鈴木淳也のPay Attention
第119回
急速に拡大する「ゴーストキッチン」の最新事情
2021年12月2日 08:20
近年興隆が著しいのがフードデリバリーの業態だ。コロナ禍で急成長した業態であり、筆者自身も毎日利用することになるとは、海外渡航から帰国しての自主隔離期間に入るまで想像もしなかった。
コロナ禍に突入した飲食業は、政府や自治体の営業自粛や店内飲食禁止令を受けて従来の営業スタイルを保てなくなり、テイクアウトやデリバリー中心の業態に転換せざるを得なくなった。それまで頑なにデリバリーを導入してこなかったチェーン店でさえ時代の流れには抗えず、一斉に導入へと舵を切ったのも印象的な出来事だった。こうした変化を受け、例えば米国におけるフードデリバリー市場は過去3年で3倍以上の成長を見せており、一躍ビジネスの主役に躍り出ることとなった。
だが新型コロナウイルスの感染状況が一定の落ち着きを見せるようになると、店内営業に関する制限は少しずつ緩和され、飲食業も以前のように客を取り戻すべく動き出した。小売店を含め以前の活気が戻るにはまだ時間はかかると思うが、先日サンフランシスコを訪問した際は、日中こそ街は閑散としていたものの、夜になると人々はレストランやバーへと繰り出し、満席で待ち行列のある店を多数見かけるなど活気を取り戻しつつあるように見える。
実際、こうした緩和に合わせてフードデリバリーの需要はやや落ち着きを見せているようで、配達員が思ったような報酬を得られずに苦しんでいるという話も聞くようになった。
こうしたなかで、最近また英語圏でよく見かけるようになったキーワードがある。それが「ゴーストキッチン(Ghost Kitchen)」だ。
「ゴーストキッチン」とは?
「ゴーストキッチン」は、客に見えない形で営業を行なうレストラン。厨房の機能のみを持つ飲食業態といえる。
日本では「シャドウレストラン」のような名称で呼ばれることがあるが、英語圏ではこのほかに「ダークキッチン(Dark Kitchen)」「バーチャルキッチン(Virtual Kitchen)」のようなキーワードが存在し、それぞれ異なる意味を持っているという解説もある。
日本でもデリバリーやピックアップ専門で客席を持たない飲食業態が最近になり多数登場しているが、ゴーストキッチンの最大の特徴はこうした顧客との接点となるストアフロントを持たず、あくまで厨房機能に特化している点にある。利用者との接点がなく、デリバリーなど他のサービスを介在して料理を届けることに注力している。
一方のバーチャルキッチンは、ストアフロントとしてインターネット(またはモバイルアプリ)のみを持つものを指す。これはフードデリバリーサービスに特化した業態が登場したことで成立したもので、リアル店舗によるストアフロントや自前の配達網を整備することなく、比較的最小のコストで自身の店を持つことを実現した。例えばUber Eatsでは「デリバリー専業のバーチャルレストランを立ち上げよう」というフレーズで加盟店を募集していたりするが、これが業態をすべて物語っている。
ダークキッチンは、先ほどの解説によれば、「従来のリアルレストランにデリバリーやピックアップの機能を持たせたもの。ただし店舗としては別のブランドとして機能している」としている。日本のシャドウレストランの定義に近いが、「うどん屋やファミレスが“唐揚げ”専門ブランドをうたって店内で商品を提供する」ケースが多数みられることから、こういったものもまたダークキッチンなのだろう。
このゴーストキッチンという呼称の旗振り役の1つとして活動しているのが、REEF Technologyだ。もともとは米ニューヨーク中心部に2013年にオープンしたレストランが、(フードデリバリーサービスの)Grubhubと提携してデリバリー専門業態としてスタートしたものをNew York Timesが「Ghost Kitchen」とした紹介したと先の解説記事で述べられているが、REEF自身はこのレストランがオンライン上にストアフロントを持っていることから「バーチャルレストラン」と呼んでいる。
REEFのいうゴーストキッチンとは、どちらかといえば「厨房の場所貸し」に近く、特定の料理ブランドあるいは複数のブランドがREEFの“厨房”を使って、より広い地域にサービスを届けるために利用しているような形態だといえる。
駐車場をデリバリー専用レストランに変える「REEF」
REEFが興味深いのは、そのビジネスモデルにある。同社はもともと「ParkJockey」の名称で駐車場の運営代理を行なう企業として2013年に創業した。パーキングメーターなどの高価な機器を設置することなく、モバイルアプリで低コストに駐車場を運用する点に特徴があり、創業地である米フロリダ州マイアミを拠点に全米ならびにカナダや英国にビジネスを拡大しており、CrunchBaseによれば200都市にある4,500カ所の拠点でビジネスを展開している。
2019年にブランドをParkJockeyからREEFに変更したが、Business Journalによればその際に共同創業者兼CEOのAri Ojalvoは「駐車場を単なる車を留め置くための場所ではなく、地域のコミュニティのハブであり、人々とビジネスやサービスを結びつけるための拠点になると考えている」と述べており、現在のゴーストキッチンの原型となる仕組みへの注力を語っている。
結果として、リブランディングから1年を経たずしてコロナ禍へ突入してフードデリバリーのビジネスが急成長するわけで、偶然の中での必然を感じざるを得ない。
さらに興味深いのは、リブランディングの直前にあたる2018年にはソフトバンクのビジョン・ファンドなどを中心とした企業群からREEFは出資を受けており、「駐車場を地域ハブ化する」というビジョンを投資家らに語って資金を得ていたものと考えられる。一介の駐車場オペレーターが先を見据えたビジネスモデルを構築し、さらに早期のタイミングでその有用性に気付いて投資を行なったソフトバンクの慧眼に驚く。
ただ、このアイデアは必ずしも認められるわけではないようで、新拠点がオープンする一方で、その少し前にはニューヨークでのREEF Kitchensの一斉閉鎖が話題になるなど、必ずしも順風満帆ではないようだ。Wall Street JournalではREEFのキッチントレーラーがたびたびボヤ騒ぎを起こしていることを報じているが、急拡大する同社のビジネスに対して規制当局が横やりを入れる形で拠点閉鎖につながっている事情を説明する。
各社報道が「REEFは地域で定められた営業ルールで複数の違反が見られた」と報じている一方で、同社自身は「いかなるルールにも抵触していない。一時営業許可の期間が終わっただけ」と返答しているなど、認識の齟齬がある。Restaurant Businessの報道では「We continue to work collaboratively with regulators on ways to permit our innovative model.(われわれの革新的なモデルが認められる道を探るべく、行政担当者と引き続き協調していく)」との同社のコメントも紹介しており、ローカルビジネスを塗りつぶすタイプの一斉展開はなかなかに難しいようだ。
増えるデリバリー/ピックアップ専門業態
日本では露骨なシャドウレストラン問題が報じられたことで規制の話が出てきたが、ゴーストキッチンを含むこの種のデリバリーやピックアップ特化業態は増加傾向にある。
日本の場合、複数のブランドが1つの厨房を共有するケースにおいて、十数個のブランドが同居していて専門店をうたったり、あるいは衛生状態の問題が取り沙汰された。さすがにこの業態で専門店をうたうのは詐欺のような気もするが、衛生問題についてある関係者は「そもそも通常のレストランにおいても厨房は外から見えないわけで、シャドウレストランだから不衛生ということにはつながらない。むしろきちんと保健所の許可を得て営業していることが重要」との見解を示している。
ゴーストキッチンの業態は「アグリゲータ(Aggregator、集約者)」のように呼ばれることもある。複数のブランドが共通のキッチンやストアフロントから楽しめるということで、効率性を重視した店舗運営の一業態のように扱われるためだ。有名な例だが、米国ではKFC、Taco Bell、Pizza Hutはすべて同一のYum! Brands傘下で運営されており、これらのロードサイド型店舗では3つのブランドが合体した店舗をよく見かける。効率運営の最たるものだろう。
ざっと調べただけでも、ここ最近新拠点をオープンさせたGhost Kitchen Brands、Kitchen United、Inspire Brandsなどの事例が出てきており、少しずつ浸透しつつあるように思える。また増え続けるゴーストキッチンのなかで、SwiftEatsのように他社との差別化をうたう業態も出ている。
先ほど厨房の衛生問題について取り上げたが、SwiftEatsでは逆に厨房の様子をオープンに公開することで、調理の様子を見せつつ、集客効果も狙う。店舗自体には客席はないため、あくまでデリバリーやピックアップが中心となるが、試みとしては興味深い。
ゴーストキッチンの展開状況やビジネス概況はまだ把握できていないが、フードデリバリービジネスが成長するのに合わせ、既存の店舗やチェーン店のみならず、新しい業態としてのゴーストキッチンによるビジネスもまた増えてくるだろう。同時に、チェーンによってはREEFのような事業者と組んでカバーエリアを広げるケースもみられ、利用者が意識せずにゴーストキッチンを利用するケースも増えてくるかもしれない。コロナ禍での一過的なビジネスと思わず、継続的なウォッチが必要だ。