただし、詳細情報がほとんど記載されておらず、これまで「タブレットまたはスマートフォン(mPOS)」「決済端末」「(Bluetooth接続の)プリンタ」という形で分かれていたデバイスが1つの端末で利用可能になり、従来と同様の決済サービスが一通りサポートされることが分かる程度だ。

そこでもう少し情報を深掘りするために楽天ペイメントにインタビューを申し込んだのだが、当日広報の方に「まだ正式にプレスリリースを出していないこともありますが、注目度について、(同時期に発表になった)『楽天ペイ』の“タッチ決済”については多く取材をいただいたのですが、『楽天ペイ(実店舗決済)』の“新型ターミナル”についてはいまひとつで、取材を受けるのも今回が初めてで……」といわれるほどメディア方面での露出が弱い印象だった。

コンシューマ向けサービスではないので興味を引く対象者が限られるという理由もあるが、当時「楽天ペイ」の名称でのリリースからおよそ10年来での区切りにもかかわらず、この反響は非常にもったいない。

振り替えると、本連載のスタートは「楽天Suica」の戦略分析レポートだった。以前に別誌では[「楽天ペイ(実店舗決済)」のインタビューと、楽天グループがFintech領域での事業推進のために楽天ペイメントを設立し、その代表社長に就任した直後の中村晃一氏に「楽天ペイ」を中心とした決済エコシステム戦略についてインタビューを行なっている。

今回、ハードウェアとしては6年ぶりの更新となる新型ターミナルを掲げた「楽天ペイ(実店舗決済)」ならびに、楽天カードを使った“タッチ決済”に対応した「楽天ペイ」について、両サービスの担当者らにそれぞれ戦略を聞く機会を得たので紹介したい。

LTE対応の新端末。楽天モバイルと組んだサービス展開も

まず前半の「楽天ペイ(実店舗決済)」だが、インタビューで対応いただいたのは楽天ペイメント 執行役員 楽天ペイ事業本部副本部長の近藤嘉徳氏と同社楽天ペイ事業本部mPOS部マネージャーの井上卓也氏の2名だ。

楽天ペイメント 執行役員 楽天ペイ事業本部副本部長の近藤嘉徳氏(左)と同社楽天ペイ事業本部mPOS部マネージャーの井上卓也氏(右)

前述のように、楽天がmPOS事業に参入したのはおよそ10年前(2013年末)で、カードリーダーと店舗向けアプリをセットで提供することで主に中小企業のビジネスを支援することを目的としていた。同年5月には米Squareが日本市場へと参入し、後年「mPOS(エムポス)」と呼ばれる分野の開拓が始まった時期でもある。

これまで専用機器やソフトウェアの導入で最低でも何十万円から数百万円クラスの投資が必要だったPOSと決済端末の世界に、5万円前後のタブレットまたはスマートフォン、カード読み取りのための安価な“ドングル”を提供することで非常に低コストでPOSとカード決済機能を導入できるこの仕組みは瞬く間に拡大していった。

楽天ペイ(実店舗決済)の現行決済端末は英Miura SystemsがOEMとして提供しているもので、楽天ペイでの利用は6年ほどになる。同型の端末はリクルートのAirペイでも採用されており、日本における中小小売の決済端末の事実上のスタンダード的に機能している。この端末は実質的に無料で配布されており、このような安価なコストの端末であるにも関わらず、磁気カード、ICカード、NFCによる非接触決済、電子マネーへの対応とマルチで割と優秀だ。

英Miura Systems製の決済端末。写真はリクルートのAirペイで提供されているもので、カラーリングとロゴデザイン以外は楽天ペイ(実店舗決済)のものと同型

一方で近藤氏によれば、加盟店との日々の会話のなかでさまざまなニーズが存在し、「もう少しコストをかけてもいいので、さらに高い要求に応えられるものはないか」という話が出てきたという。それが今回のオールインワン端末の登場につながったという流れだ。

オールインワン型の楽天ペイ決済ターミナル。3色のカラーバリエーション。写真はコールドモックで動作はしないが、汎用的なハンディ端末と同程度のサイズや重量と判断できる

従来のmPOSは「タブレット+決済端末+プリンタ」の3デバイス構成だったが、オールインワンではこれらがすべて統合される。プリンタは必ずしも利用されているわけではないが、店舗で必要とされるニーズをすべて取り込んだ形で機器を構成した。またWi-Fiのみならず、LTEもサポートして利用範囲を拡大する。

LTEを入れた理由について近藤氏は「イベントなど野外での決済、ドライバーが出先で決済、あるいは店舗外でのテーブル決済など、Wi-Fiでは必ずしもカバーしきれないニーズに対応する。Bluetoothは接続数が多くなると不安定さが出てくるので、そういったニーズにお応えするためにスタンドアロンの端末が必要だった」と回答する。

一方で接続形態についてはまだこれから検討を進めていくということで、ユーザーが指定のキャリアと契約を結んで端末を利用できるかなどは不明。ただグループとして携帯キャリアを内包する事情を鑑みて、基本的には楽天モバイルを中心に検討が進むことを認めている。

もっとも、決済そのものではそれほど通信量を必要としないため、例えば「クローズドな通信を想定した(法人向けの)安価な専用プラン」といったことも考えられる。これならば、例えば店舗では他の携帯キャリアやISPの通信プランを継続しつつ、アドオンで比較的安価な利用料で新型ターミナル用の決済サービスが利用できるようになる。

またグループ連携ということで、楽天モバイルの営業員を「楽天ペイ(実店舗決済)」のセールスやサポートにも割り当てるといったことも念頭にあるようだ。

ターミナル上部の「Rakuten」ロゴの入った膨らみはプリンタのロール紙が入るスペースと非接触決済のアンテナが同居する。ディスプレイとのつなぎ目の部分にレシートの排出口と磁気カード読み取り機がある
ターミナル手前の部分にICカードの読み取り機がある
本体側面にそれぞれスイッチと、1つのUSB Type-Cポートがある

付け加えると、既存の決済端末を含めたmPOSソリューションはオールインワン型ターミナルが登場した後も併売され、アップデートも引き続き保証される。

例えば、レジカウンターで既存の端末を設置しつつ、テーブル会計用に新型ターミナルをハンディ端末として店内で持ち歩いて利用するといった合わせ技も考えられるので、ユーザーがニーズに応じて端末を組み合わせつつ選べるようになると考えるのが正しい。アップデートも従来同様に提供が行なわれ、新型ターミナルの場合はOSとその上で動く店舗アプリの両方がサポート対象となる。ただ現行端末については、将来的にMiura自身がサポートを止めてしまう可能性もゼロではないため、代替ソリューションの提供も含め必要な対応を取っていくことになる。

今回の新型ターミナルでは背面にカメラが搭載されたため、「QRのような2次元コードとバーコードの両方を読み取り可能」(近藤氏)とのことだが、実際に製品が提供される段階では「楽天ペイとau PAYについて、画面上のQRをユーザー端末のカメラで読み取る方式」(同氏)になるという。将来的な内蔵カメラの活用も念頭に置いており、「楽天ペイ以外のコード決済についても対応の計画はある」(同氏)とのことで、コード決済方面にやや弱い「楽天ペイ(実店舗決済)」の今後の対応ケースが広がりそうだ。また背面カメラの近くにはステーションに設置した際の充電用端子が用意されているが、ターミナルのバッテリ駆動時間について「店舗の営業時間中は問題なく使える程度の駆動時間になるよう開発している」と近藤氏は加える。

ターミナルの背面にはQRコードやバーコードの読み取りが可能なカメラを内蔵する。下に見える金属端子は充電用

おそらく多くの方が一番気にしているのは「価格と提供開始時期」の2つだと思われるが、前者については「できるだけお安く提供できるようにするのが目標」とし、後者については「年内は難しいが、来年のなるべく早いタイミング」としている。夏の屋外イベントシーズンに間に合うかは不明だが、夏期はおそらく絶好のサービスのプロモーション時期だと思われるので、ぜひ頑張っていただきたいところだ。

価格についてはライバル製品との比較になるが、同様のオールインワン型のSquare Terminalが税込みで46,980円であり、同製品がまだLTE未対応であることを考えれば、おおよそこの前後が提供ターゲットになると筆者は考えている。また、今回の新型ターミナルとほぼ同形状で機能性も近い「Sunmi(サンミ)」の海外市場での販売価格が税抜きで300-400米ドル程度であることを考えれば、端末の調達コストは4万円前後の価格レンジで、あとは楽天ペイがどこまで利用料と合わせて相殺していくかだと考える。

ただ近藤氏によれば「価格で競合と直接競うというよりも、『個別にハードウェアを揃えるよりは安く済み、導入の敷居が下がりますよ』というところを狙いたい」とのことで、あまり価格競争を前面に押し出すつもりはないようだ。

海外の小売向け展示会ではSunmiのブースを最近よく見かける。写真のように今回のデザインに類似したハンディ端末も複数ある

楽天ペイであえて“タッチ決済”に対応した理由

後半は「楽天ペイ」の“タッチ決済”だ。基本的な動作や仕組みについては別記事を参照いただいて、本稿では疑問と思われる部分だけに触れたい。 なお、20日からは「楽天ペイ(実店舗決済)」において、クレジットカード主要6ブランドの「タッチ決済」に対応したが、ここで触れるのは、利用者側の「楽天ペイ」アプリと楽天カードを使った「タッチ決済」だ。

話をうかがったのは楽天ペイメント 楽天ペイ事業本部マーケティング&編成部ユーザーサービス企画グループ マネージャーの藤江桃子氏と同社楽天ペイ事業本部マーケティング&編成部ユーザーサービス企画グループ 陸驥翔氏の2名だ。

Type-A/BのNFCに対応したAndroidスマートフォンがあれば、楽天ペイのアプリ上から「楽天カード」を登録することで“タッチ決済”が利用できるというのが本サービスの特徴となる。注意点としてはGoogle Payとは排他関係なので、“タッチ決済”の動作自体はGoogle Payとは同様でも、Google Payの仕組みとは独立しており、両者の切り替えが必要になる。一方で利用スタイルはGoogle Payと同様に、CDCVMのリミットを超えない範囲であれば画面ロック解除なしで端末をリーダーに接触させるだけで支払いが完了するため、いちいち財布から物理カードを取り出さずに決済が行なえるというメリットがある。

楽天ペイの“タッチ決済”の利用設定方法
“タッチ決済”の実際の利用方法

現状で対応するのは楽天カードのうちMastercardまたはVisaブランドで発行のもののみ。JCBについては、もし交渉がまとまるようであれば……という形で可能性を排除していない。そもそも楽天カード自体が物理カードのままで“タッチ決済”可能なため、「なぜ同じことをアプリ上でわざわざ実装する?」と思われるかもしれないが、「楽天ペイを中心にしていくという戦略を反映したもので、カードの板でも利用できるが、それとは別の選択肢を用意するのが狙い」(藤江氏)という。

現状で楽天カードをGoogle Payに登録した場合、QUICPayとしての利用になり、そのままでは国際ブランドのネットワークでは利用できない。楽天ペイのアプリ経由でカードを登録すればMastercardまたはVisaのいずれかのブランドで“タッチ決済”できるほか、QUICPayが利用できない海外での使用に便利だ。「ユーザー目線でいえば、楽天ペイを利用しているユーザーがそのまま“タッチ決済”を使えるようになるので、Google Payでのいろいろ段階を踏んだ設定が不要になり、利便性が高くなる」(陸氏)という、同一プラットフォーム内での製品連携が主眼にあったことが分かる。

楽天ペイメント 楽天ペイ事業本部マーケティング&編成部ユーザーサービス企画グループ マネージャーの藤江桃子氏(左)と同社楽天ペイ事業本部マーケティング&編成部ユーザーサービス企画グループ 陸驥翔氏(右)

近年でこそ日本でも国際ブランドによる非接触でのカード決済が一般的になってきたが、海外ではより一般的であり、スマートフォンだけで会計が行なえるシーンも多い。そうした最初の利用ニーズを取り込む狙いもあるのだろう。

反響について藤江氏は「新しいサービスだが想像以上。Twitterでも好評の声をいただいており、メディアでの反響も大きい」と、日々利用が増加していることを加える。このあたりは冒頭で触れた「メディアの取材依頼の数」にも反映されている。

一方で目下の課題としては「iPhoneでの対応」がある。藤江氏によれば、楽天ペイアプリの利用比率はiOSの方が高いということで、Android向けのリリースだけでは半数以上のユーザーを取りこぼすことになる。

「(NFCを開放していないiPhoneで)できるかの可能性も含め、今後検討していきたい」(藤江氏)としており、楽天グループとして「楽天ペイ」アプリを主軸に据えるうえでの戦略として何らかの対策を講じたいようだ。

ただGoogle Payとは異なり、Apple Payでは楽天カードを登録することでQUICPayのほかにJCB、Mastercard、Visaの国際ブランドでの“タッチ決済”が直に利用できるため(American Expressの場合は2枚目に3ブランドのいずれかを指定したカードの発行が必要)、あえて楽天ペイアプリに誘導する理由が薄いとも考える。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)