鈴木淳也のPay Attention

第116回

ブロックチェーンと小売と金融。2年ぶりの米国金融イベントで見えたもの

Money20/20 USAの会場。2年ぶりとなったリアル開催の今回は会場レイアウトを一新し、展示会場、講演ステージ、休憩やミーティングスポットがすべて一緒くたに配置され、人流が全体に行き渡るようにデザインされている

2020年はコロナ禍の影響もありオンラインで一部のセッションが開催されるに留まった「Money20/20 USA」だが、今年は米国のイベントの屋内開催におけるレギュレーションも緩和され、初夏の時期には10月のリアル開催に向けた告知が行なわれていた。そうした動きもあり、家庭的な事情で事情で海外渡航が難しかった筆者も、2年ぶりとなるMoney20/20 USA参加に向けて10月後半に渡米してきた。もっとも、米国は現在欧州方面からの渡航をかなり制限しており、米国外から参加できた来場者はほとんどいなかったとみられる。

この詳細については別記事でレポートする予定だが、筆者自身も今回は予定の調整や米国内線フライトの確保が困難という理由によりフル日程での参加ができていない。あくまで久々のリアル開催となった海外イベントの視察と一部主要セッションの聴講を目的とした。今回は2年ぶりの開催となった金融イベントがどういった傾向で開催されたのかを少し紹介したい。

今年のMoney20/20 USAのテーマは?

複数の出展社による展示会場と多数のカンファレンスセッションの構成だった従来のMoney20/20だが、今年は中小出展社による製品やサービス展示はほとんどみられず、大手を含むプライベート商談ブースがその中心となっていた。カンファレンスもボールルームを押さえて多数の聴講者を集めるというよりも、展示会場内にいくつか小規模なステージを設ける形で“ピッチ”が展開されるスタイルに変化しており、会場を歩き回りながら興味を持った話題に耳を傾けるという体裁になっている。そのため歓談ブースが充実しており、関係者同士の情報交換や商談のためのイベントという性格がさらに強くなった印象だ。

イベント全体のテーマとしては、昨今金融業界を騒がせている「BNPL(Buy Now, Pay Later)」のような小売やコンシューマ向けのソリューションよりも、「BaaS(カード発行業務など)」「Cryptocurrency(暗号資産)」「ID/Authentication(認証やセキュリティなど)」といった形で金融サービスを提供する事業者側の視点に沿った話題が多かった。スポンサードの関係かNYDIGのBitcoin関連ソリューションが非常に目立っており、暗号資産やブロックチェーン技術の活用は業界におけるテーマだというのが改めて認識できた。

会場入り口付近にブースや多数の広告を出していたNYDIG(New York Digital Investment Group LLC)

Bitcoinの金融システムへの活用は各国の規制に加え、その価格変動の大きさという“ボラティリティ”が最大のリスクとなる。

このあたりは法定通貨にBitcoinを採用したエルサルバドルの事例も含めて過去に紹介しているが、「ウォレットをいかに一般消費者や小売店に普及させるか」「金融政策で制御できないリスク」といった課題が、「海外送金手数料の低減」といったメリットをいかに上回るかが大きなポイントとなる。Bitcoinが価値を固定したステーブルコインでないがゆえの問題であるが、その一方で根幹となるブロックチェーンの技術を切り出してうまく活用できないかという試みも長年にわたって続いている。

Money20/20の基調講演に登場した米Alchemyの共同創業者兼CEOのNikil Viswanathan氏は、Bitcoinならびにその根幹を成すブロックチェーンについて「過去50年間でコンピュータ、インターネットに次ぐ第3の大きな技術的シフト」だと表現している。

コンピュータの出現によってソフトウェアアプリケーションが登場し、インターネットの発展によって今日われわれが便利に利用している各種のサービスが登場した。ブロックチェーンはそれに次ぐ第3の新しいプラットフォームとなる可能性が高いというのが同氏の意見で、これまで不可能だったことを可能にできるという。

ブロックチェーンの最大の特徴は分散型ゆえのオープンなプラットフォームで、例えば従来の電話やテレビといった通信手段が一部の大手企業によってインフラが握られ、ユーザーもまたその選択肢が限られていたのに対し、今日のインターネットではさまざまなサービスが登場し、ストリーミングサービス1つとってもさまざまな選択肢が登場した。このようにブロックチェーンは自らのインフラやアプリケーションを展開できる技術であり、開発者らを支援するための仕組みを提供するのが同社Alchemyの役割だとする。

米Alchemyの共同創業者兼CEOのNikil Viswanathan氏
Viswanathan氏は「ブロックチェーンは過去50年間で第3の大きな技術的シフト」という
AlchemyはブロックチェーンのインフラにおけるいわゆるOSに相当するレイヤーのソリューションを提供する

「Alchemy(錬金術)」という社名も言い得て妙だが、既存の金融システムへの食い込みには時間がかかっている一方で、ブロックチェーンはBitcoinを含む新しいサービスや金融手法には次々と採用が進んでいる。同氏が例として「ICO」や「NFT」などの事例を挙げているが、これらは「集金術に過ぎない」という批判もある一方で、Viswanathan氏はあくまで「シリコンバレーの投資家に接触しなくても資金を集めることを可能にする手段」「デジタル所有権のためのシンプルな仕組み」とそれぞれの事象について語っている。

刃物が便利な道具であると同時に危険な武器でもあるのと同様に、実際の用途やリスクはその利用者しだいというのが関係者側の考えだ。ブロックチェーンの有用性そのものは別のセッションで米Mastercardのブロックチェーン&デジタル通貨担当エグゼクティブバイスプレジデントのRaj Dhamodharan氏も語っており、活発化し始めたCBDC(中央銀行デジタル通貨)の議論と合わせ、活用方法は引き続き業界で模索されていくだろう。

米Mastercardのブロックチェーン&デジタル通貨担当エグゼクティブバイスプレジデントのRaj Dhamodharan氏

小売と金融のボーダレス化。イケアの取り組み

もう1つ、Money20/20 USAで興味深かったのが、「Furnishing Better Finance with IKEA」と題されたトークセッションだ。世界的な家具流通業者として最も著名な企業のIKEAが金融事業を強化しているとしてIKEA Retail USのChief Digital OfficerであるUmesh Sripad氏が招かれ、その背景について説明したものだ。

「世界的には“イケア”だが、米国では“アイケア”」というお馴染みのフレーズから始まったこのセッションだが、最低でも15-30分という一筆書きの迷路のようなIKEAの店舗空間において、入店からチェックアウトまでいかに快適なユーザー体験を提供できるかを考えたとき、デジタルトランスフォーメーション(DX)や金融サービスなどの組み合わせはなくてはならないものだとSripad氏は指摘する。

顧客の購買傾向変化に合わせて急遽BNPLのようなソリューション導入を進めた米小売業界だが、こうした事象が起きる背景には「小売店が真の意味で顧客を捕捉できていない」ということに由来する。来店誘導からチェックアウトまでのソリューションが分離していることで、こうした問題が発生しうると考える。

IKEAでは比較的早期からコーポレートカードやローンを含む金融サービスに手をつけており、2月にはIngka InvestmentsがスウェーデンのIkano Bankの49%の株式を取得して実質的な銀行業に足を踏み入れたことが話題になった。IKEAの組織図は非常に複雑で、オランダを拠点にするIngka Groupは世界のIKEA店舗の大部分を運営するフランチャイジーではあるが、IKEAのブランド権利そのものは持っていない。ただ、Ingka GroupもIkano Bankももともとはスウェーデン出身の実業家でIKEA創業者であるIngvar Kamprad氏によって設立されたもので、この株式取得はグループ内での金融事業強化の意味合いが強い(そもそも「IKEA」や「Ingka」の社名自体がIngvar Kamprad氏の名前のイニシャルから取ったもの)。

米国の小売店ではBNPLを含む近年流行のオンラインやアプリ決済手段も広くカバーされつつある
小売と金融の融合とユーザー体験についてトークを行うJifiti共同創業者兼CEOのYaacov Martin氏(左)とIKEA Retail USのChief Digital OfficerのUmesh Sripad氏(右)

Sripad氏はIKEAのビジョンを支える柱について「Accessibility(利便性)」「Affordability(手頃な価格)」「Sustainability(持続性)」の3つを挙げている。特に利便性の面について、複数の販売における金融サービスの提供にあたり、パーソナライズかつローカライズされた商品の提供のためには地元金融機関との連携が欠かせないと述べている。つまりIkano Bankの株式取得はその延長線上にあるというわけだ。

日本国内のBNPL事情でも触れたが、金融や決済というのは国それぞれの事情や文化があり、世界で一様ではない。ゆえにITの世界では圧倒的なグローバルパワーを持つ企業であってもローカライズは無視できず、Googleによるpring買収やPayPalによるペイディ買収といった事象が発生する。小売店サイドとしては、こうした金融商品の取り込みは顧客との接点を築くうえで非常に重要で、Sripad氏もコロナ禍の過去18カ月でさらに加速したとコメントしている。

BNPLという仕組みのニーズ自体もユーザーと小売の間のニーズのギャップから拡大したもので、おそらくは数ある金融商品の1つに過ぎないという位置付けだ。今後も顧客の購買行動や意識の変化に合わせ、小売や金融サービス事業者はそのニーズにフィットした金融商品を開発し、提供し続けていくことになるのだろう。

Money20/20 USAではこのように会場のあちこちにトークやピッチセッション会場が設けられている

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)