鈴木淳也のPay Attention

第131回

なぜ現金の取り扱いに「コスト」がかかるのか

今回は現金のお話

前回はスマートカートとセルフレジの話題を紹介したが、今回はそれに付随する「現金(キャッシュ)」の話題だ。セルフレジ、セミセルフレジ、そしてスマートカートのいずれにおいても、最終的なチェックアウトの場所で何らかの手段で支払いを済ませなければならない。クレジットカードや電子マネー、コード決済といった「キャッシュレス」的な手段のみにしか対応しないケースというのもあるが、いまだ現金はその取り扱いの多くを占めている。

以前に紹介したトラットリア・トリニータのようにキャッシュレス比率が7割近くに達している店もあるが、現状多くの店舗は、コンビニ大手3社のように「現金7割、キャッシュレス3割」といわれ、政府がうたう日本のキャッシュレス比率をほぼ反映したものとなっている。つまり、まだ現金の存在が圧倒的だ。

キャッシュレス比率は今後も上昇を続けていくと思われるが、現金の取り扱いは避けられない。「キャッシュレス化の中で『現金自動精算機』市場が急拡大する理由」の記事で触れたように、現金の市場が縮小しつつある状況においても人手を介さず処理が可能な「現金自動精算機」の需要はむしろ急激に伸びているのが現状だ。

キャッシュレス決済の手数料の話題に隠れがちな「現金を取り扱う“コスト”」について改めて考えてみたい。

コストその1:両替手数料

先日、ゆうちょ銀行が現金の取り扱いに手数料を設定したことが話題となった。金種いかんにかかわらず、51枚以上の取り扱いに手数料がかかるというもので、特に商売を営んでいる事業者が両替に同行を利用する場合に追加負担を求められるようになった。

商売において両替が必要なケースは2種類あり、1つは釣り銭として小銭を必要とするケース、もう1つは正確には“商売”ではないものの、寺社などで賽銭として大量の小銭を受け取っており、それを額面の大きい紙幣に交換したいというケースだ。

例えば下記は三井住友銀行で両替した場合の手数料だが、基本的に商売人が両替を行なうケースでは両替機を利用した場合に最低でも400円以上、窓口では770円以上の手数料が請求される。

三井住友銀行で両替機を利用した場合の手数料
三井住友銀行で窓口を利用した場合の両替手数料

仮に1円玉の両替を行なったケースでは500枚を取引したとしても400円が手数料として徴収されるわけで、収支的には非常に厳しい。手数料を新たに設定したゆうちょ銀行をはじめ、銀行各社が両替手数料を設定する理由に「現金取り扱いにおける作業負担と両替機の維持費」を挙げているが、小額決済においてもキャッシュレス的な支払い手段が普及し始めており、硬貨の流通量そのものも減少している背景を受けて、「以前はサービスで無料または安価に提供していたが、いまなら有料化や値上げでもある程度の理解が得られる」と判断したのだろう。

こうしたなか話題となったのが、増え続ける硬貨の賽銭を束(金棒)にして紙幣との両替に応じるというサービスを提供し始めた大阪の住吉神社だ。2種類の両替ニーズをうまくマッチさせたサービスといえる。

神社側の手間はあるものの、増え続ける賽銭の硬貨を手数料つきで銀行で両替するよりは、同じく硬貨の入手で困っている地元の商売人に貢献できた方がいいという考えだろう。これによって神社を訪問する機会も増える効果も考えられ、現金の取り扱いに悩む現代ならではのリサイクル事業になっている。

コストその2:装置コスト

筆者はラーメンが好きなのでよくラーメン屋にいくが、店舗の多くはキャッシュレス非対応というケースが多い。昔ながらの券売機に現金を投入し、メニューの名称が書かれた大量のボタンからトッピングを選んでいくというものだ。近年、券売機を一新してキャッシュレスとタッチパネル対応したAFURI(阿夫利)のようなケースもあるが、フルセットで1台あたり100万円近いオーダーともなると、やはり小規模なラーメン屋では投資判断もなかなかに厳しいのが現状だ。

AFURI(阿夫利)が導入している寺岡精工のセルフKIOSK端末

装置価格を押し上げているのはもちろん大画面タッチパネルを搭載した最新式の装置というのもあるが、実は“現金を取り扱う部分”というのもばかにならない要素となっている。以前に三鷹市での市役所窓口へのキャッシュレス導入の話題を紹介したが、このビジコムの装置1台だけで100万円オーバーの高価な仕組みとなっている。

三鷹市役所に導入されたキャッシュレスPOS。現金の取り扱いも自動精算機(釣り銭機)を用いる

一方で、浜松市が導入したポスタス(POS+)の仕組みでは同じキャッシュレスながら数十万円程度のコストとなっている。前者を1台導入するコストで後者が4-5セットほど入る計算で、実際、三鷹市では市民課の窓口に1台のみの導入に対し、浜松市の中区役所で11セットが導入されている。

ポスタスはSteraターミナル上で動作するクラウドPOSであり、専用のPOS装置を必要としないという理由もあるが、一番の違いは三鷹市では富士電機製の現金自動精算機を採用しているのに対し、浜松市ではシンプルな従来型の“ドロワー”を採用している点にある。

つまり、現金処理の自動化コストの差というわけだ。ポスタス自身は両方のオプションを提供しているため、価格面や運用面などからあえてドロワー方式を選択しているようだ。

浜松市が中区役所に導入したキャッシュレス装置。こちらは現金の取り扱いは従来ながらの“ドロワー”を採用。カウンター奥側に見えるのがドロワー

実際、こうした店頭での支払い処理を行なう装置において、現金取り扱いの有無で価格帯が「1桁変わる」のが一般的だ。ただビジコムによれば、こうした価格差がありながらも、実際のところは現金自動精算機を選ぶケースが多いという。理由としては、もちろん昨今のコロナ禍の影響で現金に直接触れたくない場面が増えているということもあるが、むしろ現金処理にかかる手間や、それによって発生する各種“人的エラー”を避ける狙いが大きいという。

ビジコムのキャッシュレスPOSソリューション。こちらはグローリーの装置を採用したモデル

コストその3:人的エラー

人的エラーとは何か。典型的なのは「現金授受における金額のミス」だろう。受け取った金額が少ない、あるいは逆に多く釣り銭を渡してしまい、レジ締め時の会計が合わないというもの。レジ締めは閉店時だけでなく、飲食店であればランチ後の閑散時間帯を狙って行なったりと、“中締め”の作業が発生することもある。

キャッシュレスであったり、現金自動精算機を用いれば時間あたりの金額が自動計算されるため手間いらずだし、いわゆる「人的エラー」による受け渡しのミスはなくなる。以前に紹介したロイヤルHDの完全キャッシュレス店舗も、現金取り扱いのこの問題を解決することを目指した実験店舗だった。

人的エラーを軽減する、あるいは受け渡しにおける作業時間を低減することで、人員あたり他の作業に割ける時間は増大する。特に飲食店におけるランチタイムやスーパーマーケットにおけるピークタイムなど、会計が集中するタイミングではレジに人が張り付く時間がどうしても増えてしまう。そこで、この作業を機械に肩代わりさせることで作業負担を減らし、人員を1人追加で雇った分のコストと相殺してしまおうというのが昨今のトレンドでもある。労働人口の減少もあり、人を雇うこと自体が難しくなりつつあり、そもそも時給を上げたとしてもアルバイトが集まらないというのはよく聞かれる話だ。

仮にキャッシュレス対応POSと現金自動精算機を導入して100-200万円の追加コストがかかったとしても、人件費を鑑みて半年から1年程度でペイするという考えもあるのだろう。実際、先日紹介した事例にあるように、1レーンを除いてすべてセルフレジで対応しているロンドンのスーパーの例があるほか、米国ではドラッグストアのCVS Pharmacyが積極的にセルフレジを導入してレジの配置人員を削減しているなど、人件費が課題となっている地域の小売でより顕著になっている。

米国のCVS Pharmacyはセルフレジを積極導入しているドラッグストアチェーン

また現金取り扱いの“闇”と呼べる部分も、一部ではこのトレンドを後押しする要因になっていると考える。以前にEuroShopの話題でも触れたが、こうしたソリューションを求める欧州の小売店の場合、“一般的な”人的エラーのみならず、店員の“会計ごまかし”というケースが少なからず存在する。

これは日本の小売店でも聞かれる問題で、「商品ロス」も含めて店員自身の不正が存在している。

正直なところ、どこまでが原因かを追跡するのは“匿名性”の高い現金ではほぼ不可能に近く、それならば機械に任せてしまった方が平等であり、間違いが少ないという考えがある。結局、信頼性の高い方によりコストをかけるというのがセキュリティ面からも安全というわけであり、不正自体が難しいキャッシュレス決済手段に比べ、現金により取り扱いコストをかけなければいけないという背景はこのあたりにある。

英ロンドンにある完全キャッシュレスかつイートインスペースのないMcDonald's店舗。ここまで割り切った店舗が日本で出現する日は来るか

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)