鈴木淳也のPay Attention

第115回

Apple Pay、nanaco/WAON対応の次

イオンモール津田沼店。食品売場が24時間営業なため、よく日付を跨いだカウントダウンイベントでの催事場で利用されている。背後にはイトーヨーカドー津田沼店が見える

セブン&アイ・ホールディングスとイオンが8月に予告していた「nanaco」と「WAON」のApple Pay対応がついに10月21日スタートした。Apple Payに対応する電子マネーサービスとしてはSuicaとPASMOに次ぐものであり、日本国内では4つのサービスがラインナップされる形となった。JR西日本では「モバイルICOCA」の2023年春開始も予告しており、国内で展開されているサービスの多くを取り込む形となる。

nanaco、ついにApple Pay対応。iPhoneで支払える

WAON、Apple Pay対応。iPhoneで「若者もWAON」

それぞれのサービスのApple Pay対応における狙いや実際の利用方法については、弊誌の記事ですでにレポートされているので、もう少しだけ違う角度から触れたい。

海外からリージョン切り替えなしで日本の電子マネーの追加・チャージ

最近iOSのこまめなアップデートをサボっていたせいで正確な変更タイミングは把握できていないが、iOS 15以降のWalletアプリのメニューにおいてリージョンを問わずに交通系ICや電子マネーの追加が可能になっている。筆者は通常米国リージョンでiPhoneを運用しているため、日本でしか登録されていないストアアプリの利用やApple Payで利用するカードの追加において、毎回リージョンを切り替える操作が必要だったが、今回はそうしたことも必要なくnanacoとWAONの新規追加が可能になっている。

リージョン変更なしでnanacoやWAONの追加が可能に

Walletアプリからの新規カード追加について、nanacoは物理カードの取り込みのみに対応し、WAONは物理カードの取り込みとオンライン発行の両方に対応するものの、ご当地WAONのような特別なカードには対応せず、あくまで“素”のWAONのみに対応する。

nanacoのオンライン発行やWAONの特別な券面を持つカードの発行などは、nanacoとWAONの各iOSアプリを利用することになるが、こちらは日本向けにしか配信が行なわれていないため、ストアのリージョンを切り替える必要がある。つまりWalletアプリの挙動こそ変化したものの、あくまで日本在住ユーザーのための電子マネーサービスということだ。

取り込みテストするためにWAONの物理カードを購入したが、実はうっかりでご当地WAONを購入してしまったため、取り込みに失敗している(ご当地WAONは取り込みに対応していない)

ただ、交通系ICに関しては今回のようなWalletの挙動の変化は、リージョン間を物理的に移動した際に重宝する。例えば、インバウンドの旅行客が日本に到着した後、iPhone上でWalletアプリでSuicaを追加し、そのまま端末上でクレジットカードを使って残高チャージすることも可能だ。特に日本の都市部での移動は交通系ICの有無が利便性に大きく直結するため、以前までのように外国人がSuicaの入手やチャージで苦労するといった事態は幾分か和らいでいる。

同様に、日本人が海外に行った際に、現地の交通系ICカードをリージョン切り替えなしにすぐに入手できたら便利だろう。実際、米国のサンフランシスコ・ベイエリアやワシントンDC首都圏、ロサンゼルス都市圏で利用可能なClipper、SmaTrip、TAPといったカードがすぐに追加できるようになっているため、現地での行動がすぐ行なえる。

注意点としては、Wallet上で中国や香港の交通系ICカードが利用可能になっているものの、チャージ可能なカード種別が現地発行の銀聯カード(China UnionPay)であったり、やはり香港の八達通(Octopus)カードについても現地発行のMasterCardやVisaカードに限定されるため、そもそもオンラインでカードが発行できない。

これは現地の事業者のポリシーの問題なのでしょうがないのだが、やはり国境の壁は存在する。また国境の問題ではないものの、今回のテーマのnanacoとWAONについても、Visaカードのみチャージ非対応となっている。これはカードの発行国いかんに関わらずすべてのVisaカードが通らないため、あともう少し頑張ってほしいところだ。

交通系ICカードの追加画面。日本と米国のカードが1つの追加画面に同居している。画面下の方には中国と香港のカードも控えている
WAONをWalletアプリ上からオンライン発行しようとしたら、チャージ用のクレジットカードがないと警告が表示される。筆者のWalletにはBank of AmericaのVisaカードが入っているが、これは対象外とされているようだ

今後の展開とEdy

冒頭で紹介した記事にもあるように、nanacoとWAONの会員数は増加の一途をたどっている。以前に「コード決済が電子マネーを抜く日」でも触れたが、利用回数が昨年2020年に1割以上急減したSuicaでさえ、モバイルSuicaの会員数は従来と同様のペースで伸び続けている。アクティブ率などの問題はあるが、基本的に利用者の母数が大きくなれば利用回数と決済金額はそれに応じて伸びるわけで、全体にプラス効果を及ぼす。ただ、前述の記事内でも紹介している日本銀行の「決済動向」の月次データを参照する限り、2020年後半から電子マネー全体の利用の停滞傾向が見受けられる。理由は不明だが、その間隙を縫ってコード決済が金額ベースで電子マネーを一時的にせよ抜いたわけで、日本国内における電子マネーは岐路に立ちつつある。

従来、nanacoやWAONといった流通系電子マネーはポイント還元と利便性をセールスポイントに大量の非接触ICカードを利用者にバラ蒔いてきた。カードの普及期は問題なかったが、利用者が増え、技術の進展とともに利用者の生活スタイルに変化が現れると、必ずしもそのやり方はフィットしなくなる。

いわゆる3G世代の“ガラケー”やAndroidスマートフォンに「おサイフケータイ」が提供されていたころ、筆者の推測も交えてその普及率は「多くて1割程度」と見積もっており、ユーザーの伸びもほぼ停滞していた。だがApple PayでSuicaが提供されるようになると増加ペースは急増し、対応前と現在でわずか5年で2.5倍まで伸びている。先日、Suicaの累計発行枚数が2億枚に達したことが報じられたが、そこから計算したモバイル比は5%、日本の人口ベースでも1割程度の水準だが、Suicaを利用する首都圏人口(およそ3,500万人)で考えれば3割近い水準に達しているわけで、一定程度の普及を果たしたといえる。

モバイルSuica会員数の推移。Apple Pay対応が開始された2016年10月以降、急激に会員数が増加している(出典:東日本旅客鉄道)

これが何を意味するかといえば、少なくとも3割程度のSuicaユーザーはモバイル経由で同サービスを利用しており、日々の決済にもモバイルを活用するケースが少なからず増えているということだ。

特に電車などを利用する若年層や働き盛りの層は決済のためだけに財布を取り出す回数が減るわけで、ポイント連動があるとはいえ、物理カードを中心としたソリューションでは利用機会が減少する恐れがある。特に最近ではコード決済のようにスマートフォン利用を前提とした決済サービスも登場しているため、より顕著となる。両サービスともに「比較的若い層をターゲットに利便性向上と利用促進を」と狙いを説明しているのはそのためだ。

もう1点は物理カードの発行維持コストで、Suicaだけで2億枚発行するJR東日本も含めて各社の悩みの種となっている。英ロンドンのTfLがOysterの代わりにオープンループを採用したのも、専用カードの維持負担がネックだったからだ。

先日、PASMOとSuicaが共同でモバイル移行を推進する広告を出したことが話題になったが、このキャンペーンを仕掛けたのはJR東日本ではなくPASMO側だったと聞いている。やはりPASMOも物理カードの維持コストなどの問題があり、モバイル移行を推進すべくJR東日本に声をかけて共同キャンペーンを張ったという流れだ。

PASMOが仕掛けたSuicaとの共同でのモバイル移行促進キャンペーン

その意味では、nanacoとWAONはまだまだスタート地点に立ったばかりだ。サービス開始当日の10月21日に何軒か系列店舗を巡ってみたが、キャンペーン掲示は店舗によってまちまちで限定的だったと考えている。今後徐々に本格化していくと思われるが、効果が表れるのはもう少し先かもしれない。

一方で、多くの方が気にしているかもしれないのが「楽天Edy」の行方だ。おサイフケータイへの電子マネー搭載第1号として知られる同サービスだが、今回の対応に含まれなかったことに疑問を感じる方も多いだろう。

実際、Apple Payが日本でローンチされた直後は積極対応を進めていくようなコメントを出しており、本来であれば意欲を持って率先して進めていたはずだ。ただ筆者が聞き及んでいる限り、Edyを擁する楽天とAppleの交渉は現在も水面下で進んでいるとみられる。状況証拠でしかないが、nanacoとWAONのApple Pay対応が発表された直後に探りを入れた範囲で情報統制が走っており、少なくとも交渉が現在進行中である可能性が高い。

ある関係者によれば、楽天がこのタイミングで参入できなかった理由について「Edyはイシュイングに関する権利関係が複雑で、その問題の解消に時間がかかっているのでは」と述べていた。筆者の周りにも電子マネーはEdyしか利用できない店舗が存在しており、キャッシュレスを推進するスタンスとしては可能な限りApple Pay対応も進んでほしい。対応を待っているユーザーは、もう少しだけ推移を見守るといいかもしれない。

セブン-イレブン店舗で見かけたApple Payのnanacoキャンペーン
イオンモール店舗内で見かけたApple PayのWAONキャンペーン

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)