鈴木淳也のPay Attention
第118回
最新のアマゾン無人決済スーパー「Amazon Fresh」を歩く
2021年11月24日 08:15
米Amazon.comが最新テクノロジー「Just Walk Out」を投入して無人決済店舗「Amazon Go」を1年あまりの内部運用を経て一般公開したのが2018年1月のこと。当時、サンディエゴ取材の合間を縫って同本社のある米ワシントン州シアトルまで1号店の取材に行ったのは4年近く前のことになる。それから同社はAmazon Go店舗を米ニューヨーク、イリノイ州シカゴ、カリフォルニア州サンフランシスコに次々とオープンさせてきたが、現在一時閉鎖中のものも含めて20前半台の店舗しか存在していない。コロナ禍においてリアル店舗運営に逆風が吹いているという事情もあるかと思うが、Amazon自身が「何か実験をしつつ方向性を模索している」という意図も感じている。
このあたりの事情は「Amazon Go型無人決済店舗は日米で真逆の商圏を開拓する」の回でも触れているが、現在のAmazonは「Amazon Go」店舗そのものを拡大していくよりも、「Amazon Fresh」のような新しい業態や商圏の開拓、さらに「Amazon One」のような新しい仕組みの取り込みに熱心になっているようにみえる。今回は、「海外渡航のいま(出国編)。事前準備は入念に。ワクチン前提の行動規制」でも触れたが、米ネバダ州ラスベガスで開催されたMoney20/20 USAに合わせてシアトルを訪問する機会を得たので、今年6月にシアトル郊外のベルビューにあるThe Marketplace at Factoriaにオープンしたばかりの「Amazon Fresh」を訪問してみた。同社の「Just Walk Out」技術を巡る最新事情を少しレポートしてみたい。
ベルビューのAmazon Fresh Factoria店舗をウォークスルーする
フライト時間の問題もあり、ベルビューの店舗を訪問できたのは朝9時台のまだオープン直後の時間帯で、いまだ食品コーナーは開店準備を進めているような状態だった。買い物客もほとんどおらず、実際にオープン後半年弱が経過した店舗を人々がどう利用しているのかは分からなかったが、システム面ではいろいろ把握することができた。
「Just Walk Out」は、簡単にいえば入店時にクレジットカードを登録し、あとは店内の商品を手にとって退出するだけでカードへの請求が行なわれる仕組み。Amazon Freshは、基本的には全米に店舗のあるSafewayやWhole Foods Market(現在Amazonの子会社)のような食料品中心のスーパーマーケットに、そのままJust Walk Outの技術を適用した店舗となっている。
従来のAmazon Goとの違いは店舗面積が圧倒的に広くなり、商品点数も増えてほぼ通常のスーパー並みの品揃えになっている。また米国の食品スーパーではよく見かける「肉や魚の量り売り」「ピザやチキンなどの調理済み食品の販売」「サラダバー」といったコーナーも追加されており、そこがAmazon Goになかった特徴であると同時に、今回のAmazon Freshで新たに実装された、従来ながらのスーパーをJust Walk Outな店舗に展開したイメージとなっている。
簡単にいえば、「普通のスーパー店舗でいかにJust Walk Outを実現するか」というチャレンジが詰まった店舗だ。文章で細かく説明するより、写真ですべて見せてしまったほうが分かりやすいと思うので、ここからは一気に店内の特徴的な部分をチェックしてほしい。
Amazon Oneを利用した入退店
従来、Amazon Goといえば「Amazon Go」アプリにAmazonアカウントを紐付けた2次元コードを表示させ、これで入退店や課金、購入済み商品のカート確認やレシートを得ていたが、現在ではAmazonがメインで利用しているオンラインショッピング用のアプリへと機能が統合され、そこから2次元コードを表示する方式へと変更されている。
最終的に今年12月いっぱいでAmazon Goアプリの機能は廃止となるため、今後渡米してAmazon Goを利用しようという人は注意が必要だ。特に問題となるのが、Amazon Goアプリで可能だった「日本のAmazonアカウントで登録できる」という機能がなくなってしまう点だ。Amazon Shoppingのアプリに日本のAmazonアカウントを登録してしまうと2次元コードを出す機能が隠れてしまうため、実質的に日本のユーザーはAmazon Goが利用できなくなる。
そこで代理ソリューションとなるのが“手のひら”認証の「Amazon One」だ。まだすべてのAmazon Go店舗に入っているわけではないが、Amazon Oneでは手持ちのクレジットカードを直接自身の“手のひら”に紐付けることが可能なため、入り口に設置されている専用の機械(もしくはAmazon Oneが設置されたゲート上で直接作業してもいい)でエンロール(学習)作業を行なえば、以後は“手のひら”をリーダーにかざすだけでゲートの入退店が可能となる。
Amazon Oneの注意点として、エンロール後に登録した電話番号に対してSMSが届き、そこに記されたリンクから「Amazonアカウントの紐付け」を行なうよう促される点だ。Amazon Oneの特徴として、店舗をまたいで“手のひら”情報が共有され、そのままどこでも“デバイスレス”でJust Walk Outの利用や、“Amazon系列ではない”店舗での決済が利用可能だが(正確には付帯条件があるが、これは後日別記事で触れる)、このアカウント紐付けを行なわないと有効化されないので、もし継続利用する場合には忘れず登録しておこう。
実際に、Amazon Oneを使った入退店の様子を動画に収めてみたので見てみてほしい。実はこの動画は何度かトライして割と上手くいったものを掲載しているが、このAmazon Oneの“手のひら”認証はスイートスポットで固定するのが意外と難しく、なかなか認証されず割とイライラする。特に高さの加減が分かりにくいのが最大のウィークポイントだ。
Whole Foodsのレジに設置されたAmazon Goリーダーでは、高さが分かりやすいように突起物でセンサーを覆うような“ガード”が付いていたが、このAmazon Fresh店舗では特にそういうものもなく、余計に認証で引っかかる状態だった。
このように、Amazon Freshの店舗は「Just Walk Out」と「Amazon One」ですべて成り立っているようにも思えるが、実際にはどちらのテクノロジーを利用せずとも同店舗での買い物は可能だ。入り口とチェックアウトレーンには店員がつねに張り付いており、従来のスーパー同様の買い物も可能だ。むしろ、これら最新技術はAmazon Goのときと同様に「ストレスのない新しい買い物体験」を味わうことが主眼にあると考えていいだろう。
“Fresh”なテクノロジー
このAmazon Fresh店舗の特徴は、通常のスーパーではごく当たり前のサービスをJust Walk Outという技術で利用可能なように“工夫”で落とし込んだ点にある。自動化が難しい部分は有人対応を行ない、煩雑な作業は簡略化する。
例えば前者はデリや量り売りのコーナーで、商品の梱包を店員が行ない、そこに記載されたバーコードを赤外線リーダーで読ませることで商品登録する。これにより、それまでは存在していなかった商品の追跡が可能になるという仕組みだ。
また後者の場合、米国のスーパーでは割と見かけるサラダバーのコーナーでは、買い物客がどのサイズの“箱”を取ったかでサイズごとに異なる料金を認識し、最後のチェックアウト時にそれに応じた課金を行なうようになっている。以前までのWhole Foodsであれば、箱のサイズではなく「純粋に重量計測」のみで価格が決定されていたため、どの箱を梱包に使おうが値段的には関係なかった。だがAmazon Freshのケースでいえば、箱のサイズごとに価格帯を分ける形でシステムが認識できるような形態になっており、チェックアウト時の計量も不要にしている。
そして個人的にAmazon Freshで最も興味があったのが、野菜などの生鮮食品のコーナーだ。パッケージ商品とは異なり、野菜などの商品は個々に形状や重量が違っており、画像認識技術における1つのハードルとなっている。また同時に、重量の差異の問題もあり、正確な計測は難しいのではないかと考えていた。
だが結局のところ、Amazon Freshでは「天井にある行動追跡のAIカメラ」+「棚の重量センサー」ですべてカバーしており、運用上の問題は感じられなかった。カメラでどの棚の商品を取っているかの行動追跡を行ないつつ、同じタイミングで商品が棚から取られて重量センサーが一定以上“軽量化”を検知したタイミングで「商品を取った」と判断する。ネギやパセリなどの非常に軽量の野菜もあるが、この2つのセンサーの組み合わせで充分追跡できているとAmazon側では判断していると思われる。
ポイントとしては2点あり、「同じエリアに陳列する商品はある程度大きさを揃える」「スタッフがこまめに“戻された”商品の置き場所間違いの修正を行なう」といった工夫が必要になる点だ。例えばバナナがいい例だが、1本単位の陳列は“ある程度大きさを揃えつつ”個別に陳列されているが、房で販売されているものについては「袋詰め」している。これは、房の状態の商品からバナナを1本だけ抜き取られたりすると、正常な追跡が行なえなくなる可能性がある。
また、野菜販売などでよく見かける「重量計測での価格決定」は行なわれていない。先ほどのサラダバーの話同様に、重量計測というプロセスはJust Walk Outの仕組みと相性が悪い。ゆえに、それらを徹底排除したのだと思われる。また、商品陳列棚はすべて重量センサーが仕掛けられているため、写真にあるような果物の陳列コーナー横の鉄製の柱を通じて大量のケーブルが天井に伸びている。つまり、すべての棚は層インテリジェント化されており、電気の通っていない場所はどこにも存在しない。逆にいえば、これらセンサーとケーブリングが理由で店内の模様替えなども非常に手間がかかると思われ、そこがウィークポイントともいえる。
こうした店内特有のテクノロジーのみならず、Amazon Freshではオンライン利用を想定したいくつかの工夫が行なわれている。Amazon Lockerによるピックアップもそうだが、Amazon Shoppingアプリを使ってデリのコーナーで事前注文を行なって後からピックアップしたり、いわゆるカーブサイドピックアップで事前注文した商品の受け取りだけを店頭で行なうというサービスも利用可能だ。
Amazon Freshは、あらゆる意味でテクノロジーを包含した最新スーパーといえるかもしれない。
旧Amazon Go Grocery店舗も訪問してみた
今回、スーパー業態としては初のJust Walk Out技術を採用した店舗としてベルビューのAmazon Fresh Factoriaを紹介したが、同名のAmazon Freshを冠したJust Walk Out店舗としてはすでに英ロンドン周辺にいくつか存在するし、Amazonが2020年2月にスタートした「Amazon Go Grocery」という店舗もある。Amazon Go Groceryは従来のAmazon Goの商品ラインナップを少し広げ、生鮮野菜や果物、肉や魚といったスーパーらしい商品ラインナップを拡充したものとなっている。
ただしブランディングの問題もあり、2020年内に2店舗まで拡大したAmazon Go Groceryのうち、ベルビューに隣接する米ワシントン州レドモンドの店舗は閉鎖となり、もう片方の1号店であるAmazon Go Groceryは現在では店舗名を「Amazon Fresh」へと変更して営業を継続している。ついでということで、大雨の中をベルビューからシアトルまで移動し、旧Amazon Go Groceryを覗いてみることにした。
店舗サイズは既存のAmazon Goの大型店くらいの面積だが、ベルビューのAmazon Freshに比べると圧倒的に狭く、商品ラインナップもどちらかといえばAmazon Goと似通っている。この店舗はまだAmazon Oneに対応しておらず、導入済みの他店では利用できなかったAmazon Goアプリも継続して利用できた。Amazonのリアルスーパー参入の1号店という触れ込みで登場したAmazon Go Groceryではあるものの、そのAmazon Goとの違いは生鮮野菜や果物のコーナーの有無くらいであり、ベルビューの店舗を見た後ではあまり感嘆する要素はなかった。商品ラインナップもほとんどがAmazon Goのそれで、Groceryの名称を冠しているように、生鮮食品の部分で若干の差別化が図られている程度だ。この点を加味すれば、Amazon Freshの本当の驚くべきポイントは「既存のスーパーと同等の商品点数」という部分にあるのかもしれない。
なお、このJust Walk Out技術だが、つい先日には米ニューヨークのStarbucks店舗で導入されたという話が舞い込んできた。1号店は59th StとLexington Aveにあるというが、年内にさらに2店舗がオープン計画とのことで、2022年1月にニューヨーク訪問を検討している筆者には、新たな取材ネタが増えて非常に楽しみだ。